リズの冒険日記

輝安鉱

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心機一転

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 失敗から明けて朝。
 朝食の前に私はまっすぐ協会へ行き、今日のクエストを吟味した。

 失敗は、まあ仕方がない。でも同じことは繰り返したくない。
 クエストは期限が長く何度かチャレンジできるものにする。それでいて、やや達成の難しそうなものにして自分を鍛える。
 討伐クエストもいいが、ここは採集クエストをいくつかまとめて受けてみようか。色々探して動き回れば地理を覚えられ、一つずつ受けるよりも効率がいい。
 私はクエストボードの隣の壁に張ってある大きな地図を確認しながら、クエストを三つほど選んでみた。

 方角的には前にワントさんとも行った鉱山跡地のほう。
 採集物は薬草二種類と、ヌアノスという大蛇の抜け殻。魔物もいる森の中を探索しなければならないようだ。
 そこで地図に書いてある地域情報を確認。するとちょうど、先見のお兄さんが今朝の更新情報を張り出しに来た。

「あの!」
「んにゃ?」

 冒険者に登録した日に少しだけ会話した、上下とも緑の服の、先見の人。名前は知らない。黒いゴーグルをした顔がこちらに向けられ、にぱっと笑う。

「誰かと思えば新人のまっしろちゃん! 元気元気? お兄さんになんかご用?」

 どうやら髪の色で覚えられてるみたい。まっしろちゃんて。まあいいや。

「鉱山跡地のほうに採集クエストに行くんですけど、その辺で気をつけることありますか?」
「どーれ?」

 緑のお兄さんは私が持っているクエストのチラシを覗く。

「ここはぁ、湖に魔物がいるから喉渇いても近づいちゃダメ。それ以外では大蛇、ヌアノスが一番注意。ヌアノスは夜に巣穴から出て、獲物に音もなく忍び寄る、眠ると気づけない。まっしろちゃんなんか丸呑みね。夜は面倒でも森の外で休むほうがお利口さん」
「木に上ってもだめですか?」
「木なんか簡単に上るさ~ね。抜け殻はヌアノスの古巣を探せば見つかるであろう。ぬはー」

 どうも口調の落ちつかない人だが、大事な情報はわかった。
 緑のお兄さんにお礼を言い、受付でクエストを受注。いざ準備のため出口に向かう途中で、ワントさんの姿が見えた。
 あちらも私を見つけ、片手を挙げる。

「おはようございます!」
「おはよう。鎧新しくなった?」
「はい、おかげさまで! これでクエストいっぱいこなしますよ!」

 十二分の気合で宣言する。ワントさんはニコニコしていた。

「じゃあ、また一緒に行かないか? 今度は魔物討伐なんだけど」

 お、っと。
 ワントさん、またクエストに誘ってくれるのか。嬉しい、けど、ここで甘えてはいけない。

「――お誘いありがとうございます。でも私、しばらく一人でやろうと思うんです」
「え? なんで?」
「ワントさんの足を引っ張りたくないからです」

 私が断ると想定していなかったのかもしれない。ワントさんはびっくりしていた。 

「今までワントさんのお世話になり過ぎてました。もうそろそろ一人でクエストをこなせるようになりたいんです。誰かと組むにしても同じブロンズランクの人とにします。冒険者としての自分を鍛えたいんです」

 上のランクの人といると、つい頼り過ぎてしまう。下宿仲間のキッカだってたくさん苦労しているんだ。私にもその経験が必要だ。
 尻尾を下げて「いやぁ……でもぉ……」と何やらもごもご言っているワントさんに決意を示す。

「私がもう少し使えるようになったら、一緒にクエストに行ってください!」
「……リズは、今でも十分やれてるよ?」
「お気遣いありがとうございます。がんばります!」

 小さな目標をこつこつ達成していくんだ。全部、いつか遺跡を探索するために必要なことだ。
 ということで私はワントさんと早々に別れ、ソロクエストへ出かけた。



 ⛏



「……」

 小さな背中を虚しく見送り、ワントはのそりと奥へ進む。
 受付の傍の壁に、冒険者へ向けたポスターを貼り直しているアンリワースを見かけたためだ。彼女はワントの影が差したところで振り返った。

「おはようございます。どうかしましたか?」

 受付嬢はすぐさま竜人の暗い表情を読み取ったが、さして気にせずポスター貼りを続ける。
 おそらく彼女はリズに何があったかを知っているだろうとワントは踏んだ。

「今、リズをクエストに誘って断られたんだけど」
「彼女は採集クエストを三件も受注していましたから」
「そうじゃなくて、しばらく俺とはクエスト行かないって、一人でやりたいって、言われた。アンリさん何か聞いてる?」
「それはきっと、クエストを失敗したばかりなので燃えているんですよ」
「え? あ、失敗したの?」
「本人はとてもショックだったようです」

 新人の失敗などよくある話だ。ワントも何度か失敗の経験があるが、それはそういうものと仕切り直して、さほど落ち込んだ記憶はない。

「だったらむしろ上のランクの人と一緒に行くほうが良くない? 色々と教えてあげられるよ?」
「教わるより挑戦してみたい時期なんでしょう。あなたにも経験があるのでは?」
「あるような、ないような」
「そういえば、あなたは最初から周りが放っておかなかったのでしたか」

 もともと現在所属しているギルドにスカウトされ、冒険者となったワントはギルドのメンバーとクエストに行くことがほとんどで、単独のクエストを受けるようになったのは、協会に見込まれ残飯処理を頼まれるようになったここ数年のことである。
 アンリワースは若く見えるが、このジラン支部では中堅どころで、ワントが来る前からすでに受付に勤務しており、多くの冒険者の変遷を彼女はよく覚えていた。

「リズはある程度自分の力量を把握できています。無茶せず独り立ちできると思いますよ」
「そうだろうけどさぁ……もうしばらくは頼ってもらえる予定だったんだけどな」

 計画が狂った。
 さてどうしたものかと腕組みすれば、アンリワースがふとポスターから視線を移す。

「……まさかとは思いますが、ワント。あなた本気でリズを狙ってます?」

 彼女はいつもの上品な微笑みを消し、信じられないというような顔をしている。それがワントからすれば意外だった。

「下心なしに何度も誘わない。最初からナンパしてるよ俺」

 正直に言えば、アンリワースはあからさまな溜め息を吐いた。

「リズに、あなたのことをただの良い人と言ってしまいました」
「ただのってのはよけいだったかもね。おかげで安心して近づいてくれる」
「自由恋愛は結構ですが、年の差と体格差は考えてくださいよ」
「俺まだ二十一歳だけど?」
「そうでしたか?」
「プロフィールに書いてあるでしょ! なんでみんな俺のことおっさんだと思ってるの? 竜人でも俺は人族との混血だし、体格差はほら、なんとかなるって。うちの両親がなんとかできたわけだし」
「無理強いはいけませんよ」
「無理やりなんてしない。でもアプローチはしたっていいだろ?」
「彼女の意思は尊重してあげてください。今は温かく見守るほうが好印象だと思いますよ」

 そう言われるとぐうの音も出ない。
 しかしクエストを通さなければリズとの接点はなかなか持てない。今朝も残飯処理ではなく、わざわざリズを誘いに早起きして出てきたのだ。
 失敗を素直に受け止め、自分を鍛えると言う彼女の心意気は好ましいが、ワントにとっては都合が悪かった。

「十分役に立ってるんだけどなぁ……」

 ほぼ百発百中の弓の技と、古代魔術、その他の機転に助けられたと世辞でなくワントは思っているのだが、伝えたところで頑固な彼女は受け入れないのだろう。

 そうしてしばらく彼は受付の横でうだうだしていたが、施設内が冒険者たちで混んでくるとアンリワースに邪険に追い払われ、尻尾を引きずり自分のギルドへ帰っていった。
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