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クエスト失敗
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ティーラの村には、次の日の朝に辿り着いた。
どろどろでぼろぼろの私と、同じようなありさまとなっている朝日の衣を届けた先で、当然、感謝などされるはずもない。
「信じられない……」
その人は、きっと普段は優しいお母さんなのだと思う。そんな面立ちをしていた。
泥の汚れは、洗えばたぶん落ちる。
けれどその衣は今日、ここから遠くへ嫁いでいく娘さんに持たせるもので、今日贈ることに意義のあるもので、彼女はどうしても間に合わせたかったから協会に緊急依頼をしたのだという。
間に合うか不安に思いながら、そわそわと待っていたのだと思う。
だから私は彼女にたくさん責められたし、報酬ももらえなかった。弁償請求されなかったのが奇跡に思えるくらいだった。
邪険に扉を閉められてその後、村の中で自警団の青年に声をかけられた。
先日魔物憑きの賊を引き渡した際にいた人で、私のほうも顔を覚えていた。
私の汚れた格好に驚いていたので、訳を話すと彼は納得していた。
「トランの大樹のある沢のあたりだろう? あの辺は雨の日に近づいちゃだめだ。【アーヴァン】は雨が降ると地上に出てくる。土の下で溺れないように。出てきたのを下手に刺激すると襲われるって、冒険者なら知ってるだろ?」
知らなかった。
きっと知っていればうまく逃げられたのだろうに。
「ああそれと」と、その人は話しかけてきた本当の用件を続けて言った。
「あのおかしな山賊、あんたらが帰った日に逃げちゃって」
「え……どうして?」
「縄が切られてて。仲間が助けにきたんじゃないかと」
「あぁ……」
捕まった次の日に助けがきたのなら、やっぱり森の中に仲間が潜んでいたんだ。私は見つけられなかった。見つけることが役目だったのに。
もし賊の仲間の顔を見ていたら特徴を教えてほしいと言われたが、私は何も役に立てなかった。
これまでもうまくクエストをこなしていたつもりで、実はまったく、役割を果たせていなかったのかもしれない。
自警団の人と別れた後は、村の人から薬を買って、改めてキアリの手当をした。私もあちこち擦り傷だらけだったのを洗い、準備が整ったところで、とぼとぼ帰還した。
⛏
ジランに戻れたのは、日が落ちてから。
私はその足でまっすぐ協会へ向かい、アンリさんに結果の報告をした。
「――クエストの発生している地域の情報は、先見の取りまとめている掲示板から確認できます」
アンリさんはクエストボードの隣に、地図の張っている掲示板を指す。賑やかな夜の街に比べ、すでにクエストの受付を終了している協会にはほとんど人がいなかった。
「その地域で注意すべきことがまとまっています。必ず確認する癖をつけておくといいですよ。情報は日々更新されていますから」
協会は冒険者のために、各地域の情報をわかりやすく貼りだしてくれている。
そんなこと最初に教えてくれていたのに。私はワントさんのように何が起きても対処できる実力も経験もないのだから、絶対に確認を怠ってはいけなかった。まさしく驕りだ。
「なんにせよ、生きて帰ってきてくれたのが一番の朗報です」
アンリさんは優しく言ってくれたが、それで良かったということはないだろう。
「……あの人は、もう二度と、依頼をしてくれなくなるでしょうか」
冒険者がクエストを失敗するということは、ひいてはクエストを受け付けた協会が信用を失うということだ。
「そうですね。そうかもしれません」
アンリさんは静かに頷き、こちらへ手を伸ばす。
「今回のクエスト報酬、三十ポイントを引きますね」
胸のメダルの数字がかわる。
せっかく溜まったポイントを減らしてしまった。でも本来、私はこのくらいのレベルだったんだろう。
メダルを握りしめ、実感を噛みしめる。
「リズ。あまり気にし過ぎないでくださいね。一度もクエストを失敗していない人を私は知りません」
「――はい。ありがとうございます。でも次は、失敗しないように考えます」
今日の泥は早めに落とそう。
新人だからと、これまでわけもわからず日々をやり過ごしていたようなものだったが、明日からはそれを変える必要がある。
根拠のある確信を自分自身に持てるように。
できることは、ちゃんとできるようになりたい。
協会を出たところで私は両頬を張り、気合を入れ直した。
どろどろでぼろぼろの私と、同じようなありさまとなっている朝日の衣を届けた先で、当然、感謝などされるはずもない。
「信じられない……」
その人は、きっと普段は優しいお母さんなのだと思う。そんな面立ちをしていた。
泥の汚れは、洗えばたぶん落ちる。
けれどその衣は今日、ここから遠くへ嫁いでいく娘さんに持たせるもので、今日贈ることに意義のあるもので、彼女はどうしても間に合わせたかったから協会に緊急依頼をしたのだという。
間に合うか不安に思いながら、そわそわと待っていたのだと思う。
だから私は彼女にたくさん責められたし、報酬ももらえなかった。弁償請求されなかったのが奇跡に思えるくらいだった。
邪険に扉を閉められてその後、村の中で自警団の青年に声をかけられた。
先日魔物憑きの賊を引き渡した際にいた人で、私のほうも顔を覚えていた。
私の汚れた格好に驚いていたので、訳を話すと彼は納得していた。
「トランの大樹のある沢のあたりだろう? あの辺は雨の日に近づいちゃだめだ。【アーヴァン】は雨が降ると地上に出てくる。土の下で溺れないように。出てきたのを下手に刺激すると襲われるって、冒険者なら知ってるだろ?」
知らなかった。
きっと知っていればうまく逃げられたのだろうに。
「ああそれと」と、その人は話しかけてきた本当の用件を続けて言った。
「あのおかしな山賊、あんたらが帰った日に逃げちゃって」
「え……どうして?」
「縄が切られてて。仲間が助けにきたんじゃないかと」
「あぁ……」
捕まった次の日に助けがきたのなら、やっぱり森の中に仲間が潜んでいたんだ。私は見つけられなかった。見つけることが役目だったのに。
もし賊の仲間の顔を見ていたら特徴を教えてほしいと言われたが、私は何も役に立てなかった。
これまでもうまくクエストをこなしていたつもりで、実はまったく、役割を果たせていなかったのかもしれない。
自警団の人と別れた後は、村の人から薬を買って、改めてキアリの手当をした。私もあちこち擦り傷だらけだったのを洗い、準備が整ったところで、とぼとぼ帰還した。
⛏
ジランに戻れたのは、日が落ちてから。
私はその足でまっすぐ協会へ向かい、アンリさんに結果の報告をした。
「――クエストの発生している地域の情報は、先見の取りまとめている掲示板から確認できます」
アンリさんはクエストボードの隣に、地図の張っている掲示板を指す。賑やかな夜の街に比べ、すでにクエストの受付を終了している協会にはほとんど人がいなかった。
「その地域で注意すべきことがまとまっています。必ず確認する癖をつけておくといいですよ。情報は日々更新されていますから」
協会は冒険者のために、各地域の情報をわかりやすく貼りだしてくれている。
そんなこと最初に教えてくれていたのに。私はワントさんのように何が起きても対処できる実力も経験もないのだから、絶対に確認を怠ってはいけなかった。まさしく驕りだ。
「なんにせよ、生きて帰ってきてくれたのが一番の朗報です」
アンリさんは優しく言ってくれたが、それで良かったということはないだろう。
「……あの人は、もう二度と、依頼をしてくれなくなるでしょうか」
冒険者がクエストを失敗するということは、ひいてはクエストを受け付けた協会が信用を失うということだ。
「そうですね。そうかもしれません」
アンリさんは静かに頷き、こちらへ手を伸ばす。
「今回のクエスト報酬、三十ポイントを引きますね」
胸のメダルの数字がかわる。
せっかく溜まったポイントを減らしてしまった。でも本来、私はこのくらいのレベルだったんだろう。
メダルを握りしめ、実感を噛みしめる。
「リズ。あまり気にし過ぎないでくださいね。一度もクエストを失敗していない人を私は知りません」
「――はい。ありがとうございます。でも次は、失敗しないように考えます」
今日の泥は早めに落とそう。
新人だからと、これまでわけもわからず日々をやり過ごしていたようなものだったが、明日からはそれを変える必要がある。
根拠のある確信を自分自身に持てるように。
できることは、ちゃんとできるようになりたい。
協会を出たところで私は両頬を張り、気合を入れ直した。
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