リズの冒険日記

輝安鉱

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地に潜むもの

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 森の中で、お腹がぐうっと鳴った。

 ジランを出発してからずっと走り続けていたので、そろそろ休憩には良い頃合いだろう。
 私は手綱を引き、キアリにそれを伝えた。
 他に人影もないが、念のため通行の邪魔にならないよう道の端に寄って鞍を下りる。グラーザは非常に器用に走る動物で、上下の振動が少なく長時間乗っても疲れにくいと聞いていたが、初心者のくせにさすがに張り切り過ぎたかもしれない。地面に着いたらちょっと足がふらついた。

「キアリは疲れてない?」

 私が話しかけると、彼女は必ずクァっと鳴いて応える。
 なんて言ってるかはわからないが、可愛い生き物だなと思う。
 キアリはともかく、私は疲れたので草むらをならして座り、お昼にする。
 
 今日の昼ごはんは、お店で試しに買ってみた携帯食料。豆や小麦の粉末を練って固めて、蜜でコーティングしたもの。ぼそぼそして、とても喉が渇く。味は見事にまずくもおいしくもない。お値段一本あたり銅貨一枚。文句を受け付けない安さである。

 革の水筒から水を飲んでいると、草を食んでいたキアリがそれに鼻を寄せてきた。
 自分にもよこせと言っているみたい。

「喉乾いたの?」

 クァ、と鳴かれる。
 だが私の水筒で彼女の巨体が満足するとも思えない。森の中だし、どこかに川でも流れていないかと思い、私は手綱を緩く持って少し辺りをさまよってみた。
 故郷の遺跡の周りには森があったので、こういう場所は歩き慣れている。川がありそうなところも、なんとなく見当がついた。

 やや歩くと沢に下る横道を見つけた。この辺りは地面が湿気っていて滑りやすい。
 私は手綱を短く縛って、キアリを先に行かせた。彼女は喜んで川べりに前足を折って座り、たっぷり水を飲み始めた。
 ついでに自分も水筒に供給しておく。

 道程は至極順調であり、この分なら夕方にはティーラの村へ着くだろう。
 ただ気になるのは、空模様だろうか。
 なんだか少しずつ暗くなってきた。

「あ」

 雫が頬に当たった。それから間もなく、本格的に降り出した。
 まずい。預かり物が濡れてしまう。
 私はリュックをお腹側に持ち直し、横道を登って近くにあった大樹の下に入った。

「キアリ!」

 呼ぶ前から彼女も私が走り出したことに気づいて付いてきた。
 木の葉が傘となって、ある程度の雨粒は避けられる。
 土砂降りというほどでもないのが幸いだが、それなりに量が多い。やむまでは出発できそうになかった。
 うーむ、なんとも運の悪い。
 とはいえ、クエスト達成期限は明日の朝までなので、間に合わないということはないだろう。まさか一晩中降り続きは、しないと思うし。
 
「仕方ないから、ゆっくり待とうか」

 角を避けてキアリの鼻の頭をくすぐってあげる。
 なんだか彼女が落ちつかず、周りをきょろきょろしていたためだ。雨が苦手なのだろうか。

 しばらく雨宿りしているうちに、濡れてきた背を拭ってあげようとしたその時、キアリが鳴いた。

 すると足元の土が盛り上がった。

 私は反射的に飛び退いた。
 だがその背後からも、ぼこり、ぼこり、と土の下から何かが這い出てくる。

 赤くて、たくさん皺のある、ミミズのようなもの。
 大人ほどの大きさで、足が六本生えている、怪物。
 内側に三本の黒い牙が付いている丸い口を開けたり、閉じたりしながら、こちらを覗き込む。

 私は咄嗟に弓を引いた。

 リュックを前に持ってきていたため、それが少し邪魔だったが、的がすぐ近くにあったので当てられた。
 ミミズの怪物はのけぞって悲鳴を上げる。
 すると他の奴も共鳴するように耳をつんざく声を上げた。

「っ――!」

 耳の奥が痛くなる。なんだこの声。なんだこいつら。こんなのが出るなんて聞いてない。

 ひとしきり叫び終えると、彼らは地をのたうつように襲いかかってきたので、もう私はがむしゃらに弓を引いた。
 敵に矢が刺さるたびに、脳を揺らすような悲鳴が響き渡り、思わず目を閉じそうになる。
 
 だめだ。
 目を開けろ。止まったら死ぬ。それだけはわかる。

「キアリ!」

 私は木の下を飛び出し、逃げながらキアリを呼んだ。
 彼女は体に食いつこうとするミミズの怪物を弾き飛ばし、私のもとへ来てくれたが、私を背に乗せる隙にミミズの一匹が彼女の尻の辺りに噛みついた。

 三本の黒い牙を、グラーザの分厚い皮膚に突き立てている。キアリは嘶き、振り払おうと体を激しく揺すった。
 そんな状態では乗っていられず、私は思いきり泥溜まりに落ちてしまった。

 ポンチョの中に冷たい雨滴がしみ込む。
 胸を打ち付け一瞬、息が止まったが、すぐ気づいて仰向けになり弓を引いた。

 迫りきていたミミズの口内に矢が刺さり、相手はのけぞる。その隙に起き上がって、私はキアリに噛みついているものにナイフを何度も突き立て、無理やり引き剥がした。

「キアリいいよっ、走って!」

 鐙を掴んで二度叩き、別のミミズが噛みつく前に走り出させる。
 同時に私は全力で地を蹴り、鞍に飛びついて腕の力でどうにか自分を持ち上げた。

 走り出せばもう、ミミズたちはグラーザの速度に追いつけない。

 私は雫で滑る鞍に必死にしがみついて、恐怖が拭えるまでしばらく走り続けた。


 ――どのくらい走っただろう。
 気づけば雨はやんでいて、木漏れ日の隙間から夕陽が差した。

 キアリを止め、鞍を下りる。

 ミミズが噛みついた箇所を確認すると、牙が一本刺さったまま残っていた。気づかず走らせ続けてしまった。
 なるべく丁寧に抜いてあげ、傷口を水筒の水で洗い、血が止まるまでしばらく布をあてがった。傷薬か何か、持っておけばよかった。

「……ごめんなさい」

 クルル、とキアリは優しげに鳴く。
 私は胸が痛くなった。

 手の泥を叩き落とし、リュックを確認すれば、泥水が中までたっぷり沁み込んでいた。
 美しい朝日の衣は言うまでもない、無残なありさまだ。水筒の水を流して少し揉んでみたが、ほとんど何も変わらない。
 せめて川で洗えれば良かったのだが、またあのミミズの怪物が出るかもしれないと思うと、それ以上はどうしようもなかった。
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