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下宿の仲間
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「ただいま戻りましたー」
夕方に帰宅し、下宿の玄関から奥へ声をかける。
入ってすぐに机と椅子が並ぶダイニングがあり、カウンターの向こうがキッチン。そこで大家の女性が日がな一日、溶けている。
「夕飯にプナンを買ってきたんですけど、少し食べます?」
「・・・・・・食べぅ」
寝ぼけた声が返ってきた。
せっかくきれいな赤い髪も乱れて、今日も今日とてお酒臭い。
私は帰りに屋台で買ってきた軽食をカウンターに一つおき、自分の分はダイニングのテーブルに置いた。
そして二階の自室に行き、装備一式を外して、シャツとズボンだけの姿になり下に降りる。
その間に、ダイニングのテーブルには一人増えていた。
藍色の髪を肩口でまっすぐ切りそろえている、黒い瞳のきれいな女の子。同じ下宿にいる冒険者のキッカだ。
「よーっす、お疲れリズー」
「お疲れー」
キッカは私と同い年で、私より三ヶ月くらい早く冒険者になった。つまりは駆け出し仲間。この下宿に来て最初の日にもう打ち解けた。
彼女は魔法使いで、武器には紫色の宝石がはめ込まれた長い杖を使っている。今は彼女も私と似たような寛いだ格好をしていた。
「リズもプナン? 具は?」
「バガルシア風ソース野菜たっぷり卵焼き。キッカのは?」
「ビードゥー豆のスパイス炒め。これあたしのお気に入り」
「えっ、おいしそう。どこの屋台で買ったの?」
「北通りのほう。道沿いに探せばあるよ」
「今度行ってみる。一口交換しよ?」
「いいよー」
プナンは、薄い小麦の生地に野菜や卵などいろんな具材を挟み込んだもの。専門の屋台には具材がたくさん並べられ、自分好みにいくらでもカスタマイズができる。また屋台によって具の種類も違うのだ。
夕飯は外食が基本ではあるが、たまにこうして買ってきて、下宿の人たちと一緒に食べたりもする。お互いにささやかな情報交換ができる大事な時間。
「リズは今日なんのクエスト?」
「今日は防具屋に行ってきただけ。鎧に魔物の皮を張って強化してもらってきたの」
イーヴォさんを護衛した報酬だ。クエストから帰ってきて翌日にはもう、弟子のカヤさんが作業に取りかかってくれた。
オシクスという魚型の魔物の皮は、青と白のグラデーションのきれいな色をしていた。ナイフを刺しても刃が滑り、耐火性・耐水性もあるという。改造のお値段は素材代だけの大銀貨一枚で済んだ。ありがた過ぎる。
それもこれもワントさんのおかげ。
そのことをキッカにも話すと、なぜかものすごく変な顔をされた。
「……リズさぁ、その竜人の人とばっかりクエスト行ってない? もしかして」
「うん。だって毎回誘ってくれるんだもん」
「よっぽど気に入られてるんじゃん。いいなあ! あたしも手取り足取り面倒みられてえ~」
机の下で足をバタバタさせて、全力で羨ましがられた。
無理もない。私も運に恵まれている自覚はある。逆の立場だったら同じこと言ってる。
「一人クエストはつらいのよ……やっぱ魔法使いとしては、前衛タイプの人と組みたいじゃん? 弓使いのリズもそうだろうけどさあ」
「だね。ワントさんはバリバリの前衛でめっちゃ守ってくれるよ。新人の面倒みるの慣れてるんだって」
「だったらあたしの面倒もみてくれよー」
「頼んでみたら? ギルド所属だけど、残飯処理でよく協会にも来るんだよ。快く付き合ってくれると思う」
「ほんとに? リズだけじゃないの?」
疑わしそうな目を向けられる。何を疑われているんだ。
「まさか。ワントさんは誰にでも優しいよ」
「そう?」
「なわけねぇだろぉが」
急に、酔い潰れていた大家のネラさんが、怪しい呂律で会話にまざった。
「下心なしに優しくする男なんてぇ、いるわけねぇっつーの」
「それは偏見なんじゃ」
「黙れ小娘。こちとらぁ、あんたよりもみくちゃの人生経験してんのよぉ」
なんとなくそれは言われなくてもわかる。じゃなきゃ一日中酔っぱらっていられないと思う。
瓶から私が汲んであげた水を飲み、プナンを一口齧ると、ネラさんは少しだけ持ち直った。
「――ま、あんたらみたいな小娘の新人は、皮を剥いてある果物みたいにお手軽なのよ」
「キッカ意味わかる?」
「食べやすいってことじゃない?」
「あぁ……私はそういう対象になってないと思いますけど」
「だからそうやって自己評価低く油断してるから嵌めやすいって話をしてんのよ」
「はあ」
説教されてもいまいちピンとこない。
種族の違いを抜きにしても、私とワントさんじゃ体格差的に親子みたいにしかならないのに。アンリさんだって、ワントさんはただの優しい人だと言っていたし。下心などありそうに思えない。
「それでも役に立つなら上手に利用してみなさい。うまーくエサをぶら下げてね」
「そっちのほうが悪者じゃないですか」
「善悪の話はしてないの。世の中よく頭を使ったやつが得するの。太古の昔から決まってんの」
ネラさんは断言する。
彼女もずっと昔は冒険者をしていたらしいので、色々あったんだろう。
でもワントさんは絶対そんな気ないと思うけどな。連続で誘われたのはたまたまであって。イーヴォさんたちの護衛の後、次のクエストについては特に約束してないし。ワントさんだって新人教育と残飯クエストばっかりやっていられるわけじゃないだろう。
ということでネラさんのぐだぐだ続くお説教を半分は聞き流し、食事を終えたらキッカと一緒にお風呂に入りに行き、その日も早めに寝た。
夕方に帰宅し、下宿の玄関から奥へ声をかける。
入ってすぐに机と椅子が並ぶダイニングがあり、カウンターの向こうがキッチン。そこで大家の女性が日がな一日、溶けている。
「夕飯にプナンを買ってきたんですけど、少し食べます?」
「・・・・・・食べぅ」
寝ぼけた声が返ってきた。
せっかくきれいな赤い髪も乱れて、今日も今日とてお酒臭い。
私は帰りに屋台で買ってきた軽食をカウンターに一つおき、自分の分はダイニングのテーブルに置いた。
そして二階の自室に行き、装備一式を外して、シャツとズボンだけの姿になり下に降りる。
その間に、ダイニングのテーブルには一人増えていた。
藍色の髪を肩口でまっすぐ切りそろえている、黒い瞳のきれいな女の子。同じ下宿にいる冒険者のキッカだ。
「よーっす、お疲れリズー」
「お疲れー」
キッカは私と同い年で、私より三ヶ月くらい早く冒険者になった。つまりは駆け出し仲間。この下宿に来て最初の日にもう打ち解けた。
彼女は魔法使いで、武器には紫色の宝石がはめ込まれた長い杖を使っている。今は彼女も私と似たような寛いだ格好をしていた。
「リズもプナン? 具は?」
「バガルシア風ソース野菜たっぷり卵焼き。キッカのは?」
「ビードゥー豆のスパイス炒め。これあたしのお気に入り」
「えっ、おいしそう。どこの屋台で買ったの?」
「北通りのほう。道沿いに探せばあるよ」
「今度行ってみる。一口交換しよ?」
「いいよー」
プナンは、薄い小麦の生地に野菜や卵などいろんな具材を挟み込んだもの。専門の屋台には具材がたくさん並べられ、自分好みにいくらでもカスタマイズができる。また屋台によって具の種類も違うのだ。
夕飯は外食が基本ではあるが、たまにこうして買ってきて、下宿の人たちと一緒に食べたりもする。お互いにささやかな情報交換ができる大事な時間。
「リズは今日なんのクエスト?」
「今日は防具屋に行ってきただけ。鎧に魔物の皮を張って強化してもらってきたの」
イーヴォさんを護衛した報酬だ。クエストから帰ってきて翌日にはもう、弟子のカヤさんが作業に取りかかってくれた。
オシクスという魚型の魔物の皮は、青と白のグラデーションのきれいな色をしていた。ナイフを刺しても刃が滑り、耐火性・耐水性もあるという。改造のお値段は素材代だけの大銀貨一枚で済んだ。ありがた過ぎる。
それもこれもワントさんのおかげ。
そのことをキッカにも話すと、なぜかものすごく変な顔をされた。
「……リズさぁ、その竜人の人とばっかりクエスト行ってない? もしかして」
「うん。だって毎回誘ってくれるんだもん」
「よっぽど気に入られてるんじゃん。いいなあ! あたしも手取り足取り面倒みられてえ~」
机の下で足をバタバタさせて、全力で羨ましがられた。
無理もない。私も運に恵まれている自覚はある。逆の立場だったら同じこと言ってる。
「一人クエストはつらいのよ……やっぱ魔法使いとしては、前衛タイプの人と組みたいじゃん? 弓使いのリズもそうだろうけどさあ」
「だね。ワントさんはバリバリの前衛でめっちゃ守ってくれるよ。新人の面倒みるの慣れてるんだって」
「だったらあたしの面倒もみてくれよー」
「頼んでみたら? ギルド所属だけど、残飯処理でよく協会にも来るんだよ。快く付き合ってくれると思う」
「ほんとに? リズだけじゃないの?」
疑わしそうな目を向けられる。何を疑われているんだ。
「まさか。ワントさんは誰にでも優しいよ」
「そう?」
「なわけねぇだろぉが」
急に、酔い潰れていた大家のネラさんが、怪しい呂律で会話にまざった。
「下心なしに優しくする男なんてぇ、いるわけねぇっつーの」
「それは偏見なんじゃ」
「黙れ小娘。こちとらぁ、あんたよりもみくちゃの人生経験してんのよぉ」
なんとなくそれは言われなくてもわかる。じゃなきゃ一日中酔っぱらっていられないと思う。
瓶から私が汲んであげた水を飲み、プナンを一口齧ると、ネラさんは少しだけ持ち直った。
「――ま、あんたらみたいな小娘の新人は、皮を剥いてある果物みたいにお手軽なのよ」
「キッカ意味わかる?」
「食べやすいってことじゃない?」
「あぁ……私はそういう対象になってないと思いますけど」
「だからそうやって自己評価低く油断してるから嵌めやすいって話をしてんのよ」
「はあ」
説教されてもいまいちピンとこない。
種族の違いを抜きにしても、私とワントさんじゃ体格差的に親子みたいにしかならないのに。アンリさんだって、ワントさんはただの優しい人だと言っていたし。下心などありそうに思えない。
「それでも役に立つなら上手に利用してみなさい。うまーくエサをぶら下げてね」
「そっちのほうが悪者じゃないですか」
「善悪の話はしてないの。世の中よく頭を使ったやつが得するの。太古の昔から決まってんの」
ネラさんは断言する。
彼女もずっと昔は冒険者をしていたらしいので、色々あったんだろう。
でもワントさんは絶対そんな気ないと思うけどな。連続で誘われたのはたまたまであって。イーヴォさんたちの護衛の後、次のクエストについては特に約束してないし。ワントさんだって新人教育と残飯クエストばっかりやっていられるわけじゃないだろう。
ということでネラさんのぐだぐだ続くお説教を半分は聞き流し、食事を終えたらキッカと一緒にお風呂に入りに行き、その日も早めに寝た。
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