皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。

和泉 凪紗

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その後のお話

1.

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さよならした人たちのその後①:

 どうしてこうなってしまったのかわからない。わたしは侯爵家の当主であったはずなのに実の娘に追い出されてしまった。なんでもわたしはただの当主代理でなんの権利もなかったというのだ。広い邸で大勢の使用人に囲まれていた生活は一変してしまった。

 侯爵家を追い出されたあの日、プラーム伯爵にああ言われたがなんとかなるだろうと思い侯爵家の別邸に向かった。だが、使用人たちに追い返されてしまった。
 すでに手を回していたらしい。追い返されてしまったわたしたちは困ってしまった。実の父親になんという仕打ちなのだ! 妻も娘も泣いているというのに……。
 ルドルフに渡された荷物にはわずかなお金しか入っていない。これでは二人を満足させる暮らしはできない。それどころか、早くなんとかしなければ寝る場所や食事にも困ってしまうだろう。

「お父様、わたしたちどうなってしまうの? 今晩はどこで眠ればいいの? わたし、固いベッドでは眠れないわ」

 エリザベスはこんな時でもわがままを言う。どんな願いも叶えてやりたいが今は難しい。

「ねぇ、あなた。やっぱりわたしのお父様のところに行ってみましょう。お父様はわたしのことを見捨てないわ。今までだって助けてくれたんですもの。義母がいるから邸には入れてもらえないかもしれないけれど、きっと昔みたいに別の家を用意してくれるわ」
「そうだな。とりあえず行ってみよう」

 内心あまり期待はできないと思いつつ、わずかな望みをかけてバルベ子爵のところへ向かった。

 結果は……門すら開けてもらえなかった。子爵は妻も娘も知らないと言う。ちょっと前までエリザベスの結婚を喜んでくれていたというのに……。リアーネたちはここまで手を回していたのか。そう思うとほんとうに憎たらしい。昔からなんでもそつなくこなす、可愛げのない娘だった。
 妻はとてもショックを受けている。妻はわたしと結婚し、侯爵家に入れることになり、父親に認めてもらえたと喜んでいた。エリザベスが次期当主となったときには義母を見返せるととても嬉しそうだった。それなのに子爵家は無関係の人間だと言うのだ。娘や孫が可愛くないのだろうか。わたしは二人を幸せにしたかっただけなのに……。

 これで頼れるのは兄の家だけになってしまった。ほんとうは行きたくない。けれど愛する妻や娘を守るためには背に腹は代えられない。わたしは兄になんとお願いすれば受け入れてもらえるかを宿で一晩必死に考えた。

 兄の家に来るのはほんとうに久しぶりだ。兄はエリザベスの存在が明るみになったときにアンネローゼとの離婚を強く勧めてきた。兄はアンネローゼの味方となり関係は悪くなった。アンネローゼが亡くなり、再婚しようとすると大反対され没交渉となった。そんなに再婚はいけないことだろうか。リアーネにだって母親は必要だというのに。

 最初、家には入れてもらえなかった。しばらく門の前にいると話を聞いてくれると言われたが、ずいぶん外で待たされた。ようやく入れてもらえたと思ったら兄からは冷たい仕打ちを受けることになる。

「兄上、お久しぶりです。実は困ったことになりまして……。助けていただけませんか?」
「お前はもう我が家とは関係のない人間だと思っていたが違うのか?」
「血のつながった兄弟ではありませんか……」
「ほう、血のつながりを重視する割には娘にはずいぶんな仕打ちをするのだな」
「父親に対してずいぶんな仕打ちをしたのはリアーネのほうです!」
「お前は馬鹿か! お前がリアーネをないがしろにしたんだ。それがどうしてわからないのか」
「リアーネはわたしたちを家から追い出したんですよ。どちらがひどいかは明らかではないですか」
「お前が追い出されるようなことをしたからだろう。リアーネを追い出し、妾の子を次期当主にしようとするなどありえない」
「妾の子と言いますが、わたしの妻の子で、リアーネの実の姉です」
「それは侯爵家にとって関係ないことだろう。お前は侯爵家に婿に入っただけで、アンネローゼが当主だった。お前が当主だったことは一度もないしエリザベスは侯爵家の子ではない。お前が周囲に丁寧に接してもらえていたのはアンネローゼの夫であり、リアーネの父だったからだ。どうしてそれがわからないのか」
「わたしは当主だったんです……」
「周りがそう扱ってくれていただけだ。……お前はアンネローゼやリアーネの何が気に入らないんだ? アンネローゼは努力家で性格も容姿もよかったし、婚約前から良い関係だったじゃないか」

 兄に言われてわたしは考える。たしかにアンネローゼに欠点はなかった。仲は良かったと思うし、誰からも羨ましがられる自慢の婚約者だった。だが、アンネローゼが努力すればするほどだんだんとコンプレックスになっていった。常に比較される。
 それに対して妻のハンナは癒しだった。アンネローゼと違い、胸は大きくわたしの全てを肯定してくれる。そしてわたしがいないと生きていけないと言い、必要としてくれるのだ。

「……アンネローゼは全部一人でこなしてわたしなど不要だったではありませんか」
「はぁ……。アンネローゼが人一倍努力していたことは認めるのだな。彼女が努力していたのはお前のためでもあっただろうに。婿として来ていただくためにはしっかりとした家でなくてはいけない、あまり家のことで負担をかけてはいけないと……。リアーネも同じだ。立派な当主になるために、お前に少しでも褒めてほしいと努力していたんだぞ。どうしてそれがわからないのか」
「…………」
「お前が心変わりするのは仕方がない。だったらアンネローゼとは婚約解消すべきだったし、子どもができたのなら離婚すべきだった。なぜ侯爵家の恩恵にあずかり、乗っ取ろうとまでしたんだ」

 そんなことをいまさら言われてもどうしようもない。ハンナやエリザベスは守ってやらなければいけない存在で、アンネローゼやリアーネは守らなくても十分一人でやっていける。多くのものをもっているのだから少しくらいエリザベスに譲ってもいいだろう。リアーネならば次の結婚相手だって簡単にみつかるはずだ。何が間違っているというんだ。

「リアーネたちは最初から全て持っているわけではない。努力して手に入れてきた。味方が多いのも努力をしているからだ。リアーネはお前のような父親でもわたしが救いの手を差し伸べるのなら構わないと言った。ほんとうなら今も家に入れるつもりはなかった。わたしはお前と無関係でいようと思ったがその考えを少し改めた」
「では兄上……」
「お前はほんとうに馬鹿だ。ここでお前を追い返せばリアーネにとって害になるだろう。だから住むところは与える。何がいけなかったのかよく考えろ」

 そう言って兄はわたしたちに住む家を用意してくれた。だが、働いて家賃を納めろと言うのだ。なんと冷たい人間だろうか。こんな小屋のような小さな家なのに家賃はそれなりの額を要求されている。
 兄が言うには他の親戚に助けを求めても無駄だそうだ。他の親戚たちには甘い対応だと言われているらしい。


 今は家族を守るために必死に働かなければいけない。侯爵家にいたころには考えられないような仕事だ。それでも働かなければ住むところも失ってしまう。
 エリザベスは適齢期だというのに結婚できていない。それなのに風の噂でリアーネは結婚も近いと聞いた。同じ娘なのにこの差はなんなのだろうか……。

 そんなある日、兄が訪ねてきた。

「少しは人としてまともになったか?」

 弟に対してずいぶんな言いようだ。わたしの心の内を見透かしたのか兄が冷たく言う。

「まだ変わっていないようだな。……これを渡すか悩んだがとりあえず渡しておく。よく考えて使え」
「これは?」

 渡された袋にはお金が入っている。

「リアーネからだ。お前たちに関するものを処分してできたお金だそうだ。元々侯爵家のものであるし、必要ないと返そうとしたが断られた。縁起が悪いお金であるし、お姉様がご結婚されるようであれば物入りでしょうから、と。渡すかどうかはわたしが決めるように言っていた」

 なんというタイミングだろうか。正直生活は苦しい。ハンナやエリザベスは癒やしにはなるがお金を使うことしか知らない。

「そろそろ根を上げて金の無心にくる頃だと思ったが、そのとおりだったか……。リアーネたちに迷惑をかけるんじゃないぞ。かければすぐにここから出て行ってもらうからな。それと、生活が苦しいのならもっと必死に働けばいい」

 そう言って兄はさっさと帰っていった。
これでなんとかしばらく生活できる。だが、このお金は二人に知られてはいけない。わたしはいつまでこの生活を続けなければいけないのか。

 侯爵家での生活が恋しい。もう昔の生活には戻れないのだろうか……。誰もその答えをくれそうにない。
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