上 下
2 / 15
本編

2.

しおりを挟む
 叔父様からはすぐに会ってくれると返事が返ってきた。手紙からは激怒している様子がよく伝わってくる。やっぱりそうなるわよね……。
 叔父様の邸に行くのは五日後に決定した。リンハルトの父親からの返事も出発前には届くだろう。もし間に合わない場合は叔父様のところに届けてもらえばいい。
 今後の予定が決まったからには家族にしばらく不在にすることを伝えなくてはいけない。会話をすると疲れそうだと思いながらもこれからの計画のためにも話をしに向かう。
 気が重いけれど仕方がない。


「お父様、叔父様のところにしばらく滞在しようと思うのですがよろしいでしょうか? 時間ができたので、良い機会だと思って少しゆっくりしようかと思いまして……」
「あぁ、それが良いだろう。今まで忙しかっただろうからゆっくりすると良い。これから我が家はエリザベスの結婚準備で忙しくなるからな」

 お父様はようやく決まったエリザベスの結婚にかなり浮かれている。今までたくさんお断りされてきているからか嬉しくてしかたがないらしい。どうしてお断りされるのかほんとうにわかっていないのかしら。残念なことにお父様はエリザベス母娘に対して目が曇ってしまうようだ。

「リアーネはこれから時間がたっぷりあるものね。この家のことは任せてゆっくりしてきて。どれくらいを予定しているの?」

 すでに当主にでもなったつもりなのかしら。エリザベスには恵まれた美貌はあるが、侯爵令嬢としてふさわしい振る舞いはできていない。あきらかに教育が足りていないと思う。社交に精を出すのも良いけれど、侯爵家の名前は汚さないで欲しい。エリザベスもその母親も幼少期は普通の貴族として過ごしてこなかったのだから仕方がないのだけれど。
 エリザベスの母親は子爵とその愛人の間で生まれ、平民の母親の元で育てられた。母親が亡くなったため、政略結婚の道具になるだろうと父親が引き取ったものの婿入りする予定の私のお父様の愛人に……。子爵はさぞかしがっかりしたことだろう。侯爵家の婿の愛人になり子どもまで作ってしまった。本妻には政略結婚で家にとってプラスになると言って引き取ったのにむしろマイナスになっている。本妻の目もあり、エリザベスたちを家に置くことはできずにひっそりと暮らしていたようだ。わたしのお母様が亡くなるまでは……。

「五日後にお約束しているのでそこから十五日ほどを考えています。叔父様たちもゆっくり滞在してほしいと言ってくださっているのでもう少し延びるかもしれません。あと、リンハルト様のお父様にはわたくしとの婚約破棄とお姉様の結婚についてお手紙を出しておきました。すぐにお返事がくると思いますわ」
「ありがとう、リアーネ。これで憂い無くリンハルト様と一緒になれるわ。政略結婚なんてお互いに不幸になるだけだし、愛し合う二人が結ばれるのが一番よね。いろんな障害に阻まれても最後は真実の愛が勝つのだわ」

 エリザベスは上機嫌で貴族間の結婚を否定してくる。これはお母様とお父様の結婚についても言っているのかしら。お父様の今の生活もお母様と結婚したからこそなのだけど……。
 リンハルトとは政略結婚と言ってもわたしたちは幼なじみでしたし、お互いに情はあったはずですよ。あなたよりもずっと長い時間、親交を深めてきたのですから。略奪しておいてよくそんなことを言えるわね。
 
「まぁ、お姉様は真実の愛を見つけられたのですね。喜ばしいことですわ。お姉様はリンハルト様と幸せになってください」

 二人の力だけでどうやって生活していくのかしら。リンハルトの実家の援助は望めないと思うけれど。わたしは笑顔で会話しつつも心の中でエリザベスに毒づいていた。我ながら上手く顔をつくれていたと思う。
 


 出発までの間、わたしはこれからの話し合いに必要な書類をまとめていた。部屋にこもっていたがお父様にはお姉様に引き継ぎするための準備と言えばあっさり納得した。本当にのんきな人。
 ルドルフと協力してお父様を当主代理から降ろすための準備は問題なく終わった。

 リンハルトの父親からは婚約解消は考え直して欲しいとの予想通りの返信が届いた。一時の気の迷いだからと。なぜわたしが許さないといけないのだろうか。そもそも破棄したたいと言ってきたのは向こうだ。簡単にエリザベスになびくような人はごめんだ。心が狭いと言われようがわたしは浮気を容認して結婚するつもりはない。
 外に子どもを作られれば今と同じようなことになってしまう。わたしは正直、お母様の死の原因がただの事故だったのか怪しいと思っているくらいなのだ。
 正式に婚約破棄が成立しなかったことは少し残念だったけれど、現状は婚約破棄が成立していないことは確認できた。けれど、お父様たちはすでにエリザベスとリンハルトの結婚が決定したと思っている。婚約破棄に対する認識が甘くないかしら? 


 準備期間はあっという間に終わり、出発の日。わたしは叔父様の邸に向かう馬車のなかでぼんやりと侯爵家に来たときのエリザベス母娘について考えていた。馬車は苦手だが移動するには仕方がない。頑張って馬車以外のことに意識を向ける。

 お母様が生きていたらエリザベス母娘はこの侯爵家に入れない。貴族としてエリザベスに良縁を望むのならなるべく早く侯爵家の人間になりたいだろう。エリザベスの年齢は当時十二歳。社交界デビューを考えると時間が無くもう待てなかったのでは? と邪推してしまう。
 だって、あの二人はお母様が亡くなってすぐに当たり前の顔をして我が家に来たのだもの……。
 
 お祖父様はエリザベス母娘をこの家に迎えることを強く反対していた。けれど、お父様は前々から準備していたようで無理やりこの家に入れてしまった。
 お祖父さまは溺愛していたお母様の死ですっかり気落ちしてしまったのか身体を壊してしまい、わたしが十三歳の時に亡くなってしまった。わたしはこれも怪しいと思っている。流石にお父様が関与していたとは思いたくない。
 お祖父様もお母様の死にエリザベスの母親の関与を疑っていた。ただの事故ではないと疑っていたお祖父様は絶対犯人を見つけると意気込んでいた。それなのに急に身体を壊してしまうなんて……。けれどこれも証拠は無い。

 過去のことを考えていても仕方がないのでわたしはこれからのことについて考えることにした。叔父様たちは最大限わたしの意志を尊重してくれるだろうから、わたしの方針は明確にしておかなければいけない。

・お父様の当主代理から降ろしてわたしが正式な当主になる
・リンハルトとは結婚しないし、婚約破棄の慰謝料を請求する
・エリザベス母娘には侯爵家を出て行ってもらいたい

 わたしの主な希望はこの三点。ただ、今のわたし一人で侯爵家の当主が務まるかが不安だ。ルドルフもいるし、お父様やエリザベスたちにいろいろと思うところのある人間ばかりだから殆どの人はわたしについてきてくれるだろう。けれど、未婚の若い女が当主となれば問題がでてくるかもしれない。この点は特に叔父様に相談が必要だと思う。叔父様たちにいい助言をもらえるといいのだけれど……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】キズモノになった私と婚約破棄ですか?別に構いませんがあなたが大丈夫ですか?

なか
恋愛
「キズモノのお前とは婚約破棄する」 顔にできた顔の傷も治らぬうちに第二王子のアルベルト様にそう宣告される 大きな傷跡は残るだろう キズモノのとなった私はもう要らないようだ そして彼が持ち出した条件は婚約破棄しても身体を寄越せと下卑た笑いで告げるのだ そんな彼を殴りつけたのはとある人物だった このキズの謎を知ったとき アルベルト王子は永遠に後悔する事となる 永遠の後悔と 永遠の愛が生まれた日の物語

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。

しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。 相手は10歳年上の公爵ユーグンド。 昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。 しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。 それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。 実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。 国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。 無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。  

(完結)妹に病にかかった婚約者をおしつけられました。

青空一夏
恋愛
フランソワーズは母親から理不尽な扱いを受けていた。それは美しいのに醜いと言われ続けられたこと。学園にも通わせてもらえなかったこと。妹ベッツィーを常に優先され、差別されたことだ。 父親はそれを黙認し、兄は人懐っこいベッツィーを可愛がる。フランソワーズは完全に、自分には価値がないと思い込んだ。 妹に婚約者ができた。それは公爵家の嫡男マクシミリアンで、ダイヤモンド鉱山を所有する大金持ちだった。彼は美しい少年だったが、病の為に目はくぼみガリガリに痩せ見る影もない。 そんなマクシミリアンを疎んじたベッツィーはフランソワーズに提案した。 「ねぇ、お姉様! お姉様にはちょうど婚約者がいないわね? マクシミリアン様を譲ってあげるわよ。ね、妹からのプレゼントよ。受け取ってちょうだい」 これはすっかり自信をなくした、実はとても綺麗なヒロインが幸せを掴む物語。異世界。現代的表現ありの現代的商品や機器などでてくる場合あり。貴族世界。全く史実に沿った物語ではありません。 6/23 5:56時点でhot1位になりました。お読みくださった方々のお陰です。ありがとうございます。✨

不妊を理由に離縁されて、うっかり妊娠して幸せになる話

七辻ゆゆ
恋愛
「妊娠できない」ではなく「妊娠しづらい」と診断されたのですが、王太子である夫にとってその違いは意味がなかったようです。 離縁されてのんびりしたり、お菓子づくりに協力したりしていたのですが、年下の彼とどうしてこんなことに!?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

処理中です...