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 その後、リディアはヴィレムの家で雇ってもらうことになった。他の使用人と同じ部屋で良いと言ったが、ヴィレムはそれを許さず、きちんとした部屋と待遇を用意してくれた。貴族のリディアが他の使用人と同じ部屋では回りが気を遣うと言われればリディアは拒否することが出来なかった。
 リディアの実家が受けた支援もリディアが返す必要はなくなった。ヴィレムは仮に請求する場合はリディアから返済させないと約束させた。
 エリオットの両親たちもエリオットの行いを聞いてリディアにひどく同情的だった。エリオットに充分な慰謝料を支払うように言い、リディアの実家がなんと言おうともリディアからの返済は受けないことを命じた。
 リディアの父親たちは何度かリディアに金の無心に来たが、ヴィレムによって全て追い返されている。リディアは借金の心配も住居や仕事の心配も無く、とても平和に暮らしていた。


「ヴィレム様、こちらの書類の確認をお願いします」
「ありがとう。本当に仕事が早いね。助かるよ」
「いえ、仕事を覚えるのに必死で……」
「計算も速いし正確だよ。報告書もわかりやすくまとまっているし……。君に来てもらって本当に良かった。正直、エレインにはここまで仕事を任せていなかったからこれまでよりずっと仕事がはかどるよ」
「エレイン様は女主人としての仕事がメインだったではありませんか。わたしは一使用人ですから、その仕事をこなしているだけです」


 エリオットとエレインは再婚したと風の噂で聞いた。こうなってしまった以上、結婚させないのはさらに外聞が悪いと結婚を許されたそうだ。けれど、エレインは実家から縁を切られたらしい。エリオットも親や親戚から見限られたそうだ。

 リディアがヴィレムの屋敷で働くようになり、屋敷の人間にとても歓迎された。働きもので使用人にも優しく、ヴィレムも信頼して仕事を任せている。そんな様子にヴィレムの妻になって欲しいと周囲の人間も期待した。
 ヴィレムもすっかりリディアに惚れ込んでいるようだが煮え切らない。踏み込んでしまえば関係が壊れ、リディアが離れてしまうのが怖かった。業を煮やした周囲の人間が二人を焚きつけたもののリディアはヴィレムの求婚を受け入れなかった。
 自分が浮気され離婚されるような人間であること、後ろ盾になるような実家がなく不釣り合いであること、子供が産めないこと。これらの理由から自分では相応しくないと求婚を断り続け、仕事に邁進した。

 その後、覚悟を決めたヴィレムは何度もリディアに求婚した。求婚を断られてもリディアが離れていかないことがわかったからだ。覚悟を決めたヴィレムのアプローチは激しく、周囲もヴィレムの良さをリディアにアピールし、不安に思うことは何もないと安心させていった。

「リディア、僕と結婚してほしい。君を幸せにしたいんだ」
「わたしはもう充分に幸せです。ヴィレム様はご自身の幸せを考えてください」
「このままでは僕は幸せになれない。僕の幸せには君が必要なんだ。君と一緒に幸せになりたい」

 ついにはリディアも観念し、求婚を受け入れた。リディアがヴィレムの家に来てから三年が経っていた。
 周囲の祝福を受けた二人が心から幸せと思える結婚だ。


 あの時、リディアはエリオットに「子供が産めない女で良かった」と言われたが、子供を持てない原因はリディアの方ではなかったらしい。
 なぜならリディアは今、ヴィレムの子を妊娠しているから。そして、リディアたちより先に結婚したエリオットたちにはまだ子供ができていないから。

 そんなエリオットは遠くない未来に当主の座を追われて追い出されるらしい。ヴィレムたちだけなく、その周囲の人間はエリオットたちと交流を絶っており、風の噂で聞こえてきた。二人のことを聞いてもリディアもヴィレムも不思議と何も感じることはなかった。
 リディアにとってエリオットとの結婚生活は夢か幻のようなできごとであり、すでに過去のことになっていたからだ。
 リディアは素敵な夫と可愛い子供に恵まれ、幸せとはこういうことなのだと理解した。
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