わたしの旦那様は幼なじみと結婚したいそうです。

7．

　ヴィレムは本当はどこか別の働き口を紹介するつもりだった。しかし、リディアを見ているとつい、別の考えを口にしてしまった。

「良かったら僕の家で働かないか？　僕の家ならすぐに働ける。住むところにも困らない」
「でも……」
「リディアが来てくれると僕も助かるよ」
「わたしとしてはありがたいお話ですが、妻を奪った幼なじみの元妻が屋敷で働いている姿を見るのは不快ではないですか？　下働きですし、視界に入る機会も少ないと思いますけど……。仮に働かせていただく場合にはもちろん視界に入らないように努力はします」
「はぁ……リディア？　君には僕が仮にも友人だった人間を下働きにするような薄情な人間に見えるのかい？」
「いえ、仕事をいただけるだけでも十二分にありがたいお話です。ですが、下働きの仕事はできてもヴィレム様のような家でわたしに勤まるような仕事はないと思います」
「待って。何か誤解があるようだけど、リディアにやってもらいたい仕事はそんなことではないよ」

　リディアはヴィレムの言葉にキョトンとする。下働きでなければヴィレムの家でどんな仕事をするというのだろうか。リディアの実家はエリオットの援助がなければ破綻してしまうような家だ。エリオットと離婚してしまえばリディアは貴族ではいられない。

「リディアも知っての通り、僕とエレインは離婚する」
「そうなりますよね」
「エレインがいなくなると家のことをする人間がいなくなる。丁度、うちでは今新しい事業に取り組んでいて忙しい。君のような技能を持った人間が必要なんだ」
「わたしには……」
「君は伯爵夫人としてエリオットの家を切り盛りしていただろう？　エリオットの家に来る前もかなりの量の家の仕事をこなしていたと聞いているよ」

　確かに浪費家の継母や腹違いの妹のためにリディアは実家でも奔走していた。継母は浪費することにしか興味がなく、家のことはおざなりで父も十分に手が回っていなかった。リディアがいなければもっと早くにリディアの実家は破綻していただろう。

「わたしに務まるでしょうでしょうか……」
「できれば君に来て欲しい。こうなってしまった以上、この隙を狙ってくる人間もいる。信用できない人間を家に入れたくない」
「わたしのことは信用できるのですか？」
「君の人となりは知っているつもりだよ。真面目で誠実だ。浮気現場を目撃し、薬を盛られてもその誘惑に負けなかった。今だって恨み言の一つも言わないし、伯爵夫人だったのに仕事を選ばず働き口を探そうとしている」
「そんな……わたしは立派な人間ではありません。それにヴィレム様の家の方々がなんて思うか……」
（エレイン様が出て行って、すぐにその浮気相手の元妻がやってくるなんて不快に思わないはずがないわ）

　リディアはヴィレムの提案を拒否する。しかし、その様子を見たヴィレムは是非、家に迎えたいと思った。この状況でもヴィレムの家の人間のことまで考えてくれる。思いつきで言ったことではあったが、やはりリディアのような人間に仕事を頼みたいと思った。

「即戦力が欲しいんだ。リディアなら確実に歓迎される。エレインはあまりそういった仕事は得意ではなかったし、追加で人を入れることを検討していたくらいなんだ。友人を助けると思ってうちに来て欲しい。すぐに答えを出す必要はないし、ゆっくり考えて良いから」
「ありがとうございます。考えてみます」
（こんなに良い話があって良いのかしら。正直、住むところの心配が無くなるのは本当にありがたい。いずれ、転職するにしても次の就職に役に立つと思う。でも、わたしのような人間がヴィレム様に甘えてしまって良いの？）