8 / 46
8.お客様の正体
しおりを挟む
わたしがじっと見つめると男の人は不思議そうに口を開いた。
「もしかして、私のことをしらないのだろうか?」
――え? 何? ものすごく自意識過剰な人なの?
目の前の男の人の態度にわたしは困惑する。
「えぇ、存じ上げませんけど……」
「はぁー……そうか……」
「何か問題でも?」
「いや、こちらが悪い。ずいぶん思い上がった考えだった」
この人はとんでもない有名人なのかもしれない。なんだか申し訳なくなってくる。
「すみません」
「てっきり自分のことは知っているものだとばかり……。申し訳なかった。改めて名乗らせて欲しい。私の名はグレン・ウィンスレット。決して怪しい者ではない」
――ウィンスレット? ってこの土地の領主様の名前じゃない! そんな人に怪しいとか言っちゃったんですけど……。
嫌な汗が背中を流れる。
「あ、あの、まさか領主様の……」
「あぁ。ウィンスレットといっても現領主の三男だ。王都で騎士団の一つを任されている。てっきり領民なら知っているものだと思い込んでいた。傲慢な考えだったよ。すまない」
そう言ってウィンスレット様は紋章の入ったネックレスをわたしに見せる。
――まさか、領主の三男で騎士団長って第三王子の側近……? 領主一族ならこの近辺に詳しいわけよね。そんな人が訪ねてくるなんて思わないわよ。うぅ……完全に平和ボケしていたわ。
目の前の男の人はかなりの有名人だった。この村に住むのに重要人物のことを把握してなかった自分を叱り飛ばしたい。
「申し訳ありません。わたしは三年ほど前にこの村にきたので、ウィンスレット様のお顔を存じ上げませんでした」
「そうか、それなら仕方ないな。ここ数年はこの村に寄ることはなかったし、知らないのも無理はないだろう。あと、ここにはウィンスレットは複数いるからグレンで構わない」
グレン様の言葉にわたしはほっと胸をなで下ろす。
「そう言っていただけて恐縮です」
「では、依頼は受けてくれるだろうか?」
「それとこれとは話が別です。グレン様がたとえ領主様のご子息であってもこの依頼は受けることはできません」
「なぜだろうか?」
「先ほども申し上げたように、わたしは武器を作りたくないのです」
素っ気なく拒否するわたしに対してグレン様は固い表情になる。
「第三王子の依頼であってもだろうか?」
「誰が相手であっても変わりません。それに、錬金術師に対して身分を盾に依頼を強制することはできなかったと思いますが」
過去に錬金術師に対して自分の依頼を強要することが問題になったのだ。
錬金術は意外と繊細なので、自分が作りたいと思わないと作れない。錬金術で利益を独占したり、自分の意に添わない錬金術師を消したりする人間も現れた。
錬金術師は貴重な人材ということもあり、権利が保証されるようになった歴史がある。
「うっ……」
わたしの反撃にグレン様は痛いところを突かれたらしい。
――このまま引き下がってくれるかしら?
「と、とにかく詳しい話を聞いて欲しい。どうしても依頼を受けて欲しいんだ」
引き下がってはくれなかった。この人にも立場があるだろうから仕方がないのかもしれない。
「……わかりました。お話はお聞きします。お茶を淹れなおしますのでお待ちください」
わたしはお茶を淹れなおし、メモを取るためにペンとメモ用紙も用意した。メモ用紙に今日の日付を記入する。
「改めまして、わたしは錬金術師のエルザと申します」
わたしは失礼のないように挨拶をした。
グレン様はわたしの挨拶にやや面食らった様子だ。
――何かおかしなところはあったかしら? これでもしっかり作法は身についていると思ったのだけれど。
ここに来るまではしっかりと教育を受けていたし、教師や周囲から褒められることは多かった。
グレン様はわたしのメモ帳にもチラリと視線の動かす。
「あなたはずいぶん所作がきれいだな。読み書きも問題ないようだし、字も美しい」
――あぁ、そっちね。しっかりとしすぎるのも問題なのかもしれないわ。と言っても加減がわからないけれど。お茶を淹れたり飲んだりするのだってしっかりと身についてしまっているもの。でも、無礼を働くよりは良いはずだわ。
わたしはニコリと微笑んで理由を説明する。
「……以前、母親と共にとある貴族の家にお世話になっておりました。わたしは生まれたときからその家におりましたし、そちらには同じ年頃の幼いお嬢様がいらっしゃいましたので、色々なことを学ぶ機会がありました」
「どうしてその家を出たんだ?」
「錬金術師になりたかったのと、母が亡くなり、その家にいる理由がなくなりました。わたしは母と違ってその家に生涯尽くしたいわけではありませんでしたし」
「すまない……」
グレン様が申し訳なさそうな顔する。嘘は言っていないけれど、そのような態度を取られるとこちらの方が申し訳なく思ってしまう。
「いえ、過去のことです。本当はもっと早くその家を離れたかったのですが、師匠にも子どものうちは錬金術の修行だと思って色々なことを学びなさいと言われていたんです。貴族の家では平民の生活では体験できないことを体験できますから」
「なるほど……」
「錬金術師には色々なお客様がいらっしゃいますから、失礼のないようにとわたしの師匠も礼儀作法にはとても厳しかったのです」
「三年ほど前にこの村に来たと言っていたな。では、錬金術師としては経験まだ……」
「えぇ、まだまだ未熟な修行中の身でございます。ですからご依頼は……」
「いや、このアトリエに来る前に村人から聞いている。この村には”凄腕の錬金術師”がいると。この短期間で村人にそう言われるということは本当に優秀なのだろう」
――駄目だったか……。
わたしは思わず心の中で舌打ちしてしまう。良い感じに未熟だと誘導できたと思ったのに……。
「もしかして、私のことをしらないのだろうか?」
――え? 何? ものすごく自意識過剰な人なの?
目の前の男の人の態度にわたしは困惑する。
「えぇ、存じ上げませんけど……」
「はぁー……そうか……」
「何か問題でも?」
「いや、こちらが悪い。ずいぶん思い上がった考えだった」
この人はとんでもない有名人なのかもしれない。なんだか申し訳なくなってくる。
「すみません」
「てっきり自分のことは知っているものだとばかり……。申し訳なかった。改めて名乗らせて欲しい。私の名はグレン・ウィンスレット。決して怪しい者ではない」
――ウィンスレット? ってこの土地の領主様の名前じゃない! そんな人に怪しいとか言っちゃったんですけど……。
嫌な汗が背中を流れる。
「あ、あの、まさか領主様の……」
「あぁ。ウィンスレットといっても現領主の三男だ。王都で騎士団の一つを任されている。てっきり領民なら知っているものだと思い込んでいた。傲慢な考えだったよ。すまない」
そう言ってウィンスレット様は紋章の入ったネックレスをわたしに見せる。
――まさか、領主の三男で騎士団長って第三王子の側近……? 領主一族ならこの近辺に詳しいわけよね。そんな人が訪ねてくるなんて思わないわよ。うぅ……完全に平和ボケしていたわ。
目の前の男の人はかなりの有名人だった。この村に住むのに重要人物のことを把握してなかった自分を叱り飛ばしたい。
「申し訳ありません。わたしは三年ほど前にこの村にきたので、ウィンスレット様のお顔を存じ上げませんでした」
「そうか、それなら仕方ないな。ここ数年はこの村に寄ることはなかったし、知らないのも無理はないだろう。あと、ここにはウィンスレットは複数いるからグレンで構わない」
グレン様の言葉にわたしはほっと胸をなで下ろす。
「そう言っていただけて恐縮です」
「では、依頼は受けてくれるだろうか?」
「それとこれとは話が別です。グレン様がたとえ領主様のご子息であってもこの依頼は受けることはできません」
「なぜだろうか?」
「先ほども申し上げたように、わたしは武器を作りたくないのです」
素っ気なく拒否するわたしに対してグレン様は固い表情になる。
「第三王子の依頼であってもだろうか?」
「誰が相手であっても変わりません。それに、錬金術師に対して身分を盾に依頼を強制することはできなかったと思いますが」
過去に錬金術師に対して自分の依頼を強要することが問題になったのだ。
錬金術は意外と繊細なので、自分が作りたいと思わないと作れない。錬金術で利益を独占したり、自分の意に添わない錬金術師を消したりする人間も現れた。
錬金術師は貴重な人材ということもあり、権利が保証されるようになった歴史がある。
「うっ……」
わたしの反撃にグレン様は痛いところを突かれたらしい。
――このまま引き下がってくれるかしら?
「と、とにかく詳しい話を聞いて欲しい。どうしても依頼を受けて欲しいんだ」
引き下がってはくれなかった。この人にも立場があるだろうから仕方がないのかもしれない。
「……わかりました。お話はお聞きします。お茶を淹れなおしますのでお待ちください」
わたしはお茶を淹れなおし、メモを取るためにペンとメモ用紙も用意した。メモ用紙に今日の日付を記入する。
「改めまして、わたしは錬金術師のエルザと申します」
わたしは失礼のないように挨拶をした。
グレン様はわたしの挨拶にやや面食らった様子だ。
――何かおかしなところはあったかしら? これでもしっかり作法は身についていると思ったのだけれど。
ここに来るまではしっかりと教育を受けていたし、教師や周囲から褒められることは多かった。
グレン様はわたしのメモ帳にもチラリと視線の動かす。
「あなたはずいぶん所作がきれいだな。読み書きも問題ないようだし、字も美しい」
――あぁ、そっちね。しっかりとしすぎるのも問題なのかもしれないわ。と言っても加減がわからないけれど。お茶を淹れたり飲んだりするのだってしっかりと身についてしまっているもの。でも、無礼を働くよりは良いはずだわ。
わたしはニコリと微笑んで理由を説明する。
「……以前、母親と共にとある貴族の家にお世話になっておりました。わたしは生まれたときからその家におりましたし、そちらには同じ年頃の幼いお嬢様がいらっしゃいましたので、色々なことを学ぶ機会がありました」
「どうしてその家を出たんだ?」
「錬金術師になりたかったのと、母が亡くなり、その家にいる理由がなくなりました。わたしは母と違ってその家に生涯尽くしたいわけではありませんでしたし」
「すまない……」
グレン様が申し訳なさそうな顔する。嘘は言っていないけれど、そのような態度を取られるとこちらの方が申し訳なく思ってしまう。
「いえ、過去のことです。本当はもっと早くその家を離れたかったのですが、師匠にも子どものうちは錬金術の修行だと思って色々なことを学びなさいと言われていたんです。貴族の家では平民の生活では体験できないことを体験できますから」
「なるほど……」
「錬金術師には色々なお客様がいらっしゃいますから、失礼のないようにとわたしの師匠も礼儀作法にはとても厳しかったのです」
「三年ほど前にこの村に来たと言っていたな。では、錬金術師としては経験まだ……」
「えぇ、まだまだ未熟な修行中の身でございます。ですからご依頼は……」
「いや、このアトリエに来る前に村人から聞いている。この村には”凄腕の錬金術師”がいると。この短期間で村人にそう言われるということは本当に優秀なのだろう」
――駄目だったか……。
わたしは思わず心の中で舌打ちしてしまう。良い感じに未熟だと誘導できたと思ったのに……。
11
お気に入りに追加
502
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
結婚しましたが、愛されていません
うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。
彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。
為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
「いなくても困らない」と言われたから、他国の皇帝妃になってやりました
ネコ
恋愛
「お前はいなくても困らない」。そう告げられた瞬間、私の心は凍りついた。王国一の高貴な婚約者を得たはずなのに、彼の裏切りはあまりにも身勝手だった。かくなる上は、誰もが恐れ多いと敬う帝国の皇帝のもとへ嫁ぐまで。失意の底で誓った決意が、私の運命を大きく変えていく。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
《完結》国を追放された【聖女】は、隣国で天才【錬金術師】として暮らしていくようです
黄舞
恋愛
精霊に愛された少女は聖女として崇められる。私の住む国で古くからある習わしだ。
驚いたことに私も聖女だと、村の皆の期待を背に王都マーベラに迎えられた。
それなのに……。
「この者が聖女なはずはない! 穢らわしい!」
私よりも何年も前から聖女として称えられているローザ様の一言で、私は国を追放されることになってしまった。
「もし良かったら同行してくれないか?」
隣国に向かう途中で命を救ったやり手の商人アベルに色々と助けてもらうことに。
その隣国では精霊の力を利用する技術を使う者は【錬金術師】と呼ばれていて……。
第五元素エーテルの精霊に愛された私は、生まれた国を追放されたけれど、隣国で天才錬金術師として暮らしていくようです!!
この物語は、国を追放された聖女と、助けたやり手商人との恋愛話です。
追放ものなので、最初の方で3話毎にざまぁ描写があります。
薬の効果を示すためにたまに人が怪我をしますがグロ描写はありません。
作者が化学好きなので、少し趣味が出ますがファンタジー風味を壊すことは無いように気を使っています。
他サイトでも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
金喰い虫ですって!? 婚約破棄&追放された用済み聖女は、実は妖精の愛し子でした ~田舎に帰って妖精さんたちと幸せに暮らします~
アトハ
ファンタジー
「貴様はもう用済みだ。『聖女』などという迷信に踊らされて大損だった。どこへでも行くが良い」
突然の宣告で、国外追放。国のため、必死で毎日祈りを捧げたのに、その仕打ちはあんまりでではありませんか!
魔法技術が進んだ今、妖精への祈りという不確かな力を行使する聖女は国にとっての『金喰い虫』とのことですが。
「これから大災厄が来るのにね~」
「ばかな国だね~。自ら聖女様を手放そうなんて~」
妖精の声が聞こえる私は、知っています。
この国には、間もなく前代未聞の災厄が訪れるということを。
もう国のことなんて知りません。
追放したのはそっちです!
故郷に戻ってゆっくりさせてもらいますからね!
※ 他の小説サイト様にも投稿しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】婚約破棄の次は白い結婚? ちょっと待って、それって私可哀想すぎると思うんだけど・・
との
恋愛
婚約破棄されるって噂を聞きつけたけど、父親から
【命に関わるから我慢しなさい】
と言われ、言いたい放題の人達に文句も言わず婚約破棄を受け入れたエリン。
ところが次の相手は白い結婚だ!と言い出した。
えっ? しかも敷地内に恋人を囲ってる?
何か不条理すぎる気がするわ。
この状況打開して、私だって幸せになりますね。
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
大幅改訂しました。
R15は念の為・・
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います
登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」
「え? いいんですか?」
聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。
聖女となった者が皇太子の妻となる。
そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。
皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。
私の一番嫌いなタイプだった。
ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。
そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。
やった!
これで最悪な責務から解放された!
隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。
そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる