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32-1.さよなら
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何の動きもないままわたしたちは捕らわれ続けていた。助けがくる気配は特にない。
なんだか、外の空気がざわついている気がする。何かあったのだろうか。
「なんだか外が騒がしいような気がしませんか?」
「そうだね。そろそろ動きがあるかもしれない。そもそも、ここに長期間閉じ込めておく理由もないからね。気持ちの準備だけはしておいた方がいいだろう」
バタバタと部屋の外を走る音がする。何か怒鳴っている声も聞こえてくる。
いくつもの足音がして、ドアの前で止まった。わたしは思わず息を呑む。
ドアが乱暴に開かれた。
「移動だ!」
二人の男かわたしに近づき、一人がわたしの足首の縄をほどいた。クリストファー様は乱暴にわたしから遠ざけられる。
「触らないでください」
「おとなしくしろ」
「クリストファー様っ」
「フィオナをどうするつもりだ」
「お前に答える義理はない」
「クリストファー様と一緒でなければわたしは移動しません」
「お前に選択権はないんだよ」
「いいえ、わたしに死なれては困るのでしょう? わたしには自害する術があります」
本当はそんなものはない。けれど、はったりをかけてでもクリストファー様と離れることは阻止しないといけない。
「時間が無い。気を失わせてでも連れて行け」
「待ってくれ! 私が説得する」
クリストファー様が話に割って入ってきた。
「もとより私は彼女が無事ならおとなしくここに残るつもりだ。最後に二人きりでお別れをさせてくれないか? 私が説得しないと彼女はここから動かないよ」
「クリストファー様! わたしは一人では行きません。クリストファー様がここで命を諦めると言うならわたしも一緒です」
「良いから言うことを聞いて」
「聞きません」
クリストファー様の言葉でもこれだけは言うことを聞けない。
「仕方ない……」
「良いのかよ?」
「仕方ないだろう。この女に死なれては困る。この女は相当頑固だが、常にこいつを優先している。俺たちも早くここから出ないとまずい。約束の時間に遅れるし、そろそろ火をつける時間だ。駄目なら無理やり黙らせれば良い」
「そりゃそうだけど……」
「さっさと終わらせろ。三分だ」
わたしを無視してクリストファー様たちは勝手に話を進めてしまった。わたしは絶対にクリストファー様を置いていくことなんてしないのに。
「逃げないから手首の縄をほどいてくれ。片方の腕は柱につなげてくれて構わない」
「そんなことできるわけないだろう」
「最後に彼女に触れさせてくれ。彼女は私の特別な人なんだ。まだ、片思いだけど」
片思いだなんて……。ううん、そんなことよりクリストファー様とお別れするなんてありえない。
「最後くらい良いじゃないか。説得してもらえるなら」
男はの一人がクリストファー様の手首の縄をほどき、片方の腕は柱につなぎとめた。悪党の中にも最後だと同情してくれるような人間もいるのだろうか。
「それに心配ならこうしておけば良い」
そういって男はナイフを取り出し、そのままクリストファー様の太ももに思い切り突き刺した。
「きゃあっ」
「ぐっ」
クリストファー様の顔が苦痛でゆがめられる。
男は太ももに刺したナイフを抜き、さらに脇腹を切りつけた。
そこはクリストファー様が切りつけられたところ……。なんてことをするの!
わたしはクリストファー様に駆け寄る。
「これなら下手なことはできないだろう?」
男はにやりと嫌な笑顔を浮かべた。悪党は悪党だった。
「クリストファー様、大丈夫ですか?」
「これくらいなんともないよ」
そんなわけない。今までに見たことがないくらい苦痛に顔を歪めている。
「わたしは絶対にクリストファーから離れませんから!」
絶対に離れない。
改めて決意を固くしていると、突然地面が揺れた。思わずよろけてしまうほどの揺れだ。グラグラと地面が揺れる。部屋にあった物が地面に落ち、大きな物音を立てた。
揺れが収まったと思ったら、部屋の外から「うわぁっ」「まずいぞ!」と声が聞こえてきた。
時間をおかず、別の男が部屋に駆け込んでくる。
「大変だ! この揺れで準備していた火が小屋に! 早く逃げないとまずいぞ」
「なんだって?」
この小屋が火事になってしまったらしい。
このまま火に巻かれて死んでしまうのね。約束を果たせずに死ぬなんて無念だし、精霊には申し訳がない。けれど、クリストファー様と一緒に終わるなら悪くないかもしれない。
「クリストファー様……」
「フィオナ、君は逃げるんだ」
「嫌です」
男たちも突然のことに混乱しているようだ。
「早く逃げるぞ!」
「荷物をまとめます」
「無理はするな!」
クリストファー様は男たちに声をかけた。
「一分だけ時間をくれ」
「三十秒だ。それ以上は待てない」
「わかった。最後に二人だけにしてくれ。すぐ説得する」
男たちはドタバタと部屋を出て行った。男たちにも準備があるのだろう。
クリストファー様は焦っている。わたしの肩を掴み、わたしの目をじっと見つめる。
「君だけでも逃げるんだ」
「そんなことできませんっ」
「時間が無い。いいから、僕の言うことを聞いて!」
「でも……」
「僕に君を守らせてくれ。今なら君だけは助けられる。この怪我に火事では君を守りながら脱出をするのは不可能だ。そろそろ助けもくるはずだ。後のことは彼らに任せる」
早口でわたしに逃げろと説得をしてくるが、わたしの決意は揺らがない。
「嫌です。一緒でないとわたしはここから動きません。最後まで一緒にいます」
「仕方がないな。君に乱暴なことはしたくなかったけど、許してくれ」
困った顔をしたクリストファー様がそっとわたしを抱きしめる。今回は一人じゃない。
クリストファー様、巻き込んでしまってごめんなさい。
「クリストファー様?」
「ここでお別れだ。……愛しているよ、リリアーナ」
「え?」
耳元でクリストファー様の悲しげな声がする。
わたしの意識はそこで途切れた。
なんだか、外の空気がざわついている気がする。何かあったのだろうか。
「なんだか外が騒がしいような気がしませんか?」
「そうだね。そろそろ動きがあるかもしれない。そもそも、ここに長期間閉じ込めておく理由もないからね。気持ちの準備だけはしておいた方がいいだろう」
バタバタと部屋の外を走る音がする。何か怒鳴っている声も聞こえてくる。
いくつもの足音がして、ドアの前で止まった。わたしは思わず息を呑む。
ドアが乱暴に開かれた。
「移動だ!」
二人の男かわたしに近づき、一人がわたしの足首の縄をほどいた。クリストファー様は乱暴にわたしから遠ざけられる。
「触らないでください」
「おとなしくしろ」
「クリストファー様っ」
「フィオナをどうするつもりだ」
「お前に答える義理はない」
「クリストファー様と一緒でなければわたしは移動しません」
「お前に選択権はないんだよ」
「いいえ、わたしに死なれては困るのでしょう? わたしには自害する術があります」
本当はそんなものはない。けれど、はったりをかけてでもクリストファー様と離れることは阻止しないといけない。
「時間が無い。気を失わせてでも連れて行け」
「待ってくれ! 私が説得する」
クリストファー様が話に割って入ってきた。
「もとより私は彼女が無事ならおとなしくここに残るつもりだ。最後に二人きりでお別れをさせてくれないか? 私が説得しないと彼女はここから動かないよ」
「クリストファー様! わたしは一人では行きません。クリストファー様がここで命を諦めると言うならわたしも一緒です」
「良いから言うことを聞いて」
「聞きません」
クリストファー様の言葉でもこれだけは言うことを聞けない。
「仕方ない……」
「良いのかよ?」
「仕方ないだろう。この女に死なれては困る。この女は相当頑固だが、常にこいつを優先している。俺たちも早くここから出ないとまずい。約束の時間に遅れるし、そろそろ火をつける時間だ。駄目なら無理やり黙らせれば良い」
「そりゃそうだけど……」
「さっさと終わらせろ。三分だ」
わたしを無視してクリストファー様たちは勝手に話を進めてしまった。わたしは絶対にクリストファー様を置いていくことなんてしないのに。
「逃げないから手首の縄をほどいてくれ。片方の腕は柱につなげてくれて構わない」
「そんなことできるわけないだろう」
「最後に彼女に触れさせてくれ。彼女は私の特別な人なんだ。まだ、片思いだけど」
片思いだなんて……。ううん、そんなことよりクリストファー様とお別れするなんてありえない。
「最後くらい良いじゃないか。説得してもらえるなら」
男はの一人がクリストファー様の手首の縄をほどき、片方の腕は柱につなぎとめた。悪党の中にも最後だと同情してくれるような人間もいるのだろうか。
「それに心配ならこうしておけば良い」
そういって男はナイフを取り出し、そのままクリストファー様の太ももに思い切り突き刺した。
「きゃあっ」
「ぐっ」
クリストファー様の顔が苦痛でゆがめられる。
男は太ももに刺したナイフを抜き、さらに脇腹を切りつけた。
そこはクリストファー様が切りつけられたところ……。なんてことをするの!
わたしはクリストファー様に駆け寄る。
「これなら下手なことはできないだろう?」
男はにやりと嫌な笑顔を浮かべた。悪党は悪党だった。
「クリストファー様、大丈夫ですか?」
「これくらいなんともないよ」
そんなわけない。今までに見たことがないくらい苦痛に顔を歪めている。
「わたしは絶対にクリストファーから離れませんから!」
絶対に離れない。
改めて決意を固くしていると、突然地面が揺れた。思わずよろけてしまうほどの揺れだ。グラグラと地面が揺れる。部屋にあった物が地面に落ち、大きな物音を立てた。
揺れが収まったと思ったら、部屋の外から「うわぁっ」「まずいぞ!」と声が聞こえてきた。
時間をおかず、別の男が部屋に駆け込んでくる。
「大変だ! この揺れで準備していた火が小屋に! 早く逃げないとまずいぞ」
「なんだって?」
この小屋が火事になってしまったらしい。
このまま火に巻かれて死んでしまうのね。約束を果たせずに死ぬなんて無念だし、精霊には申し訳がない。けれど、クリストファー様と一緒に終わるなら悪くないかもしれない。
「クリストファー様……」
「フィオナ、君は逃げるんだ」
「嫌です」
男たちも突然のことに混乱しているようだ。
「早く逃げるぞ!」
「荷物をまとめます」
「無理はするな!」
クリストファー様は男たちに声をかけた。
「一分だけ時間をくれ」
「三十秒だ。それ以上は待てない」
「わかった。最後に二人だけにしてくれ。すぐ説得する」
男たちはドタバタと部屋を出て行った。男たちにも準備があるのだろう。
クリストファー様は焦っている。わたしの肩を掴み、わたしの目をじっと見つめる。
「君だけでも逃げるんだ」
「そんなことできませんっ」
「時間が無い。いいから、僕の言うことを聞いて!」
「でも……」
「僕に君を守らせてくれ。今なら君だけは助けられる。この怪我に火事では君を守りながら脱出をするのは不可能だ。そろそろ助けもくるはずだ。後のことは彼らに任せる」
早口でわたしに逃げろと説得をしてくるが、わたしの決意は揺らがない。
「嫌です。一緒でないとわたしはここから動きません。最後まで一緒にいます」
「仕方がないな。君に乱暴なことはしたくなかったけど、許してくれ」
困った顔をしたクリストファー様がそっとわたしを抱きしめる。今回は一人じゃない。
クリストファー様、巻き込んでしまってごめんなさい。
「クリストファー様?」
「ここでお別れだ。……愛しているよ、リリアーナ」
「え?」
耳元でクリストファー様の悲しげな声がする。
わたしの意識はそこで途切れた。
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