32 / 42
32-1.さよなら
しおりを挟む
何の動きもないままわたしたちは捕らわれ続けていた。助けがくる気配は特にない。
なんだか、外の空気がざわついている気がする。何かあったのだろうか。
「なんだか外が騒がしいような気がしませんか?」
「そうだね。そろそろ動きがあるかもしれない。そもそも、ここに長期間閉じ込めておく理由もないからね。気持ちの準備だけはしておいた方がいいだろう」
バタバタと部屋の外を走る音がする。何か怒鳴っている声も聞こえてくる。
いくつもの足音がして、ドアの前で止まった。わたしは思わず息を呑む。
ドアが乱暴に開かれた。
「移動だ!」
二人の男かわたしに近づき、一人がわたしの足首の縄をほどいた。クリストファー様は乱暴にわたしから遠ざけられる。
「触らないでください」
「おとなしくしろ」
「クリストファー様っ」
「フィオナをどうするつもりだ」
「お前に答える義理はない」
「クリストファー様と一緒でなければわたしは移動しません」
「お前に選択権はないんだよ」
「いいえ、わたしに死なれては困るのでしょう? わたしには自害する術があります」
本当はそんなものはない。けれど、はったりをかけてでもクリストファー様と離れることは阻止しないといけない。
「時間が無い。気を失わせてでも連れて行け」
「待ってくれ! 私が説得する」
クリストファー様が話に割って入ってきた。
「もとより私は彼女が無事ならおとなしくここに残るつもりだ。最後に二人きりでお別れをさせてくれないか? 私が説得しないと彼女はここから動かないよ」
「クリストファー様! わたしは一人では行きません。クリストファー様がここで命を諦めると言うならわたしも一緒です」
「良いから言うことを聞いて」
「聞きません」
クリストファー様の言葉でもこれだけは言うことを聞けない。
「仕方ない……」
「良いのかよ?」
「仕方ないだろう。この女に死なれては困る。この女は相当頑固だが、常にこいつを優先している。俺たちも早くここから出ないとまずい。約束の時間に遅れるし、そろそろ火をつける時間だ。駄目なら無理やり黙らせれば良い」
「そりゃそうだけど……」
「さっさと終わらせろ。三分だ」
わたしを無視してクリストファー様たちは勝手に話を進めてしまった。わたしは絶対にクリストファー様を置いていくことなんてしないのに。
「逃げないから手首の縄をほどいてくれ。片方の腕は柱につなげてくれて構わない」
「そんなことできるわけないだろう」
「最後に彼女に触れさせてくれ。彼女は私の特別な人なんだ。まだ、片思いだけど」
片思いだなんて……。ううん、そんなことよりクリストファー様とお別れするなんてありえない。
「最後くらい良いじゃないか。説得してもらえるなら」
男はの一人がクリストファー様の手首の縄をほどき、片方の腕は柱につなぎとめた。悪党の中にも最後だと同情してくれるような人間もいるのだろうか。
「それに心配ならこうしておけば良い」
そういって男はナイフを取り出し、そのままクリストファー様の太ももに思い切り突き刺した。
「きゃあっ」
「ぐっ」
クリストファー様の顔が苦痛でゆがめられる。
男は太ももに刺したナイフを抜き、さらに脇腹を切りつけた。
そこはクリストファー様が切りつけられたところ……。なんてことをするの!
わたしはクリストファー様に駆け寄る。
「これなら下手なことはできないだろう?」
男はにやりと嫌な笑顔を浮かべた。悪党は悪党だった。
「クリストファー様、大丈夫ですか?」
「これくらいなんともないよ」
そんなわけない。今までに見たことがないくらい苦痛に顔を歪めている。
「わたしは絶対にクリストファーから離れませんから!」
絶対に離れない。
改めて決意を固くしていると、突然地面が揺れた。思わずよろけてしまうほどの揺れだ。グラグラと地面が揺れる。部屋にあった物が地面に落ち、大きな物音を立てた。
揺れが収まったと思ったら、部屋の外から「うわぁっ」「まずいぞ!」と声が聞こえてきた。
時間をおかず、別の男が部屋に駆け込んでくる。
「大変だ! この揺れで準備していた火が小屋に! 早く逃げないとまずいぞ」
「なんだって?」
この小屋が火事になってしまったらしい。
このまま火に巻かれて死んでしまうのね。約束を果たせずに死ぬなんて無念だし、精霊には申し訳がない。けれど、クリストファー様と一緒に終わるなら悪くないかもしれない。
「クリストファー様……」
「フィオナ、君は逃げるんだ」
「嫌です」
男たちも突然のことに混乱しているようだ。
「早く逃げるぞ!」
「荷物をまとめます」
「無理はするな!」
クリストファー様は男たちに声をかけた。
「一分だけ時間をくれ」
「三十秒だ。それ以上は待てない」
「わかった。最後に二人だけにしてくれ。すぐ説得する」
男たちはドタバタと部屋を出て行った。男たちにも準備があるのだろう。
クリストファー様は焦っている。わたしの肩を掴み、わたしの目をじっと見つめる。
「君だけでも逃げるんだ」
「そんなことできませんっ」
「時間が無い。いいから、僕の言うことを聞いて!」
「でも……」
「僕に君を守らせてくれ。今なら君だけは助けられる。この怪我に火事では君を守りながら脱出をするのは不可能だ。そろそろ助けもくるはずだ。後のことは彼らに任せる」
早口でわたしに逃げろと説得をしてくるが、わたしの決意は揺らがない。
「嫌です。一緒でないとわたしはここから動きません。最後まで一緒にいます」
「仕方がないな。君に乱暴なことはしたくなかったけど、許してくれ」
困った顔をしたクリストファー様がそっとわたしを抱きしめる。今回は一人じゃない。
クリストファー様、巻き込んでしまってごめんなさい。
「クリストファー様?」
「ここでお別れだ。……愛しているよ、リリアーナ」
「え?」
耳元でクリストファー様の悲しげな声がする。
わたしの意識はそこで途切れた。
なんだか、外の空気がざわついている気がする。何かあったのだろうか。
「なんだか外が騒がしいような気がしませんか?」
「そうだね。そろそろ動きがあるかもしれない。そもそも、ここに長期間閉じ込めておく理由もないからね。気持ちの準備だけはしておいた方がいいだろう」
バタバタと部屋の外を走る音がする。何か怒鳴っている声も聞こえてくる。
いくつもの足音がして、ドアの前で止まった。わたしは思わず息を呑む。
ドアが乱暴に開かれた。
「移動だ!」
二人の男かわたしに近づき、一人がわたしの足首の縄をほどいた。クリストファー様は乱暴にわたしから遠ざけられる。
「触らないでください」
「おとなしくしろ」
「クリストファー様っ」
「フィオナをどうするつもりだ」
「お前に答える義理はない」
「クリストファー様と一緒でなければわたしは移動しません」
「お前に選択権はないんだよ」
「いいえ、わたしに死なれては困るのでしょう? わたしには自害する術があります」
本当はそんなものはない。けれど、はったりをかけてでもクリストファー様と離れることは阻止しないといけない。
「時間が無い。気を失わせてでも連れて行け」
「待ってくれ! 私が説得する」
クリストファー様が話に割って入ってきた。
「もとより私は彼女が無事ならおとなしくここに残るつもりだ。最後に二人きりでお別れをさせてくれないか? 私が説得しないと彼女はここから動かないよ」
「クリストファー様! わたしは一人では行きません。クリストファー様がここで命を諦めると言うならわたしも一緒です」
「良いから言うことを聞いて」
「聞きません」
クリストファー様の言葉でもこれだけは言うことを聞けない。
「仕方ない……」
「良いのかよ?」
「仕方ないだろう。この女に死なれては困る。この女は相当頑固だが、常にこいつを優先している。俺たちも早くここから出ないとまずい。約束の時間に遅れるし、そろそろ火をつける時間だ。駄目なら無理やり黙らせれば良い」
「そりゃそうだけど……」
「さっさと終わらせろ。三分だ」
わたしを無視してクリストファー様たちは勝手に話を進めてしまった。わたしは絶対にクリストファー様を置いていくことなんてしないのに。
「逃げないから手首の縄をほどいてくれ。片方の腕は柱につなげてくれて構わない」
「そんなことできるわけないだろう」
「最後に彼女に触れさせてくれ。彼女は私の特別な人なんだ。まだ、片思いだけど」
片思いだなんて……。ううん、そんなことよりクリストファー様とお別れするなんてありえない。
「最後くらい良いじゃないか。説得してもらえるなら」
男はの一人がクリストファー様の手首の縄をほどき、片方の腕は柱につなぎとめた。悪党の中にも最後だと同情してくれるような人間もいるのだろうか。
「それに心配ならこうしておけば良い」
そういって男はナイフを取り出し、そのままクリストファー様の太ももに思い切り突き刺した。
「きゃあっ」
「ぐっ」
クリストファー様の顔が苦痛でゆがめられる。
男は太ももに刺したナイフを抜き、さらに脇腹を切りつけた。
そこはクリストファー様が切りつけられたところ……。なんてことをするの!
わたしはクリストファー様に駆け寄る。
「これなら下手なことはできないだろう?」
男はにやりと嫌な笑顔を浮かべた。悪党は悪党だった。
「クリストファー様、大丈夫ですか?」
「これくらいなんともないよ」
そんなわけない。今までに見たことがないくらい苦痛に顔を歪めている。
「わたしは絶対にクリストファーから離れませんから!」
絶対に離れない。
改めて決意を固くしていると、突然地面が揺れた。思わずよろけてしまうほどの揺れだ。グラグラと地面が揺れる。部屋にあった物が地面に落ち、大きな物音を立てた。
揺れが収まったと思ったら、部屋の外から「うわぁっ」「まずいぞ!」と声が聞こえてきた。
時間をおかず、別の男が部屋に駆け込んでくる。
「大変だ! この揺れで準備していた火が小屋に! 早く逃げないとまずいぞ」
「なんだって?」
この小屋が火事になってしまったらしい。
このまま火に巻かれて死んでしまうのね。約束を果たせずに死ぬなんて無念だし、精霊には申し訳がない。けれど、クリストファー様と一緒に終わるなら悪くないかもしれない。
「クリストファー様……」
「フィオナ、君は逃げるんだ」
「嫌です」
男たちも突然のことに混乱しているようだ。
「早く逃げるぞ!」
「荷物をまとめます」
「無理はするな!」
クリストファー様は男たちに声をかけた。
「一分だけ時間をくれ」
「三十秒だ。それ以上は待てない」
「わかった。最後に二人だけにしてくれ。すぐ説得する」
男たちはドタバタと部屋を出て行った。男たちにも準備があるのだろう。
クリストファー様は焦っている。わたしの肩を掴み、わたしの目をじっと見つめる。
「君だけでも逃げるんだ」
「そんなことできませんっ」
「時間が無い。いいから、僕の言うことを聞いて!」
「でも……」
「僕に君を守らせてくれ。今なら君だけは助けられる。この怪我に火事では君を守りながら脱出をするのは不可能だ。そろそろ助けもくるはずだ。後のことは彼らに任せる」
早口でわたしに逃げろと説得をしてくるが、わたしの決意は揺らがない。
「嫌です。一緒でないとわたしはここから動きません。最後まで一緒にいます」
「仕方がないな。君に乱暴なことはしたくなかったけど、許してくれ」
困った顔をしたクリストファー様がそっとわたしを抱きしめる。今回は一人じゃない。
クリストファー様、巻き込んでしまってごめんなさい。
「クリストファー様?」
「ここでお別れだ。……愛しているよ、リリアーナ」
「え?」
耳元でクリストファー様の悲しげな声がする。
わたしの意識はそこで途切れた。
59
お気に入りに追加
816
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします
宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。
しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。
そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。
彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか?
中世ヨーロッパ風のお話です。
HOTにランクインしました。ありがとうございます!
ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです!
ありがとうございます!
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる