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14.思い出の中の女の子(クリストファー視点)
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リリアーナが私のことを思い出してくれた。
いや、正確には覚えていたが、自分だと認識していなかっただけだ。覚えててくれて本当に嬉しい。あの時、偽名を使ったことが本当に悔やまれる。
あの時、自分がちゃんと本名を名乗っていれば? リリアーナと会っていたことを正直に話して、リリアーナを探してもらっていたら?
こんな遠回りをせずにすぐ婚約者になれたかもしれない。リリアーナだって無能のフリをせずに肩身の狭い思いをしなくて良かったかもしれない。
聞いた話では無能だからと母親には随分冷たく扱われたらしい。ジルベルトもリリアーナに力がないと思ったから保険として妹と二股していたのだろうし。
いや、無能かどうかは関係ないな。詳しくは教えてもらえなかったが、やり直す前の人生でもあまり良い扱いは受けてなかったようだから……。
自分だったら絶対に大切にするのに。
宰相がリリアーナを私の妻にどうかと提案してきた時、天にも昇る心地だった。宰相にはこれまでたくさんの女性を薦められてきた。でも、リリアーナ以上の女性はいなかった。
あの短期間、しかも子どもの頃にちょっと過ごしただけの相手の何がわかると言われてしまうかもしれない。
だが、私にとって特別な思い出なんだ。
―――――
目の前の女の子は植物に力を注いでいる。名前は教えてもらえなかった。
特別な『癒やし』の力なのか、彼女が力を使うと周囲がキラキラ光ってとても綺麗だ。自分だって『癒やし』の力は持っている。それも弱くない力のはずだ。なのに、同じことをしてもこんな風にはならない。と言うより、こんな現象見たことがない。父上たちだって無理だ。
「ねぇ、君はどうしてその力を隠しているの?」
女の子はちょっと困った顔をした。
「わたしは約束しているんです」
「約束?」
「いつか、土地を癒やし、人々を幸せにすることを。その為に今力を使うことができないんです。今は使ってしまってますけど、これは特別です。わたしは無力ですから……」
「今は癒やしの力を使っているよね?」
「これでは足りないんですよ」
「じゃあ、必要な時の為に力をためているってこと?」
「……多分、そんな感じだと思います」
そう話す彼女の横顔はとても大人びて見えた。年齢は確実に僕より下だと思う。
「そんなにすごい力があるなら皆に見せた方がすごいって言ってくれそうだけど。そんなにキラキラした力を使う人なんて滅多にいないんじゃない?」
「誰かにすごいと言ってもらうために力を使うものではありませんから。わたしはわたしに与えられた役目と責任を果たすだけです」
僕は「へぇ……」としか返すことができなかった。
僕よりも小さな女の子がなんて大人びたことを言うのだろうか。誰にも認めてもらえない、必要とされていないと拗ねて勉強からも逃げ出している自分が恥ずかしい。
「それよりも、リック様はこの温室の植物に詳しいんですよね? 珍しいものがたくさんあるみたいなので教えて欲しいです」
女の子は僕の様子に何かを察したのかもしれない。話題も声のトーンも変えて明るく、ちょっとだけ子どもっぽく話を振ってきた。年下の女の子に気を遣われるなんて……。
「もちろん、詳しいよ。なんでも訊いて。と言うか、いい加減その堅苦しい話し方やめてよ」
「えっ、でも……」
「いいの。僕たちは友達だろ?」
「はい。……ううん。わかったわ」
「ありがとう。やっぱりそっちの方が良いね」
可愛くて、しっかりしていて気遣いもできる不思議な力を持った女の子。同じ年頃の女の子と引き合わされたことはある。でも、この子は今まで僕の周りにはいなかったような子だ。この子ともっと仲良くなりたい。
正体を明かしたらどんな反応をするだろうか。見てみたいけど反応が怖い。この子は僕の正体を知ったらきっと離れてしまう気がする。
―――――
あの時、リリアーナと会わなければ自分はどうなっていただろうか。きっと自分は駄目な人間になっていただろう。本当に短い期間だったけれど、とても楽しくて充実した日々だった。
兄上には一度、ずっと想っている女性がいるから結婚はまだ考えられないと伝えたことがある。兄上は困った顔をしたが、無理に縁談を勧めてくることはなかった。
形だけは色々な令嬢を薦めてくるが本気でないことはわかった。兄上は何か知っていたのかもしれない。
リリアーナとの話を持ってきた時も「これは絶対に断らない話だぞ」と意地の悪い笑顔だった。あれは絶対に何かを察している。本当に兄上には敵わない。
まぁ、今回の話がなかったとしてもなんとかしてリリアーナを手に入れるつもりだったけれど。
リリアーナを傷つけたことは許さないが、自ら婚約破棄をしてくれたことには感謝だ。下手に執着されると困るからね。あんなに素敵な女性と婚約できたというのに他の女と浮気するなんて本当に馬鹿な男だ。
もっとリリアーナと一緒の時間を過ごしたい。もっと自分を好きになってもらいたい。もっと意識してもらって自分以外の男は考えられないように思い切り甘やかしたい。
変装はしていても外では人の目が気になってあまり会えない。世間ではリリアーナは無能力だからと婚約者に捨てられた女性だ。これ以上、リリアーナの名誉を傷つけるようなことはしたくない。
そうだ。今度からは街中にある別邸に誘ってみよう。
あの屋敷は表向きは老夫婦の別宅ということになっている。男の家に出入りしていると思われないように気をつければ、今よりもずっと良い時間を過ごせるはずだ。
リリアーナをもっと色々着飾って楽しみたい。きっと何を着ても似合うはずだ。いつも周囲を気にしてシンプルな格好ばかりだなんてもったいない。
リリアーナが見合いで着たドレスもとてもよく似合っていた。我ながら完璧な見立てだったと思う。
招待するにはおそらく、宰相の許可も取っておいた方が良いだろうな。宰相には誤解されると困るし、味方になってもらわないといけないからね。
せっかく再会できた、大切な思い出の女の子。絶対逃がさないからね。
いや、正確には覚えていたが、自分だと認識していなかっただけだ。覚えててくれて本当に嬉しい。あの時、偽名を使ったことが本当に悔やまれる。
あの時、自分がちゃんと本名を名乗っていれば? リリアーナと会っていたことを正直に話して、リリアーナを探してもらっていたら?
こんな遠回りをせずにすぐ婚約者になれたかもしれない。リリアーナだって無能のフリをせずに肩身の狭い思いをしなくて良かったかもしれない。
聞いた話では無能だからと母親には随分冷たく扱われたらしい。ジルベルトもリリアーナに力がないと思ったから保険として妹と二股していたのだろうし。
いや、無能かどうかは関係ないな。詳しくは教えてもらえなかったが、やり直す前の人生でもあまり良い扱いは受けてなかったようだから……。
自分だったら絶対に大切にするのに。
宰相がリリアーナを私の妻にどうかと提案してきた時、天にも昇る心地だった。宰相にはこれまでたくさんの女性を薦められてきた。でも、リリアーナ以上の女性はいなかった。
あの短期間、しかも子どもの頃にちょっと過ごしただけの相手の何がわかると言われてしまうかもしれない。
だが、私にとって特別な思い出なんだ。
―――――
目の前の女の子は植物に力を注いでいる。名前は教えてもらえなかった。
特別な『癒やし』の力なのか、彼女が力を使うと周囲がキラキラ光ってとても綺麗だ。自分だって『癒やし』の力は持っている。それも弱くない力のはずだ。なのに、同じことをしてもこんな風にはならない。と言うより、こんな現象見たことがない。父上たちだって無理だ。
「ねぇ、君はどうしてその力を隠しているの?」
女の子はちょっと困った顔をした。
「わたしは約束しているんです」
「約束?」
「いつか、土地を癒やし、人々を幸せにすることを。その為に今力を使うことができないんです。今は使ってしまってますけど、これは特別です。わたしは無力ですから……」
「今は癒やしの力を使っているよね?」
「これでは足りないんですよ」
「じゃあ、必要な時の為に力をためているってこと?」
「……多分、そんな感じだと思います」
そう話す彼女の横顔はとても大人びて見えた。年齢は確実に僕より下だと思う。
「そんなにすごい力があるなら皆に見せた方がすごいって言ってくれそうだけど。そんなにキラキラした力を使う人なんて滅多にいないんじゃない?」
「誰かにすごいと言ってもらうために力を使うものではありませんから。わたしはわたしに与えられた役目と責任を果たすだけです」
僕は「へぇ……」としか返すことができなかった。
僕よりも小さな女の子がなんて大人びたことを言うのだろうか。誰にも認めてもらえない、必要とされていないと拗ねて勉強からも逃げ出している自分が恥ずかしい。
「それよりも、リック様はこの温室の植物に詳しいんですよね? 珍しいものがたくさんあるみたいなので教えて欲しいです」
女の子は僕の様子に何かを察したのかもしれない。話題も声のトーンも変えて明るく、ちょっとだけ子どもっぽく話を振ってきた。年下の女の子に気を遣われるなんて……。
「もちろん、詳しいよ。なんでも訊いて。と言うか、いい加減その堅苦しい話し方やめてよ」
「えっ、でも……」
「いいの。僕たちは友達だろ?」
「はい。……ううん。わかったわ」
「ありがとう。やっぱりそっちの方が良いね」
可愛くて、しっかりしていて気遣いもできる不思議な力を持った女の子。同じ年頃の女の子と引き合わされたことはある。でも、この子は今まで僕の周りにはいなかったような子だ。この子ともっと仲良くなりたい。
正体を明かしたらどんな反応をするだろうか。見てみたいけど反応が怖い。この子は僕の正体を知ったらきっと離れてしまう気がする。
―――――
あの時、リリアーナと会わなければ自分はどうなっていただろうか。きっと自分は駄目な人間になっていただろう。本当に短い期間だったけれど、とても楽しくて充実した日々だった。
兄上には一度、ずっと想っている女性がいるから結婚はまだ考えられないと伝えたことがある。兄上は困った顔をしたが、無理に縁談を勧めてくることはなかった。
形だけは色々な令嬢を薦めてくるが本気でないことはわかった。兄上は何か知っていたのかもしれない。
リリアーナとの話を持ってきた時も「これは絶対に断らない話だぞ」と意地の悪い笑顔だった。あれは絶対に何かを察している。本当に兄上には敵わない。
まぁ、今回の話がなかったとしてもなんとかしてリリアーナを手に入れるつもりだったけれど。
リリアーナを傷つけたことは許さないが、自ら婚約破棄をしてくれたことには感謝だ。下手に執着されると困るからね。あんなに素敵な女性と婚約できたというのに他の女と浮気するなんて本当に馬鹿な男だ。
もっとリリアーナと一緒の時間を過ごしたい。もっと自分を好きになってもらいたい。もっと意識してもらって自分以外の男は考えられないように思い切り甘やかしたい。
変装はしていても外では人の目が気になってあまり会えない。世間ではリリアーナは無能力だからと婚約者に捨てられた女性だ。これ以上、リリアーナの名誉を傷つけるようなことはしたくない。
そうだ。今度からは街中にある別邸に誘ってみよう。
あの屋敷は表向きは老夫婦の別宅ということになっている。男の家に出入りしていると思われないように気をつければ、今よりもずっと良い時間を過ごせるはずだ。
リリアーナをもっと色々着飾って楽しみたい。きっと何を着ても似合うはずだ。いつも周囲を気にしてシンプルな格好ばかりだなんてもったいない。
リリアーナが見合いで着たドレスもとてもよく似合っていた。我ながら完璧な見立てだったと思う。
招待するにはおそらく、宰相の許可も取っておいた方が良いだろうな。宰相には誤解されると困るし、味方になってもらわないといけないからね。
せっかく再会できた、大切な思い出の女の子。絶対逃がさないからね。
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