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 わたしの方は王太子に話しかける理由も話題もない。いつでも話しかけて欲しいとか本当に気持ち悪い。
 これ、向こうも話しかけてくるってことなのよね? 

「話しかけるわけないじゃないですか。そもそも、こんな高級品を受け取るような関係性ではないじゃないですか」
「え?」

 王太子はなぜか驚いた顔をする。この人はわたしと同じ世界を生きているのだろうか。
 知り合ったばかりだし、下僕も犬も婚約もお断りしたよね?

「あの、王太子殿下はわたしとどのような関係だと思ってらっしゃいますか?」
「下僕、犬候補で、将来は結婚する仲かと」
「下僕も犬も募集していませんから! それに、いつ、将来結婚することになったんですか?」
「でも、いずれそうなりますよ?」
「なりません。もう降ろしてください。歩いて帰ります」

 もう無理。話が通じない。そんなに遠くまでは来ていないだろう。ちょっとくらい遠くに来ていたとしてもこの空間にいるよりはマシだ。遠いなら馬車は拾えば良い。

「危ないので家までは送らせてください。ここでは降ろせません」
「いいえ、降ります」
「どうして急にそんなことを言い出すんですか?」
「わかりませんか? 話は通じないし、気持ち悪いし、最悪の気分です」
「馬車に酔ったのなら一旦止めて、外の空気を入れますから」
「違います。貴方が気持ち悪いんです。わたしの嫌がることはしないって言ってましたよね」

 わたしの言葉に王太子は少し傷ついたような顔をする。
 さすがに言い過ぎたかしら。それでも、わたしの気持ちを無視して結婚するとか言って欲しくない。

「すみません。フィリーネさんの嫌がることをするつもりはなかったんです。ただ、誕生日をお祝いしたくて。メルさんを失った誕生日を過ごすのは淋しいかと思い、お側にいたいと思ったんです」

 あれ? これは純粋な好意なの? 確かに一人で過ごす誕生日は淋しかった。
 馬車の中にもかかわらず土下座の体勢に入る。
 ガサッ。王太子が動くと物音がした。
 少し大きい物体だ。きれいに包装されている。

「これは? 落ちましたけど拾わなくて良いんですか?」
「あっ、これは……。フィリーネさんへのプレゼントでした」
「でした?」
「えぇ、私の選んだ物は喜んでもらえないようなので……」

 王太子は少し哀しそうな顔でわたしへのプレゼントだったものを拾う。

「それ、中身は何だったんですか?」
「たいした物ではありません。カードも耳飾りも喜んでもらえなかったのですからこれも駄目だと思います。安物ですから。街を歩いていて目についたものを買っただけなんです」

 この人、街を歩いてわたしのプレゼントを探してくれたんだ。
 あれ? なんだろうこの感じ。

「それ、見せてはくれないんですか?」
「見てくれるんですか?」

 急に笑顔になり、わたしにプレゼントを差し出してきた。
 わたしは渡されたプレゼントを開ける。少し大きいけれど、軽い。

「あっ……猫のぬいぐるみ。可愛い」
「もしかして気に入っていただけました?」
「これなら受け取っても……。いや、これはただのぬいぐるみですよね? 中になにも入っていないですよね? わたしを監視するような何かが」
「もちろん。これは先ほど目についたものを買ったんです。何度か街中を探したのですが、ピンと来る物がなかったので……。なので、何も加工出来ていません」

 いや、しなくていいですけど。
 でも何も仕込まれていないなら受け取っても良いかもしれない。
 ぬいぐるみぐらいだったら友達同士でもプレゼントするだろうし。
 そもそも、友達ですらないような気もするけれど。

「これなら受け取ります」
「本当ですか?」
「えぇ。これ、ちょっとメルに似てます。可愛いです」
「良かった」

 王太子はほっとした顔で喜んでいる。
 本当にわたしを喜ばせたかっただけなのかも。


 そんなやりとりをしているうちに馬車は再びわたしの部屋の前まで戻っていた。やはり、遠くには行っていなかったらしい。

「では、良ければこちらも」
「これは?」
「ケーキです。今、評判のお店です」
「これも王太子殿下が購入してきたんですか?」
「はい。フィリーネさんが好きそうな物を選びました。食べきれないようでしたら、明日メリサさんとどうぞ」
「ありがとうございます」

 素直にお礼の言葉がわたしの口からでた。

「え?」
「こういった物であれば嬉しいです。ぬいぐるみとか、このお店のケーキも好きなんです。滅多に購入できないですけど」
「喜んでいただけて嬉しいです」

 王太子の表情は柔らかい。気持ち悪くないきれいな笑顔だ。
 本当に喜んで欲しかっただけなのね。ものすごく感覚がずれているけれど。


 その晩、もらったぬいぐるみを抱いてわたしは寝た。メルがいなくなってからずっと淋しくて寒かったけれど、今日はなんだかその気持ちが少し紛れた気がした。
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