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3話-0 夜の語り部
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「君は『ロミオとジュリエット』という話を知っているかい?」
ある日の夜、書斎を掃除していた女に対し、吸血鬼は唐突にそう尋ねた。
女は首を縦に振る。
「愚問だったみたいだね。」
彼女は笑った。
そして机上(きじょう)の本を手に取ると、それを無作為にパラパラとめくり始めた。
「これはイギリスの劇作家ウィリアム・シェイクスピアが生んだ名作の1つだ。知名度ならシェイクスピア作品の中で一番高いんじゃないかな。」
「宿敵同士の家に生まれた2人の若者が家の垣根を超えて愛し合うというラブロマンス。劇中の印象的なセリフ、悲劇的な最期も含め、世界中で愛されている名作さ。」
彼女の語りに、掃除を止め傾聴する女も強く頷く。
彼女はそんな女の様子に満足しながらも、
ただね、と言葉を付け加えた。
「ただ、最近この作品を説話や教訓話のように捉えてしまう人が多いように感じるんだ。ロミオやジュリエットのように生きなさい。一途に人を想いなさいってね。」
何がダメなんでしょうか。
女がそう言うかのように首を傾(かし)げる。
「ああ、もちろんそれ自体がダメなんじゃないさ。誰かを強く想えることは幸せなことだし、そうありたいと思うのも分かる。」
「でも、それでも…」
声が物悲しさを纏い始める。
空気が張り詰める。
そして、一句一句はっきりとした口調で彼女は言葉を紡いだ。
「死んじゃだめだよ。」
「どんなにその子を想ってたって、どんなに辛い目にあったって、死ぬなんて選択肢があっちゃダメなんだ。」
「君たちが生物を自称するのなら、死んじゃいけない。進化の歩みを止めることなく、常に明日を見据えて向上すべきだ。」
「死んでしまった人の分まで生きなきゃならない。それはきっと何よりも辛いことだろうけど…」
「でも、それが生きる者の使命なんだよ。」
そう言い終えて、彼女は本を閉じた。
彼女の真剣な物言いに少し呑まれていた女は、その音にビクッと身を震わせた。
「おっと…驚かせたかな?掃除の邪魔して悪かったね。」
そう言って、彼女は本を戻しに本棚へ向かう。
そんな彼女の様子に、放心していた女も慌てて掃除に戻ろうとして、
瞬間ある疑問が頭をよぎり、後ろを振り返った。
「え?じゃあ、自分が彼らの立場に立ったらどうするべきかって?」
女が同意し、頷く。
突然の問いに、彼女は一瞬悩む素振りを見せたが、女に向かって意地悪げに微笑むと、人差し指を立てて自分の口に寄せた。
「それは僕が言うべきことじゃないさ。」
明言を避けた解答だった。
女の表情もどこか不満げである。
だが彼女はそんな女の様子をよそに、かすかに開いた窓の隙間から差し込む光に目を移すと、その瞳に遠くで浮かぶ満月を映し出した。
「それはきっと、『彼ら』が教えてくれるよ。」
ある日の夜、書斎を掃除していた女に対し、吸血鬼は唐突にそう尋ねた。
女は首を縦に振る。
「愚問だったみたいだね。」
彼女は笑った。
そして机上(きじょう)の本を手に取ると、それを無作為にパラパラとめくり始めた。
「これはイギリスの劇作家ウィリアム・シェイクスピアが生んだ名作の1つだ。知名度ならシェイクスピア作品の中で一番高いんじゃないかな。」
「宿敵同士の家に生まれた2人の若者が家の垣根を超えて愛し合うというラブロマンス。劇中の印象的なセリフ、悲劇的な最期も含め、世界中で愛されている名作さ。」
彼女の語りに、掃除を止め傾聴する女も強く頷く。
彼女はそんな女の様子に満足しながらも、
ただね、と言葉を付け加えた。
「ただ、最近この作品を説話や教訓話のように捉えてしまう人が多いように感じるんだ。ロミオやジュリエットのように生きなさい。一途に人を想いなさいってね。」
何がダメなんでしょうか。
女がそう言うかのように首を傾(かし)げる。
「ああ、もちろんそれ自体がダメなんじゃないさ。誰かを強く想えることは幸せなことだし、そうありたいと思うのも分かる。」
「でも、それでも…」
声が物悲しさを纏い始める。
空気が張り詰める。
そして、一句一句はっきりとした口調で彼女は言葉を紡いだ。
「死んじゃだめだよ。」
「どんなにその子を想ってたって、どんなに辛い目にあったって、死ぬなんて選択肢があっちゃダメなんだ。」
「君たちが生物を自称するのなら、死んじゃいけない。進化の歩みを止めることなく、常に明日を見据えて向上すべきだ。」
「死んでしまった人の分まで生きなきゃならない。それはきっと何よりも辛いことだろうけど…」
「でも、それが生きる者の使命なんだよ。」
そう言い終えて、彼女は本を閉じた。
彼女の真剣な物言いに少し呑まれていた女は、その音にビクッと身を震わせた。
「おっと…驚かせたかな?掃除の邪魔して悪かったね。」
そう言って、彼女は本を戻しに本棚へ向かう。
そんな彼女の様子に、放心していた女も慌てて掃除に戻ろうとして、
瞬間ある疑問が頭をよぎり、後ろを振り返った。
「え?じゃあ、自分が彼らの立場に立ったらどうするべきかって?」
女が同意し、頷く。
突然の問いに、彼女は一瞬悩む素振りを見せたが、女に向かって意地悪げに微笑むと、人差し指を立てて自分の口に寄せた。
「それは僕が言うべきことじゃないさ。」
明言を避けた解答だった。
女の表情もどこか不満げである。
だが彼女はそんな女の様子をよそに、かすかに開いた窓の隙間から差し込む光に目を移すと、その瞳に遠くで浮かぶ満月を映し出した。
「それはきっと、『彼ら』が教えてくれるよ。」
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