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2話-7 孤狼の歌
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ー26ー
「くそ、くそっ!くそっ!!」
そう呟きながら、未だ暗い森の中を狼は走り続けていた。
想定外とかそういう問題ではない。
『始祖』は生物とかそういったモノの括りにいない。
規格外。
あんなのに挑むなんて自殺行為だ…。
「なんでだ、なんで動けねえんだよ。畜生!」
そう自殺行為である。
そんなこと最初から分かっていた。
その上で今回の襲撃を企てたはずだった。
「あいつ」のために。
そう思って今日ここへ来た。
だが、いざ『始祖』を目の前にして、足は一切前へ進まなかった。
後退していく自分の本能を止めることもなくただ見つめていた。
「その程度かよ、その程度だったのかよ。」
復讐なんてものじゃない。
ただ「あいつ」の最期を見て、
衝動的に体が駆け出していたのだ。
自分が『始祖』を倒せるなんて思い上がっていたわけじゃない。
ただ介錯して欲しかったのだ。
最期に最強と言われる存在に立ち向かって。
最強を目指したものとして。
「あいつ」の後を追わせて欲しかったのだ。
なのに…
「なあ、なんで死んでねえんだよ。なんでまだ生きてんだよ。」
本能(からだ)は死のうとしなかった。
自分に生きる気力を与えてくれた人も。
自分の生きる意味だと思っていた『最強』への道も。
心の奥底では、命を賭けるに値しないちっぽけなものだった。
「じゃあ、一体俺は何のために生きていけば良いんだよ!?」
その声に木霊(こだま)も返ってこなかった。
気づけば既に森を抜けていたのだ。
そう今までそのことに気づかないほどに、
ライオンに睨まれたウサギのように必死になって自分はここまで逃げてきたのだ。
その事実に彼は思わず手を地面へ振り下ろす。
そして…
「くそがああああああああああああああああ!!」
あらん限りの思いの丈をその絶叫に乗せた。
しかし残念なことに、
孤狼の歌は誰かに届くことなく虚しく辺りへ消えていった。
ー27ー
一頻りした後、彼はようやく辺りが少し明るくなっていることに気づいた。
いや、明るくなったのではない。
ただ元の明るさに戻っただけなのだ。
「……」
ふと背後の森へ目をやる。
改めて『始祖』という存在の強大さを思い知らされた。
だがそれだけだ。
自分より遥かに強い存在がいるにも関わらず。
以前のように怒りも意欲も湧いてこない。
目標が、生きる意味がない。
空っぽだ。
近くのベンチに腰掛ける。
なぜ惨めにも生き延びてしまったのだろう。
あそこで勇猛に戦い、華々しく散っていれば生を綺麗に締め括れたというのに。
そんな思いから、なんとなく前を見ているのが嫌になり、彼は顔を下に向けた。
気づけば辺りも暗くなり、目の前に伸びていた影は輪郭を保てず徐々に消えようとしていた。
ー28ー
しばらく経ち、影が完全に周りの闇に紛れて消えた時、彼の腹がぐぅーっとみっともなく音を立てた。
もうそんな時間か。
そう思い、腕の時計に目をやると短針が6を既に通り過ぎている。
生きていれば腹が空く。
生きる気力を失っても体は生きようともがいている。
惨めだ。
彼は重い足を上げ、ベンチを発ち帰途へ足を向ける。
そして、ゆっくりと面を上げて…
…目の前に立つ黄色い何かを目撃した。
完全に油断していた。
すぐに身構える。
だが目の前の何かは隙をついて攻撃を仕掛ける訳でもなく、ただ不敵に立っていた。
この辺りには彼以外誰もいない。
こいつは此処で一体何をしているのだろうか。
「おいお前、そこで何して…」
そう聞こうとしたところで、
「あんた、強いだろ?」
と言葉を遮られた。
奇妙な風体の割には透き通った声だ。
そして、それ故にその言葉は彼の胸を痛烈に貫いた。
「……」
俯いたまま、何も答えられない。
以前の彼なら臆することなく肯定していたであろう。
だが、今の彼は…
強くなろうとしていた。
自分は強いと思っていた。
しかし、今なら分かる。
自分など相手にならない『次元』がある。
俺には到達できない『世界』がある。
そうだ。理解してしまった。
「俺は…」
俺は…
「強くない。」
その言葉に何の躊躇いもなかった。
「あっそ…」
返答は素っ気なかった。
彼の言葉をどう捉えたのか。
その答え合せとばかりに、相手はぐっと拳を握ると、彼に向け猛然と殴りかかった。
一方、彼は何か迎撃の態勢を取るわけでもなく、こちらに向け伸ばされる拳をただ呆然と見続けていた。
繰り出された右ストレートが躱せないほど速かった訳ではない。
どうでも良かったのだ。
もはやこのパンチを受けて倒れてもいいかと思ってしまうほどに自暴自棄になっていた。
そうして、ゆっくりと自分が倒される過程を家でテレビでも観ているかのように眺めていた彼であったが、
しかしそれを彼の本能は許さなかった。
こちらへ迫る拳を左に倒れるような形で躱すと、
いつの間にか握られていた右手が急速に頭部に目掛け接近し、
振り抜かれたその一撃は、確実に相手の脳を揺らした。
その後も彼は冷めた目つきで目の前で倒れる者を見下ろしていた。
もしかすれば起き上がってくるかもしれないと予想してのことだったが、それも杞憂に終わった。
ー29ー
それから、彼が腹部に違和感を覚え、自分が腹を空かせていることを思い出すのには数秒の時を要した。
無駄なことに時間を使ってしまった。
そんな風に考えながら、彼はもう一度家へ向け足を動かし始める。
だが、足を2,3歩ほど前に進めたところで、
視界の端に財布が落ちているのを発見した。
倒れた相手を一瞥する。
そういえばこいつが何のために此処へ来たのかまだ分かっていない。
彼は足を止め、視界に捉えた財布を拾った。
別に金を取ろうというわけではない。
何か身分が分かるものがあるかもしれないと考えたのだ。
そして、財布の中身を一見したその瞬間、
持っていた財布を落とすほどの衝撃に襲われた。
彼は落とした財布に目もくれず、すぐさま顔を覆っていたフードを剥がす。
「こいつっ…!」
思わず顔をしかめた。
だが無理もない。
彼が自分の手で倒した相手は、いや「女」は、
初見で見間違えるほどに彼の「想い人」に似ていたのだ。
そんな相手を自分の手で殴ってしまった。
気絶するほどに。この手で。
「ちっ…。」
何でわざわざこんな時に。
今日じゃなければ今ほど心を痛めなかっただろうに。
しかし起こってしまった以上、ここに放置するわけにはいかない。
面影だけとはいえ、「あいつ」に似た女を野晒しにしておけるほど薄情ではない。
彼は女を肩に担ぎ上げた。
とりあえず家のベッドで寝かせておこう。
そう考えた彼は、落ちた財布を拾い、そのまま帰途に着こうと反転する。
だが、そこで拾った財布から白いカードが零れ落ちた。
拾い上げてみると、そこには学生証と書かれてある。
顔写真と共に書かれた名前。
彼はそのカードを女のスカートのポケットに入れながら、何気なくそこにあった文字を反芻した。
「酒木 陽子、か…」
「くそ、くそっ!くそっ!!」
そう呟きながら、未だ暗い森の中を狼は走り続けていた。
想定外とかそういう問題ではない。
『始祖』は生物とかそういったモノの括りにいない。
規格外。
あんなのに挑むなんて自殺行為だ…。
「なんでだ、なんで動けねえんだよ。畜生!」
そう自殺行為である。
そんなこと最初から分かっていた。
その上で今回の襲撃を企てたはずだった。
「あいつ」のために。
そう思って今日ここへ来た。
だが、いざ『始祖』を目の前にして、足は一切前へ進まなかった。
後退していく自分の本能を止めることもなくただ見つめていた。
「その程度かよ、その程度だったのかよ。」
復讐なんてものじゃない。
ただ「あいつ」の最期を見て、
衝動的に体が駆け出していたのだ。
自分が『始祖』を倒せるなんて思い上がっていたわけじゃない。
ただ介錯して欲しかったのだ。
最期に最強と言われる存在に立ち向かって。
最強を目指したものとして。
「あいつ」の後を追わせて欲しかったのだ。
なのに…
「なあ、なんで死んでねえんだよ。なんでまだ生きてんだよ。」
本能(からだ)は死のうとしなかった。
自分に生きる気力を与えてくれた人も。
自分の生きる意味だと思っていた『最強』への道も。
心の奥底では、命を賭けるに値しないちっぽけなものだった。
「じゃあ、一体俺は何のために生きていけば良いんだよ!?」
その声に木霊(こだま)も返ってこなかった。
気づけば既に森を抜けていたのだ。
そう今までそのことに気づかないほどに、
ライオンに睨まれたウサギのように必死になって自分はここまで逃げてきたのだ。
その事実に彼は思わず手を地面へ振り下ろす。
そして…
「くそがああああああああああああああああ!!」
あらん限りの思いの丈をその絶叫に乗せた。
しかし残念なことに、
孤狼の歌は誰かに届くことなく虚しく辺りへ消えていった。
ー27ー
一頻りした後、彼はようやく辺りが少し明るくなっていることに気づいた。
いや、明るくなったのではない。
ただ元の明るさに戻っただけなのだ。
「……」
ふと背後の森へ目をやる。
改めて『始祖』という存在の強大さを思い知らされた。
だがそれだけだ。
自分より遥かに強い存在がいるにも関わらず。
以前のように怒りも意欲も湧いてこない。
目標が、生きる意味がない。
空っぽだ。
近くのベンチに腰掛ける。
なぜ惨めにも生き延びてしまったのだろう。
あそこで勇猛に戦い、華々しく散っていれば生を綺麗に締め括れたというのに。
そんな思いから、なんとなく前を見ているのが嫌になり、彼は顔を下に向けた。
気づけば辺りも暗くなり、目の前に伸びていた影は輪郭を保てず徐々に消えようとしていた。
ー28ー
しばらく経ち、影が完全に周りの闇に紛れて消えた時、彼の腹がぐぅーっとみっともなく音を立てた。
もうそんな時間か。
そう思い、腕の時計に目をやると短針が6を既に通り過ぎている。
生きていれば腹が空く。
生きる気力を失っても体は生きようともがいている。
惨めだ。
彼は重い足を上げ、ベンチを発ち帰途へ足を向ける。
そして、ゆっくりと面を上げて…
…目の前に立つ黄色い何かを目撃した。
完全に油断していた。
すぐに身構える。
だが目の前の何かは隙をついて攻撃を仕掛ける訳でもなく、ただ不敵に立っていた。
この辺りには彼以外誰もいない。
こいつは此処で一体何をしているのだろうか。
「おいお前、そこで何して…」
そう聞こうとしたところで、
「あんた、強いだろ?」
と言葉を遮られた。
奇妙な風体の割には透き通った声だ。
そして、それ故にその言葉は彼の胸を痛烈に貫いた。
「……」
俯いたまま、何も答えられない。
以前の彼なら臆することなく肯定していたであろう。
だが、今の彼は…
強くなろうとしていた。
自分は強いと思っていた。
しかし、今なら分かる。
自分など相手にならない『次元』がある。
俺には到達できない『世界』がある。
そうだ。理解してしまった。
「俺は…」
俺は…
「強くない。」
その言葉に何の躊躇いもなかった。
「あっそ…」
返答は素っ気なかった。
彼の言葉をどう捉えたのか。
その答え合せとばかりに、相手はぐっと拳を握ると、彼に向け猛然と殴りかかった。
一方、彼は何か迎撃の態勢を取るわけでもなく、こちらに向け伸ばされる拳をただ呆然と見続けていた。
繰り出された右ストレートが躱せないほど速かった訳ではない。
どうでも良かったのだ。
もはやこのパンチを受けて倒れてもいいかと思ってしまうほどに自暴自棄になっていた。
そうして、ゆっくりと自分が倒される過程を家でテレビでも観ているかのように眺めていた彼であったが、
しかしそれを彼の本能は許さなかった。
こちらへ迫る拳を左に倒れるような形で躱すと、
いつの間にか握られていた右手が急速に頭部に目掛け接近し、
振り抜かれたその一撃は、確実に相手の脳を揺らした。
その後も彼は冷めた目つきで目の前で倒れる者を見下ろしていた。
もしかすれば起き上がってくるかもしれないと予想してのことだったが、それも杞憂に終わった。
ー29ー
それから、彼が腹部に違和感を覚え、自分が腹を空かせていることを思い出すのには数秒の時を要した。
無駄なことに時間を使ってしまった。
そんな風に考えながら、彼はもう一度家へ向け足を動かし始める。
だが、足を2,3歩ほど前に進めたところで、
視界の端に財布が落ちているのを発見した。
倒れた相手を一瞥する。
そういえばこいつが何のために此処へ来たのかまだ分かっていない。
彼は足を止め、視界に捉えた財布を拾った。
別に金を取ろうというわけではない。
何か身分が分かるものがあるかもしれないと考えたのだ。
そして、財布の中身を一見したその瞬間、
持っていた財布を落とすほどの衝撃に襲われた。
彼は落とした財布に目もくれず、すぐさま顔を覆っていたフードを剥がす。
「こいつっ…!」
思わず顔をしかめた。
だが無理もない。
彼が自分の手で倒した相手は、いや「女」は、
初見で見間違えるほどに彼の「想い人」に似ていたのだ。
そんな相手を自分の手で殴ってしまった。
気絶するほどに。この手で。
「ちっ…。」
何でわざわざこんな時に。
今日じゃなければ今ほど心を痛めなかっただろうに。
しかし起こってしまった以上、ここに放置するわけにはいかない。
面影だけとはいえ、「あいつ」に似た女を野晒しにしておけるほど薄情ではない。
彼は女を肩に担ぎ上げた。
とりあえず家のベッドで寝かせておこう。
そう考えた彼は、落ちた財布を拾い、そのまま帰途に着こうと反転する。
だが、そこで拾った財布から白いカードが零れ落ちた。
拾い上げてみると、そこには学生証と書かれてある。
顔写真と共に書かれた名前。
彼はそのカードを女のスカートのポケットに入れながら、何気なくそこにあった文字を反芻した。
「酒木 陽子、か…」
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