暗き闇夜に光あれ

sino

文字の大きさ
上 下
13 / 27

2話-6 名前

しおりを挟む
ー25ー

「そう言えば、吸血鬼さんの名前って何て言うんですか?」
白が一旦家へ帰った後、私はさっきまでの流れのままにそう尋ねた。
何か意図があった訳ではない。
私としては何気ない質問であったのだが、
名前を尋ねられた吸血鬼はどこか遠くを見つめながら、何か悩む素振りを見せていた。
「名前、か…。正直、覚えないんだよね。もうしばらく『始祖』って言われ続けてたから。」
そう言って、どこか物憂げな顔で彼女は答える。
「そうですか…。」
私はそれ以上、名前について尋ねなかった。
ただ心の中で思い巡らせる。
名前を忘れるほどの時間、彼女は生き続けていたのだろう。
名前を忘れるほどに、誰からも名前を呼んでもらえなかったのだろう。
それはどれほど辛いことなのだろうか。


私は話題を変えることにした。
「じゃあ、私に何て呼んでほしいですか?」
そう質問する私に対し、彼女は先程のことを気にすることなくサッと答える。
「うーん、そうだなあ。『始祖』じゃなかったら何でも良いよ。」
しかし、大分おおまかな答えが返ってきたものだ。
『夕飯は何が良い』と聞いて『何でも』と答えられた主婦のような気分だ。
それが一番困るのである。
特に私は普段、人を本名で呼ぶタイプなのだ。
あだ名をつけるのは得意ではない。
「ああ…じゃあ色々教えてくれるんで『師匠』っていうのはどうです?」
だが不得手だからといって逃げてはならない。
慣れないながらに頭を振り絞って考える。
「何かノリが古い気がするなあ。」
が、しかしサクッと拒否されてしまった。
言ってみたらこれだ。
じゃあうどんでって言ったら、それは気分じゃないと返される。
これ以上にストレスを感じる発言が他にあるだろうか。
「えぇ…なら『先生』で。」
私は少し冷めた声でそう尋ねる。
「それも、〆切に追われてた時を思い出しそうで…」
「いや、もう決定したんで拒否権はないですよ。」
「何だいそれは⁉︎」
先生が私の発言に困惑している。
正直面倒くさくなった。
不満があるなら自分で考えて欲しい。
そんな思いと共に私はそそくさと部屋を出ようとする…

が、その1歩手前で足を止めた。
そして背中を向けたまま私は言った。

「名前に関してはいつか思い出させてあげますから、気長に待っていてください。」

言い終えてからチラリと後ろを一瞥する。
大きく目を見開く彼女の姿目の端に映った。
私はそんな彼女を尻目に、まるで何事もなかったように鼻唄を歌いながら意気揚々と部屋を後にした。








どれほどの時間が経っただろうか。
眷属の意外な言葉を耳にし、しばらく固まっていた彼女は、ため息と共にようやく笑みを浮かべた。

「まあ、期待せずに待っているよ。」

吸血鬼は1人残された部屋で、ポツリとそう呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

珈琲

羽上帆樽
ファンタジー
飲めば流れる。何もかも。 薄暗い喫茶店の中。紅茶と奴が相対している。珈琲の出る幕はない。すでにタイトルに出ているのだから。

黄昏のエルドラード

鹿音二号
ファンタジー
※暴力表現予定でR15とさせていただきます。性的表現はありません※ 対悪魔殲滅兵器。エルドを指す言葉としてだいたい用いられるものだ。 世界に厄災をもたらす【悪魔】。それらと戦い、殲滅することこそ使命だと、異端の存在であるエルドは、【昼の教会】に封じられ、悪魔との戦いに備えている。 てんでお人好しのエルドに、仲間の美少年ハーヴィーと、【夜の教会】に属するドラクルの二人はやきもきしながらともに戦う。 聖女ガイアもまた、エルドを信じて、彼を送り出す。 エルドの本当の運命を、まだ誰も知らない。

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

【完結24万pt感謝】子息の廃嫡? そんなことは家でやれ! 国には関係ないぞ!

宇水涼麻
ファンタジー
貴族達が会する場で、四人の青年が高らかに婚約解消を宣った。 そこに国王陛下が登場し、有無を言わさずそれを認めた。 慌てて否定した青年たちの親に、国王陛下は騒ぎを起こした責任として罰金を課した。その金額があまりに高額で、親たちは青年たちの廃嫡することで免れようとする。 貴族家として、これまで後継者として育ててきた者を廃嫡するのは大変な決断である。 しかし、国王陛下はそれを意味なしと袖にした。それは今回の集会に理由がある。 〰️ 〰️ 〰️ 中世ヨーロッパ風の婚約破棄物語です。 完結しました。いつもありがとうございます!

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

処理中です...