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1話-3
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ー9ー
目を覚ますと、自分のベッドの上にいた。窓の外で小鳥がさえずり、涼しげな風が吹き込んでくる。非常に爽やかな朝だ。私が詩人ならこの朝をテーマに何か詠んでいるであろう。しかし、そんな素晴らしい朝にも関わらず、私の気分はどこか淀んでいた。当たり前だ。昨夜あんなことがあったのだ。夢だとしても目覚めが悪過ぎる。
そんな状況であったが、私はベッドから体を起こした。どんな場合であっても体が健康である以上、学校には行かねばならない。
そうして朝の支度を素早く済ませ、玄関のドアを開けたところで
…私は立ち止まった。
何故か。ここから先が日向になっていたからだ。
「君は吸血鬼になったんだ。」
この言葉が私の頭の中で響いた。
分かっている。あれは夢だ。現実で起きたことじゃない。だがしかしである。もし本当にそうなら、あれが現実の出来事なら、私はこの日光に当たるだけで跡形もなく消滅してしまうだろう。その事実に体が震えた。
人差し指を突き出し、そのままゆっくりと日の差す方へ近づけていく。やがて伸ばしていった指先が陽にあたりそうになった次の瞬間であった。
「何してるの?」
後ろから母の声が聞こえた。なかなか外へ出ていかないから心配したのだろう。だが、そのあまりに唐突なかけ声に驚き、私は思わず右手を太陽に突き出してしまった。咄嗟に左手で目を覆う。
それから数秒たって、私はゆっくりと目を開けた。その時、私が目にしたのは
ただ単に日に照らされただけの五本満足な右手であった。安堵し、ホッとため息をつく。
「…考えすぎかな。」
私はそう言いながら落ちていたカバンを拾い上げ、外へと向かう。
「ねえ。」
だがしかし、後ろから母に呼び止められてしまった。
「どうしたの?母さん。」
「……」
何か言おうとしているのか。私は母の次の言葉に耳をすませたが、聞こえるのは遠くの喧騒ばかりである。
「もう遅れるから行くね。」
私はそんな母に一瞥し、玄関を出た。
「気を…つけてね。」
遠くの方からそんな声が聞こえた。
ー10ー
私立開応高校。県下ではそこそこの知名度はあるが、県外に名が轟くほどの名門校ではない。私の家から自転車で20分ほどにあり、通えなくはないが近くもない。そんな中途半端な高校ではあるが、私がここを志望したのには明確な理由がある。
中学の時に勉強を教えた親友がギリギリ通れる高校だったからだ。彼女とは運良く同じクラスにもなれた。これから楽しい学校生活が始まるのだろう。そんな期待に胸を膨らませた4月の私であったが。
果たして今のこの絶望に満ちた状況を、過去の私がどうして想像出来るのだろうか。
私が教室に入った途端、空気が変わった。朝の和やかな空気が一転して張り詰めた。私の登場にこの教室のすべての人間が動作を止め、その一挙手一投足に細心の注意が払った。私もあまりの注目に、少し足を止めた。
だが立ち止まってはいられない。意を決して私が一歩ずつ歩を進めていくと、それを呼び止める者が現れた。
「い…委員長…。」
その声は震え、指でつけば倒れてしまいそうなほどに弱々しく縮こまっている。
「大丈夫だから。」
私はその肩に手を乗せた。そしてなおも後ろで不安がる視線を送る者たちを尻目に、
私は親友の元へ歩いていった。
ー11ー
私の親友の名前は酒木 陽子だ。いや、正しくは『親友であった人』というべきなのかもしれない。
彼女は暴力的だ。腕っぷしや運動神経は男子にも劣らず、目がつけば喧嘩していた。今ではそんな側面も少なくなってきたが、それでも彼女の逆鱗に触れれば血を見ることになるだろう。大多数からは恐怖の対象として見られている。
そんな彼女だが、私が親友として今まで付き合ってきた理由は、彼女の持つ理念にある。
『強きを挫き、弱きを守る。』
日曜日の特撮アニメに出てくる正義のヒーローのような、壮大な理想論を掲げて我が道を行くその姿に、その輝きに私は憧れた。
小学校3年生の時である。男子に虐められていた私の前に彼女は颯爽と現れ、瞬く間に彼らを殴り倒した。その後、未だ膝を抱えていた私に手を貸し、笑顔で微笑みかけてくれたのだ。
彼女の姿を今でも鮮明に覚えている。夕日を背に慈愛の目を向ける彼女は、私の太陽であった。
あれから私は彼女の親友として隣に立とうと決意した。彼女の理念を手助けするため。
そして何より彼女に恩返しするために。
ー12ー
私は足を止めた。陽子は私を一瞥したきり、手元のスマホから目線を動かそうとしない。
「陽子…」
こちらの呼びかけにも無視を決めこんでいた。心が折れそうになる。だが辞めるわけにはいかない。
「ねえってば。」
そう言いながら手を伸ばす。しかし、その手は横から払いのけられた。
「嫌がってんじゃん。やめときなよ。」
先程から隣の机に座っていた女子は、私の手を払いのけた後、立ち上がって私を威圧した。後ろで取り巻き達がケラケラと笑っている。
「…何するのさ。」
即座にそいつらを睨みつける。彼女らはなおもニヤつきを直さない。
喧嘩に発展しそうな空気に教室がざわめき始める。
ちょうどその時であった。
ドンと大きな物音が響いた。音のする方へ振り向くと、陽子が立ち上がっていた。
「行くぞ。」
たった一言である。それは鶴の一声であった。先程まで一触即発の雰囲気を漂わせていた彼女らも、何事もなかったように陽子に従って教室を出始める。
陽子も手際よくカバンを肩にかけ、ドアへと向かう。ゆっくりと遠くなっていく背中に私は焦った。
「待ってよ。陽子!」
咄嗟に出た言葉は懇願であった。もう二度と会えない気がして、私は請い願った。その悲痛の叫びが陽子の何かに届いたのか。彼女は少し振り返る素振りをみせた。
だが、それだけであった。チラッと横顔を見せるだけでそのまま彼女は教室から消えていった。
どうしてだろう。嫌悪に満ちた表情だったら素直に諦められるのに。
何故だろう。なぜあんなに辛そうな顔をするんだろう。
嗚呼、なんて私は無力なんだろう。
いつまでも陽子にとって、私は弱者なのだ。
ー13ー
いつしか日は暮れ、終業のチャイムが鳴った。放課後の到来に周りは湧く一方、私は何度目かも分からない失意のうちにあった。
また朝がくれば陽子を呼び止めようとするのだろうか。訳もなく今日こそは振り向いてくれると、立ち止まってくれると心の底から思えるだろうか。そもそも私は今までそのような自信に満ちた朝を迎えたことがあっただろうか。そしてこれからも…。
不安に暮れるなか、私の足は淡々と前へ進み、気づいた頃には正門が私の背にあった。
想像以上に長く思案を続けていたのだろう。時計の針は既に5時を指していた。早く家に帰らなくては。
そうして、すっかり人気のなくなった帰り道を辿ろうと前へ踏み出した時、
路側から声が聞こえた。
「やあ、昨日はよく眠れたかい?」
何処かで聞いたような声音だった。いやそんなはずはない。そんな訳がない。あってはならない。
そう思いながら私は恐る恐る目線を横へ移した。
その時の私の驚愕具合は筆舌に尽くしがたい。端的に言えばとても驚いた。だが当然といえよう。
夢の中の住ニンが現実にも現れたのだから。
目を覚ますと、自分のベッドの上にいた。窓の外で小鳥がさえずり、涼しげな風が吹き込んでくる。非常に爽やかな朝だ。私が詩人ならこの朝をテーマに何か詠んでいるであろう。しかし、そんな素晴らしい朝にも関わらず、私の気分はどこか淀んでいた。当たり前だ。昨夜あんなことがあったのだ。夢だとしても目覚めが悪過ぎる。
そんな状況であったが、私はベッドから体を起こした。どんな場合であっても体が健康である以上、学校には行かねばならない。
そうして朝の支度を素早く済ませ、玄関のドアを開けたところで
…私は立ち止まった。
何故か。ここから先が日向になっていたからだ。
「君は吸血鬼になったんだ。」
この言葉が私の頭の中で響いた。
分かっている。あれは夢だ。現実で起きたことじゃない。だがしかしである。もし本当にそうなら、あれが現実の出来事なら、私はこの日光に当たるだけで跡形もなく消滅してしまうだろう。その事実に体が震えた。
人差し指を突き出し、そのままゆっくりと日の差す方へ近づけていく。やがて伸ばしていった指先が陽にあたりそうになった次の瞬間であった。
「何してるの?」
後ろから母の声が聞こえた。なかなか外へ出ていかないから心配したのだろう。だが、そのあまりに唐突なかけ声に驚き、私は思わず右手を太陽に突き出してしまった。咄嗟に左手で目を覆う。
それから数秒たって、私はゆっくりと目を開けた。その時、私が目にしたのは
ただ単に日に照らされただけの五本満足な右手であった。安堵し、ホッとため息をつく。
「…考えすぎかな。」
私はそう言いながら落ちていたカバンを拾い上げ、外へと向かう。
「ねえ。」
だがしかし、後ろから母に呼び止められてしまった。
「どうしたの?母さん。」
「……」
何か言おうとしているのか。私は母の次の言葉に耳をすませたが、聞こえるのは遠くの喧騒ばかりである。
「もう遅れるから行くね。」
私はそんな母に一瞥し、玄関を出た。
「気を…つけてね。」
遠くの方からそんな声が聞こえた。
ー10ー
私立開応高校。県下ではそこそこの知名度はあるが、県外に名が轟くほどの名門校ではない。私の家から自転車で20分ほどにあり、通えなくはないが近くもない。そんな中途半端な高校ではあるが、私がここを志望したのには明確な理由がある。
中学の時に勉強を教えた親友がギリギリ通れる高校だったからだ。彼女とは運良く同じクラスにもなれた。これから楽しい学校生活が始まるのだろう。そんな期待に胸を膨らませた4月の私であったが。
果たして今のこの絶望に満ちた状況を、過去の私がどうして想像出来るのだろうか。
私が教室に入った途端、空気が変わった。朝の和やかな空気が一転して張り詰めた。私の登場にこの教室のすべての人間が動作を止め、その一挙手一投足に細心の注意が払った。私もあまりの注目に、少し足を止めた。
だが立ち止まってはいられない。意を決して私が一歩ずつ歩を進めていくと、それを呼び止める者が現れた。
「い…委員長…。」
その声は震え、指でつけば倒れてしまいそうなほどに弱々しく縮こまっている。
「大丈夫だから。」
私はその肩に手を乗せた。そしてなおも後ろで不安がる視線を送る者たちを尻目に、
私は親友の元へ歩いていった。
ー11ー
私の親友の名前は酒木 陽子だ。いや、正しくは『親友であった人』というべきなのかもしれない。
彼女は暴力的だ。腕っぷしや運動神経は男子にも劣らず、目がつけば喧嘩していた。今ではそんな側面も少なくなってきたが、それでも彼女の逆鱗に触れれば血を見ることになるだろう。大多数からは恐怖の対象として見られている。
そんな彼女だが、私が親友として今まで付き合ってきた理由は、彼女の持つ理念にある。
『強きを挫き、弱きを守る。』
日曜日の特撮アニメに出てくる正義のヒーローのような、壮大な理想論を掲げて我が道を行くその姿に、その輝きに私は憧れた。
小学校3年生の時である。男子に虐められていた私の前に彼女は颯爽と現れ、瞬く間に彼らを殴り倒した。その後、未だ膝を抱えていた私に手を貸し、笑顔で微笑みかけてくれたのだ。
彼女の姿を今でも鮮明に覚えている。夕日を背に慈愛の目を向ける彼女は、私の太陽であった。
あれから私は彼女の親友として隣に立とうと決意した。彼女の理念を手助けするため。
そして何より彼女に恩返しするために。
ー12ー
私は足を止めた。陽子は私を一瞥したきり、手元のスマホから目線を動かそうとしない。
「陽子…」
こちらの呼びかけにも無視を決めこんでいた。心が折れそうになる。だが辞めるわけにはいかない。
「ねえってば。」
そう言いながら手を伸ばす。しかし、その手は横から払いのけられた。
「嫌がってんじゃん。やめときなよ。」
先程から隣の机に座っていた女子は、私の手を払いのけた後、立ち上がって私を威圧した。後ろで取り巻き達がケラケラと笑っている。
「…何するのさ。」
即座にそいつらを睨みつける。彼女らはなおもニヤつきを直さない。
喧嘩に発展しそうな空気に教室がざわめき始める。
ちょうどその時であった。
ドンと大きな物音が響いた。音のする方へ振り向くと、陽子が立ち上がっていた。
「行くぞ。」
たった一言である。それは鶴の一声であった。先程まで一触即発の雰囲気を漂わせていた彼女らも、何事もなかったように陽子に従って教室を出始める。
陽子も手際よくカバンを肩にかけ、ドアへと向かう。ゆっくりと遠くなっていく背中に私は焦った。
「待ってよ。陽子!」
咄嗟に出た言葉は懇願であった。もう二度と会えない気がして、私は請い願った。その悲痛の叫びが陽子の何かに届いたのか。彼女は少し振り返る素振りをみせた。
だが、それだけであった。チラッと横顔を見せるだけでそのまま彼女は教室から消えていった。
どうしてだろう。嫌悪に満ちた表情だったら素直に諦められるのに。
何故だろう。なぜあんなに辛そうな顔をするんだろう。
嗚呼、なんて私は無力なんだろう。
いつまでも陽子にとって、私は弱者なのだ。
ー13ー
いつしか日は暮れ、終業のチャイムが鳴った。放課後の到来に周りは湧く一方、私は何度目かも分からない失意のうちにあった。
また朝がくれば陽子を呼び止めようとするのだろうか。訳もなく今日こそは振り向いてくれると、立ち止まってくれると心の底から思えるだろうか。そもそも私は今までそのような自信に満ちた朝を迎えたことがあっただろうか。そしてこれからも…。
不安に暮れるなか、私の足は淡々と前へ進み、気づいた頃には正門が私の背にあった。
想像以上に長く思案を続けていたのだろう。時計の針は既に5時を指していた。早く家に帰らなくては。
そうして、すっかり人気のなくなった帰り道を辿ろうと前へ踏み出した時、
路側から声が聞こえた。
「やあ、昨日はよく眠れたかい?」
何処かで聞いたような声音だった。いやそんなはずはない。そんな訳がない。あってはならない。
そう思いながら私は恐る恐る目線を横へ移した。
その時の私の驚愕具合は筆舌に尽くしがたい。端的に言えばとても驚いた。だが当然といえよう。
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