留めおきたい思い

SSKK

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歳徳神

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<山の庵に爺が住み着いた>

『高天原(たかまのはら)に神留(かむづま)り坐(ま)す
皇親(すめむつ)神漏岐(かむろぎ)
神漏美(かむろみ)の命以て
八百万の神等を神集へ集へ賜ひ
神議り議り賜ひてーー』

煤払いを終え 
礼参りへと入れば
幾日も戻れない日が続く
そんな間の出来事だった

久方振りに庵へ向かうと
爺がすっかり居着いていたのだ
狸や狐はよくあることだが
人だったことに面を喰らう
どうやって入ってきたのか
戸締まりはしていた筈だった

山では雪もちらつく候に
追い出すことも出来はしないし
春まで様子を見ようと諦めるよりない
住むに適した場所でもないが
ひと冬くらいは越せるだろう
普段使っている訳でもないし
たまに様子を見に来る程度で留めている

その、たまの様子見に
幾らかの米やら酒やら干物やらを持ってゆくのであるが
来る度に爺が少しずつ大きくなる
横にだけではない丈も伸びるのだ
一年も二年も経つのでないのに
見た目にもわかる程
育つ爺など聞いたことがなかった

(また育っていた)
除ききれぬ梁の埃を息で飛ばす爺の姿は
掃除の下手を詫びるのも忘れ唖然とした
(これはもう人ではないのかもしれない)
そう思うに充分だった

『晦(つごもり)の日の夕日(ゆふひ)の降(くだち)の大祓に
祓へ給(たま)ひ清め給ふ事を
諸(もろもろ)聞き食(たま)へと宣(のたま)ふ』

大晦日(おおつごもり)
焚き上げた煙がすっと天に昇っていく
皆の穢れを 過ちを 罪を
祓い清め正してくれるよう
心からの祈りで 送る

ふと
真っ直ぐに立ち上っていた煙が
急に行き先を変え
斜をのぼるように山へと向かう
上空にては風の向きが違うこともあろう
しかし随分と不自然な動きだった
風というならばもっと散らかりそうなものだ
広がりもせず一方向に真っ直ぐにとは
吹かれていると言うより
吸い込まれているような

暫くして
そう言えば向かっていく先には
庵があると日の暮れたあとの外をみる
今夜は寝ずの祝詞献上
覚醒をと促すために
外での星見をで知らせる
少し雲が多いだろうか
「旦那様、あれを」
妻がひときわ大きな雲を指差す
山の方だ
(……山は雪か)
庵は雪に耐えられるだろうか
雪に埋もれた庵と爺を思いながらもよく見れば
何やら妙な形の雲だ
"お目覚めなさいました"と阿吽が告げるその意味は
最近どこかで見たようなが答えなのか
(背中、だと?)
雲に対してなぜそんな印象を受けたのか
ず、ずずーー
答えと共にそれが振り向く
「爺」
呼び掛けが合図のように
びくり
爺の体が波打った
しゅるしゅるしゅる
尾っぽのように後を靡かせ空へ昇る
天を覆うほどの存在は
細長くたなびいて
龍のようとも
蛇のようとも

こおー
こおー
こおー
その間にもなにかを吸い込み続ける
銀河(ほしくず)の掃除をもしているのだろうか
掃き残しの指摘は社のみに留まらぬようだ

こおおおおーーーーー
ふぁん
それが限界だと察した
音もなく
爺の体が霧散する
そうして生じた光の粒が
ふぅと吹かれた塵埃のように
ゆっくり八方へ降りていく
……
それは目に見えて神々しく
清められた何かが
新年という名を連れて
持ち主の元へと還ったのだと

『国中に成り出でむ天の益人等が
過ち犯しけむ種種の罪事は
天つ罪 国つ罪 許許太久の罪出む

祓へ給ひ清め給ふ事を 天つ神 国つ神
八百萬の神等共に聞こし食(め)せと白(もう)す』

(ーー歳徳の神よ、感謝します)

梁の埃をふぅと吹く
爺の姿がふと浮かぶ
きらり
掌に希望のような煌めきの欠片

『きっとまた一年後に』

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感想 8

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みんなの感想(8件)

宝条咲玖
2024.03.31 宝条咲玖

SSKKさん拝読いたしました、素敵な詩を有難うございます(⁠*⁠´⁠︶⁠`⁠*⁠)⁠
膨らみし君はワンちゃんでは無かった…!

口下手な主人公が大事な家族の一員を失って
自身も悲しいのに、
春が来る頃思い出し悲しむお父様に
尽くそうと思われた心の内を、
お酒の描写を入れながら描かれており

お父様は、ちゃんと主人公の事もワンちゃんと同じく見て下さっていた…

そっと心の中で呟いた『思ひ取る』言葉

心の通い合いが温かく描かれております、
梅酒を作られているお母様も素敵です

詩だけではなく、短歌も素晴らしいですね!

短歌もまた読ませて頂きたいです、古語お題にさせて頂き良かったなあと思いました!

解除
宝条咲玖
2024.03.01 宝条咲玖

SSKKさん拝読致しました、
有難うございますm(_ _)m

墓守のいない 命のはては

のくだり、読んで泣きそうになりました
いつか人はやはり考えるものですよね

というか、自分の世代で考える事を、優しく、
物悲しくさえ表現されてあり
命への見つめ方の優しさとリアルさと
美しく紡がれた言葉が
数日頭から離れそうにありません…

俺が先んじ…の部分も追い涙ですよ

ほら、頭にずっとフレーズが残っている

後からゆくか、先にゆくか、何も解らないのが
人生の、残酷だと思う部分です

解除
宝条咲玖
2024.01.22 宝条咲玖

拝読致しました!有難うございます(⁠*⁠´⁠ω⁠`⁠*⁠)

『ブラインドの紐ここですよ』

はーてん!はーてん!

無邪気に遊ぶ子どもの可愛さの描写や一連の動きで
ブラインドさんが振り回される様子、そして

最後には、慕ってくれる小さなお客さんの為に、誇らしげに幕を明け光を当てる

そんな自分を操り人形みたいだと、感じてるブラインドさんが微笑ましい、ほのぼのする詩です!

SSKK
2024.01.22 SSKK

咲玖さん有難う御座います。。今回の「お題」に見合っていますでしょうか?楽しんで貰えていたら良いのですが。「光」と「マリオネット」。自分ひとりでは書くことの無かった文字たちです。何とか形には出来たかと安堵しています。。来月はこちらから。どうぞお付き合いのほど宜しくお願い致します、です。。

解除

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