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甘い爪痕
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ソレは大きな円状であった
数日続いた大嵐
風雨が力を振り絞るなか
揺れるでもなく庭先に
ぷかり
宙に浮いているもの
「……まだ15、6と言ったところか」
両の手を合わせて暫く佇む
そう、祈るのはーー俺の仕事だ
11月の冷たい雨
水かさを増した水路に人が落ち
助けに入った者も戻らなかった
一人の体は見つかったものの
もう一人は見つからず終い
それが、昨日のこと
「よくぞ、連れてきてくれた」
同じ程の年頃と思う二人の塊は
白い渦と黒い渦とが結合し太極図を模す
"友達を助けようとして"
とことん、面倒見の良い性格だったのだろう
今も漆黒に陥ろうとする友人を必死に引き止める
こうなると本人では供養に辿り着けぬものだ
(本当に良い友を持ったな)
ゆらり
語りかけに、太極の図が少し揺らぐ
けれども半分は未だ暗き闇色のまま
「何を憂う必要がある?」
(身を捨てて助けんとした者が)
(魂までもまだ助けようと傍にいるのに)
ぱちり
瞬きするように
風の目蓋が降りるように
白と黒の塊は庭の景色に消えていった
なぜ瞬きと思ったのか
白と黒の太極が位置を変え
白の円の中心に黒の円 その形状が
どうにも人の目のようで
ぎょろり
視線すら感じた気がしたのだ
そして、夜にその意味を知る
(真っ赤だ)
一面が赤の世界
燃え盛る灼熱の大地
だが熱くはないのだ夢だから
瓦礫と化した建物
屋根の無い家屋に取り残され
ずっと、何かから隠れている
今が夜だと分かるのは
どうやら日の出が近いらしいと感じるから
大きな 大きな 太陽が
足元から"顔"を覗かせる
「顔だ」
そう、顔なのだ
昇ってきた太陽と思ったものは
真っ赤に燃え上がる巨大な人の顔
(逃げられない)
相手は太陽なのだ
隠れる場所の無いこの場所で
逃れられる相手ではない
ずしゅ、
ずしゅ、
振り下ろされる何かにあたる
全てが赤く 出血も見えない
(何か、ないか)
(俺に、出来そうなことは)
かさり
手の中にあるもの
その榊を信じて
多少の荒療治を選択する
(お見立て申す 八束の剣よ)
「天地玄妙ーー!」
ぱりん
振り下ろす前に世界が割れる
失敗、だったのか……?
な、さま。
だんなさま。
「旦那様!」
目が覚めると手当てをする妻の傍ら
「……間に合わず、申し訳ありません」
今にも泣きだしそうな声である
これは完全に俺の失敗だ
見つかっているのは先に落ちた者の方
悪鬼に変じたのが
助けた側だと気づかないとは
「謝るのは、俺の方だ」
読みが甘く心配をかけた
さらり
妻の、少し乱れた髪を撫でる
"二度とはしない。赦せ"と
夢の中の出来事とは言え
しっかり怪我をしているようだ
(あのまま夢から出られなければ 俺は)
「もうお一人も見つかったようです」
だから悪夢が終わったのだろう
しかし痛みを殆ど感じないのは
たいした怪我ではないからかと
ちらりと覗いて見てみれば
巨大な爪に抉られたような傷が
じっとりと血に濡れていた
(神経でもやられたか)
「いいえ、痛みを和らげる処置があるのです」
阿吽の呼吸で答えてくれる
それはどんなと目で問えば
ぺろり、と舌を覗かせる
「口ではとても……」
何となくそう言えばと記憶を辿れば
そんな感触をと思い出す
(あとは自力で治そう)
「それでは傷がーー」
(残ったところで構わんだろう?)
阿吽の呼吸で会話を続ける
(例えそうでも)
嫌うような妻では無いのだろう、と
数日続いた大嵐
風雨が力を振り絞るなか
揺れるでもなく庭先に
ぷかり
宙に浮いているもの
「……まだ15、6と言ったところか」
両の手を合わせて暫く佇む
そう、祈るのはーー俺の仕事だ
11月の冷たい雨
水かさを増した水路に人が落ち
助けに入った者も戻らなかった
一人の体は見つかったものの
もう一人は見つからず終い
それが、昨日のこと
「よくぞ、連れてきてくれた」
同じ程の年頃と思う二人の塊は
白い渦と黒い渦とが結合し太極図を模す
"友達を助けようとして"
とことん、面倒見の良い性格だったのだろう
今も漆黒に陥ろうとする友人を必死に引き止める
こうなると本人では供養に辿り着けぬものだ
(本当に良い友を持ったな)
ゆらり
語りかけに、太極の図が少し揺らぐ
けれども半分は未だ暗き闇色のまま
「何を憂う必要がある?」
(身を捨てて助けんとした者が)
(魂までもまだ助けようと傍にいるのに)
ぱちり
瞬きするように
風の目蓋が降りるように
白と黒の塊は庭の景色に消えていった
なぜ瞬きと思ったのか
白と黒の太極が位置を変え
白の円の中心に黒の円 その形状が
どうにも人の目のようで
ぎょろり
視線すら感じた気がしたのだ
そして、夜にその意味を知る
(真っ赤だ)
一面が赤の世界
燃え盛る灼熱の大地
だが熱くはないのだ夢だから
瓦礫と化した建物
屋根の無い家屋に取り残され
ずっと、何かから隠れている
今が夜だと分かるのは
どうやら日の出が近いらしいと感じるから
大きな 大きな 太陽が
足元から"顔"を覗かせる
「顔だ」
そう、顔なのだ
昇ってきた太陽と思ったものは
真っ赤に燃え上がる巨大な人の顔
(逃げられない)
相手は太陽なのだ
隠れる場所の無いこの場所で
逃れられる相手ではない
ずしゅ、
ずしゅ、
振り下ろされる何かにあたる
全てが赤く 出血も見えない
(何か、ないか)
(俺に、出来そうなことは)
かさり
手の中にあるもの
その榊を信じて
多少の荒療治を選択する
(お見立て申す 八束の剣よ)
「天地玄妙ーー!」
ぱりん
振り下ろす前に世界が割れる
失敗、だったのか……?
な、さま。
だんなさま。
「旦那様!」
目が覚めると手当てをする妻の傍ら
「……間に合わず、申し訳ありません」
今にも泣きだしそうな声である
これは完全に俺の失敗だ
見つかっているのは先に落ちた者の方
悪鬼に変じたのが
助けた側だと気づかないとは
「謝るのは、俺の方だ」
読みが甘く心配をかけた
さらり
妻の、少し乱れた髪を撫でる
"二度とはしない。赦せ"と
夢の中の出来事とは言え
しっかり怪我をしているようだ
(あのまま夢から出られなければ 俺は)
「もうお一人も見つかったようです」
だから悪夢が終わったのだろう
しかし痛みを殆ど感じないのは
たいした怪我ではないからかと
ちらりと覗いて見てみれば
巨大な爪に抉られたような傷が
じっとりと血に濡れていた
(神経でもやられたか)
「いいえ、痛みを和らげる処置があるのです」
阿吽の呼吸で答えてくれる
それはどんなと目で問えば
ぺろり、と舌を覗かせる
「口ではとても……」
何となくそう言えばと記憶を辿れば
そんな感触をと思い出す
(あとは自力で治そう)
「それでは傷がーー」
(残ったところで構わんだろう?)
阿吽の呼吸で会話を続ける
(例えそうでも)
嫌うような妻では無いのだろう、と
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