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豊穣の褒賞
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『ひふみよ いむなや こともちろらね』
納める祝詞の一音ずつに
気をしっかりと籠めていく
決して失敗は許されない
今日に限ってはひときわに感ずる
背に負うものは変わらずとも
纏う衣に負けぬおもいを
正装の色は責任の黒色、"最高位"を示して
宮司の不在を悟らせぬよう
わずかな不安も与えぬよう
『かけまくもかしこきーー』
音にするにもおそれ多い
豊穣の神のそのお御名
"五穀豊穣"
『ミタマノカミ』
なんの気まぐれかお気に触れてか
朝餉に給した南瓜の煮物に
米より麦よりこれが好みと
雑談のうちに話していると
みるみるうちに宮司の頭は
南瓜に変わってしまったと言う
秋の大祭を今日に控えたこの大社
その頂点こそが今朝から一言をも発せない
これでは祝詞をあげられないと
手伝いに呼ばれた俺が
用意されたは最高位の衣
"神は色でなく心をみる"
書きつけを見せられ
なにが何だか分からぬまま
袖を通すことになった
(もしや、豆や麦を差し置いて選んだことを)
「…お怒りなのか?」
「いいえ」
しゃらん、と髪の飾りが揺れる
「ーー、」
まさに息を飲むとはこのことだ
神職の装いが
女性の正服がこれ程までに
美しいと感じたことはなかった
この衣装で舞を踊るーー?
(見惚れて祝詞を忘れそうだ)
おそらく顔から考えを読まれて
"その心配はしておりません"と
妻の笑顔だ。この信頼は裏切れない
はて、どうしたものか
罪とか咎とか言う部類でないと
そう言うならば
悪いようにはならないだろうか
(なんにせよ俺に出来ることは)
『かしこみかしこみも まをすーー』
いつ何時にも祈ることだ。
二度の祓いが終わる頃
「もう、腹一杯だ……」
特に何の手応えもないまま
宮司の頭が元に戻った
あの(南瓜頭の)中でも南瓜を食べていたらしい
(満足したから、戻ったのか?)
「私の口からは言い難いのですが…」
少し頬を赤らめた妻が、珍しく言い淀みそっと耳打ちをする
「旦那様は私の正装を御覧になりたかったのでしょうか?」
「!」
そう言うことか。
全くもって納得しかない。
「私もーー」
またあの顔で妻が小さく言う
(例え仮の装いでも好ましいお姿に見惚れております)
そう、普通に考えてあり得ないのだ。妻が俺に見惚れるなど。ただの手伝いの俺が最高位を預かるなど。禰宜(二番手)にでもその他にでも代役を立てるだろう。そして妻が見惚れるのはそのーー腹立たしいから想像はしないが、この社の神職を選ぶのが当然である。
(つまりこれは……"褒美"だ)
俺は全て理解した。
豊穣の神はまこと貴き神なのである、と。こんな俺に妻が見惚れるような機会を授けてくださった、とんでもなく太っ腹な神様には追加であと三回は祝詞を捧げようと思うーー
……三度では終わらなかった追加の祝詞。その後も暫くこの衣装は脱げないまま、だったとか。
納める祝詞の一音ずつに
気をしっかりと籠めていく
決して失敗は許されない
今日に限ってはひときわに感ずる
背に負うものは変わらずとも
纏う衣に負けぬおもいを
正装の色は責任の黒色、"最高位"を示して
宮司の不在を悟らせぬよう
わずかな不安も与えぬよう
『かけまくもかしこきーー』
音にするにもおそれ多い
豊穣の神のそのお御名
"五穀豊穣"
『ミタマノカミ』
なんの気まぐれかお気に触れてか
朝餉に給した南瓜の煮物に
米より麦よりこれが好みと
雑談のうちに話していると
みるみるうちに宮司の頭は
南瓜に変わってしまったと言う
秋の大祭を今日に控えたこの大社
その頂点こそが今朝から一言をも発せない
これでは祝詞をあげられないと
手伝いに呼ばれた俺が
用意されたは最高位の衣
"神は色でなく心をみる"
書きつけを見せられ
なにが何だか分からぬまま
袖を通すことになった
(もしや、豆や麦を差し置いて選んだことを)
「…お怒りなのか?」
「いいえ」
しゃらん、と髪の飾りが揺れる
「ーー、」
まさに息を飲むとはこのことだ
神職の装いが
女性の正服がこれ程までに
美しいと感じたことはなかった
この衣装で舞を踊るーー?
(見惚れて祝詞を忘れそうだ)
おそらく顔から考えを読まれて
"その心配はしておりません"と
妻の笑顔だ。この信頼は裏切れない
はて、どうしたものか
罪とか咎とか言う部類でないと
そう言うならば
悪いようにはならないだろうか
(なんにせよ俺に出来ることは)
『かしこみかしこみも まをすーー』
いつ何時にも祈ることだ。
二度の祓いが終わる頃
「もう、腹一杯だ……」
特に何の手応えもないまま
宮司の頭が元に戻った
あの(南瓜頭の)中でも南瓜を食べていたらしい
(満足したから、戻ったのか?)
「私の口からは言い難いのですが…」
少し頬を赤らめた妻が、珍しく言い淀みそっと耳打ちをする
「旦那様は私の正装を御覧になりたかったのでしょうか?」
「!」
そう言うことか。
全くもって納得しかない。
「私もーー」
またあの顔で妻が小さく言う
(例え仮の装いでも好ましいお姿に見惚れております)
そう、普通に考えてあり得ないのだ。妻が俺に見惚れるなど。ただの手伝いの俺が最高位を預かるなど。禰宜(二番手)にでもその他にでも代役を立てるだろう。そして妻が見惚れるのはそのーー腹立たしいから想像はしないが、この社の神職を選ぶのが当然である。
(つまりこれは……"褒美"だ)
俺は全て理解した。
豊穣の神はまこと貴き神なのである、と。こんな俺に妻が見惚れるような機会を授けてくださった、とんでもなく太っ腹な神様には追加であと三回は祝詞を捧げようと思うーー
……三度では終わらなかった追加の祝詞。その後も暫くこの衣装は脱げないまま、だったとか。
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