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不成就日
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秋の祈祷は豊穣の祈り
皆の一年分の働きを背に
実る成果に期待をこめる
夏の終わらぬうちから始め
茶を飲む数と同じほど
汗にまみれた布衣を替え
ただひたすらに乞い願う
張り付くばかりの狩衣も
煩わしさが薄れる頃に
"どうやら豊作"との報せ
『届いたぞ!!』
倒れるように仰ぎ見た空は
心なしかその青も薄く
幾分遠退いた気さえする
ひゅうと吹きつける風は
思いの他冷気に富み
のぼせ上がった己れの頭を
ひやりと冷ましてくれるようだ
(そうだな、俺の力では無い)
そもそもーー俺は。
特別な力など持ってはいないのだ
祈りは願いは目に見えないから
それを天へと届けるために
日々平伏して榊を握る それだけだ
しかしそれが本当に役に立つものか?
本当に祈祷をなし得ているのか
過去を思えば成功したとは言い難い余多を
雨乞いであれ 盆送りであれ
どちらも俺の功績と言えない
「お眠りになれませんか?」
いつの間に部屋から出ていたのか
すい、と襖を滑らせた妻が問いかける
その手には酒器ののった盆と白い塊
「握り飯?」
"夕餉をあまり召し上がりませんでしたね"と
腹が減って眠れないだろうとの気遣いだった
ぼんやりと
今までの祈祷を振り返っていて
折角の妻の手料理も食べたかどうだか朧気だ……悪いことをした
「ああ、すまない」
いやそのなんだと言い訳を捻り出そうとする俺を"ふふふ"と笑い、
「では、我が儘をひとつ」
瑠璃の器をふたつ揃えた
「明日はお休みでございましょう」
"長き夜を楽しまなくては"などと
妻の仕草にもう既に酔ったようである
妻は存外酒好きだった
うまい酒と絶妙な塩にぎりの効果で
暫くの間を 幸福が占める
でもやはり酔いが回ればじめじめと
不甲斐なさに気が滅入る
「こんな男で」
君はこんな俺で満足なのか
嫁に来たことを後悔していないか
愛想を尽かされていてもおかしくない
情けない考えばかりが募っていく
「旦那さま……」
「この握り飯、うまいな。本当に、うまい」
いつになく少し沈んだ妻の声に
これはまずい、と握り飯を貪る
(怒らせたか?)
「ーーが変わりました」
変わった、何が。気が?かわった?妻のーー?
(それはまさか)
『ごおぉーーーーーん』
時を報せる鐘の音色がいつもより低い
こんなに暗く響くものだったか
あまりに重苦しい沈黙が続……
「問題ありませんよ」
ーーかなかった。どの何が問題だったか。
「できぬできぬと悩んでも良いのです」
瑠璃の猪口を二揃え
かちり、と鳴らして酌み交わせば
何もかもを悟られてしまう
広がる波紋に浮かぶ色は
昼間の空よりずっと青いのだ
「本日は不成就日。旦那さまがいくら自身を出来ぬとおっしゃっても。その思いは、叶いません」
まだまだ酒は沢山ある
不成就日も始まったばかりだ
だから俺は
こんなにも近くまで降りてきてくれた君への感謝を いつまでもあって欲しい願望を
何度も何度も喉の奥に飲み込まなくてはならなかった
皆の一年分の働きを背に
実る成果に期待をこめる
夏の終わらぬうちから始め
茶を飲む数と同じほど
汗にまみれた布衣を替え
ただひたすらに乞い願う
張り付くばかりの狩衣も
煩わしさが薄れる頃に
"どうやら豊作"との報せ
『届いたぞ!!』
倒れるように仰ぎ見た空は
心なしかその青も薄く
幾分遠退いた気さえする
ひゅうと吹きつける風は
思いの他冷気に富み
のぼせ上がった己れの頭を
ひやりと冷ましてくれるようだ
(そうだな、俺の力では無い)
そもそもーー俺は。
特別な力など持ってはいないのだ
祈りは願いは目に見えないから
それを天へと届けるために
日々平伏して榊を握る それだけだ
しかしそれが本当に役に立つものか?
本当に祈祷をなし得ているのか
過去を思えば成功したとは言い難い余多を
雨乞いであれ 盆送りであれ
どちらも俺の功績と言えない
「お眠りになれませんか?」
いつの間に部屋から出ていたのか
すい、と襖を滑らせた妻が問いかける
その手には酒器ののった盆と白い塊
「握り飯?」
"夕餉をあまり召し上がりませんでしたね"と
腹が減って眠れないだろうとの気遣いだった
ぼんやりと
今までの祈祷を振り返っていて
折角の妻の手料理も食べたかどうだか朧気だ……悪いことをした
「ああ、すまない」
いやそのなんだと言い訳を捻り出そうとする俺を"ふふふ"と笑い、
「では、我が儘をひとつ」
瑠璃の器をふたつ揃えた
「明日はお休みでございましょう」
"長き夜を楽しまなくては"などと
妻の仕草にもう既に酔ったようである
妻は存外酒好きだった
うまい酒と絶妙な塩にぎりの効果で
暫くの間を 幸福が占める
でもやはり酔いが回ればじめじめと
不甲斐なさに気が滅入る
「こんな男で」
君はこんな俺で満足なのか
嫁に来たことを後悔していないか
愛想を尽かされていてもおかしくない
情けない考えばかりが募っていく
「旦那さま……」
「この握り飯、うまいな。本当に、うまい」
いつになく少し沈んだ妻の声に
これはまずい、と握り飯を貪る
(怒らせたか?)
「ーーが変わりました」
変わった、何が。気が?かわった?妻のーー?
(それはまさか)
『ごおぉーーーーーん』
時を報せる鐘の音色がいつもより低い
こんなに暗く響くものだったか
あまりに重苦しい沈黙が続……
「問題ありませんよ」
ーーかなかった。どの何が問題だったか。
「できぬできぬと悩んでも良いのです」
瑠璃の猪口を二揃え
かちり、と鳴らして酌み交わせば
何もかもを悟られてしまう
広がる波紋に浮かぶ色は
昼間の空よりずっと青いのだ
「本日は不成就日。旦那さまがいくら自身を出来ぬとおっしゃっても。その思いは、叶いません」
まだまだ酒は沢山ある
不成就日も始まったばかりだ
だから俺は
こんなにも近くまで降りてきてくれた君への感謝を いつまでもあって欲しい願望を
何度も何度も喉の奥に飲み込まなくてはならなかった
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