77 / 81
盂蘭盆会
しおりを挟む
かちり
かちり
提灯の下
火をおこす音すらもよく響き
煙るにおいの芳ばしさが辺りにすっと沁みていく
今日のこの静けさは
お囃子が轟く賑やかな前夜に続くものである
燻る様子を日の暮れるままに
気付けば遠目に見てとれた櫓の紅白も夜に融けて
(もう、終わりにしなくては)
脳裏にちらつく躍り手の姿を過去に帰した
「さて、客人のお帰りだ」
居ずまいを正し榊を持ち直す
かたり
(また、来年お越しください)
かたり
(ごゆっくりお還りください)
かた、かた、かた
ーーぱたり
鐘楼牛が倒れこむ
客人はどうやら帰りたくないらしい
(そうおっしゃらずに)
かたり
牛を戻す
かた、かた、かた、かた
ーーぱたり。
(…………おかえりください)
長い夜になりそうだった
"ちりん"
頭の中に鈴の音が響く
"お客様がいらっしゃいました"
あやし、改め、いとしの嫁が知らせてくれる
"お取り込み中申し訳ありません"
手を止めないようにと"阿吽"で声を掛けてくれるまったくもってよく出来た嫁だ
"よし、会おう"
さきに其方の客を帰すことにしようと向かったのだが
『酒を』
顔を見るなり所望ときた
長居する気満々な客だ
"……頼む"
嫁が酒器の乗った盆を携えて
しずしずとやって来た
玻璃の器に入ったそれは葡萄酒のようだ
透けた色味がかなり濃いのは酸化が進みすぎたからか
とぷり
とぷり
嫁の淑やかな動作に見合わず
暴れるような動きの葡萄酒が器の形に弧を描いては外には漏れず器に戻るを繰り返す
どろり
酒杯に移せば凡そ酒と思えぬ粘質に香りを確かめなかったことを悔いた
"すぐに下げなさい"
酸化どころか腐っていたのだ
赤黒く変色したそれからは酒とはまったく異なるにおいが漂ってくる
ひと嗅ぎするだけで胸が悪くなるような
まるで穢れを煮詰めたような
そんなひどい臭いである
(客人に無礼を働いてしまった)
どう補おうと思案する間に
"旦那様はお飲みになれませんが"
"これで良いのです"
阿吽がくる
"そんな訳にはーー"
嫁の側を向こうとして視線を留める
さらさらさら
客人が、何か小さな白い粒のようなものを酒の中に流し
しゅわっ
それが瞬く間に泡と消えるのを目にしたから
(これは一体何なのだ)
二度三度繰り返す度に
酒なのか何なのかわからない液体の濃度は薄れ
やがて黄金色に輝く発泡が
器の内部を占めていた
『いただく』
そう言った客人は
ぐびり
それを飲み干して
よばれた、よばれたと満足げに
では還る、と鐘楼牛に跨がった
『酒と米は貰い受けるぞ』
いつの間にか牛には荷がくくりつけられて
屋敷の酒と米は無くなっていた
一年分なら致し方ない……のか
若干の間尺に合わない鬱屈は
"朝いちばんに買って参ります"
妻の阿吽で消え失せた
"先ほどはすまなかった"
妻をからきし信用してない物言いだったと申し訳なくなったのだ
(恐らく手伝って貰ったようだし)
あの客人は人ではない
酒と言い 荷と言い
妻の手配と考えれば辻褄も合う
「片付けは俺がやろう」
妻の手から盆を引き取る
"そしてまた手伝ってくれ"
来年も。
浴衣を着、張り切ってくれた盆踊り
妻の姿をまた再びと
かちり
提灯の下
火をおこす音すらもよく響き
煙るにおいの芳ばしさが辺りにすっと沁みていく
今日のこの静けさは
お囃子が轟く賑やかな前夜に続くものである
燻る様子を日の暮れるままに
気付けば遠目に見てとれた櫓の紅白も夜に融けて
(もう、終わりにしなくては)
脳裏にちらつく躍り手の姿を過去に帰した
「さて、客人のお帰りだ」
居ずまいを正し榊を持ち直す
かたり
(また、来年お越しください)
かたり
(ごゆっくりお還りください)
かた、かた、かた
ーーぱたり
鐘楼牛が倒れこむ
客人はどうやら帰りたくないらしい
(そうおっしゃらずに)
かたり
牛を戻す
かた、かた、かた、かた
ーーぱたり。
(…………おかえりください)
長い夜になりそうだった
"ちりん"
頭の中に鈴の音が響く
"お客様がいらっしゃいました"
あやし、改め、いとしの嫁が知らせてくれる
"お取り込み中申し訳ありません"
手を止めないようにと"阿吽"で声を掛けてくれるまったくもってよく出来た嫁だ
"よし、会おう"
さきに其方の客を帰すことにしようと向かったのだが
『酒を』
顔を見るなり所望ときた
長居する気満々な客だ
"……頼む"
嫁が酒器の乗った盆を携えて
しずしずとやって来た
玻璃の器に入ったそれは葡萄酒のようだ
透けた色味がかなり濃いのは酸化が進みすぎたからか
とぷり
とぷり
嫁の淑やかな動作に見合わず
暴れるような動きの葡萄酒が器の形に弧を描いては外には漏れず器に戻るを繰り返す
どろり
酒杯に移せば凡そ酒と思えぬ粘質に香りを確かめなかったことを悔いた
"すぐに下げなさい"
酸化どころか腐っていたのだ
赤黒く変色したそれからは酒とはまったく異なるにおいが漂ってくる
ひと嗅ぎするだけで胸が悪くなるような
まるで穢れを煮詰めたような
そんなひどい臭いである
(客人に無礼を働いてしまった)
どう補おうと思案する間に
"旦那様はお飲みになれませんが"
"これで良いのです"
阿吽がくる
"そんな訳にはーー"
嫁の側を向こうとして視線を留める
さらさらさら
客人が、何か小さな白い粒のようなものを酒の中に流し
しゅわっ
それが瞬く間に泡と消えるのを目にしたから
(これは一体何なのだ)
二度三度繰り返す度に
酒なのか何なのかわからない液体の濃度は薄れ
やがて黄金色に輝く発泡が
器の内部を占めていた
『いただく』
そう言った客人は
ぐびり
それを飲み干して
よばれた、よばれたと満足げに
では還る、と鐘楼牛に跨がった
『酒と米は貰い受けるぞ』
いつの間にか牛には荷がくくりつけられて
屋敷の酒と米は無くなっていた
一年分なら致し方ない……のか
若干の間尺に合わない鬱屈は
"朝いちばんに買って参ります"
妻の阿吽で消え失せた
"先ほどはすまなかった"
妻をからきし信用してない物言いだったと申し訳なくなったのだ
(恐らく手伝って貰ったようだし)
あの客人は人ではない
酒と言い 荷と言い
妻の手配と考えれば辻褄も合う
「片付けは俺がやろう」
妻の手から盆を引き取る
"そしてまた手伝ってくれ"
来年も。
浴衣を着、張り切ってくれた盆踊り
妻の姿をまた再びと
2
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる