留めおきたい思い

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通り雨の正体

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祈祷を生業とする男がいた
乾季には山に籠り
ひたすら天へ祈りを捧げる
いつ終わるともしれない長い長い祈りは
榊の緑が尽きたころ
新たな榊が用意され
食べるものに困ったころ
茶とまんじゅうが差し入れられ
気力尽きて眠るころ
ふわりと優しい温もりがある
独り身であったはずの男は
いつの間に俺は嫁を貰っていたかもしれないと
そんな風に考えるほどであった
山の頂き 国で最も天に近い場所の庵は
人など滅多に寄り付かない
雨が降らねばこのまま一人
孤独に死んでいくだけだ
嫁が怪しの類いであったとしても
それならそれで構わない気がした
『やーん、やーん』
夜半過ぎ 子の泣く声で目が覚める
こんな夜中こんな場所に子供などいるはずもないのに
これは怪しの類いで間違いないなと
蔀をずらして外をみる
そこには闇夜にぽっと浮かびあがる
きらきら目映い毛玉があった
月夜に煌めく銀色のけもの
狼かと身構えもしたが
神々しさに違う種類の畏怖が芽生えた
じい、と毛玉が此方を見て
ぺこりと頭を垂れたあと
今度は天を仰ぎ見て
やーん、と一鳴きして消えた
ーー消えた。
霧のように光る粒にその身を変じ
上へ上へと昇ってゆく
そしてざああっと雨が降った
ああ雨だ、雨が降った
ようやく帰れるーーだが
祈りを捧げ続けた長い月日
身体はとうに限界を迎えた
病に侵されもうずっと寝たきりの
祈祷は成功した、それだけで良い人生だったと
『やーん、やーん』
夢現にあの毛玉の鳴き声がする
『やーん、やーん』
何度も何度も呼び掛けるように
『やーん、やーん』
話す言葉もわからないのに
『やーん、やーん』
"雨、降ったよ"
『やーん、やーん』
"ほら、帰ろう"
そう言っているとなぜなのか分かる
言葉でなくとも通じ合う
夫婦の阿吽と言うやつか
まったく良い嫁を貰ったものだ
よろり、とふらつきながら歩き
それでも無事に帰路に着く
やーん、やーんと励ましてくれる
通り雨を後ろに
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