仙年恋慕

鴨セイロ

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2章

57.そして、八年後の現状

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「そこからが大変だったんだよなぁ」

俺は少し冷めたスープを、まだ食堂に現れないハンターの為に温め直しながら独りごちる。

「女の子になって体力がいつもの半分以下だってのに、呪いのせいで魔力も使えなくなっちゃってさ、死に物狂いでダンジョン出た後は狼に追われて、セスと木の上で一晩明かしたんだよなぁ……」


***


八年前のあの日。

油断して呪われて、いきなり女の子になってしまったのは確かにショックだった。正直、三分くらいは完全に呆けていたと思う。しかし俺を心配そうに見つめるセスの視線に気が付いた時、俺にはセスを守り、しかるべき場所へ送り届ける義務があるのだと己を奮い立たせた。

まずは自分の怪我を治療してこのダンジョンから脱出しなくては! と意気込んで回復魔法で傷を塞ごうとした矢先、俺は外見の変化以上の、内面の違和感に気が付いた。


体に魔力が流れてない!?


……そう、その時すでに俺は呪いの影響によって魔力が使えなくなっていたのだった。

しかし、魔力による魔法は駄目だったが、氣による仙術は何故だか使えたのは幸いだった。
俺は打神鞭だしんべんでモンスターを退けながら、セスの手を引き出口へと走った。しかし、女の子になった事によって身体能力が著しく下がった俺は、行きは余裕で駆け抜けたダンジョンを、帰りはその三倍以上時間をかけ死に物狂いで脱出した。

途中から頼みの打神鞭もだんだんと威力が落ち、出口間際で最後のスライムを殴り飛ばした時には、アイドルのコンサートで振るペンライト程度の刀身になっていたので、本当にギリギリの生還だったと言えるだろう。

そんな有様だったものだから、自分の怪我を治す為の余力はなく。俺はカバンに入れっぱなしにしていた消臭玉と言う臭いを消せるアイテム使い、血の臭いを一時的に消してダンジョンを抜けた。しかし、呪いの仮面に傷つけられた顔面や頭皮からの出血は止まることなく、やがて血の臭いは隠しようのないモノになっていた。

俺とセスが街道に出た時には、太陽は西の空に沈みかけていた。
なんとか辿り着いた停留所で、その日の最後の馬車を待っているさなか、俺の血の臭いを嗅ぎつけた狼の集団に囲まれてしまったのだ。

俺たちは必死になって森に逃げ込んだ。
逃げる最中に、飛びかかって来た狼に以前テオが買ってくれたジャケットを引き裂かれ、咄嗟にカバンを投げつけた。
逃げても逃げてもしつこく襲い来る狼に打神鞭を刺せば、ギャンと鳴いた狼は体に打神鞭を刺したまま逃げてしまい、とうとう丸腰になった俺は目に入った巨木に登りセスを抱きかかえ一夜を明かした。

翌朝、やっと狼たちが諦めてくれたところで木から降り、ふたたび街道を目指したが、血を流し過ぎた俺は森の中で力尽き動けなくなってしまった。
一晩休んでも、弱体化した俺の氣――仙術の治癒術では、顔面からの出血を止めることが出来なかったのだ。
抗えない睡魔に引き摺られる様な遠くなる意識の中で、セスに街道に向かうように伝えながら俺は気を失った。

そして俺が次に目覚めた時には、この屋敷のベッドの上で、怪我も手当され出血も止まっていた。

どうやら命拾いした様だと、すこぶるだるい体をヨイショと起こしたが、目に入ったいつもよりひと回り以上も小さな自分の手にため息が漏れた。相変わらず体は女の子のままだったのだ。
俺が落ち込んでいると、横からドンっと中々の勢いでセスが抱き着いてきて、間髪入れずにぎゃんぎゃん泣きじゃくるものだから思わず呆気にとられたが、その元気な泣き声に怪我はないようだなと安堵して、俺はセスの小さな頭をヨシヨシと撫でてやった。

しかし、ここは一体何処なんだ?

と、だるさで回らない頭でやっと俺が思い至ったタイミングを見計らったかのように、コンコンとノックをして部屋に入って来た美しい妙齢の女性――、エミリア師匠が俺に抱き着いてギャン泣きするセスを見て『あらあら、セスちゃんったら、今まで一粒の涙も見せないであなたの看病してたのに』と微笑んだ。

その優しい微笑みに、俺はあの絶望的な状況から助かったのだと実感して少し泣いた。


***


そんなこんなであの日から、俺はセス共々エミリア師匠のもとで世話になっている。

「にしても! こうバラバラ、バラバラと来られるといつまで経っても仕事が終わらん! 何故みんなまとめて来てくれないんだ! 少しは気を使え! 気を!」

せっせとスープの鍋をかき回しながら、俺は苛々とぼやく。

ダンジョンで呪いを受け女の子になってしまったあの日から八年。俺はこの屋敷で炊事係をしていた。
エミリア師匠やセスの世話を焼くのは良い、俺自身も楽しいし、八年も共に暮らせばもはや家族みたいなものだからな。

「しかし、いくらエミリア師匠のお願いでも、あいつ等の面倒を見るのはモヤッとするんだよなー」

前回、先遣調査に来た時からどうにも、人間を下級種族として見下してるフシのあるバルファとかいうハンターと、何かにつけて俺に触りたがるレオンとかいう奴、どっちも全く好感が持てないのに、今回はさらにハンターが二人も追加され俺のストレスは最高潮だ。

「まぁ、コンラートさんは龍人で間違いないだろうけど、行儀良かったし、人間を差別する系の古代種サマではなさそうで一安心だけど」

コンラートと名乗った青年は、白銀の髪にシトリンの瞳の如何にも龍人といった風貌だった。同じ龍人のバルファのおっさんは黒鋼の髪と夕焼け色の瞳なので印象がかなり違う。

龍人は人間に一番シルエットが似ている古代種だ。
やたら美形で人間より体格がよく、髪か瞳、もしくはその両方に金属や鉱物っぽい輝きを持っていたら龍人でまず間違いない。
ちなみに、龍人が本気で戦う時などは、龍化と言って頭部に角が生えたり、人によっては翼や尾が生えたりと十人十色な変身をするらしい。
俺の義弟である龍人テオハルトいわく『龍化はあまり見られたい姿ではないのです。龍化しなければ負ける……、そう言った場合に奥の手として龍化をします。ですので、龍化を見たいなどと強請るのはテオ以外にはしてはいけませんよ。イオリ兄さん』との事だ。

「テオの龍化は格好良かったよなぁー、角もキラキラしてて」

ちなみに、人間の若者の中には装飾系の魔法で髪を金属っぽくカラーリングしたり、瞳を宝石のようにきらめかせて龍人ファッションを楽しむ者がいる。
俺は身近に龍人の義弟や、エルフの血を引く仲間がいたので、多くの人間が持つ古代種への憧憬はいまいちピンと来なかったのだが、ただの人間にとって古代種と言うのはちょっとした憧れの存在なのだ。

「むむ、ようやっと来たか」

配膳のスタンバイをし、お玉の柄を握りしめながらコソッと食堂を覗くと、丁度最後の一人が席に着く後ろ姿が見えた。
俺はいそいそと皿にスープをよそい、遅れた者のために分けていたサラダと共に盆に乗せてキッチンを出た。

四人目はどんなハンターだろうか、全員男だとは聞いているが……せめて種族差別的な奴じゃないと良いんだけどな。あと、セクハラもしない奴であってほしい。
そんなことを思いながら、俺はコンラートの横に座った金髪を無造作にハーフアップに括った後ろ頭に声をかけた。

「ハンター様、失礼いたします」

つーか、男がハーフアップだ何て相当お顔に自信がおありなんだろうな。俺なんか女の子になってからエミリア師匠に教えてもらった髪型だぞ。

「スープを温め直してまいりました。他のお料理もただ今お運びいたしますので少々お待ちください」

きっとキザなヤツなんだろーなと独自の偏見で決めつけ、俺は四人目の男の顔も見ずスープ皿をテーブルに置く。

「あぁ、ありがと……」

「っ!?」

俺に礼を述べた、想定外に耳に心地よい良い声音にドキリと胸が鳴る。

(何だ、今の?)

己の反応に戸惑う間もなく、振り向いた男の顔を見た瞬間、俺の身体はビシリと固まった。


(ぬあぁぁぁぁぁぁぁ!?)


固まり過ぎて心の奇声が口から漏れることはなかったが、俺は目の前のハンサム顔に釘付けなってしまう。
しかし、金髪……いや、アッシュブロンドの男の方も何かに動揺したようにわずかに目を見開き、こちらの反応には気づいていない。

妙な間がお互いを包む。
だが、このままでは他のハンター達に不審に思われてしまう!

「っい、いかがいたしましたか?」

思わず一歩引いてしまったが、俺は今の流れで正体がバレる要素は無かったはずだと判断し、差しさわりの無い台詞を口にしながらサラダの皿をテーブルに置く。
動揺で震えそうな手を根性で抑え込み、ふんわりと葉野菜を盛ったサラダをこぼさなかった自分を褒めてあげたい。

「あっ、いや。えーっと、君の名を聞いてもいいかい?」

いつも快活に話していたコイツらしくなく、しどろもどろに話しかけられた俺はちょっと自分のペースを取り戻し、先ほどコンラートにしたように自己紹介をして、そそくさとその場から逃げた。

「きっ気付かれては……いないよな」

キッチンに戻った俺は、思わずお盆を抱きしめた。
バクバクと、心臓が口から飛び出そうな勢いでポンプしている。

「でも何だってアイツがここに居るんだよ!?」

そう、コンラートの隣に座っていたアッシュブロンドの男は、八年前に俺がマーナムの街から飛びだした原因となった男――

エドヴァルド・オリヴィエだった。

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