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2章
60.月夜にお茶を
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一体全体、エミリア師匠はどういうつもりなのか。
結局どんな手を使ったのかは分からなかったが、エミリア師匠がエドをこのアルハトの地に来るように仕向けたのは事実らしい。
しかし、それは本当に彼女の言うように、俺にかけられた呪いの解除の協力を得るためなのだろうか?
確かにエミリア師匠は風変わりなところがあって、その思考は俺には良く分からない事も多かったが、基本的にはとても聡明な人なのだ。
そんな彼女が短絡的にS級ハンターのエドを呼び寄せ、解呪の協力を得るためにあいつを落とせ等と言うとは思えなかった。
「つーか。エドを落とせだなんて、冗談でも無理が過ぎるんだよ。アイツめちゃくちゃモテるし、大体、今は既婚者なんだぞ! ……、……はぁ」
エミリア師匠の無茶ぶりに改めてため息をつくと、両の手で持った銀のトレイに乗せた茶器がカチャリと音を立てた。
エドにみっともない姿を見られた衝撃で放心している間に、フリフリのワンピースを着せられた俺は、何だかんだ言いつつも結局エミリア師匠の指示にしたがい、こうしてエドが向かった裏庭へお茶を運んでいる。
ちなみに、可愛い下着とやらの方はお時間の都合上で回避できた。
「しかしなー、奇跡的に俺がエドを落とせたとしても、呪いの内容が女体化だと言った時点で中身が男ってバレる訳じゃん?」
俺は一人ごちて首をかしげる。
仮に、上手いこと詳細をうやむやにして解呪を進めても、呪いが解けた瞬間、俺が昔馴染みの男だったとバレる展開は回避できないだろう。
「そりゃ異性愛者の男にとってどんな地獄絵図だよ……いや、その前にエドを落とせないし、そもそも詳細うやむやにして解呪なんて無理だろ?」
ここまで言ってる事が無茶苦茶だと、流石の俺でも何か意図があるのだろうとは思い至る訳だが、その意図が分からない。
そうして解決しない疑問に思考を費やしているうちに、俺の足は月明かりに照らされた裏庭に着いてしまう。
兎にも角にもこの場を乗り切るぞと、やけくそ気味に割り切った俺はガゼボに備えられたテーブルセットに腰かけたエドに声を掛けた。
「エド様、失礼いたします。エミリア様より仰せつかりましてお茶をお持ちしました」
本来なら、屋敷の主であるエミリア師匠の客人かつS級ハンター様であるエドに対して、俺の立場ではエドヴァルド様か、姓の方のオリヴィエ様と呼ぶのがマナー的には正解なところだ。
しかし、先程のエミリア師匠監修のお写真撮影騒ぎの際、夕食の時に名乗るだけ名乗ってそそくさと逃げた俺に、エドが自己紹介を改めてしてくれたのだ。その時に『俺の事はエドと呼んでくれて構わない』と言われたので、俺は遠慮なくエドの愛称で呼ばせてもらっている。
正直に言って、俺も口から呼びなれた愛称が飛び出しちゃいそうだなと心配していたので、これはかなり助かる申し出だった。
「あぁ、こんな夜中に気を遣わせてすまない」
ゆったりとした動作で、肩にかかるアッシュブロンドの髪を揺らしたハーフエルフのハンサムが振り返る。
エミリア師匠から俺を寄越すと言われた時は遠慮していたが、来てしまった俺を無碍にすることも出来ないのだろう。エドは少しだけ困ったような声音で返事をしながら俺に微笑んだ。
それは昔の俺に向けられたような飾らないモノではなく、年下の女の子を相手にするお兄さんといった優しい笑い方で……。四年もつるんではいたが、エドのこう言う顔をあまり見た事が無かった俺は思わず目を奪われてしまう。
「ん?」
「あ、いえ……、先ほどは、エミリア様が失礼いたしました」
エドの視線に、自分がまじまじとそのご尊顔を見つめてしまっていた事に気が付き、俺は慌てて用意して来た言葉を続けたが、頬に熱が集まるのを自覚してしまい、かなりの早口になってしまった。
女の子に見られるのなんかコイツにとっちゃ日常茶飯事で、特に気にも留めていないはず! と分かりつつも、俺は熱をもった顔を隠すように伏せながら、テーブルに手早くティーセットを並べお茶を淹れる。
サワサワと優しい夜風が裏庭の草花を揺らし、月の光に照らされた白磁のカップにコポポポと琥珀色が注がれる音が響く。
――しかし、沈黙が辛い! 何か、何か話しかけた方が良いのか!?
居心地の悪い空気に、出だしから意識し過ぎて少しの沈黙も耐えられなかった俺は、余計な事など言わずにやり過ごせば良いのに! と、思うのに口を開いてしまった。
「あと、その、あの……見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした」
言いながら、こんな蒸し返さなくて良い事を、むしろ忘れて欲しかった醜態を自らえぐり出す愚かさに気が付き、内なる俺は頭を抱えるが、表面上は全力で平静を装いエドの前にティーカップを置いた。
そんな俺の内心など知る由もないだろうエドは、カップに注がれた琥珀色を一口飲み「ほぅ」と一息つく。どうやら俺のオリジナルブレンドのお茶を、お気に召したようだった。
このまま俺の墓穴はスルーしてくれそうだとホッとしたのもつかの間、エドは少し考えるそぶりをしてからカップを置き、神妙な顔を俺に向ける。
「いや、そこは謝らなくて大丈夫。こちらこそ嫌な思いをさせて申し訳ない。それよりも、普段はどうか知らないが、今は俺たち大人の男がいる訳だし、君はもう少し振る舞いを気を付けた方が良いよ」
うん、スルーはしてもらえなかった。
しかもひどく真摯に心配をされてしまった。まるで家出少女を気遣うお巡りさんのように。
「……はい」
つーか、俺たち大人の~って何だ? 確かに女の子になっちゃったけど、俺も十分に大人なのだが? 確かに男の時よりパッと見が幼い感じになってるけど、成人なのだが??
エドの言葉に脊髄反射で不服が顔に出るのを止められなかった俺は、とっさに俯いて表情を隠す。
……いや、分かっていた。分かってはいたのだ。
先ほど俺の半裸を見た時も、女性の胸を見た男の反応と言うより、お子様の胸部を見てしまって(いやー気まずいなー)って、お顔していらっしゃいましたもんねコイツ!
はいはい、どーせ俺の体は、お前の好みとは程遠いぺたんこがっかりちゃんですよーだ!
「えーっと……、それにしてもエミリア女史には、見た目のイメージと実際のギャップに驚かされたよ」
俺がギリギリと奥歯を噛みしめていると、エドは白々しく話題の転化をしてきた。
「あっ、はい。師匠は時々楽しくなり過ぎてしまう所もありますが、行倒れかけていた私とセスを保護して下さった優しい方なんですよ」
イリア、お顔に青筋が立っちゃいそう! などと心の中でボケをかましつつも、俺は顔を上げてにっこり微笑んでやる。まぁ、俺の立場からだと多少イラッとするが、未成年に見えているのだろう俺へのエドの振る舞いは間違っちゃいない。
エドは単純に俺の事を心配してくれている、至極まっとうな大人なのだ。
「ほう……、行倒れとは穏やかじゃないな、よければ少し話を聞いても?」
エドは俺の話しに興味を持ったらしく眉を跳ねさせ、立ったままの俺に席を進めてくれたが、俺はそれを首を振って遠慮した。
別にそれは慎ましさアピールでもなんでもない。夕食後に直ぐエミリア師匠に突撃した俺は、当然のごとく風呂はまだのうえ、今に至るまでに大量の汗や冷汗やらをかいたものだから端的に言えばそう、体臭とか気になるし……とか、そんな自分で言うのもアレだが割と女の子らしい理由だ。
俺が男の時は汗だく泥だらけで一緒にモンスター狩ったりしてたんだけどな、ずいぶん遠いトコまで来てしまった気持ちである。
「私は旅の途中で……、自分のルーツを探しにこの地に来ました」
気を取り直して俺は語る。
イリアの姿で、自分に起こった事をエドに伝える。
エドは俺の話にしっかりと耳を傾け、吹き出したかと思えば、大真面目な顔で頷いたりしてくれた。その裏表のない表情に、見た目や雰囲気は少し変わってはいるが、根本的なところは八年前と何も変わってない様子が知れて俺は何故だかとても安堵したのだった。
***
「あの、そろそろ夜も更けてきましたしお部屋に戻られては?」
話のキリの良いところで、俺はエドに部屋に戻るように促した。
エルフは人間のようにすぐに風邪を引いたりはしないと以前エドから聞いていたが、それでも多分、湯上りに冷えすぎるのは良くないだろう。
「あぁ、そうだな。こんな時間まで付き合わせて悪かった。片付けは手伝うよ」
言いながらエドは立ち、ティーセットの乗った銀のトレイをスマートに持ってくれる。
そんな昔と変わらぬ友人の、古代種の割に横柄さの欠片も無い人柄に、ふくふくと温かい気持ちがこみ上げる。
「そういえばセスは仕方ないにしても、君は旅の途中だったんだろ? 魔女様に命を救われたとはいえ、ずっとこの屋敷にいることも無いんじゃ無いか?」
昔より身長差が開いてしまったその背中について歩いていると、唐突に痛いトコを突かれ俺は思わずエドを見上げた。
「いや、深い意味は無いんだ。話したくなければそれで良いんだけど、君はあの気位の高いと言われている獅子族のレオンがぞっこんになるくらい可愛らしいし、待ち人の一人もいないというのは不思議な気がしてしまってね」
は??
かわいい!? いまこいつ、俺のこと可愛いって言ったぞ!? べっ別に、嬉し……くなんか無いけど!!
つーか、レオンって狐じゃなくて獅子だったんか! あんなにつり目なのに!? っじゃなくて、ここはどう答えるべきだ!? えーっと、えっと。
エドの言葉にパニックになりつつも、俺は必死になって頭を回す。
「も、元々、私には両親はいませんし、育ての親にはとっくに家を出されました。確かに腰を据えていた家はありましたが、今更急いで帰る事も無いので……」
俺は頭をフル回転させた結果、ほぼ事実を口にした。下手にフェイクをいれると、自分がその設定を忘れたりするからだ。
「なるほど」
この世界で人間やってたら特に珍しい生い立ちでもないので、エドは何の疑問も持たずに頷く。
とは言え、俺の生い立ちでもあるのだから、少しくらいピンと来てくれても良いじゃないかと、勝手に期待してがっかりする自分も居て、ついつい余計な声が口をついて出てしまう。
「友達……は一応いたけど、多分、私の事なんか忘れちゃったと思うし」
小さく呟いて、俺はチラリとエドの顔を盗み見た。
「その友人は、君がここに居る事を?」
エドは俺の小さな声を聞き逃さず、声をワントーン下げ誠実な響きを持たせて問う。
そんなエドの様子に、俺の事たまには思い出したりしてくれてんのかな? いや、そんな訳ないか……等と考えてしまい、俺は唇を噛んだ。
いや分かってはいたんだ。
多少は構ってもらってた自覚はあるが、エドにとって俺は仙人って言うちょっと毛色の珍しかっただけの人間で、八年も前に勝手に消えたとっくに縁の切れた存在なのだ……、ギュッと痛む胸を無視して俺はエドの言葉に首を振った。
そりゃ、今さら思い出せって方が無茶な話だよなぁ……。
「……ふむ」
俺の様子に何を思ったのか、エドは少し歩みを緩めて斜め後ろにいた俺の横に並んだ。
「君に話させてばかりで申し訳ないから言うが、俺は君と逆の立場でね、街から出て行って戻らない友人をずっと探してる」
「えっ」
エドの言葉に、俺は思わず顔を上げた。
「依頼を最小限に受けながらずっと探しているんだが……、これがなかなか見つけられなくてね、ここ何年かは家にもろくに帰らずにあちこち探し回ってる」
「ずっと、探して? え、帰ってない?」
声が上ずるのが抑えられない。
もっもしかしなくても、その、探してるのって俺……なのでは?
エドの探し人が当然のごとく自分の事だと断言するのは、少々自意識過剰かもしれないと思わなくも無いが、街を飛び出してそのまま消息不明になるような者は……悲しいかな、S級ハンターのエドの周りには俺以外に居ない。
「そう、おかげで髪なんか適当に小刀で切ってる始末さ」
「うえぇっ!?」
あのお洒落さんのエドが、そんなガサツな事を!?
笑うエドを、俺はあんぐりと口を開けて信じられない気持ちで見つめてしまう。
と言うか、適当に切ってこんなに似合う髪型って……、いや、こいつは何やっても大体似合うけど……。
「だからもし、可能ならば手紙の一つでもその友人に送ってあげて欲しいと思ってしまってね。俺はもうずっとあいつの安否を心配して生きてるから、どうにも他人事ではなくて」
キャパオーバーの情報に泡を食っている俺に、エドが更に続けた言葉は俺を震わせた。
エドが、俺をいまだに覚えてて、俺の身を案じながら探してくれていたなんて……。
そんな訳ないとか、本当に俺のことか分からないとか予防線を張って心を取り繕う間もなく、体中に喜びが巡る感覚に心が痺れる。
嬉しい。
嬉しくて、泣いてしまいそうだ。
俺が小さく頷くと、エドは安堵したように優しく目を細めた。
その月明かりに照らされたエド顔に見惚れそうになった次の瞬間、俺はとんでもない事実に気が付いてしまう。
ん? つまり俺が所在を明らかにしないで消えたせいで、エドは結婚したタイミングで俺探しを始めて、家にろくに帰ってないって事では!?
それって、人様の家庭にとんでもない影を落としてしまったやつなのでは――。
冷汗がサーッと背中を伝う。
己のしでかしに俺の浮ついた心は一瞬で罪悪感で一杯になり、その後エドと屋敷に戻るまでにした会話は殆ど記憶に残らなかった。
結局どんな手を使ったのかは分からなかったが、エミリア師匠がエドをこのアルハトの地に来るように仕向けたのは事実らしい。
しかし、それは本当に彼女の言うように、俺にかけられた呪いの解除の協力を得るためなのだろうか?
確かにエミリア師匠は風変わりなところがあって、その思考は俺には良く分からない事も多かったが、基本的にはとても聡明な人なのだ。
そんな彼女が短絡的にS級ハンターのエドを呼び寄せ、解呪の協力を得るためにあいつを落とせ等と言うとは思えなかった。
「つーか。エドを落とせだなんて、冗談でも無理が過ぎるんだよ。アイツめちゃくちゃモテるし、大体、今は既婚者なんだぞ! ……、……はぁ」
エミリア師匠の無茶ぶりに改めてため息をつくと、両の手で持った銀のトレイに乗せた茶器がカチャリと音を立てた。
エドにみっともない姿を見られた衝撃で放心している間に、フリフリのワンピースを着せられた俺は、何だかんだ言いつつも結局エミリア師匠の指示にしたがい、こうしてエドが向かった裏庭へお茶を運んでいる。
ちなみに、可愛い下着とやらの方はお時間の都合上で回避できた。
「しかしなー、奇跡的に俺がエドを落とせたとしても、呪いの内容が女体化だと言った時点で中身が男ってバレる訳じゃん?」
俺は一人ごちて首をかしげる。
仮に、上手いこと詳細をうやむやにして解呪を進めても、呪いが解けた瞬間、俺が昔馴染みの男だったとバレる展開は回避できないだろう。
「そりゃ異性愛者の男にとってどんな地獄絵図だよ……いや、その前にエドを落とせないし、そもそも詳細うやむやにして解呪なんて無理だろ?」
ここまで言ってる事が無茶苦茶だと、流石の俺でも何か意図があるのだろうとは思い至る訳だが、その意図が分からない。
そうして解決しない疑問に思考を費やしているうちに、俺の足は月明かりに照らされた裏庭に着いてしまう。
兎にも角にもこの場を乗り切るぞと、やけくそ気味に割り切った俺はガゼボに備えられたテーブルセットに腰かけたエドに声を掛けた。
「エド様、失礼いたします。エミリア様より仰せつかりましてお茶をお持ちしました」
本来なら、屋敷の主であるエミリア師匠の客人かつS級ハンター様であるエドに対して、俺の立場ではエドヴァルド様か、姓の方のオリヴィエ様と呼ぶのがマナー的には正解なところだ。
しかし、先程のエミリア師匠監修のお写真撮影騒ぎの際、夕食の時に名乗るだけ名乗ってそそくさと逃げた俺に、エドが自己紹介を改めてしてくれたのだ。その時に『俺の事はエドと呼んでくれて構わない』と言われたので、俺は遠慮なくエドの愛称で呼ばせてもらっている。
正直に言って、俺も口から呼びなれた愛称が飛び出しちゃいそうだなと心配していたので、これはかなり助かる申し出だった。
「あぁ、こんな夜中に気を遣わせてすまない」
ゆったりとした動作で、肩にかかるアッシュブロンドの髪を揺らしたハーフエルフのハンサムが振り返る。
エミリア師匠から俺を寄越すと言われた時は遠慮していたが、来てしまった俺を無碍にすることも出来ないのだろう。エドは少しだけ困ったような声音で返事をしながら俺に微笑んだ。
それは昔の俺に向けられたような飾らないモノではなく、年下の女の子を相手にするお兄さんといった優しい笑い方で……。四年もつるんではいたが、エドのこう言う顔をあまり見た事が無かった俺は思わず目を奪われてしまう。
「ん?」
「あ、いえ……、先ほどは、エミリア様が失礼いたしました」
エドの視線に、自分がまじまじとそのご尊顔を見つめてしまっていた事に気が付き、俺は慌てて用意して来た言葉を続けたが、頬に熱が集まるのを自覚してしまい、かなりの早口になってしまった。
女の子に見られるのなんかコイツにとっちゃ日常茶飯事で、特に気にも留めていないはず! と分かりつつも、俺は熱をもった顔を隠すように伏せながら、テーブルに手早くティーセットを並べお茶を淹れる。
サワサワと優しい夜風が裏庭の草花を揺らし、月の光に照らされた白磁のカップにコポポポと琥珀色が注がれる音が響く。
――しかし、沈黙が辛い! 何か、何か話しかけた方が良いのか!?
居心地の悪い空気に、出だしから意識し過ぎて少しの沈黙も耐えられなかった俺は、余計な事など言わずにやり過ごせば良いのに! と、思うのに口を開いてしまった。
「あと、その、あの……見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした」
言いながら、こんな蒸し返さなくて良い事を、むしろ忘れて欲しかった醜態を自らえぐり出す愚かさに気が付き、内なる俺は頭を抱えるが、表面上は全力で平静を装いエドの前にティーカップを置いた。
そんな俺の内心など知る由もないだろうエドは、カップに注がれた琥珀色を一口飲み「ほぅ」と一息つく。どうやら俺のオリジナルブレンドのお茶を、お気に召したようだった。
このまま俺の墓穴はスルーしてくれそうだとホッとしたのもつかの間、エドは少し考えるそぶりをしてからカップを置き、神妙な顔を俺に向ける。
「いや、そこは謝らなくて大丈夫。こちらこそ嫌な思いをさせて申し訳ない。それよりも、普段はどうか知らないが、今は俺たち大人の男がいる訳だし、君はもう少し振る舞いを気を付けた方が良いよ」
うん、スルーはしてもらえなかった。
しかもひどく真摯に心配をされてしまった。まるで家出少女を気遣うお巡りさんのように。
「……はい」
つーか、俺たち大人の~って何だ? 確かに女の子になっちゃったけど、俺も十分に大人なのだが? 確かに男の時よりパッと見が幼い感じになってるけど、成人なのだが??
エドの言葉に脊髄反射で不服が顔に出るのを止められなかった俺は、とっさに俯いて表情を隠す。
……いや、分かっていた。分かってはいたのだ。
先ほど俺の半裸を見た時も、女性の胸を見た男の反応と言うより、お子様の胸部を見てしまって(いやー気まずいなー)って、お顔していらっしゃいましたもんねコイツ!
はいはい、どーせ俺の体は、お前の好みとは程遠いぺたんこがっかりちゃんですよーだ!
「えーっと……、それにしてもエミリア女史には、見た目のイメージと実際のギャップに驚かされたよ」
俺がギリギリと奥歯を噛みしめていると、エドは白々しく話題の転化をしてきた。
「あっ、はい。師匠は時々楽しくなり過ぎてしまう所もありますが、行倒れかけていた私とセスを保護して下さった優しい方なんですよ」
イリア、お顔に青筋が立っちゃいそう! などと心の中でボケをかましつつも、俺は顔を上げてにっこり微笑んでやる。まぁ、俺の立場からだと多少イラッとするが、未成年に見えているのだろう俺へのエドの振る舞いは間違っちゃいない。
エドは単純に俺の事を心配してくれている、至極まっとうな大人なのだ。
「ほう……、行倒れとは穏やかじゃないな、よければ少し話を聞いても?」
エドは俺の話しに興味を持ったらしく眉を跳ねさせ、立ったままの俺に席を進めてくれたが、俺はそれを首を振って遠慮した。
別にそれは慎ましさアピールでもなんでもない。夕食後に直ぐエミリア師匠に突撃した俺は、当然のごとく風呂はまだのうえ、今に至るまでに大量の汗や冷汗やらをかいたものだから端的に言えばそう、体臭とか気になるし……とか、そんな自分で言うのもアレだが割と女の子らしい理由だ。
俺が男の時は汗だく泥だらけで一緒にモンスター狩ったりしてたんだけどな、ずいぶん遠いトコまで来てしまった気持ちである。
「私は旅の途中で……、自分のルーツを探しにこの地に来ました」
気を取り直して俺は語る。
イリアの姿で、自分に起こった事をエドに伝える。
エドは俺の話にしっかりと耳を傾け、吹き出したかと思えば、大真面目な顔で頷いたりしてくれた。その裏表のない表情に、見た目や雰囲気は少し変わってはいるが、根本的なところは八年前と何も変わってない様子が知れて俺は何故だかとても安堵したのだった。
***
「あの、そろそろ夜も更けてきましたしお部屋に戻られては?」
話のキリの良いところで、俺はエドに部屋に戻るように促した。
エルフは人間のようにすぐに風邪を引いたりはしないと以前エドから聞いていたが、それでも多分、湯上りに冷えすぎるのは良くないだろう。
「あぁ、そうだな。こんな時間まで付き合わせて悪かった。片付けは手伝うよ」
言いながらエドは立ち、ティーセットの乗った銀のトレイをスマートに持ってくれる。
そんな昔と変わらぬ友人の、古代種の割に横柄さの欠片も無い人柄に、ふくふくと温かい気持ちがこみ上げる。
「そういえばセスは仕方ないにしても、君は旅の途中だったんだろ? 魔女様に命を救われたとはいえ、ずっとこの屋敷にいることも無いんじゃ無いか?」
昔より身長差が開いてしまったその背中について歩いていると、唐突に痛いトコを突かれ俺は思わずエドを見上げた。
「いや、深い意味は無いんだ。話したくなければそれで良いんだけど、君はあの気位の高いと言われている獅子族のレオンがぞっこんになるくらい可愛らしいし、待ち人の一人もいないというのは不思議な気がしてしまってね」
は??
かわいい!? いまこいつ、俺のこと可愛いって言ったぞ!? べっ別に、嬉し……くなんか無いけど!!
つーか、レオンって狐じゃなくて獅子だったんか! あんなにつり目なのに!? っじゃなくて、ここはどう答えるべきだ!? えーっと、えっと。
エドの言葉にパニックになりつつも、俺は必死になって頭を回す。
「も、元々、私には両親はいませんし、育ての親にはとっくに家を出されました。確かに腰を据えていた家はありましたが、今更急いで帰る事も無いので……」
俺は頭をフル回転させた結果、ほぼ事実を口にした。下手にフェイクをいれると、自分がその設定を忘れたりするからだ。
「なるほど」
この世界で人間やってたら特に珍しい生い立ちでもないので、エドは何の疑問も持たずに頷く。
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「友達……は一応いたけど、多分、私の事なんか忘れちゃったと思うし」
小さく呟いて、俺はチラリとエドの顔を盗み見た。
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そんなエドの様子に、俺の事たまには思い出したりしてくれてんのかな? いや、そんな訳ないか……等と考えてしまい、俺は唇を噛んだ。
いや分かってはいたんだ。
多少は構ってもらってた自覚はあるが、エドにとって俺は仙人って言うちょっと毛色の珍しかっただけの人間で、八年も前に勝手に消えたとっくに縁の切れた存在なのだ……、ギュッと痛む胸を無視して俺はエドの言葉に首を振った。
そりゃ、今さら思い出せって方が無茶な話だよなぁ……。
「……ふむ」
俺の様子に何を思ったのか、エドは少し歩みを緩めて斜め後ろにいた俺の横に並んだ。
「君に話させてばかりで申し訳ないから言うが、俺は君と逆の立場でね、街から出て行って戻らない友人をずっと探してる」
「えっ」
エドの言葉に、俺は思わず顔を上げた。
「依頼を最小限に受けながらずっと探しているんだが……、これがなかなか見つけられなくてね、ここ何年かは家にもろくに帰らずにあちこち探し回ってる」
「ずっと、探して? え、帰ってない?」
声が上ずるのが抑えられない。
もっもしかしなくても、その、探してるのって俺……なのでは?
エドの探し人が当然のごとく自分の事だと断言するのは、少々自意識過剰かもしれないと思わなくも無いが、街を飛び出してそのまま消息不明になるような者は……悲しいかな、S級ハンターのエドの周りには俺以外に居ない。
「そう、おかげで髪なんか適当に小刀で切ってる始末さ」
「うえぇっ!?」
あのお洒落さんのエドが、そんなガサツな事を!?
笑うエドを、俺はあんぐりと口を開けて信じられない気持ちで見つめてしまう。
と言うか、適当に切ってこんなに似合う髪型って……、いや、こいつは何やっても大体似合うけど……。
「だからもし、可能ならば手紙の一つでもその友人に送ってあげて欲しいと思ってしまってね。俺はもうずっとあいつの安否を心配して生きてるから、どうにも他人事ではなくて」
キャパオーバーの情報に泡を食っている俺に、エドが更に続けた言葉は俺を震わせた。
エドが、俺をいまだに覚えてて、俺の身を案じながら探してくれていたなんて……。
そんな訳ないとか、本当に俺のことか分からないとか予防線を張って心を取り繕う間もなく、体中に喜びが巡る感覚に心が痺れる。
嬉しい。
嬉しくて、泣いてしまいそうだ。
俺が小さく頷くと、エドは安堵したように優しく目を細めた。
その月明かりに照らされたエド顔に見惚れそうになった次の瞬間、俺はとんでもない事実に気が付いてしまう。
ん? つまり俺が所在を明らかにしないで消えたせいで、エドは結婚したタイミングで俺探しを始めて、家にろくに帰ってないって事では!?
それって、人様の家庭にとんでもない影を落としてしまったやつなのでは――。
冷汗がサーッと背中を伝う。
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