仙年恋慕

鴨セイロ

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2章

52.魔女の屋敷の少女 side?

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「うん、よく漬かってるな」

 俺は玉ねぎやセロリ、赤ワインで作ったマリネ液が入った巨大なボウルから、これまた巨大な肉の塊を「よっこいしょー」っと取り出し調理台に置いた。

「しっかり水気を拭いて、にんにくの切り口を肉の表面にこすり付ける。あとは塩コショウを揉み込んで……っと」

 肉に下味をつけたら、この肉塊が焼けるほどの大きな鉄板に油を引き肉の表面を焼いていく。

 いつもはこんな大きなコンロなど不要だと思ってたけど、こう言う豪快料理のときは便利だよなぁ。大きいから掃除もチマチマしないでえいやーって一気に出来てさほど大変じゃないし。

「はー、いい匂い。このまま食っても絶対に美味い……」

 ジュージューと、音を立てて焼ける肉の匂いが食欲をそそる。
 つまみ食いの誘惑に抗いつつ、全ての表面を焼き上げたら今度はオーブンに肉を突っ込み、低温でじっくり肉の中心がピンク色になるくらいまで焼く。

「っで、肉が焼けたら粗熱が取れるまで放置する」

 その間、さっきの鉄板に残された肉汁にマリネ液とバターを足し味をととのえ、肉にかけるグレイビーソースを作って……。

「うん、ソース美味い! 本当はコンソメが欲しかったけど、これなら全然いけるな」

 ペロッと味見をしながら、思わず自画自賛。

「料理自体はそこそこ作る方だったけど、流石にこーんな両手で抱える程の巨大な肉のブロックを調理するのは初めてだったからな、失敗しやしないか冷や冷やしたけど、結構やれるもんだな!」

 気分が乗ってきた俺は、調理台に山と積まれたやたらでかい正式名称不明な謎エビたちに視線を移す。

「さて、このセスが獲って来たエビたちはどう料理してやろうか」

 謎エビの背をむんずと掴み目の前に掲げてみると、とれたて新鮮なロブスターサイズの謎エビは、立派なハサミをガサゴソと動かす。
 このハサミに指が挟まれると、チョキンと切られてしまうので扱いは十分気を付けなければならない。

「素材が良いからな、セスとエミリア師匠には丸焼きで出してあげようかなー。バルファのおっさんたちは一応客だから、見た目良く殻付きのグラタン風に焼くとして。要らない頭や殻は煎って芋のスープの出汁に使えるけど、ここは贅沢にエビの身も使ってビスクスープにしてみるか」

 調理方針を固めると、甲殻類が大好きな俺はぐふふと含み笑いを浮かべながら、美味しそうな謎エビたちをせっせと絞め始めた。


 ***


「ふう、これくらい用意すればたりっかなー」

 大鍋になみなみと作った、謎エビのビスクスープを前に俺は腰に手を当てる。
 本日から、先日まで先遣調査で来ていたハンターのバルファのおっさん達に、追加で二名のハンターが派遣されると聞いていたので、かなり多めに食事の用意をしたのだ。

「バルファのおっさんたちが想像以上に食うから、前は食料庫が空っぽになったもんなー」

 あの時はタイミングよく食料業者の馬車が屋敷に寄ってくれおかげで、セスやエミリア師匠を腹ペコにさせずに済んだが、あの教訓から今回はかなり余裕をもって食材を買い込んだ。

「ほんとにねぇ、セスちゃんも役に立ちたいって言って川で魚やエビを獲って来てくれるし、ホント良い子に育ってくれて、わたくしも鼻が高いです! あっ、これ美味しいわ」

「エミリア師匠、お行儀が悪いですよ」

 いつの間にか厨房に侵入して、俺の背後に立っていたらしいエミリア師匠がパクっと、切り分けた肉を摘まむ。

「だって、どのお料理もとっても美味しそうなんですもの」

 頬に手をあて、もぐもぐと咀嚼する美しい人に苦笑が漏れる。
 つまみ食いを窘めはしたが、俺だって料理を褒められるのはまんざらでもないのだ。

「まったくもう。二百歳にもなって子供みたいなこと言ってないで――」


 ポーン! ポーン! ポポーン!


「あらあら、このせっかちなベルは……隊長バルファさんたちが着いたようね」

 俺の照れ隠しの小言の途中で来客を知らせるベルが鳴り、エミリア師匠は虚空に視線をやる。

 魔女様と呼ばれるエミリア師匠は魔導具研究の第一人者で、この屋敷にはいたる所に魔導具が設置されている。
 いまエミリア師匠の頭の中では、屋敷の入口に設置された監視カメラのような魔導具が撮っている映像が映っているのだろう。

「師匠はセスが帰ったら一緒にご飯ですよね?」

「えぇ、それでお願いするわ」

 エミリア師匠は口元をハンカチで拭い、来客を出迎えに厨房から出て行った。


 ***


「イリアちゃ~ん、久しぶり~」

「はい、お久しぶりです。レオンさん」

「ん? 魔女様は一緒に食わねぇのか?」

「エミリア様はセスの帰りを待つとのことですので、ハンター様方は先に召し上がってください」

 やたら馴れ馴れしくボディタッチをしてくるレオンという狐っぽい獣人をあしらいつつ、俺はエミリア師匠のグラマラスボディが目当てのバルファのおっさんを笑顔で牽制する。

 まったく、ハンターってS級と言えど、こう言うちょっと大らかというか、緩いというか、端的に言えばマナーがザックリめな人が多いよなぁ。
 俺は行った事ないけど、ちょっと小洒落た店に入った時とかハンターってだけで、ウェイターさんが嫌そうな顔したりするって話しも聞いていた。一部のマナー違反のせいでハンターはイコールそう言う奴らって一括りにされるのは解せんよな。
 まぁ、俺のハンター人生は終わったも同然なので、今となってはどうでも良い話だが。

「ここが食堂……、のようですね」

 レオンとバルファのおっさんに追加の料理を運んでいると、新顔のハンターが食堂に顔を出した。

「どうぞ、こちらの席にお掛け下さい。直ぐにお食事をご用意します」

「ありがとう。私はコンラート、しばらくの間お世話になるよ」

「私はイリアと申します。エミリア様より皆様のご滞在中のお世話を仰せつかっております。何か不足がありましたらお申し付けくださいませ」

 ほう……、新しく派遣されたハンター様はお行儀がいいらしい。
 俺はコンラートと名乗った、龍人の特徴である金属質に輝く髪が美しいハンターを席に案内し料理を運ぶ。

「レオンから料理上手な可愛らしいお嬢さんがいると聞いていたが、本当にどれも美味しいよ。レオンが大げさに言ってるのかと思ったけどこれは凄い」

 空になったグラスにワインを注いで回っていると、コンラートが俺に話しかけてきた。

「コンラートくーん、駄目だよ~イリアちゃんは俺が先に目ぇつけてたんだから~」

 そう言いながら側に立っていた俺の腰を抱き寄せる狐野郎……いや、狐かどうかは聞いてないので知らないんだけどな、如何せん興味がない。
 つーか、ここはおさわり酒場じゃねぇぞ!

「お褒めいただき光栄です」

 俺は内心青筋を立てつつも、エミリア師匠に叩き込まれた淑女の振る舞いでにっこり微笑みながらレオンの腕を抜け、空になった皿を集めて隣接するドア向こうのキッチンに下がった。


 ……そう、淑女だ。


 広く立派なキッチンに置かれた、これまた立派でピカピカな銀色の魔導フリーザー(つまりは冷蔵庫)には、クラシカルなデザインのオリーブ色のワンピースを着て、その上から白いエプロンを身につけた女が空になった皿を持って映っている。

「んー、ちょっとメイク濃すぎか? ナチュラルってこんなもんか?」

 皿を持ったまま、俺は魔導フリーザーを鏡代わりに身だしなみのチェックをする。
 この八年の間に見慣れたこの顔には、最早ため息も出ない。

 エミリア師匠から一から仕込まれたメイク技術は、下手な魔法よりも修得が難しかったが、現在では迷うことなく一発でアイラインが引けるまでになっていた。

「とは言え、よそから人が来るたびにメイクしないとマナー違反だなんて、女の子ってホント大変だよなぁ」

 メイク以外も、髪は結い上げてその日のコーディネートに合わせたリボンで纏めたり、スカートのふんわり可愛いシルエットはパニエとペチコートを重ねてはいて作ったりと、毎日毎日、朝早く起きてこーんなに身支度しているなんて世の女の子たちはホント凄い。

「あ゛ぁぁぁ、でも俺は早くノーメイク生活に戻りたい……」

 先程までの可愛いを装った女の子をかなぐり捨て、俺の口からは二日酔いのおっさんめいた溜息がでる。

「あぁぁぁ、女の子めんどくさいよー! てか、俺はいつになったら‘’イリアちゃん‘’から、イオリ・ヒューガに戻れるんだよぉぉぉ!!」

 キッチンに響いた俺の嘆きは、しっかり建築の分厚い壁に吸収され誰の耳に届くことなく掻き消える。

 まぁそんな感じで、俺ことイオリ・ヒューガは女の子になっていた。
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