仙年恋慕

鴨セイロ

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1章

29.友人の家2 sideエドヴァルド

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 結論から言おう、贔屓目を抜きにしてもイオの料理は旨かった。

 まず前菜代わりに「作り置きだけど」とワインと共に出された牛肉を麦種エールで煮込んだという料理が、そこら辺の店を凌駕するレベルで、味はもちろんの事、じっくり煮込まれたブロック肉はひと噛みする間にほろりと口の中で溶けた。
 続いて出て来たスライスアーモンドが香ばしいグリーンサラダに、バケットと生ハムの入ったガーリックスープ、揚げたての小魚のフリッターと、最後に魚介のスープで炊いた具沢山のパエリアが出てきたのだが、出された料理はどれも本当に旨かった。

「驚いた、どれも凄く旨い」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、今日作ったのは大した手間かけてないし……」

 俺が褒めるとイオは、ほんのり耳を赤くしながらパエリアの具の貝の身を外し、エビの殻を剥き、せっせと俺の皿に乗せる。
 その様子に和みながら、この世話焼きな性格が弟のテオをあの様なブラコンに育てたのではないかと、俺は推測するなどした。

「しっかし、イオが料理出来る奴だったなんて知らなかったな」

「まぁ言う機会も無かったし、そこまで凄く出来るわけでもないから」

 食後、綺麗に空になった皿を二人で片付け、部屋の情報端末でニュース番組を眺めながら酒を飲みまったりとした時間を過ごす。なんとも穏やかな時間だった。

「……でも、料理するのは昔から割と好きなんだよ。腕が上がれば同じ材料でもより美味しく調理できるようになるじゃん? だからやり甲斐があると言うか」

「それ聞くとお前らしい考え方だなーと、納得するな」

 ポツポツと話していると、イオは養父に叩き込まれて家事全般は一通りできると言う事だった。
 家事の中で一番苦手なのは掃除だと笑う。

「俺も嗜みだつって家事全般は祖母に叩き込まれたけど、飯は基本外で食うし、普段は宿暮らしだから掃除洗濯はサービス内で片付けてもらえるからなー、郊外の家に定期的に空気の入れ替えくらいはしに行くが、あっちも掃除はハウスキーパーだよりだな」

「へ!? エドって家持ってたの!?」

 会話にそれとなく情報を混ぜると、イオは面白い様に食い付いた。

「一応な、と言っても普段はギルド近くの宿に住んでるから殆ど使ってないんだが……試験が終わった後ならいつでも遊びに来ても良いぞ?」

「おぉー、行く行く! って言うかエドが家を持ってるなんて全然知らなかった!」

 イオの乗り気な態度に、俺は内心拳を握る。

「最初は資産のつもりで買ったから誰にも言ってなかったんだが、割と気に入ってさ」

「へぇー資産か、エドって意外と手広くやってるんだな。ほい、これおまけ」

 これで今後は遠慮なくイオを俺の家に誘えるぞとほくそ笑んでいると、話しながらキッチンへ行って戻って来たイオに、ガラスの器に入った夕焼け色のゼリーを出された。

「?」

「ほら、野菜買った青果店あったろ? 何でかあそこのおっちゃんが「彼と食べなって」オレンジ何個もくれたんだよ。っで、ちょっと酸っぱかったからゼリーに……あっ、ゼリー苦手だったか?」

「……いや好き。さんきゅ」

「ん」

 礼を言うとイオは小さくはにかむ。その顔にグッとくる。
 しかしあの青果店の店主、やはり俺たちが付き合ってると勘違いしていたかー。
 うむ、悪い気はしない。

「それにほら、俺も荷物持ちがいたおかげで、冷蔵庫いっぱいに買溜め出来たから助かった」

「ははっ、荷物ぐらいいくらでも持つさ。……なぁ、またお前の作る飯、食べに来てもいいか?」

「あぁ、勿論。エドが来てくれたら俺も楽しいし」

 少々図々しいかなと思いつつ尋ねれば、イオは嬉しそうに笑ってくれた。


 ***


 オレンジの酸味が爽やかなゼリーを匙ですくいながら、麦酒エールをちびちびやりつつ情報端末を観るイオの横顔を盗み見る。

 イオには自覚がない様だが、その華のある容姿は人目を惹く。

 実際、初めてイオと会話をした飲みの席では、男女問わず種族問わずイオにアプローチをしていた。
 むしろ実家を出てこのマーナムにたどり着くまで、仙人とはいえ人間のこいつが色んな意味で無事だった事が不思議でならない。よほど運が良かったのか、回りの目が節穴だったのだろうか?
 何にせよ俺と出会うまでイオが独り身でいてくれた事に、普段はさほど信仰もしていない神に感謝する。

「なぁ、イオ」

「ん?」

「俺さ、彼女全員と別れたんだわ」

「ふーん。……ん、えっうそ! お前が!? なっ、なんでまた?」

 唐突な話に、イオの麦酒を飲む手が止まり情報端末から俺へと向き直る。
 目を見開いてこちらを見る、その感情の出やすい顔がなかなかに可愛いくて面白い。

「理由は追々。っで、ここからが大事で、昇級試験が終わったらイオに聞いてほしい話がある」

「……、……真面目な話なのか?」

 声をワントーン低くした、いつにない俺の様子にイオが神妙な面持ちで問う。

「そう、大真面目。だからその時は冗談とかおふざけとか勘ぐらないで、ちゃんと聞いて欲しい」

 ペリドットの瞳をこれでもかと見つめながら話すと、イオはコクコクと何度も頷く。
 その興味津々といった様子に、俺の話の内容などまったく予想がついていないだろう事が伺い知れて苦笑が漏れる。

「なぁ、それって明るい話? それとも暗い話?」

 珍しく酒が回っているのか妙にノリの良いイオが、俺の横ににじり寄って無邪気に探りを入れて来る。

「んー、俺は明るい話にしたいと思ってる。って、試験が終わったら聞いてくれって言っただろーが」

 俺の話を聞いたら、こいつはきっと盛大に悩むだろう。
 しかし昇級試験が終わった後ならば、多少イオを悩ませたって構うものかと俺は結論付けた。
 そう、これは作戦変更だ。俺は距離を置いて待つ持久戦を止める事にしたのだ。
 悠長にイオの変化を待っていて、横からあの飢狼族にでもこいつを掻っ攫われたら目も当てられないからな!

「んー、エドっちの話が気になって試験勉強に集中できないかもにゃ~」

「はいはい、下手なメイリンの真似をするんじゃありません」

 メイリンの真似をしながら、俺の肩にグリグリと額を押し付けるイオ。
 こいつが俺以外の奴にこんなマネをしない事に、俺はとっくの昔に気が付いている。

 つーか、お前はいい加減に俺に惚れろ!
 いや、惚れている事に気が付け! 呑気にエルフの役者なんぞにうつつを抜かしているじゃない!

 そんな俺の胸の内など露知らず、楽し気にじゃれて来るイオの額に俺は軽めのチョップを入れるのであった。
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