仙年恋慕

鴨セイロ

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1章

31.とばっちりと噂

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「はい、ただの生理&生理痛です」

 カナトの案内でシリトがうずくまった河原の木陰まで来ると、アンラは事も無げに言いきった。
 その聞きなれない単語に俺とカナトは固まるが、ルーイは「あぁ、なるほど」とすんなり納得している。

「大方、生理が来るの忘れて水遊びしてたらお腹冷やして痛くなっちゃったんでしょう。はい解決、問題ありません! お騒がせしました!」

 そう言って「解決してない、お腹めっちゃ痛いっス」と弱々しく言うシリトに、アンラは持って来ていた予備の服と小さなポーチを渡して着替えてくるように促す。

「あのーアンラさん、せいりってあの女の子のですよね? あれ、シリトって女の子だったの?」

 岩陰にヨロヨロ歩いて行くシリトを見送りながら、俺は何とも間抜けた質問をアンラにしてしまう。

「何言ってるんですかイオリさん、ドコをどう見てもお兄ちゃんは男ですよ。あっ薬の補充忘れてた。カナト悪いけど痛み止めになる薬草摘んで来てくれる?」

 テンパる俺にアンラは落ち着いて答えつつ、カナトに指示を飛ばす。

「あっあぁ??」

 カナトもまだ理解が及んでいない顔をしていたが、すぐさまアンラの指示に従う。しかし、動揺が足に来たらしく途中の木の根でつまずいて転んだ。
 そんなカナトを見かねてルーイがカナトに付き添った。

「まったく、このお馬鹿さんってば私に一言も相談せずに生体手術受けて、女性機能を使えるようにしたんですよ!」

 アンラはプリプリ怒りながら、着替えて戻って来たシリトの頭をげんこつでコツンと叩く。

「うぅ、アンラがいじめる」

「まぁまぁ」

 俺は怒られて涙目になるシリトを庇いつつアンラを宥めながら、先ほどのアンラの台詞にあった“生体手術”と言う言葉について頭をフル回転させ、この世界での子供時代に養父から習った性教育を思い出す。

 確か、この世界の人族とされる人間も獣人も古代種も、生まれた性と別に体内にもう一つの性を持っている。これは、この世界が安定する前に何度も絶滅しそうになった人族の大元のご先祖様が、いざと言う時はどちらの性の役割も持てる様にと進化した名残とされているが、実際のところはよく分かっていないらしい。
 しかし、現に俺たちの体には男女どちらの性別も組み込まれていて、生体魔法や外科的方法を用いて眠っている二つ目の性を稼働させる事が出来る。故にこの世界は同性愛に寛容で、また、同性のパートナー同士でも子どもをもうける事が出来るのだ。

 ……と、確かに学んではいたが当事者を目の当たりにしたのは初めてであった。
 まぁ外見上は判断がつかないので、今までもそういった人に会って居たのかもしれないが……。

「だって、カナトの子ども欲しいんだもん」

 濡れた服から着替えて冷えた体を温めたおかげか、幾分か顔色の良くなったシリトがアンラに口ごたえをする。

「だもんじゃあないの! 私はね、まだ付き合っても無いのに先走って体いじる奴が居るかって言ってんの! しかも自分の生理日を忘れて水遊びとかお馬鹿さんも大概にしなさい!」

「うぅっ」

 アンラがビシッと言い訳を許さない態度で言い放つと、シリトはメソメソと泣き出してしまった。

「アンラの気持ちは察するけどシリトは体調が悪い訳だし、今はその辺にしてやって」

「うっうっ。イオリさん優しいっス。好き」

 みかねた俺が二人の間にフォローに入ると、シリトは俺の背に張り付く。

「ったく。お兄ちゃんってば、イオリさんに甘えて私が悪者みたいじゃない」

 俺は怒りの矛を収めてくれたアンラの頭をヨシヨシと撫でる。
 アンラはシリトの事を考え、心配しているからこそ怒っているのだ。それは付き合いの浅い俺にも十分伝わった。

「でも、子宮を稼働させることがこんなに体に負担がかかるなんて知らなかったス。イオリさんは生理の時とかどうしてるんですか?」

 やはりまだ体がきついのか、地面に座り込みながらシリトは俺に生理の時の対処法を尋ねる。

「あぁ、俺の場合は……」


 ――ん?


「いや俺、生理ないけどぉっ!?」

 ごく自然な流れで話を振られて、思わず答えようとしたがもちろん俺に生理など無い。
 と言うか、どうして俺に生理の話を振るんだこの子は!?

「えっ、イオリさんエドさんとお付き合いしてるんスよね?」

 シリトは俺の反応に心底不思議そうな顔をする。
 いやだからさっきから何なんだこの子は? 俺と、エドが何故にどうしてそうなる!?

「わーわー! 違う違うお兄ちゃん、あの話はデマだったのよ! さっきイオリさんが付き合ってないって言ってた!」

 俺が呆気にとられているうちに、アンラがあわあわと誤解を解いてくれる。
 しかし、俺がエドとお付き合いをしているとか、俺が生理を経験していると思われていたとは……正直、衝撃がデカいのですが!

「ふぇ? そっ、そうなんスか!? 俺てっきりイオリさんはエドさんとあの、えっと」

「……あの話って、教えてもらってもいいか?」

 シリトが動揺している姿を見て逆に気持ちを立て直した俺は、とりあえず気になった「あの話」とやらについて二人に尋ねると、アンラがおずおずと口を開く。

「いや、あの、イオリさんは古代種――エドさんの恋人だから気安く声をかけるもんじゃないって暗黙の了解みたいな、私たち全然知らなかったんですけど、イオリさんと知り合って暫くしてから人間のハンターさん達に言われてたんです」

「えぇぇぇ!? 何それ地味に傷つく!」

 衝撃の事実に思わず声量があがる。
 いやね、以前から人間のハンターさんに距離置かれてるなーとは思っていたが、まさかそんな話になっていたなんて全然知らなかった。
 これってもしかしなくても、エドのくっつき虫やってた頃の人払い効果なのか? それにしたって効果長すぎだろ~。

「あっ、俺たちはその時はもうイオリさんのお人柄とか知ってたので、特に気にしなかったスよ?」

「そうですとも! イオリさん仙人だし綺麗だからそう言うおさわり禁止と言うか、擦り寄り抜け駆け禁止みたいなローカルルールが出来ちゃったのかなーって話してましたし!」

 ショックを隠し切れない俺に、すかさずシリトとアンラがフォローを入れてくれる。
 この子たちは、同じ人間ハンターたちの話を鵜呑みにしないで、俺の傍に居てくれたのか……そう思うとちょっぴり目頭が熱くなった。しかし――

「なぁ、エドって第三者から見てどんな感じ?」

「そっ……、そりゃもう超絶高根の花ですって!! イオリさんはエドさんと仲良しだからピンと来ないかもしれませんが、AAA級の古代種のハンターなんて実力主義の高給取り、今の時代白馬の王子サマより人気ありますよ! しかも上級ハンターにありがちな傲慢な俺様でもなく、顔だけじゃなく性格まで良い爽やかイケメン! 超超超優良物件ですよ!!」

 ふと、エドの人間へ印象が気になって尋ねれば、アンラが両手を握り込んでものすごい早口でエド評を捲し立て、俺は思わずその勢いに気圧されてしまう。

「なっなるほど、よく分かった」

 何というか、エドって一歩引いてみると本当に凄いつーか、そりゃモテる訳だよな。
 いやさ、何かにつけてハイスペックなのは知ってたし本人も気の良い奴だけど、でもあいつ俺に対しては少々悪ふざけが過ぎるトコとかあるからなぁ……。

「えー、でもイオリさんがエドさんと付き合ってないならもう一つ噂の方のお相手って誰なんだろう」

 アンラが腕を組んで首をかしげると、シリトと同じ蜜柑色のおさげ髪が揺れる。

「もう一つの噂って?」

「はい、エドさんが本命さんを伴侶にするために沢山いた彼女さんと別れたって噂です! 私はてっきり本命はイオリさんだと思ってたんですが……イオリさんは何か聞いてないんですか?」

「いや、俺は何も……。でも確かに彼女全員と別れたって話は聞いたな、あと試験が終わったら何か話があるとも言われてる」

 俺が答えると、アンラはポカンと口を開けたまま停止した。

「アンラ?」

 名前を呼ぶと、アンラはじわじわと口角を上げ意味ありげに俺をみる。

「えっ、何? 変な顔になってるぞ」

「ふわぁぁぁお! じゃあ本当にエドさんはを伴侶にされる気なんですね! 良いなぁエドさんに選ばれるなんて幸せな人ですね~!」

 言いながら俺の両手を掴んでぶんぶん上下に振り「いや~めでたい」と、アンラはどこぞのおっちゃんの様に「めでたい」を連呼する。

 俺はきゃっきゃっとはしゃぐアンラに腕を振り回されながら思い出していた。

 そう言えば、故郷の話が出た時も伴侶がどうとか言っていたから、もしかしたらエドは結婚する為に故郷に帰る気なのかもしれないな……。

「あっカナトとルーイが戻って来たっス!」

 途中からアンラに会話の進行を任せ、おとなしくブランケットにくるまりお腹を温めていたシリトが嬉しそうな顔を向けた方を見やれば、カナトとルーイが小走りでこちらに戻ってくるところだった。
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