30 / 72
1章
30.ご機嫌のわけ
しおりを挟む
「ぐぬぬ、ごれぐらい……ですか?」
額に汗を光らせたアンラが険しい顔で問う。
「そう、呪文を唱えながらこれくらいの魔力をキープ出来れば大丈夫、よーし離すぞー」
俺は魔力圧をかけるために掴んでいたアンラの腕を離した。
「「はぁ~しんど~」」
声をハモらせて俺とアンラはバタンと大の字に地面に転がった。
魔力圧をかけるとは、簡単に言えば自分の魔力を相手に流す事で、何故そんな事をしているかといえば魔法の修行の一環だからである。
「はぁ、はぁ、やっぱり中位レベルの魔法ともなると、結構な量の魔力を練らないとダメですね~」
「あぁ、特に回復魔法って、同レベルの攻撃魔法よりじっくり魔力を出すから、消耗が激しくて中位の中でも上って感じ」
俺たちは話しながら肩で息をして呼吸を整える。
いまほど俺とアンラがしていた修行は魔法を行使する為に調整した魔力を、修得者が修業者側に流して、体感でどの様に魔力を練れば魔法が行使できるのかを覚える結構な荒行だ。
しかも、これをやると魔力圧を掛ける側は魔力を出し続けなければならないため、普通に魔法を発動するよりも魔力を大く消耗するし、魔力圧を掛けられる側は外部から強制的に流される魔力圧によって、細かい事は省くが肉体に疲労と言う形でダメージを受ける。
「あーあ、修行を始めた頃は私と同じくらいの回復魔法のレベルだったのに、イオリさんってばサクッと中位回復魔法マスターしちゃうなんてなぁ」
「まぁ俺はこれでも一応は仙人なので、普通の人間よりはちょっと凄い。でもアンラだって魔力量は足りてるんだ。もう少し頑張れば習得するさ」
俺は身を起こしながら、まだ草の上に転がっているアンラを励ます。
「うぅ~『ちょっと凄い。(キリッ』どころじゃないと思うけどな~。ふぁーい、アンラ頑張りまーす!」
実際、アンラたち三人組の魔力量は普通の人間に比べて多い。ある時、その事を不思議に思って尋ねたところ『私たち鬼人ってご当地古代種の血を引いてるんで、普通の人間よりちょっとだけ魔力が高いそうです。私もよく分からないですけど』と、なんともほんわりした回答が得られた。
鬼人とは、東の島国に暮らす少数の古代種である。
つまり彼女たちは東の海に数多く浮かぶどこかの島の出と言うことだ。そして俺の育った故郷は東の大陸と東の大島の間あたりに存在する小さな島なので、どうやらアンラたちと俺の故郷は割と近い様だと知れた。
「まっ、俺がこんなに早く中位回復魔法を習得できたのは、一緒に修行してくれるアンラたちや、修得者であるルーイに魔力圧を掛けてもらったおかげだから、あまり偉そうな事を言うのは良くないな」
「いえいえ、それはイオリの努力の賜物だよ」
それまで切り株に腰かけてこちらを見守っていた飢狼族の青年――ルーイが目を細めて笑う。
ちなみに俺がルーイを呼び捨てなのは、ルーイ自身からそうして欲しいと希望されたからである。
今日は薬の材料集めではなく、生活費稼ぎのモンスター退治に俺と人間ハンターの三人と飢狼族のルーイでやって来たのだが、ルーイが来てくれたおかげで予定より早く依頼を達成できた俺たちは、こうして帰りの馬車を待ちながら街道沿いの原っぱで、のんびり修行をする事と相成ったのだ。
「しかし魔力圧を掛けるのが、こんなに魔力を消費するとは思わなかったなぁ。エドと修行した時は俺が泣き入るまで魔力圧をかけられる超スパルタだったけど、アレは底なしの魔力があるエドだからこそ出来る芸当でもあったんだな……しかもあの時は高位防御魔法の修得だったし」
言いながら俺は草原に正座し、脇に置いていた背嚢から水筒を取り出す。
それを見て瞬時に飛び起きたアンラと、歩み寄って来たルーイに携帯用のカップを渡し持参したお茶を注ぐ。青空の下でのんびり飲むお茶は良いものだ。
「確かにあの方法は魔力の垂れ流しみたいなモノだからね、考案者が高魔力持ちの古代種と聞いて納得したよ」
「でもこのエドさん考案の修行法のおかげで、魔法センス最悪のお兄ちゃんが、魔法の基本と言われる火風水土の低級魔法を一通りマスター出来たんだから感謝感激ですよ!」
確かに、シリトはアンラやカナトに比べると魔力量はともかく、どちらかと言うと魔法が苦手な俺から見ても魔法のセンスがよろしくなく、三回に二回は魔法を不発させていた。
そんな訳で、シリトにハンターを生業にさせるにはかなりの不安があったのだが、魔法の基本を押さえた今、低級依頼程度ならシリトの生存帰還率はグッと上がったと言えるだろう。
「風が使えれば崖からだって飛び降りられるし、炎が操れれば熊くらい追い払えるし、水を出せれば遭難しても乾き死ぬことを避けられますからね!」
「ははっ、僕は魔法で出した水をそのまま飲むのはお勧めしないけどね」
アンラにルーイが合の手を入れる。
「確かに魔法で出した水はビリビリして飲みにくいんだよなぁ」
ルーイの意見に同意しながら俺は茶を啜った。
基本的に魔法で出した水は魔力を帯びているため、そのまま飲むと超強炭酸水のような強い刺激で確実にむせる。
……と言うのが通説なので俺はあえて言わないが、エドの生み出す水はどこぞの名水レベルで美味しい。
なぜ美味しいのかと尋ねると、発動者の魔法の練度が水質に影響しているのだと教えてくれた。要するにあいつは魔法スキルが高すぎる例外と言うことだ。
ちなみに、俺が水筒を今日の様に持参するようになったのは、出会って間もない頃にシリトが出先で脱水症状を起こしたからだ。まぁそんな経緯で、今ではこの薬草を原料としたほんのり甘いお茶は、俺たち人間パーティ内の定番となっている。
「ビリビリしても飲めればいいんです。脱水で死にかけるような我が兄に贅沢は言わせません!」
まぁ、なんだかんだ言ってはいるが、アンラは兄のシリトを心配していたのだろう。言ってる事は少々手厳しいが、その表情は以前より心配事が減った様で明るくなった。
そんなアンラを微笑ましく思いながら、俺は修行方法の発案者であるエドに、アンラがとても感謝していたと伝えてやらねばなと小さな使命感を持った。
そうだ、エドと言えば今度うちに来たら何を食わせてやろうかな。好き嫌い無いみたいだし和食っぽいのもアリか?
「ふふ、イオリさん今日はご機嫌ですね! 何か良い事ありました?」
「へ? 何で?」
エド用の献立をつらつら考えていた所に、突然そんな事を言われて俺は面食らう。
「イオリさん今日はいつもの三倍ニコニコしてるし、今もご機嫌オーラ出てました! 何考えてたんです?」
「えっ? いや、ただ次にエドに会ったらアンラが感謝してたぞって伝えようかなーとか献立考えてただけ…て」
ご機嫌オーラとは何だ? と思いながら、俺は自分の頬を何気なく触る。
言われてみると、確かに頬が上がっているような気がする様な?
「あ゛ぁー、エドさんんんっ! 良いなぁぁぁ! 私もイケメンな獣人さんか古代種さんの彼氏が欲しいですぅぅぅ!!」
ん? 彼氏?
今そんな話だったか? 俺はアンラの魂の叫びに困惑する。
「でも、獣人さんや古代種さんとお付き合いするにはイオリさんくらいハンターとして地位を確立してて、容姿もキラキラじゃないと釣り合わない……悲しい」
大きい声を出したかと思えば、次の瞬間には悲しいとシュンとしてアンラは再び草原に転がった。
「うーん、イオリは仙人と言う稀有な例だからね。僕も獣人と古代種に挟まれて多方面で遜色がなく、古代種の中でも気位が高いと言われるエルフと付き合っている人間は初めて見たものさ。でもね、僕はアンラだってとても魅力的で可愛いらしい人間だと思うよ?」
俺はアンラを諭すルーイの言葉を聞きながら、そう言えばルーイに俺が仙人だとバラした際に『じゃあイオリは僕らと同じ時を生きられるんだね』と嬉しそうに笑ったことを思い出す。
「くっ、ルーイさんの気遣いが辛い、ルーイさんだってイオリさん目当てのくせにー!」
「ははっ、コレは参ったな」
ぷくっと頬を膨らませたアンラに、ルーイは元々下がり気味の目尻を更に下げた。
そんな風に和やかに話す二人に水を差すようで悪いが、俺は一つ訂正しなければならない件があり、おずおずと口を開く。
「あのさ、歓談中に申し訳ないんだけど」
「あぁ、何だいイオリ?」
「何か二人とも勘違いしてる様なんだけど、俺とエドは付き合ってないぞ?」
「「へ?」」
俺の言葉に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした二人は声をハモらせる。
「……でも、あの時の馬車で彼が君の彼氏だって言ってたよね?」
「あー、アレはエドの過保護的なソレで」
ルーイの静かな声音に、俺は思わず目を逸らしてしまう。
何も悪い事をしていないのに、結果的に嘘をついた罪悪感でしどろもどろになりながら歯切れ悪く説明をする。
「じゃあその首のキスマークは何なんです! お相手はエドさんじゃないんですか!?」
アンラがガバッと俺の襟首を掴んで開き、首筋を露わにした。
そこは確か数日前エドに吸われた――
「キスマーク、めっちゃチラチラ見えてるから私はてっきり惚気か自慢か所有印かと!」
「へっ、うっそ! まだ跡ついてんの!? こっ、これはエドの悪ふざ――」
「アンラ!」
先日の首を吸われた時の跡がまだ残っていたらしく、俺が慌てて弁解をしようとした所にカナトが珍しく慌てた様子で走って来た。
「どっどうしたのよカナト、そんなに慌てて」
カナトの勢いにアンラもつられて動揺する。
その隙に俺はアンラから離れて襟を直す。
「シリトが、シリトが腹痛いって言って出血してて、俺の下位回復魔法じゃ効かなくて!」
カナトとシリトはここから少し離れた河原で水浴びをしていたのだが、取り乱したカナトの様子から見て何か問題があったのだと俺とルーイは瞬時に気を引き締める。
この辺は比較的安全だからと油断して、二人だけで川に行かせたのが間違いだったか。
「カナト、シリトの所まで案内頼む!」
「はい!」
そんな緊迫した空気の中でシリトの妹、アンラだけは「あ゛ー」と気の抜けた声を出していた。
額に汗を光らせたアンラが険しい顔で問う。
「そう、呪文を唱えながらこれくらいの魔力をキープ出来れば大丈夫、よーし離すぞー」
俺は魔力圧をかけるために掴んでいたアンラの腕を離した。
「「はぁ~しんど~」」
声をハモらせて俺とアンラはバタンと大の字に地面に転がった。
魔力圧をかけるとは、簡単に言えば自分の魔力を相手に流す事で、何故そんな事をしているかといえば魔法の修行の一環だからである。
「はぁ、はぁ、やっぱり中位レベルの魔法ともなると、結構な量の魔力を練らないとダメですね~」
「あぁ、特に回復魔法って、同レベルの攻撃魔法よりじっくり魔力を出すから、消耗が激しくて中位の中でも上って感じ」
俺たちは話しながら肩で息をして呼吸を整える。
いまほど俺とアンラがしていた修行は魔法を行使する為に調整した魔力を、修得者が修業者側に流して、体感でどの様に魔力を練れば魔法が行使できるのかを覚える結構な荒行だ。
しかも、これをやると魔力圧を掛ける側は魔力を出し続けなければならないため、普通に魔法を発動するよりも魔力を大く消耗するし、魔力圧を掛けられる側は外部から強制的に流される魔力圧によって、細かい事は省くが肉体に疲労と言う形でダメージを受ける。
「あーあ、修行を始めた頃は私と同じくらいの回復魔法のレベルだったのに、イオリさんってばサクッと中位回復魔法マスターしちゃうなんてなぁ」
「まぁ俺はこれでも一応は仙人なので、普通の人間よりはちょっと凄い。でもアンラだって魔力量は足りてるんだ。もう少し頑張れば習得するさ」
俺は身を起こしながら、まだ草の上に転がっているアンラを励ます。
「うぅ~『ちょっと凄い。(キリッ』どころじゃないと思うけどな~。ふぁーい、アンラ頑張りまーす!」
実際、アンラたち三人組の魔力量は普通の人間に比べて多い。ある時、その事を不思議に思って尋ねたところ『私たち鬼人ってご当地古代種の血を引いてるんで、普通の人間よりちょっとだけ魔力が高いそうです。私もよく分からないですけど』と、なんともほんわりした回答が得られた。
鬼人とは、東の島国に暮らす少数の古代種である。
つまり彼女たちは東の海に数多く浮かぶどこかの島の出と言うことだ。そして俺の育った故郷は東の大陸と東の大島の間あたりに存在する小さな島なので、どうやらアンラたちと俺の故郷は割と近い様だと知れた。
「まっ、俺がこんなに早く中位回復魔法を習得できたのは、一緒に修行してくれるアンラたちや、修得者であるルーイに魔力圧を掛けてもらったおかげだから、あまり偉そうな事を言うのは良くないな」
「いえいえ、それはイオリの努力の賜物だよ」
それまで切り株に腰かけてこちらを見守っていた飢狼族の青年――ルーイが目を細めて笑う。
ちなみに俺がルーイを呼び捨てなのは、ルーイ自身からそうして欲しいと希望されたからである。
今日は薬の材料集めではなく、生活費稼ぎのモンスター退治に俺と人間ハンターの三人と飢狼族のルーイでやって来たのだが、ルーイが来てくれたおかげで予定より早く依頼を達成できた俺たちは、こうして帰りの馬車を待ちながら街道沿いの原っぱで、のんびり修行をする事と相成ったのだ。
「しかし魔力圧を掛けるのが、こんなに魔力を消費するとは思わなかったなぁ。エドと修行した時は俺が泣き入るまで魔力圧をかけられる超スパルタだったけど、アレは底なしの魔力があるエドだからこそ出来る芸当でもあったんだな……しかもあの時は高位防御魔法の修得だったし」
言いながら俺は草原に正座し、脇に置いていた背嚢から水筒を取り出す。
それを見て瞬時に飛び起きたアンラと、歩み寄って来たルーイに携帯用のカップを渡し持参したお茶を注ぐ。青空の下でのんびり飲むお茶は良いものだ。
「確かにあの方法は魔力の垂れ流しみたいなモノだからね、考案者が高魔力持ちの古代種と聞いて納得したよ」
「でもこのエドさん考案の修行法のおかげで、魔法センス最悪のお兄ちゃんが、魔法の基本と言われる火風水土の低級魔法を一通りマスター出来たんだから感謝感激ですよ!」
確かに、シリトはアンラやカナトに比べると魔力量はともかく、どちらかと言うと魔法が苦手な俺から見ても魔法のセンスがよろしくなく、三回に二回は魔法を不発させていた。
そんな訳で、シリトにハンターを生業にさせるにはかなりの不安があったのだが、魔法の基本を押さえた今、低級依頼程度ならシリトの生存帰還率はグッと上がったと言えるだろう。
「風が使えれば崖からだって飛び降りられるし、炎が操れれば熊くらい追い払えるし、水を出せれば遭難しても乾き死ぬことを避けられますからね!」
「ははっ、僕は魔法で出した水をそのまま飲むのはお勧めしないけどね」
アンラにルーイが合の手を入れる。
「確かに魔法で出した水はビリビリして飲みにくいんだよなぁ」
ルーイの意見に同意しながら俺は茶を啜った。
基本的に魔法で出した水は魔力を帯びているため、そのまま飲むと超強炭酸水のような強い刺激で確実にむせる。
……と言うのが通説なので俺はあえて言わないが、エドの生み出す水はどこぞの名水レベルで美味しい。
なぜ美味しいのかと尋ねると、発動者の魔法の練度が水質に影響しているのだと教えてくれた。要するにあいつは魔法スキルが高すぎる例外と言うことだ。
ちなみに、俺が水筒を今日の様に持参するようになったのは、出会って間もない頃にシリトが出先で脱水症状を起こしたからだ。まぁそんな経緯で、今ではこの薬草を原料としたほんのり甘いお茶は、俺たち人間パーティ内の定番となっている。
「ビリビリしても飲めればいいんです。脱水で死にかけるような我が兄に贅沢は言わせません!」
まぁ、なんだかんだ言ってはいるが、アンラは兄のシリトを心配していたのだろう。言ってる事は少々手厳しいが、その表情は以前より心配事が減った様で明るくなった。
そんなアンラを微笑ましく思いながら、俺は修行方法の発案者であるエドに、アンラがとても感謝していたと伝えてやらねばなと小さな使命感を持った。
そうだ、エドと言えば今度うちに来たら何を食わせてやろうかな。好き嫌い無いみたいだし和食っぽいのもアリか?
「ふふ、イオリさん今日はご機嫌ですね! 何か良い事ありました?」
「へ? 何で?」
エド用の献立をつらつら考えていた所に、突然そんな事を言われて俺は面食らう。
「イオリさん今日はいつもの三倍ニコニコしてるし、今もご機嫌オーラ出てました! 何考えてたんです?」
「えっ? いや、ただ次にエドに会ったらアンラが感謝してたぞって伝えようかなーとか献立考えてただけ…て」
ご機嫌オーラとは何だ? と思いながら、俺は自分の頬を何気なく触る。
言われてみると、確かに頬が上がっているような気がする様な?
「あ゛ぁー、エドさんんんっ! 良いなぁぁぁ! 私もイケメンな獣人さんか古代種さんの彼氏が欲しいですぅぅぅ!!」
ん? 彼氏?
今そんな話だったか? 俺はアンラの魂の叫びに困惑する。
「でも、獣人さんや古代種さんとお付き合いするにはイオリさんくらいハンターとして地位を確立してて、容姿もキラキラじゃないと釣り合わない……悲しい」
大きい声を出したかと思えば、次の瞬間には悲しいとシュンとしてアンラは再び草原に転がった。
「うーん、イオリは仙人と言う稀有な例だからね。僕も獣人と古代種に挟まれて多方面で遜色がなく、古代種の中でも気位が高いと言われるエルフと付き合っている人間は初めて見たものさ。でもね、僕はアンラだってとても魅力的で可愛いらしい人間だと思うよ?」
俺はアンラを諭すルーイの言葉を聞きながら、そう言えばルーイに俺が仙人だとバラした際に『じゃあイオリは僕らと同じ時を生きられるんだね』と嬉しそうに笑ったことを思い出す。
「くっ、ルーイさんの気遣いが辛い、ルーイさんだってイオリさん目当てのくせにー!」
「ははっ、コレは参ったな」
ぷくっと頬を膨らませたアンラに、ルーイは元々下がり気味の目尻を更に下げた。
そんな風に和やかに話す二人に水を差すようで悪いが、俺は一つ訂正しなければならない件があり、おずおずと口を開く。
「あのさ、歓談中に申し訳ないんだけど」
「あぁ、何だいイオリ?」
「何か二人とも勘違いしてる様なんだけど、俺とエドは付き合ってないぞ?」
「「へ?」」
俺の言葉に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした二人は声をハモらせる。
「……でも、あの時の馬車で彼が君の彼氏だって言ってたよね?」
「あー、アレはエドの過保護的なソレで」
ルーイの静かな声音に、俺は思わず目を逸らしてしまう。
何も悪い事をしていないのに、結果的に嘘をついた罪悪感でしどろもどろになりながら歯切れ悪く説明をする。
「じゃあその首のキスマークは何なんです! お相手はエドさんじゃないんですか!?」
アンラがガバッと俺の襟首を掴んで開き、首筋を露わにした。
そこは確か数日前エドに吸われた――
「キスマーク、めっちゃチラチラ見えてるから私はてっきり惚気か自慢か所有印かと!」
「へっ、うっそ! まだ跡ついてんの!? こっ、これはエドの悪ふざ――」
「アンラ!」
先日の首を吸われた時の跡がまだ残っていたらしく、俺が慌てて弁解をしようとした所にカナトが珍しく慌てた様子で走って来た。
「どっどうしたのよカナト、そんなに慌てて」
カナトの勢いにアンラもつられて動揺する。
その隙に俺はアンラから離れて襟を直す。
「シリトが、シリトが腹痛いって言って出血してて、俺の下位回復魔法じゃ効かなくて!」
カナトとシリトはここから少し離れた河原で水浴びをしていたのだが、取り乱したカナトの様子から見て何か問題があったのだと俺とルーイは瞬時に気を引き締める。
この辺は比較的安全だからと油断して、二人だけで川に行かせたのが間違いだったか。
「カナト、シリトの所まで案内頼む!」
「はい!」
そんな緊迫した空気の中でシリトの妹、アンラだけは「あ゛ー」と気の抜けた声を出していた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
371
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる