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1章
28.友人の家1 sideエドヴァルド
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メイリンと携帯端末で長話をしてから、更に数日が経った。
相変わらずイオからは何の音沙汰もなく、無為に過ぎる日々に僅かながら、しかし確かな焦りを感じ始めた俺に、イオたちの狩りに付いて行ったと言うメイリンから飢狼族の男がやはりイオ狙いであると言う事と、今のことろイオは全く靡いていないと言う経過報告が携帯端末に入った。
「これは安心して良いものか……」
ちなみに、メッセージに添付されていたメイリンが撮ったと思われる角兎に囲まれるイオの写真は、ありがたく俺の携帯端末の待受に設定されている。
「今の俺たちの状態で、おまえあの飢狼族と仲良いらしいじゃん? とか、いきなり探り入れるのは流石に不自然だよなぁ」
午後のまったりした空気に包まれたのどかな街並みを、俺はぼやきながら足早に歩く。
ここはマーナムの南、ハルア地区だ。再開発の手も殆ど入っていない古い石造りの建物が並ぶ下町である。
「ねぇねぇエド君、この後空いてるならアタシとデートしよーよぉ」
今日はハルア地区の学校へ足を運んだのだが、途中で厄介な者が付いて来てしまいこれが俺の足を速くしていた。
「いやお誘いは光栄だがこの後は予定がある……つーかさ、サティって学校に行く様なキャラだったっけ?」
この後の予定は飯を食って帰るだけなのだが、俺は嘘も方便と隣を歩く女性の誘いを断りつつ話を逸らしてみた。
「予定ってどんなご予定? サティもご一緒したいなぁ」
サティことサティーリアは兎獣人の女性ハンターだ。
最近この街に来たようなのだが、俺の外見や肩書きを気に入ったらしく、振っても振ってもゾンビのごとく蘇っては何処からともなく現れるので最近少しばかり手を焼いていた。
「プライベートですので黙秘します」
話を逸らさせてくれない甘え声に、わざとらしい笑顔で返すが、内心の俺はハラハラと気が気でない。
ここハルア地区はイオの家があると本人から聞き及んでいる下町なのだ。万が一にでも女性と一緒に居るトコなどイオに見られたくない俺は、早々にこの地を去る選択を余儀なくされていた。
出会って間もない頃に、当時の彼女たちとデート中の俺を何度か見かけていたらしいイオは『もしエドに告白されたら?』と言うメイリンの質問に対して『あんな十人以上彼女いる奴は絶対に無理』と答えたらしい。それを聞かされた時は、己の過去の行いへの後悔の念で胃を痛くしたもので……まぁ要するに、折角フリーになった今こんな事でイオ相手にイメージダウンをしたくないのだ俺は。
「しかし、折角ハルア地区に来たんだし偶然でもバッタリとかないかなーって少しは期待してたんだけど、コレじゃどっちにしろ駄目だな」
「?」
俺のため息交じりの独り言に、無理やり人の腕に自分の腕を絡ませ、男好きしそうな可愛らしい仕草で小首をかしげるサティ―リアに心からの苦笑が漏れた。
サティ―リアはぱっちりとした赤い瞳に小さめの鼻と口、全体的に小作りな顔に兎族特有の大きな白い耳がふわりと垂れ、なかなかに魅力的な女性である。
以前の俺なら誘いに乗るのも悪くはないかと思ったかもしれないが、今の俺にそんな気はない。
さて、どこで彼女を撒こうかと考えを巡らせていると、街路樹の向こうの店先に俺は見つけてしまった。
「!?」
偶然に期待してでも会いたかったその後姿に思わず視線を送る。と、店の窓ガラスに映ったペリドットの瞳も俺の存在に気付く。
視線が合う。ただそれだけで口角が上がりそうになる俺に対し、ガラス越しのそいつはふいっと俺から目を逸らした……あぁ、ほら見ろ早速イメージダウンしちゃってるじゃねーか。
「悪いサティ、待ち合わせてた奴を見つけたからじゃあな!」
「えっ? ちょっとぉー! マイロ君に報酬出してまでエド君の予定を聞き出したアタシの苦労はどーなるのよぉ!」
俺はサティーリアにおざなりに別れの挨拶をし、気づかないフリを決め込んだ栗毛の後姿の元へ向かう。
あと、人のプライバシーを侵害したマイロ君は後ほど締めような。
***
案の定、俺を見なかったことにした男――イオに、サティ―リアを彼女だと勘違いされそうになったが、即座に否定し事なきを得た。
「っとに、危なかったぜ」
しかし以前は、他の女性(まぁ当時の彼女たちだ)と歩いていた際に、イオに見られていた事にすら気が付かなかったのだから、それを思えば僥倖であろう。
「ん、何か言ったか?」
「いや? なーんにも」
隣を歩くイオが不思議そうに俺を見上げるのを、笑顔でかわす。
あの後、なんと俺は初めてイオの家に誘われたのだ!
意中の相手に誘われて断る理由などある訳もなく、俺たちはその足で市場へ食材の買い出しに向かった。
市場でのイオは、いつもより目に見えて愛想がよく「お前、そんなに市場が好きだったのか?」と聞けば「愛想よくしてるとおまけが貰えます!」と冗談とも本気とも取れない事を言うモノだから、俺は思わず吹き出してしまう。
顔なじみらしい魚介屋の店主と和やかに世間話をしたり、あの店の何が美味いだとか、この店のスパイスは品揃えが良いだとか、とりとめのない話をしながら嬉しそうに俺を見上げるイオの言葉に頷く。
頷きながら、こいつは自分がどんな顔をして俺を見ているのか分かっていないのだろうな、などと思っていたらイオが何やら物色していた青果店の店主に意味ありげにウィンクされてしまった。……うんうん、やっぱイオって分かりやすいよな。
そして今、散々市場を練り歩きたっぷり食材を買い込んだ俺たちは、日が傾きはじめた下町を肩を並べてイオの家に向かって歩いている。
「そう言えばイオ、昇級試験の準備ははかどってるのか?」
「えっ、えーっと、実績は前回の遠征で点数稼げてるし、勉強はまぁまぁかな~と」
イオは両手で抱えた買い物袋で顔を隠しながら歯切れ悪く答えた。
「おい、目を逸らすな。まぁ息抜きも大事だが油断して試験に落ちたらメイに馬鹿にされること請け合いだぞ? もしも、分からない事や聞きたい事があったら俺に相談し――」
「あっ! ここが俺ん家」
小言でも言われると思ったのか、イオは俺の話を遮って歴史のありそうなアパートメントのエントランスに俺を引っ張り込む。
小言じゃなくて俺を頼れと言いたかっただけなのだが……。
「ここの最上階、五階」
少し肩を落とした俺に気づくはずもないイオは、昇降機のボタンを押す。
ガシャンと音を立てて降りて来た年代物の昇降機は、男二人が乗るには手狭で否応なく密着してしまう。
恋人同士であったなら良い雰囲気になってキスの一つでもしている所かもしれないが、他人と乗り合わせた時にこの距離感はどうなんだ? などと懸念していると、俺の心を読んだように「これホントは一人乗りなんだよ」とイオが上目づかいで言う。
その悪戯っぽい表情にグッと来て思わず目の前のつむじにキスをしたくなったが、タイミング悪く昇降機が目的の階に到着しイオはさっさと降りてしまった。
ったく、空気の読めない昇降機だ。
「はい、この部屋」
最上階角部屋のイオの部屋は東の島国の様式で、玄関で靴を脱がされた。
通されたリビングは男の一人暮らしにしては片付いた――有体に言えばモノの少ない部屋で……。
「何か意外つーか、お前の部屋ってもっとこうモノに溢れてるメージあったな」
「あははっ、確かに実家の部屋は散らかってる。でもほらモノが多いと片付けるの面倒だし、元々旅の途中だったから長居するつもりなかったんだよ」
冷蔵庫に食材を詰め込むイオに適当に寛いでくれと言われた俺は、ローソファーに座り対面に設置されている家庭用の大型情報端末のスイッチを入れ適当なチャンネルに回した。
「あぁ、出会ったばっかの頃にそんなこと言ってたっけ」
「うん。世界回りたいなーって思ってたのに、まだ東から西に来ただけだしそのうち北も回りたいし、新大陸の方も行きたいと思ってる」
イオは話しながらこちらにやって来て、グラスに冷たいお茶を注いでくれる。
「ふーん、北の方なら俺の故郷もあるし多少は案内できるぞ?」
「えっホント!? エルフの国めっちゃ興味ある! 実は、エドが里帰りする時にでも便乗させてもらえないかなーって思ってたんだ。エルフの国ってその国のエルフの同行者居ないと入国手続き大変なんだろ?」
「確かに閉鎖的ではあるな。でも、ただの観光なら今は昔ほど厳しくないし旅券さえあれば……あ」
故郷で思い出したが、そういえば頭の痛い話があったな、むしろあえて記憶の隅に追いやっていたと言うべきか……。
俺が国を出る際、口さがない年寄り連中に「半端なお前は早く伴侶を連れて来い。見つけられなきゃこちらで適当な娘を見繕う」とか言われてたんだよなー。
そんなん俺は勿論、見繕われたお嬢さんにとっても迷惑な話だろーに、前時代の石頭はこれだから困る。
だが、次の帰郷の際にイオを連れて行くのは面白いかもしれない。人間の男を伴侶にしたと言ったらあの頑固爺さん達はどんな反応をするだろうか。
「……ド、エド、おーい聞いてるか?」
「あ、きーてる、聞いてる」
会話の途中で不自然に固まった俺の顔の前でイオが手を振る。
うっかり自分の世界に入っていたらしい。
「嘘つけトリップしてたぞ。まぁ、なんだ。俺は無理にエドに付いて行く気は無いから安心しろ」
そう言って立ち上がり、イオはリビングとくっついた構造のキッチンに引っ込む。
……何やら早計された気が。
「まっ待て待て、無理ってことはホント無い! ただちょっとばかり面倒な話を思い出してだな!」
俺は慌ててソファーに座ったまま体ごと振り返り話しかけた。
「面倒って?」
イオは手を動かしながら、キッチンのカウンター越しに俺の相手をする。
俺はソファーの背もたれに片肘を乗せ、テキパキと作業するイオを眺めながら続けた。
「いやな、実家関係の年寄りたちに次に帰郷する時は伴侶を連れて来いって言われててさ」
「伴侶? 恋人って事?」
「もうちょい上の段階だな、共に連れ立って行く者と言いますか」
「つまりは婚約者か。 えっ、エドってそんな歳なの? てか、エルフの適齢期って何歳?」
思わずっといった感じで手を止め、俺を凝視するイオ。
「そんな歳って言うな! 俺はまだ百歳にもなってない若者だぞ! お前曰くご長寿族だから一概に適齢期がいくつ何て簡単にくくれないんです。何百年生きてもひとり者のエルフも居るし、まぁなんだ、エルフの婚姻は一人前の証明みたいな側面があるから、しておいた方が色々と発言権が強くなったりするんだよ。っで、俺は特にハーフエルフだから今後の立ち位置とか周りが必要以上に気を遣ってさ」
「……ふーん、色々あるんだな。あっエドどれぐらい腹減ってる? 麺と米ならどっちが良い?」
「さらっと流すなよ。割と腹減ってる。コメが良いです。」
「了解。一時間くらいかかるから楽にしてて」
あまり興味がないのか、それとも俺の出自に気を遣ったのか分からないがそれ以上イオは尋ねてこなかった。
こういう踏み込み過ぎない所はイオの美徳の一つだが、もう少し俺に興味持ってくれてもかまわないんだぞ? こっちはお前を伴侶として連れて里帰りしたいなー、とか思っているんだからな!
「……何か手伝う事あるか?」
俺は悲喜こもごもな内心を隠しイオに尋ねる。
「準備出来たら皿運んでって言う」
「りょ。……なぁ、お前は結婚とか興味ないのか?」
家庭用の大型情報端末の前に設置してあった、ヘッドセットまである充実品揃えの最新版ゲーム機を起動しつつ、俺はそれとなさを装って気になっていた話題を振った。
「んー、そうだな。正直あんま考えた事ない。元々そう言う事に疎い自覚あったんだけど、仙籍入ってからは普通の人間との寿命の差とか考えちゃってさ」
「なるほど。じゃあお前は同じ仙人の女の子でも見つけるのか?」
俺を選べばいいのにと思いながら、イオが否定するだろう問いをあえて口にした。
「いや、前に話したかもだけど仙人って分母が少ないからそれは無理だと思う。まぁ今はマーナムに住んでるとはいえ、基本的には根無し草だし、そんな男に嫁に来てくれる人も中々いないだろ」
そう言ってイオは笑い、作業に意識を戻す。
想定内の回答に安堵しながら「お前どっちかと言うと嫁側だよな」と言った俺の声はシンクに落ちる水の音にかき消された。
「なぁ、ところでこれどんなゲームなんだ?」
折角なので充実の品揃えのゲームで遊ぶかねとヘッドギアを装着してみると、目の前にリアルな草原が広がる。
「モンスターを仲間とハントするゲームです」
「ぶっ、仕事じゃねーか!」
真面目くさって言うイオに、俺は思わずヘッドギアを外して突っ込む。
「ふはははっ! それメイリンにも言われた。とりあえず、まずはキャラメイクしてみなその間に飯出来るから」
「キャラメイク程度でそんな時間かからんだろ」
「兎に角やってみろって」
言われて俺はヘッドギアを付け直し、不承不承にガイドの通りにキャラメイクを始め……十数分後、イオが楽し気に笑っていた意味が分かった。
「やばい、最近のゲーム凄い、ディテールめっちゃ作り込める! キャラメイクだけで一日終わるぞコレ」
「だろー」
俺の感動を含んだ声にイオがちょっと得意げに言って笑う。
結局、俺のキャラメイクが終わるより先にイオの作ってくれた飯が出来上がったのだった。
相変わらずイオからは何の音沙汰もなく、無為に過ぎる日々に僅かながら、しかし確かな焦りを感じ始めた俺に、イオたちの狩りに付いて行ったと言うメイリンから飢狼族の男がやはりイオ狙いであると言う事と、今のことろイオは全く靡いていないと言う経過報告が携帯端末に入った。
「これは安心して良いものか……」
ちなみに、メッセージに添付されていたメイリンが撮ったと思われる角兎に囲まれるイオの写真は、ありがたく俺の携帯端末の待受に設定されている。
「今の俺たちの状態で、おまえあの飢狼族と仲良いらしいじゃん? とか、いきなり探り入れるのは流石に不自然だよなぁ」
午後のまったりした空気に包まれたのどかな街並みを、俺はぼやきながら足早に歩く。
ここはマーナムの南、ハルア地区だ。再開発の手も殆ど入っていない古い石造りの建物が並ぶ下町である。
「ねぇねぇエド君、この後空いてるならアタシとデートしよーよぉ」
今日はハルア地区の学校へ足を運んだのだが、途中で厄介な者が付いて来てしまいこれが俺の足を速くしていた。
「いやお誘いは光栄だがこの後は予定がある……つーかさ、サティって学校に行く様なキャラだったっけ?」
この後の予定は飯を食って帰るだけなのだが、俺は嘘も方便と隣を歩く女性の誘いを断りつつ話を逸らしてみた。
「予定ってどんなご予定? サティもご一緒したいなぁ」
サティことサティーリアは兎獣人の女性ハンターだ。
最近この街に来たようなのだが、俺の外見や肩書きを気に入ったらしく、振っても振ってもゾンビのごとく蘇っては何処からともなく現れるので最近少しばかり手を焼いていた。
「プライベートですので黙秘します」
話を逸らさせてくれない甘え声に、わざとらしい笑顔で返すが、内心の俺はハラハラと気が気でない。
ここハルア地区はイオの家があると本人から聞き及んでいる下町なのだ。万が一にでも女性と一緒に居るトコなどイオに見られたくない俺は、早々にこの地を去る選択を余儀なくされていた。
出会って間もない頃に、当時の彼女たちとデート中の俺を何度か見かけていたらしいイオは『もしエドに告白されたら?』と言うメイリンの質問に対して『あんな十人以上彼女いる奴は絶対に無理』と答えたらしい。それを聞かされた時は、己の過去の行いへの後悔の念で胃を痛くしたもので……まぁ要するに、折角フリーになった今こんな事でイオ相手にイメージダウンをしたくないのだ俺は。
「しかし、折角ハルア地区に来たんだし偶然でもバッタリとかないかなーって少しは期待してたんだけど、コレじゃどっちにしろ駄目だな」
「?」
俺のため息交じりの独り言に、無理やり人の腕に自分の腕を絡ませ、男好きしそうな可愛らしい仕草で小首をかしげるサティ―リアに心からの苦笑が漏れた。
サティ―リアはぱっちりとした赤い瞳に小さめの鼻と口、全体的に小作りな顔に兎族特有の大きな白い耳がふわりと垂れ、なかなかに魅力的な女性である。
以前の俺なら誘いに乗るのも悪くはないかと思ったかもしれないが、今の俺にそんな気はない。
さて、どこで彼女を撒こうかと考えを巡らせていると、街路樹の向こうの店先に俺は見つけてしまった。
「!?」
偶然に期待してでも会いたかったその後姿に思わず視線を送る。と、店の窓ガラスに映ったペリドットの瞳も俺の存在に気付く。
視線が合う。ただそれだけで口角が上がりそうになる俺に対し、ガラス越しのそいつはふいっと俺から目を逸らした……あぁ、ほら見ろ早速イメージダウンしちゃってるじゃねーか。
「悪いサティ、待ち合わせてた奴を見つけたからじゃあな!」
「えっ? ちょっとぉー! マイロ君に報酬出してまでエド君の予定を聞き出したアタシの苦労はどーなるのよぉ!」
俺はサティーリアにおざなりに別れの挨拶をし、気づかないフリを決め込んだ栗毛の後姿の元へ向かう。
あと、人のプライバシーを侵害したマイロ君は後ほど締めような。
***
案の定、俺を見なかったことにした男――イオに、サティ―リアを彼女だと勘違いされそうになったが、即座に否定し事なきを得た。
「っとに、危なかったぜ」
しかし以前は、他の女性(まぁ当時の彼女たちだ)と歩いていた際に、イオに見られていた事にすら気が付かなかったのだから、それを思えば僥倖であろう。
「ん、何か言ったか?」
「いや? なーんにも」
隣を歩くイオが不思議そうに俺を見上げるのを、笑顔でかわす。
あの後、なんと俺は初めてイオの家に誘われたのだ!
意中の相手に誘われて断る理由などある訳もなく、俺たちはその足で市場へ食材の買い出しに向かった。
市場でのイオは、いつもより目に見えて愛想がよく「お前、そんなに市場が好きだったのか?」と聞けば「愛想よくしてるとおまけが貰えます!」と冗談とも本気とも取れない事を言うモノだから、俺は思わず吹き出してしまう。
顔なじみらしい魚介屋の店主と和やかに世間話をしたり、あの店の何が美味いだとか、この店のスパイスは品揃えが良いだとか、とりとめのない話をしながら嬉しそうに俺を見上げるイオの言葉に頷く。
頷きながら、こいつは自分がどんな顔をして俺を見ているのか分かっていないのだろうな、などと思っていたらイオが何やら物色していた青果店の店主に意味ありげにウィンクされてしまった。……うんうん、やっぱイオって分かりやすいよな。
そして今、散々市場を練り歩きたっぷり食材を買い込んだ俺たちは、日が傾きはじめた下町を肩を並べてイオの家に向かって歩いている。
「そう言えばイオ、昇級試験の準備ははかどってるのか?」
「えっ、えーっと、実績は前回の遠征で点数稼げてるし、勉強はまぁまぁかな~と」
イオは両手で抱えた買い物袋で顔を隠しながら歯切れ悪く答えた。
「おい、目を逸らすな。まぁ息抜きも大事だが油断して試験に落ちたらメイに馬鹿にされること請け合いだぞ? もしも、分からない事や聞きたい事があったら俺に相談し――」
「あっ! ここが俺ん家」
小言でも言われると思ったのか、イオは俺の話を遮って歴史のありそうなアパートメントのエントランスに俺を引っ張り込む。
小言じゃなくて俺を頼れと言いたかっただけなのだが……。
「ここの最上階、五階」
少し肩を落とした俺に気づくはずもないイオは、昇降機のボタンを押す。
ガシャンと音を立てて降りて来た年代物の昇降機は、男二人が乗るには手狭で否応なく密着してしまう。
恋人同士であったなら良い雰囲気になってキスの一つでもしている所かもしれないが、他人と乗り合わせた時にこの距離感はどうなんだ? などと懸念していると、俺の心を読んだように「これホントは一人乗りなんだよ」とイオが上目づかいで言う。
その悪戯っぽい表情にグッと来て思わず目の前のつむじにキスをしたくなったが、タイミング悪く昇降機が目的の階に到着しイオはさっさと降りてしまった。
ったく、空気の読めない昇降機だ。
「はい、この部屋」
最上階角部屋のイオの部屋は東の島国の様式で、玄関で靴を脱がされた。
通されたリビングは男の一人暮らしにしては片付いた――有体に言えばモノの少ない部屋で……。
「何か意外つーか、お前の部屋ってもっとこうモノに溢れてるメージあったな」
「あははっ、確かに実家の部屋は散らかってる。でもほらモノが多いと片付けるの面倒だし、元々旅の途中だったから長居するつもりなかったんだよ」
冷蔵庫に食材を詰め込むイオに適当に寛いでくれと言われた俺は、ローソファーに座り対面に設置されている家庭用の大型情報端末のスイッチを入れ適当なチャンネルに回した。
「あぁ、出会ったばっかの頃にそんなこと言ってたっけ」
「うん。世界回りたいなーって思ってたのに、まだ東から西に来ただけだしそのうち北も回りたいし、新大陸の方も行きたいと思ってる」
イオは話しながらこちらにやって来て、グラスに冷たいお茶を注いでくれる。
「ふーん、北の方なら俺の故郷もあるし多少は案内できるぞ?」
「えっホント!? エルフの国めっちゃ興味ある! 実は、エドが里帰りする時にでも便乗させてもらえないかなーって思ってたんだ。エルフの国ってその国のエルフの同行者居ないと入国手続き大変なんだろ?」
「確かに閉鎖的ではあるな。でも、ただの観光なら今は昔ほど厳しくないし旅券さえあれば……あ」
故郷で思い出したが、そういえば頭の痛い話があったな、むしろあえて記憶の隅に追いやっていたと言うべきか……。
俺が国を出る際、口さがない年寄り連中に「半端なお前は早く伴侶を連れて来い。見つけられなきゃこちらで適当な娘を見繕う」とか言われてたんだよなー。
そんなん俺は勿論、見繕われたお嬢さんにとっても迷惑な話だろーに、前時代の石頭はこれだから困る。
だが、次の帰郷の際にイオを連れて行くのは面白いかもしれない。人間の男を伴侶にしたと言ったらあの頑固爺さん達はどんな反応をするだろうか。
「……ド、エド、おーい聞いてるか?」
「あ、きーてる、聞いてる」
会話の途中で不自然に固まった俺の顔の前でイオが手を振る。
うっかり自分の世界に入っていたらしい。
「嘘つけトリップしてたぞ。まぁ、なんだ。俺は無理にエドに付いて行く気は無いから安心しろ」
そう言って立ち上がり、イオはリビングとくっついた構造のキッチンに引っ込む。
……何やら早計された気が。
「まっ待て待て、無理ってことはホント無い! ただちょっとばかり面倒な話を思い出してだな!」
俺は慌ててソファーに座ったまま体ごと振り返り話しかけた。
「面倒って?」
イオは手を動かしながら、キッチンのカウンター越しに俺の相手をする。
俺はソファーの背もたれに片肘を乗せ、テキパキと作業するイオを眺めながら続けた。
「いやな、実家関係の年寄りたちに次に帰郷する時は伴侶を連れて来いって言われててさ」
「伴侶? 恋人って事?」
「もうちょい上の段階だな、共に連れ立って行く者と言いますか」
「つまりは婚約者か。 えっ、エドってそんな歳なの? てか、エルフの適齢期って何歳?」
思わずっといった感じで手を止め、俺を凝視するイオ。
「そんな歳って言うな! 俺はまだ百歳にもなってない若者だぞ! お前曰くご長寿族だから一概に適齢期がいくつ何て簡単にくくれないんです。何百年生きてもひとり者のエルフも居るし、まぁなんだ、エルフの婚姻は一人前の証明みたいな側面があるから、しておいた方が色々と発言権が強くなったりするんだよ。っで、俺は特にハーフエルフだから今後の立ち位置とか周りが必要以上に気を遣ってさ」
「……ふーん、色々あるんだな。あっエドどれぐらい腹減ってる? 麺と米ならどっちが良い?」
「さらっと流すなよ。割と腹減ってる。コメが良いです。」
「了解。一時間くらいかかるから楽にしてて」
あまり興味がないのか、それとも俺の出自に気を遣ったのか分からないがそれ以上イオは尋ねてこなかった。
こういう踏み込み過ぎない所はイオの美徳の一つだが、もう少し俺に興味持ってくれてもかまわないんだぞ? こっちはお前を伴侶として連れて里帰りしたいなー、とか思っているんだからな!
「……何か手伝う事あるか?」
俺は悲喜こもごもな内心を隠しイオに尋ねる。
「準備出来たら皿運んでって言う」
「りょ。……なぁ、お前は結婚とか興味ないのか?」
家庭用の大型情報端末の前に設置してあった、ヘッドセットまである充実品揃えの最新版ゲーム機を起動しつつ、俺はそれとなさを装って気になっていた話題を振った。
「んー、そうだな。正直あんま考えた事ない。元々そう言う事に疎い自覚あったんだけど、仙籍入ってからは普通の人間との寿命の差とか考えちゃってさ」
「なるほど。じゃあお前は同じ仙人の女の子でも見つけるのか?」
俺を選べばいいのにと思いながら、イオが否定するだろう問いをあえて口にした。
「いや、前に話したかもだけど仙人って分母が少ないからそれは無理だと思う。まぁ今はマーナムに住んでるとはいえ、基本的には根無し草だし、そんな男に嫁に来てくれる人も中々いないだろ」
そう言ってイオは笑い、作業に意識を戻す。
想定内の回答に安堵しながら「お前どっちかと言うと嫁側だよな」と言った俺の声はシンクに落ちる水の音にかき消された。
「なぁ、ところでこれどんなゲームなんだ?」
折角なので充実の品揃えのゲームで遊ぶかねとヘッドギアを装着してみると、目の前にリアルな草原が広がる。
「モンスターを仲間とハントするゲームです」
「ぶっ、仕事じゃねーか!」
真面目くさって言うイオに、俺は思わずヘッドギアを外して突っ込む。
「ふはははっ! それメイリンにも言われた。とりあえず、まずはキャラメイクしてみなその間に飯出来るから」
「キャラメイク程度でそんな時間かからんだろ」
「兎に角やってみろって」
言われて俺はヘッドギアを付け直し、不承不承にガイドの通りにキャラメイクを始め……十数分後、イオが楽し気に笑っていた意味が分かった。
「やばい、最近のゲーム凄い、ディテールめっちゃ作り込める! キャラメイクだけで一日終わるぞコレ」
「だろー」
俺の感動を含んだ声にイオがちょっと得意げに言って笑う。
結局、俺のキャラメイクが終わるより先にイオの作ってくれた飯が出来上がったのだった。
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