仙年恋慕

鴨セイロ

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1章

27.友達を家に招いてみる

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 この世界の暦法も転生前の世界と大体同じで、基本的に一年は三百六十五日だ。
 一週間も七日で、一ノ日から五ノ日までを平日、六ノ日と七ノ日を休日としている。

 ハンターはギルドに登録はしてはいるものの、端的に言えば自由業フリーランスなため、休日の概念はあまりない。ギルド自体も年中無休で営業しているので働きたい者は毎日だって働ける。
 しかし、ほとんどのハンターは体を休ませる事を大切にしているため、毎日働く者などほぼいないし一度の依頼でがっつり稼ぐことも可能な上級ハンターは、それこそ月の半分以上ゆっくりしている者もいる。
 ちなみに俺は転生前の生活習慣の名残で、週二日は休みを取る様にしていた。

 そんな訳で本日は、俺が働かないと決めている休日である。
 俺の休日の過ごし方は、一つ家に引きこもる、二つ学校に行く、三つ買い出しに行くの主に三つだ。

 一つ目はそのままだな、家に引きこもって手の込んだ料理を作ってみたり、趣味のゲームで遊ぶ。
 そう、この世界にもオンラインゲームの様なモノがあって、転生前からゲーム好きの俺にはこれが地味に嬉しかった。しかし、昨晩も夜中までゲームで遊んでしまったため今日は流石にやめておく。

 二つ目のは学校だ。この世界は長生き種族が多いため、定期的に学び直しをする者が多い。
 俺はこの世界で義務とされる以上の教育は養父から施され、まだ学び直しするほど生きてもいないのだが、学校に籍を持ち、知っていて損は無い保険や税金の仕組みから国際法など、生活に関わる様々な事を学べる教養の座学を取っている。が、今日はその教養の座学が無い日なので学校もパス。

 と言うわけで、今日の休みは三つ目の買い出しをする事にして、生活必需品や食料品を求め俺は街に繰り出した。
 ……のだが、道中で通りかかった映画館で、面白そうな映画のチケットが売れ残っていることを知り……。

「良作であった!」

 約二時間後、俺は両の拳を握りながら大満足で映画館から出てきたのであった。

「しっかし、この世界の映画館ってホント凄いよなぁ、魔法仕掛けの体感型シアターつって劇中の進行に合わせて前後左右や上下に座席が飛んだり跳ねたりするし、風や花の臭いまでするから自分が映画の中にいるみたいで凄いワクワクしてしまうな!」

 俺は独り言を言いながら、雑誌のページを捲る。
 映画館近くの本屋の店先で、先ほど観た映画が特集されている雑誌を見つけたのだ。

「まぁギルドでこういう話をすると、アクション映画より自分でモンスター狩った方が臨場感あるだろ? って先輩ハンターさん達に笑われるけどさ、そうじゃないんだよなぁ……悲喜こもごもなストーリーや、息つく間もない緊迫した展開からのアクションがスカッとする訳じゃん? んで、役者さんもめちゃくちゃ演技上手いから思わず感情移入しちゃって泣けたりして、物凄く見応えあるのにさぁー、みんなホント分かってないんだよな!」

 恥ずかしながら、俺は映画を一人で観たあとに独り言が多くなってしまうタイプである。
 というか、本当は感想を言い合える同行者が欲しいんだよ。時々メイリンが付き合ってくれるけど、毎回誘うのも気が引けるし、エドは人付き合い多そうだから休日まで誘えないし、今度はシリト達を誘ってみようかな……。

 そんな事を考えながら、読んでいた雑誌を棚に戻し別の雑誌を手に取ろうとした時だ、本屋の大きなガラス窓にイチャイチャしながら歩いている男女のカップルが映った。

「うわぁ、あっ」

 そのあまりの密着っぷりに思わず漏れた声に気付かれてしまい、うっかりガラス越しにカップルの男の方と目が合ってしまった。

「はいはい、何も見てませんよって。つーか、本当に耳良いよなぁ」

 俺は素知らぬフリで目を逸らし、新たに手に取った雑誌に視線を落とすも目の端で先ほどの男が彼女さんを置いて、ずんずんと俺の方に近づいて来るのがガラス越しに見えた。
 間もなくして、俺の真後ろにやって来た男はニッコリと笑い、その素敵な笑顔が俺の目の前のガラスに映る。

 まぁ流石に露骨だったか……。

「ねぇイオりん、今なーんで、俺の事を無視したのかなぁ?」

 どうしたもんかなーと内心ため息をついていると、男は俺を後ろからガッチリホールドし――

「チュッ」

「っみぎゃ!?」

 男は唐突に俺の首筋にキスをしてそのまま吸うものだから、俺は変な声を出しながら慌てて男の腕を振り払った。

「おっ、おまっ! 自分の彼女の前で何つーことすんだよ! こんのアホエド!」

「あの子は彼女じゃねーよ、たまたま学校で顔合わせただけ」

 俺が信じられんと非難の声を上げると、ガラスに映っていた男――エドは面白くもなさそうに言う。

「じゃあ何か、お前は彼女でもない女性と腕を組み、胸を押し付けられながら談笑してたのか?」

「うーん……、向こうが勝手にくっついて来ただけだが、結果的にそうなるのか」

 俺の言葉に、エドは眉を八の字にしてため息を付いた。

「さっすがAAA級のイケメンハンター様おモテになります事で! どうでも良いけど、早くあの人のトコに戻りな。さっきからお前の肩越しに俺がめっちゃガン飛ばされてるから」

 悪びれる様子も無くむしろ不本意そうに話すエドに、俺はつい僻みっぽく返してしまうがエドは気にした様子もなくキョトンと目を瞬く。

「は? いや、さっきバイバイしたんだけどな……」

 と言いながらエドが振り返ると、一瞬前の般若の形相から恋する乙女モードに瞬時に顔を変えた兎獣人の女性は、可愛らしく手を振り軽やかに去っていった。

「はは、生まれながらの役者と言うべきか」

 実はも何も、常日頃からエド目当ての女の子から目の敵にされている俺はこういう光景は見慣れている。その度に彼女たちの強かさに関心をするのだが……、まっ知らぬはエドのみである。
 正直言えば、こいつの彼女事情はかなりどうかと思う所もあるのだが、彼女いない歴=年齢(転生前を含む)な俺がこんなモテ男に偉そうなことを言う気概は無い。

「ほらな。イオこそこんなトコで立ち読みなんて……あっ。さてはエロ本でも立ち読みしてたな! っと!」

 笑って向き直ると、エドは俺の手から器用に雑誌を奪い取った。

「あれ、エロくない。何だこれ映画の特集か?」

「こんな店先に置いてる雑誌がエロい訳ないだろーが! さっき観て来た映画の役者さんが格好良かったから、特集されてる雑誌を買おうかなって物色してたんだよ。 ほら、かーえーせー!」

 俺は雑誌を奪い返そうとするが、エドに腕を上げられるとリーチの差で手が届かない。
 くっ、十数センチの身長差が悔しいところである。

「へーどれどれ、誰が良かった? この龍人の役者? それともこっちの獣人?」

 俺が雑誌奪還を諦めると、エドは優雅にページをパラパラとめくり役者さんのコメントを載せているページを開く。

「マイペースかよ! あっ、この人」

 俺はツッコミつつ雑誌の中で微笑む一人を指さす。

「あー、エルフね」

「この人は物凄く演技上手いし、劇中の魔法もガチでやっててカッコよかったぞ!」

「ふーん、魔法ねぇ。イオってこーゆー中性的な顔が好みなのか?」

 エドはさほど興味無さそうに言いながら、雑誌を閉じて棚に戻す。

「顔も綺麗だと思うけど、それだけじゃなくホントに演技が上手いんだって!」

 棚に戻された雑誌をもう一度手に取って、俺はレジに向かった。


 ***


「そういえば、エドっていつからこっちの学校通ってたんだ?」

 本屋で会計を済ませて、店の前で待ってくれていたエドとなんとなく中心街に向かって歩きながら、先程のエドの言葉で気になっていた事をたずねる。
 エドも学校に籍があるとは聞いていたが、俺とは住んでる方向がギルドを挟んで真逆なのでお互い違う学校に通っていたのだ。が、ここで見かけると言う事はこちら側の学校に通っていると言う事だろう。

「あぁ、今月からだからまだ二回目、試験に出そうな座学があったから今日は突発的に来た」

「ふーん。言ってくれればよかったのにさ、一緒に学校行きたいじゃん。ちなみにエドはどの座学とってるの?」

「高位召喚魔法の可能性と、あとは普通に経済関係」

「……相容れない」

「はははっ、言うと思ったわ」

 ガックリと肩を落とす俺を笑うエド。
 俺はこっちの世界では学校など無い山奥で育ったため、友達と一緒にファンタジー世界の学校に通うってのにちょっとだけ憧れていたのだ。

「まぁ知ってたけど、エドって結構なインテリさんだもんな。あっ、インテリと言えば、今日は前髪おろしてるし服もいつもよりマイルド文系で全然ハンターに見えないな。マイロさんみたい」

 そう、今日のエドはいつもと違っていた。
 いつもは前髪を上げてその形の良い額を惜しみなく出しているのだが、今日は前髪を重めにおろしてサイドに流すようにセットしている。
 服装も普段はちょっとミリタリー寄りなのだが、今日は品の良いキャメルの革靴に生成りカラーのスリムなスラックス、トップスはネイビーの仕立ての良さそうなシャツを着ている。
 袖は少しだけ捲り上げて、普段は皮のグローブで隠されている手首にはクラシカルなデザインの腕時計をつけ、手には皮紐でまとめられた参考書があった。

 エドの服装は普段からあまりファンタジー感が無いのだが、今日の恰好など前に俺が生きた世界……と言うか、日本の東京とかを歩いていてもエルフ耳以外の違和感は殆どないと思われる。むしろ父上があつらえてくれたチャイナっぽい詰襟の道着を着ている普段の俺の方が、よっぽど真面目にファンタジーをしていると言っても過言ではない。

 まぁなんだ、イケメンは何着てもカッコイイのお手本と言う感じで、そりゃこいつがモテない訳がないと俺にだって分かる。だが、先ほどの兎獣人とイチャイチャしていた光景を思い出すと妙にむかっ腹が立ったのでカッコイイとは絶対言ってやらん! などとひっそり誓っていると、そんな俺の内心の葛藤など知る由もないエドは快活に答える。

「そりゃ普段の明らかにハンターです。って仕事着でイオだって座学を受けないだろ? とは言え、戦闘時もスーツで来る変わり者マイロが近場にいるからなぁ」

「ぷっ、確かに。俺も座学にいつもの道着で出たらめっちゃ浮くわ。つーか、マイロさんのスーツはポリシーなのかなぁって思ってた」

「ポリシーっていうか、スーツ着ときゃ周りが勝手に誤解するのを利用してんだよマイロは。それより、服の事を言ったら今日のイオは見ようによっては未成年に見えるぞ?」

「はぁ!? 見えません!」

 口の端を上げたエドに気がついた俺は、脊髄反射で否定する。

 今日の俺と言えば、Tシャツの上に以前テオが買ってくれたジャケットと七分丈のパンツに、適当に選んだスニーカーとショルダーバックと言った感じで、前の世界の大学生くらいのイメージでまとめているのだが、エドの目に今の俺の格好は十代後半くらいに映るようで、俺を見ながらニヨニヨしている。
 くっ、こういう格好は幼く見えるのか、覚えておこう……。

「ははっ、これは逆にいつもの道着がイオの外見年齢を底上げしてくれているのかもな?」

「ぐぬっ、そう言われると自分でもそんな気がしてきた。……あーあ、もう少し歳取ってから仙籍に入れれば良かったな」

 幼い俺も転生前の記憶の戻った俺も、父上の様なかっこいい仙人に憧れてそれはもうがむしゃらに修業した。
 その結果、父上の予想よりやや早い二十代前半で仙道に到達したのだが、その時点で外見の成長が止まった俺は終生を今の姿で過ごす事になったのだ。
 そのため、せめて男らしさがもう少し増し増しになる二十歳半ばくらいで仙籍に入りたかったなぁ……と、定期的に落ち込むのだ。

「イオは親父さんの想定より若くして仙人になったんだから、その努力は誇るところだろ? それにだな身だしなみ一つで印象何ていくらでも変えられる。だからそう落ち込むなって」

 俺のぼやきに、エドが苦笑しながらフォローを入れた。

 その身だしなみと言うやつがあまり得意じゃないのだが、さてはこのハーフエルフのお兄さん分かってないなぁ。
 俺は顔を上げてその空色の瞳をジト目で見てやると、エドは何故かとても優し気に微笑んでいた。

「っ――。まっ、まっいいや! それよりこの後って空いてるか?」

 ソレがあまりにも柔らかい表情だったものだから、思わず面食らった俺は回れ右で視線と話を切りエドにこの後の予定をたずねた。

「あぁ、どこかで飯食って帰るかなーと、ん? なんだイオりんは俺とデートでもしたいのか?」

 言いながら俺の頭をグリグリと撫でる大きな手を「やめい、やめーい!」とペシリと払う。
 こいつは全くもって癖っ毛の大変さが分かっていない。しかし、おかげで俺は何時ものペースを取り戻した。

「そうじゃなくて、俺ん家ここから直ぐだから飯でも食っていかないかと思ったの!」

「へっ? マジで? いいのか? って、おいおいおい何度も言ってるがこの国の恋愛観は男も女も無いからな! お前、うかつに他人を家に呼んだりしてないだろうな?」

 その疑るような口ぶりに俺はちょっとモヤッとする。
 エドのこーゆー保護者モード相変わらずなんだよなぁ。

「そんなの分かってるし、大家さんしか入れた事ないっての! 俺たち基本的に普段は外で会うし、そう言えば家に呼んだ事なかったなーって思ったんだけど、嫌なら別に来なくて良いし」

 確かにエドと出会った頃の俺は結構な世間知らずだったが、あれから何年経ってると思っているんだ? 俺だって家に呼ぶ人くらい選ぶっての! 大体、自分は彼女いっぱいいるくせにさ! そう思い至った瞬間、さっきのモヤッがイラッに進化してしまい、俺はくるりとエドに背を向けた。

「はぁ!? 嫌だなんて一言も言ってないし行くに決まってるだろ! ほら、買い物とかあんなら荷物持ってやるから早く済ませよーぜ」

 俺が去ろうとすると、力強く俺ん家に来る宣言をしたエドがスタスタと歩き出す。

「ちょっ待っ、待てってば! 買い物するならそっちじゃないし!」

 気が付けばエドの手には自身の参考書と共に、俺が先ほど買った雑誌が入った袋があった。

「っとに、何なんだよ急に」

 ぼやきつつ小走りでそのアッシュブロンドの後ろ頭を追う。

 追いながら俺は、久しぶりにエドとまともに会話をしている事に気が付いた。
 そう思ったら急に頬がむずむずしたが、気のせい気のせいと咳払いを一つして、俺を待つために立ち止まり振り返ったエドの横に何食わぬ顔で並ぶのであった。
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