仙年恋慕

鴨セイロ

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1章

26.イオリ・ヒューガさんと言うハンター sideアンラ

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 ――冬の準備を始めた静かな森を、桃色の影が駆け抜ける。

 しなやかに木々の枝を飛び回るその姿に、私の心は踊らずにはいられない。
 逃げ惑う小さな獲物たちを帯状の炎が追い立て、私たちが待機していた木の下を通過する。

「我が意のままに炎よ踊れ~い!」

 メイリンさんの指示に従う真っ赤な炎は高度な制御下にあるようで、下草の一本も燃やすことなく今度は半円を描くように地を這って、小さな獲物たちを岩で出来た袋小路に追い詰めた。

「我が友 風の精霊よ、かの者たちにつかの間のまどろみと安らかな夢を贈りたまえ」

 続いて岩陰に待機していたルーイさんの眠りの魔法によって、集められた数十匹の獲物――、角兎ツノウサギたちは次々に横たわりスヤスヤと寝息を立て始めた。

「お二人ともお見事っス! すばしっこいで有名な角兎を一度にこんなに沢山捕まえられるなんて!」

「ですです! 制御の難しい炎の魔法をあんなに巧みに操るのも、こんなに発動が早い眠りの魔法も初めて見ました!」

 木の上で息を殺して待機していた私――アンラとお兄ちゃんは、わーわーと賞賛の声を上げながら地面に飛び降りメイリンさんに駆け寄る。

「それほどでも有るけど~、そう言われると嬉しいにゃ~」

 私たちの賞賛を受けて、にゃっは~っと笑うメイリンさんは、イオリさんのお友達さんの猫獣人さんで、今日は私たちの狩りに付き合ってくださっているのです。

「私、こんなに美人で強くて優しい猫獣人さんとお知り合いになれて幸せです! 本当にこの出会いを下さったイオリさんには感謝しか有りません!」

「ふへへ、そんなに持ち上げられちゃうと流石にメイちゃんも照れますにゃ~」

 グネグネと体を揺らし喜びを表すメイリンさんに、歩いて来たルーイさんがやれやれと笑っています。

「アンラは本当に獣人や古代種が好きなんだね」

「はい、大好きですとも! ルーイさんのそのお耳が下がったちょっと困り顔もとってもカッコイイです!」

 ルーイさんは犬獣人さんの上位種、餓狼族さんで、整った甘めなお顔立ちにピンと立ったお耳とフサフサな尻尾が素敵な獣人さんです。
 こちらのルーイさんもイオリさんのお知り合いで、私たちまで仲良くして頂いています。

 私がうっとりお二人に見惚れていると「好いてくれるのはありがたいけど獣人、古代種には君たち人間を蔑ろにする連中もいるから十分に気を付けるんだよ」等と優しく諭してくれるものだから「うぅ、ルーイさんイケメンな上に優しいぃぃ」っと私の顔は余計にだらしなく緩んでしまい、お兄ちゃんに「アンラちょっと気持ち悪いっス」と言われました。くっ、お兄ちゃんのクセに。

 そう、何を隠そう私は同じ人間よりも獣人さんや古代種さんに好意を抱いてしまうタイプで、お兄ちゃんのお守りを甘んじて受けたのも、危険がいっぱいなハンター業に就いたのも、ごく自然に素敵な獣人さんや古代種さんにお近づきになれると打算的に考えたからなのです!

 基本的に人間と獣人さん、古代種さんには階級格差や能力格差の溝があって、普通に生活している限り気安くお話しできる間柄になるのはとても難しいのですが、ハンターになって腕を磨けば共に戦う者として肩を並べることができるのです!

 ですが現実的に考えて、人間のちょっと魔法が使えるくらいの普通の女の子がハンターなんてと、自分でも二の足を踏んでいた所に村の流行病かーらーの、お兄ちゃんカナト追いかけ事件ですよ!
 これはもう創造主エレンが、私に村の外の世界に踏み出せと告げているのだと思いましたね。

 そんな訳で、お兄ちゃんのお守りにかこつけて晴れてハンターになった私ですが、駆け出しペーペーの人間ハンターに世の中は無常で、ギルドですれ違った兎獣人さんの女性には足をかけられたり、古代種の龍人さんには完全無視を決められたりと、ギルド内の人間冷遇な空気には正直言って心が折れそうな時もありました。

 しかし、しかーし!

 マーナムで知り合った人間の先輩ハンターイオリさんのおかげで、私は今こうして憧れの獣人さんたちとお近づきになれたのです! 


 ***


「おぉー、首尾良くいったみたいだな」

 ルーイさんの魔法ですやすや眠る角兎ツノウサギを皆さんと一箇所に集めていると、私たちにのんびりとした声が掛けられました。
 振り返ると、イオリさんがカナトに肩を貸しながらこちらに向かって歩いて来るところで――

「わっわっ、カナトどうしたっスか!?」

 お兄ちゃんが作業の手を止めて、カナトに駆け寄って行きます。
 カナトはイオリさんと一緒に角兎の第一段階の追い込みをしていたのだけど……。

「はぁぁぁ、イオリさんもメイリンさんも、足が速すぎて付いて行くのがやっとだった」

「うわ~、カナトに任せて正解だったっス」

 フラフラな足取りのカナトの、イオリさんが支えてる方とは逆の肩をお兄ちゃんが支えながら笑うけど、私たち三人の中で一番足の速いカナトがこの状態なのだから、イオリさんもメイリンさんもやっぱり凄いハンターさんなんだなぁって改めて尊敬しちゃいます。

「俺とメイは瞬発的なスピードと小回りが売りだからな、そんな俺たちに付いて来たんだカナトは十分優秀だよ」

 カナトをお兄ちゃんに任せてイオリさんは私たちの方へ歩いてきます。
 多分イオリさんは、お兄ちゃんのカナトへの気持ちを汲んで気を使ってくれているのだけど、カナトの方は離れてしまったイオリさんにほんの少し残念そうに視線を送っていて、それにお兄ちゃんが気づいてないのが救いです。

 それにしてもカナトってば、村に居た頃は割とクールぶってカッコつけてたくせに、マーナムに来てからはイオリさんに完全に心を掴まれちゃったみたいで、今まで見せた事もない様なキラキラな笑顔で「イオリさんイオリさん」と懐くものだから、カナトの事が大好きなお兄ちゃんは最初の頃は焼きもちを沢山焼いていました。

 そんなお兄ちゃんがイオリさんに八つ当たりをしないか私は内心不安だったのですが、外見年齢こそカナトと同じくらいのイオリさんですが、実は不老長寿の仙人さんで、既に私たちの倍くらい生きていらっしゃるイオリ大兄様は、いじけ虫になった我が兄を上手に宥めてくださるので、妹の私は感謝しながら胸を撫で下ろすのです。

 もしかしたら一人っ子のカナトは、イオリさんのそういうお兄さんな所に甘えているのかもしれませんね。


 ***


「ルーイさん眠りの魔法上手ですよね、本当によく眠ってる。どうにも俺はこの手の状態異常魔法はからっきしなんだよなぁ」

 イオリさんは背嚢から取り出した小ぶりのナイフの背を使い、カンカンと軽やかな音を立て手際よく眠る角兎ツノウサギの角を折っています。
 角兎はおでこに小さな角の生えたウサギちゃんで、この角が私たちの集めている薬の材料の一つなのです。

 通常は罠で一羽ずつ捕獲して角を取るついでにそのお肉も納品したり、お鍋にしてその場でまるっと食べちゃったりするのですが、今回は沢山の角が必要で一つの群れをまとめて捕獲したため「さすがに群れを潰す訳にはいかないから角だけ頂いて森に帰そう」と言うイオリさんの提案により、メイリンさんとルーイさんのお力を借りてこの「ウサギちゃん追い込みお眠り大作戦」が決行されたのでした。ちなみに作戦名はメイリンさんが付けました。

「そう言うイオリは手先が凄く器用だね、この角も凄く綺麗に折れている。これなら一年も経てば新しい角が綺麗に生えてるよ」

「この角を折る作業って、下手にやると角が割れちゃったりショックで角兎を死なせちゃいますからね」

 イオリさんが折った小さな乳白色の角をルーイさんが受け取り、矯めつ眇めつしつつ品質別に袋にしまう傍で、カナトが角を折られたウサギちゃんを受け取り私に渡し、私は眠るウサギちゃんたちを草の上に並べます。いわゆる流作業ですね。

「あっお兄ちゃんは無理しなくて良いからね」

 お兄ちゃんがまだ角の付いているウサギちゃんに手を伸ばしたため、私はやんわり待ったをかけた。うん、不器用なお兄ちゃんにはこの作業向いてないですからね、追い込み中に怪我をした子がいるかもしれないから確認しといてと、既に角を折ったウサギちゃんの怪我のチェックしてもらいます。

「うーん。確かに細かい作業は好きだけど、この角の折り方はコツをエドから教えてもらったんですよ。あいつ無駄な殺生嫌いだから、はい」

 言いながらイオリさんは、まな板みたいな岩にウサギちゃんを乗せ、角をカツンと小気味よく折ってルーイさんの手のひらに置きます。器用なイオリさんは角を折る係なのです。

「そーそー、エドっちってば戦い方も外見も耽美の欠片もないのに、そーゆトコはエルフたんっぽいんだよねぇ、ほい次」

 メイリンさんは、角付きのウサギちゃんをイオリさんに渡す係です。

「あぁ、あの時のハーフエルフの彼だよね。エルフ族は森林信仰が強いから無益な殺生は好まないし普通はハンターなんて物騒な職に就かないものなんだけど……、ちょっと珍しいね」

「まぁ俺も出来れば不要な殺生はしたくないから、エドみたいなハンターに出会えて良かったって思ってますよ。はい、これで最後です」

「僕も、イオリみたいなハンターに出会えてホントに良かったな♪」

 カツン! っと、最後の角を折ったイオリさんに距離を詰めて顔を寄せるルーイさん。
 それをさっと上半身を引いて避けるイオリさん。本日何度目かの光景です。

「だーかーらー、そういうの禁止ですってば」

 言いながらイオリさんはジト目を向けますが、それすら嬉しいとばかりにルーイさんはそのフサフサで立派な尾をふわりと左右に振って、ニコニコしています。

「イオリってば、ハーフエルフの彼と比べて僕に対してガード固くないかな? 複数恋愛はダメ? もしかして僕は好みじゃない?」

「いや、あの。ルーイさんの事はカッコイイと思いますが、俺たちちゃんと知り合って間も無い間柄ですし」

「時間の長さは問題ないと思うんだ。それに、イオリは仙人で獣人僕たち並みに寿命も長い訳だし、これから沢山の時間を一緒に過ごせば結果オーライじゃないかな?」

 最後の角を渡そうとしたイオリさんの手のひらごと握り込むルーイさんに、イオリさんは苦笑いを浮かべます。
 何と言いますか、ルーイさんってば隙あらばコレなんですよねぇ、狩りを手伝ってくれるのはありがたいですが、その目的は一目瞭然というか……。

「ルーイさん、そんなにグイグイ押したらイオリさんだって困っちゃいますよ!」

 押しの強いルーイさんと、引き気味なイオリさんの間にカナトが割り込み助け舟を出します。
 カナトったら本当にイオリさんに懐いているわね。

「そだよ~! はい、ルーイ氏ぃこれ以上の接触は禁止でーす! 我が同胞であり弟分のイオりんにこれ以上の手出しはメイちゃんを通してからにしてくださーい!」

 べりりーっと、イオリさんからルーイさんを引き離す自称イオリさんの姉のメイリンさん。
 私はその賑やかな様子を見守りながら、どうしたら私もメイリンさんの妹分になれるのかしらと真剣に考えるのでした。


 ***


「ルーイさんってやっぱりイオリさんの事がその、お好きなんですか?」

 最近マスターしたばかりの中位回復魔法を試したいと言って、イオリさんは追い込みの際に怪我をした角兎ツノウサギを片っ端から治療しています。
 その姿を微笑ましそうに眺めながめているルーイさんに、私はおずおずと尋ねました。

「あぁ、好きだよ。見た目や香りに一目惚れだったんだよね、僕たちの種族って鼻が利くから香りは特に重要で。でも、こうして共に行動して改めて彼を知った今は、あの世話焼きでゆったりとした人柄もとても好ましいと思うよ」

 ルーイさんは何のてらいもなく言いきって、隣に立つ私に笑いかけます。
 うぅ、キラッキラな笑顔が眩しいっ!

「はぁぁ、やっぱりキッカケは顔面ですよね……。全くもって羨ましい、私もイオリさんみたいな整ったお顔と獣人さんを魅了しちゃう香りを持って生まれたかったです」

 言いながら私は思いっきり肩を落としちゃいました。

 訓練所で初めてイオリさんに声を掛けてもらった時は、何だかんだでカナトの怪我に動揺していたらしく、そこまで意識が回らなかったのですが、後日改めてイオリさんと顔を合わせた時に、めちゃくちゃ可愛いカッコイイお顔のお兄様だったんかーい!と驚いたものです。
 人間相手に恋愛感情などない! っと常日頃から言い切っていた私ですらうっかり恋に落ちそうなレベルと言えば分かって頂けるでしょうか。

 そもそも獣人さんも古代種さんも、揃って綺麗な人が多くて、そういう所も私が好意を寄せちゃう理由の一つなのですが、それ故に人間が彼らに相手をしてもらうには、ある程度の容姿が求められがちなのです……。
 えぇ、知っていましたとも。

「アンラお前なぁ、人柄もってルーイさん言ってるでしょ? まぁ確かに、イオリさんには自分の顔についてもうちょっと自覚して頂いて、あまりカナトを誘惑しないで欲しいっスけど」

 言いながら肩を落としてちょっぴり落ち込む我が兄。

「ははっ、確かにイオリってあまり自分に対して興味ないよね。もうちょっと着飾れば良いのにって僕も思うよ」

 そうなのです。私もそれが凄く気になっていて、私やカナト、お兄ちゃんでさえ耳飾りや首飾りの一つ二つくらい着けているのですが、イオリさんは装飾品の類は一切つけないし、せっかく綺麗で華やかなお顔立ちなのに長めの前髪がそれを隠し気味なのです。

「にゃっはー! イオりん初心者は外見に注目しがちですが~メイちゃん的には慎重そうな発言や振る舞いに反し、好奇心や勢いで行動してまんまとドジを踏むトコとか面白くておススメだと思いま~す!」

「ルーイさん。イオリさんがウサギたちの治療が終わったので眠りの魔法の解除お願いしますとの事です」

 私たちがイオリさん談義に花を咲かせていると、ウサギちゃんたちの治療を手伝っていたメイリンさんとカナトがこちらにやって来ました。
 と言うか、今のメイリンさんのイオリさんドジっこエピソード気になり過ぎです! 後で聞かせてもらえるかな!?

「じゃあ解除するよ」

 パチンとルーイさんが指を鳴らすと、ウサギちゃんたちがのたのたと起き始めます。
 そこまでは良かったのですが、彼らは何故か傍で座っていたイオリさんを取り囲みキキキと鳴いています。

「あれは何をしているんですか?」

「多分、自分たちの命を奪わなかった強者に対する礼みたいなモノだと思うよ」

「角兎は小さくて可愛いけど歴とした魔獣だからね、知能もちょっと有るし序列を重んじるんだにゃ~」

「それ聞くと今後、角兎を食べにくくなっちゃうっスね」

 私の問いにルーイさんとメイリンさんが答えてくれましたが、私の感想はお兄ちゃんと同じで……、微妙なところで血縁を感じてしまいました。

「しかし、イオリさんは何をしているんでしょうか?」

 カナトはいまだウサギちゃんたちに囲まれているイオリさんを見ながら首をかしげます。

「確かに何をしているのかしら?」

 私たちが不思議に思いながら眺めていると、イオリさんは可愛らしいウサギちゃんに埋もれながらおもむろに携帯端末を取り出し――はっ!

「イオリさんんん! 私も一緒に写りたいですぅぅぅ!!」

「に゛ゃあ゛ぁぁぁ!! メイちゃんもぉぉぉ!!」

 イオリさんってば、片手で携帯端末を操作してウサギちゃんたちとしれっと記念撮影を始めたのです!
 それに気づいた私とメイリンさんはシュタタタとイオリさんに駆け寄り、無事ふわふわ記念写真に写り込む事が出来たのでした。

「わーい、故郷のみんなに自慢しちゃおっと!」

 私が携帯端末に画像を保存していると、まだウサギちゃんたちをモフっていたイオリさんをルーイさんがゆるっゆるに顔を緩めて撮影していて……。

「何の気なしの行動ですら獣人イケメンを魅了するなんて……」

 イオリ・ヒューガさん、色んな意味でお手本にすべきハンターさんだなと私――アンラは心から思うのでした。

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