仙年恋慕

鴨セイロ

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1章

25.メイリンとエド sideエドヴァルド

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『も~さ~、まどろっこしい真似やめて直球で告った方が良いんじゃないかにゃ~っと、思うのよ』

「ほぅ……メイリンさんは現状で、俺が付き合って欲しいと言ってイオが首を縦に振ると思うのか?」

 俺は携帯端末をハンズフリーモードに切り替えてテーブルに置き、リビングのソファーに腰かけながら投げやりなアドバイスを寄越す通話相手――メイリンに尋ねた。

『思わんねぇ~、おおよそ『何処に?』ってベタなお返事を返されること請け合いです』

「くっ……、俺もそう思う。だからこそ試験を口実に距離置いてイレギュラーな状態をつくり、少しでも意識してもらうトコから始めた訳だ……」

 しかし、想定以上にイオの反応は芳しくなかった。
 そのため俺は第三者の意見を聞きたくなって、メイリンに連絡を入れたのだが……。

『メイちゃん的にはこぅガッ! っと、ちょっと強引な肌色展開で既成事実を作ってなし崩し的に相手がほだされるヤツとか割と好きなんだけど、どうかにゃ?』

 こいつ、全然駄目だ。

「既成事実ってお前なぁ、品の無い雑誌の読み過ぎだ。割とクソな事言ってるが相手はイオなんだぞ? 俺はそう言う無茶な展開じゃなくて、こぅ……自然な流れでイオに惚れられたいんだよ!」

 早口で己の性癖を語るメイリンに、俺はため息交じりに返す。
 大体そんな事になったら、俺はイオの義弟テオによって屍食鬼グールの餌にされてしまう。

『うぐっ。たっ確かにイオりんが傷つくのは嫌ですにゃ~、でもまぁエドっちの言葉をイオりんが真に受けてくれないのはさ、事ある毎にイオりんにセクハラまがいの下心こみこみスキンシップを仕掛けた、普段の行いの結果な気がしないでもにゃい』

「あ、あれは元々イオのための厄払いの様なモノだから良いんだよ。それに、お前だって隙あらばそんな俺とイオを携帯端末で撮影してたじゃねーか!」

 確かに。下心がはみ出ていた事もあったかもしれないが、俺の行為には正当性も含まれる! だから堂々と返せばいいとは思うのに、少しばかりやり過ぎた自覚が言葉に出てしまう。

『エドヴァルド氏ぃ、声、上ずっていますよぉ~』

「うっさいわ!」

 メイリンの余計な一言に、俺の裏拳が空しくクッションを打った。


 ***


 俺がイオと距離を置いてから、季節が一つ通り過ぎた。

 距離を置く建前はお互いのハンター試験の準備のためだったが、実際のところ筆記試験の準備も、実績に必要な依頼達成の点数稼ぎも完了していた俺は、後は試験を受けるのみで時間を余らせていた。

 そのため、ギルド近くに宿の部屋を長期契約で借りてから殆ど使っていなかった、マーナム郊外の持ち家に居る時間が増え、今日もこうして無駄に広いリビングでだらだらと長話をしている。

「距離置いたら多少は意識するかと思ったのに、あいつ連絡の一つも寄越さないし、ギルドで顔合わせても日に日によそよそしくなるし……はぁ。メイリン、お前は失策だったと思うか?」

『うーん、失策かどうかは正直まだ分からんけど、イオりんってばエドっちに言い寄るそこら辺の有象無象に比べたらずーっと控えめで気を使える子だからねぇ、エドっちの勉強や実績稼ぎの邪魔しちゃいけないって思って連絡してないみたいだよ』

 俺のぼやきに答えたメイリンは話しながら書き物でもしているようで、ペンが紙を滑る音が小さく聞こえる。

「あ゛ー、イオのそう言うトコも好きだけどさ、俺には迷惑かけてくれて良いってのに! ここまで手応え無いのなら、いっそ無理やりでも試験勉強を見てやるって言った方があいつの力になれて良かったよなぁ。っとに、イオの奥ゆかしさたるやだ」

 言いながら俺はよっこらせと立ち上がり、リビングに置いてある小型冷蔵庫から麦酒エールをひと瓶取り出す。

『それはどうだろ、イオりんなんだかんだ言って一人で頑張ってるよ。時々分からない所を私に聞いてくるくらいで』

「それこそ俺に聞けば良いのにさ……、何だかんだ言って仲良いよなお前ら」

 俺は麦種の瓶を持ってソファーに戻りくさくさした気持ちでどかりと座る。
 どうにもイオにとって、俺よりもメイリンの方が気安さがある様で悔しい。

『そりゃ我ら同胞で趣味友で、ぶっちゃけ義姉弟みたいなトコありますんでねぇ~! にゃっはっはー』

 メイリンの勝ち誇った高笑いが部屋に響く。
 若干イラッとしなくもないが、王都への遠征以降こうして俺の話しを聞いてくれているこいつは何気に面倒見の良い奴なのだ。まぁ高頻度でおちょくっては来るが……。

 俺はメイリンの高笑いを聞きながら、麦酒の栓を指で押し開け口をつける。

 掃討作戦時に聞き出した感触では、イオ自身は異性愛者だとは言っているが同性愛に否定的ではない様だし、むしろイオから俺への友情とは違う、ほのかな好意の様なモノはかなり初期から感じていた。しかし、それは以下にも以上にもならないまま、もうすぐ四年の月日が経とうとしていた。

『でもさぁ、正直こんなに早くエドっちが身辺整理を済ますなんて思って無かったよ~、そこは褒めたげる』

「おぅ、褒めろ褒めろ! まぁ肝心のイオはまだ知らないけどな」

 自分で言うのもアレだと分かっているが、俺はそれなりにモテる。

 今まではその時々に都合の良い女性達と付き合い、その数も複数恋愛が一般的な獣人や古代種の中でも多い方ではあった。
 しかしテオの出現から意志を固め、一般的な人間の恋愛観を持つイオを手に入れたければこのままでは駄目だと結論を出した俺は、イオと距離を置いて出来た時間を使って全ての彼女と関係を清算し、先日とうとう数十年振りに完全フリーの身となったのだった。

『マーナムギルドにエドっちが来た頃はさぁ、それこそ女の子に囲まれて楽しそうにしてて、うわっチャラ! こいつマジでエルフかよ~って思ったものだけど、まさか同性のイオりんにここまで惚れ込むなんてねぇ、世の中何が起こるか分からんものですにゃ~。……っで、何か惚れちゃったきっかけでもあったの?』

「……、……別に」

 しみじみと語るメイリンの、その言葉に筆舌しがたい感情を伴う風景が頭をよぎったが、それは俺だけの思い出で良い。

「つーかお前、頼むからそういう話はイオにはするなよ」

 これ以上、イオの中で俺の不誠実なイメージが加算されては敵わんと釘を刺す。

『はいはい、メイちゃんガチ恋はちゃーんと応援しますよって』

「まぁ俺としてもイオと仲の良いお前が、時たまでもイオの情報流してくれりゃそれだけで十分ありがたいからさ」

 メイリンは友としてイオを大層気に入っている。故に、イオが不利益を被る事は良しとしない。
 そのメイリンがイオへ好意を持つ俺に協力してくれるって事は、つまりはそう言う事なのだ。

「……しかし、今回はタイミングが悪かったのも有るんだよな」

『あー、人間トリオちゃんね』

「そう、それ!」

 俺がイオと距離を置いた辺りから、イオは訓練場で知り合った人間のハンター達とつるむ様になった。
 その忙しくも賑わしくしている様子をギルドで見かけては、もしかして、このまま俺の居ない穴は埋められてしまうのでは……と一抹の不安を覚える日々が続いている。

「ったく、今まで人間のハンターがイオに絡んで来る事なんて無かったのに何で今更……」

 愚痴りながら麦酒を喉に流し込むが、こんな気持ちで飲む酒のなんと味気ない事か。
 俺は半分以上中身の残った麦酒をローテーブルに置く。


『人間トリオちゃんたち新米過ぎて、イオりんはこの街唯一のAAA級ハンター、つまりエドヴァルド氏のお気に入りって噂を聞いてなかったんだろうね~、大体それ聞くと人間は萎縮してイオりんを遠巻きにするし』

「あー、なるほど」

 俺が獣人や古代種の男ハンターからイオを積極的にガードしていたのは最初の数か月程度だけだったのだが、その後も同じノリのまま友人関係を築いたため、俺たちに親密な関係があると言う噂は確かにあった。
 イオは全く気がついて居なかったんだけどな。
 ともあれ、メイリンが言った様にその噂のせいでイオは人間のハンター仲間がずっと出来ないでいたのだが、その分を埋める様に俺とメイリンで構い倒していたので特に問題は無かったはずだ。

 しかし、まさかこのタイミングで人間の仲間が出来るとは、もうちょい空気を読んで欲しいモノだぞ人間トリオちゃんよ。

「まぁイオに人間の仲間が出来たのは良いんだ。ただ、そのせいか最近のイオの俺を見る目が他の人間に似て来て、こう、見えない壁を作られてるような、距離感があるような気がしている」

『そりゃ、近くに同じ人間がいれば彼らの目線に合わせて世界が見えるだろうし、イオりんだって今までと違う目線でモノを見るようになるよ』

 そう俺に諭すように言ったメイリンの言葉は、理解出来るが素直に頷けるものではなかった。

「それはそうかもしれないが、今まで気安く笑いかけてきた奴に挨拶したらよそよそしく返されるんだぞ? 俺たちの四年、いやもうすぐ五年は何だったんだよって思うだろ」

 実は俺にはこれが結構ダメージで、イオにそっけなくされる度にめちゃくちゃに凹んでいた。情けな過ぎるそんな内心は、意地でも表には出さない様に振る舞っていたが、俺を可哀想なものをモノを見る目で見ているマイロ辺りにはバレているのだろう。

 結局、イオと距離を置いてみて得られた収穫ことと言えば、俺自身が想定以上にイオリ・ヒューガと言う人間に惚れ込んでいたと言う事実だけだった訳だ。

「あ゛ぁー、イオのあの他人行儀な顔を思い出すだけでしんどい!」

 もし次に会った時に他人の振りでもしやがったら、抱きしめてキスしてイオを補給してやる!

『んー。そう言う対応しちゃうのは、イオりんの方にも何か思うトコがあるんじゃない? それにねぇ、イオりんはやっぱエドっちの事は特別なんだとは思うよ。あのどちらかと言うと上昇志向の無さそうなイオりんが上級ハンター目指すのって、エドっちがS級になったら一緒に行ける依頼が殆ど無くなるからっぽいし』

 俺が不埒な事を考えてると、メイリンは少しだけ声のトーンを落とす。

「……なぁ、そのイオが俺に~っての本当か? あいつの弟のテオにも以前そんな様な事を言われたけど、俺にはそんな様子さっぱりだぞ?」

『確かにね、イオりん自身が明言してる訳ではないよ? でも言葉の端々で伝わって来るんよ。んで、エドっちにそんな素振り見せないのは無意識に意識してるからかにゃーと、メイちゃんは思う訳ですよ』

「……無意識に意識」

 俺だってイオから憎からず思われている確信はある。しかし、直接に見ても言われてもいない事に対して、メイリンやテオの言う事がにわかに信じられない気持ちがあった。

 それはまぁ単に、俺自身が誰かに好意を寄せる経験が初めてでイオへのアプローチが手探り、試行錯誤と言う意識が強い事も要因で……つまりは、追う側に立った途端に色恋沙汰への自信が足りなくなったのだ。

 あぁ、我ながら全くもって情け無い。

 それでも第三者からの視点で語られる好感触に、思わず緩む頬を見咎める者も居ないのに片手で隠す。

『てか、そうじゃなかったら私がエドっちの応援なんぞしないちゅーの』

 携帯端末の向こうで俺がにやけている事に気が付いたのだろう妙に感の良いメイリンが、言外に調子に乗るなよと牽制を入れる。

「お前はそういう奴だよ」

 メイリンは何だかんだで結局はイオの味方で、だからこそ俺は安心してイオの事を相談出来る。

 しっかしなー、イオは俺が想定していたより恋愛経験が乏しいのだろうな、何もしなかったらそれこそ艶っぽい展開なんぞまず訪れなさそうだ。

 今は試験前で邪魔は出来ないが、全てが終わったらさっさと告った方が良いのかも知れない。
 まぁ現段階だと大方断られるだろうけど一回振られた程度で諦めなくても良い訳だし、よしんば振られたとしても、嫌われてでもいない限りイオの事だから俺を意識せずには居られなくなりそうだよな? ……この流れ、結構イケるんじゃ無いか。

『それより、エドっちのその様子からしてまだ情報入ってないと思うんだけど、いつかの馬車でイオりんに声かけて来た犬獣人の餓狼族がいたの覚えてる?』

「んー、あーそう言えば、そんな奴いたな」

 俺は作戦変更を考えながら、うわの空で返事をする。
 思えばあの餓狼族の男の出現も、確実に俺のイオへの気持ちを後押しした要因の一つだ。

『っでね、どうやらあの餓狼族もマーナムでハンターやる気みたいで、イオりんと出先……確か白銀藻草プラテアルガの岩山のトコで何やかんやあってお友達になったらしいよ』

「…………ん?」

 この猫獣人は今、何と言った?

『いや~あの餓狼族も真面目だよね~、新しい拠点に来たらまずは採取依頼やなんかで周囲の立地を把握しよう! みたいなギルド推奨のハンター活動のすすめってヤツをちゃんとやってるなんてさ~』

「……」

『まっ、とりあえずエドっちの恋のライバルになるやもしれんから、今度その餓狼族とイオりん達が一緒に依頼受ける時に私も同行して様子を見て来るつもり! って、エドっち聞いてる??』

 メイリンの呑気な声を聴きながら俺は盛大に頭を抱え、座っていたソファーにずるずると沈み込む。

「メイリンさん、そういうことは、いの一番に報告しろよ……マジで」

『にゃはは~! ごめんごめん』

 心のこもっていない謝罪を聞き流しながら、優秀な記憶力を持つ俺の脳は思い出していた。
 あの時、イオがあの餓狼族に渡されたメモには名前と連絡先の他に、餓狼族の言葉で一つのメッセージが添えてあったのだ。餓狼族の言葉が読めないイオは気にも止めていなかった様だが……。

「初対面のヤツに『私の星』なんて書く奴、どう考えたって黒じゃねーかぁぁぁ!」

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