仙年恋慕

鴨セイロ

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1章

18.王都の休日2 裏 sideエドヴァルド

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 俺は、狭い路地裏を駆けていた。

 走る勢いをそのままに、左右の建物の壁を交互に蹴って屋根の上に出る。

 入り組んだ路地に視線を巡らせれば、角を曲がった先にメイリンに追われバタバタと数人で走るターゲットを発見する。それを屋根伝いに追い、逃げる集団と一気に距離を詰めつつ無詠唱で風の精霊を召喚した。
 ふわりと肩に舞い降りた精霊の気配を感じながら俺は命を下す――

「――風よ! 罪過を許さぬ蔦となれ!」

 言霊により意志を与えられた風は渦を巻き、俺の足元を走る男たちを地面に転がし動きを封じた。

「エド先輩、ナイスでーす!」

 俺とは反対方向から屋根を伝って来た鳥獣人――マイロが路地に飛び降り、派手に転げ動けないでいるゴロツキ共をしばき倒し、完全に地面に沈めて手枷をかけた。


 ***


「いやー、お二人が王都に居てくれて助かっちゃいました~! メイリンさんの奇襲のせいでアジトから逃げられた時は焦りましたが、お陰様でマーナムから逃走していた窃盗グループを全員まとめて捕まえる事が出来ました! ここは僕の奢りなのでたーんと飲んじゃってね!」

 そう言って、マイロは酒と料理を次から次へと頼む。
 ここは、王都で人気の老舗トラットリアでまだ夕食時には早いのに、店内は既にかなりの賑わいを見せていた。

「はぁー。折角、王都くんだりまで来て何でお前らと飲んでんだかなぁ」

「にゃぜって、それは暇してた私とエドっちがマイロっちの依頼を手伝う事になったからです!」

 麦酒エールを勢いよく煽りながら、俺の背中をメイリンがバシバシと叩く。

「メイは昨日イオに付き合ってもらってたんだろ?」

「うん。だって、私はこっち来る前からイオりんと約束してたんだもーん」

「そして今日のイオりんは弟殿と王都観光か……」

 遠征先の依頼の後はいつも別行動で、イオは大概一人で現地観光を楽しんでいた。だから今回も一人でいるとタカを括って、メイリンのようにあらかじめ予定を抑えなかったのだ。
 己の手際が悪かったとはいえ「俺だってイオと王都観光したかった」と、思わずため息をつく。

「まったく辛気臭いですねぇ、エド先輩ってばそんなにイオリ君に構って欲しかったの?」

「あっ! あれじゃん、エドってば一緒にお風呂入ったらイオりんがちゃんと成体だったから、ドキドキドゥフフ的な?」

「あ゛~、やっぱり成体でしたかぁ~、どんなに顔が可愛くても僕の守備範囲外です。残念」

「黙れ、酔っ払い下品猫娘! あとマイロ、お前は言動に注意しないとそのうち自分が手錠掛けられる立場になるから気をつけなさい」

 俺は汚い笑みを浮かべるメイリンと、いつか道を踏み外しそうなマイロを嗜める。
 とは言え、まぁ確かに風呂の時は意外と隠さないんだなーとか、しなやかで綺麗な身体してるなーとか思わなくも無かったのだが、こいつらに報告する必要は一ミリもない。

「もぉ~冗談ですよ~。メイちゃんはちゃ~んと分かってますよ~。エドっちってば散々、自分は異性愛者だ何だと言い続けてたけど、とうとうイオりんに恋しちゃってる自分を認めたーとか、そんなトコでしょ?」

「ぶふっ、なっ何故それを!?」

 いきなり核心を突かれ、俺は思わず口に含んだ麦酒エールを吹いてしまう。

「おっ、やっぱりか。まぁ毎回あれだけなり振り構わずイオりん庇いまくってる姿を見てりゃ誰だって、あー、こいつあの子にベタ惚れやんけ~って気づくわ」

 メイリンの言葉に、マイロがうんうんと頷く。

「そう言えば、今回も彼を庇って先輩が怪我したそうですが、でもそれ、イオリ君が上級ハンター目指すなら少し控えないと彼のためにならないですよ?」

「それは、分かってる。実力なく上級になって依頼受けても怪我するだけだし、最悪命を落とすって事だろ? それは分かっているんだが……」

「体が勝手に動いちゃうんだにゃぁ~」

 にゃっは~と笑うメイリンをジト目で睨むが、全く堪えてはいないだろう。

「でもなんで今更なんです? エド先輩最初からイオリ君のこと気に入ってましたけど、ずっとなあなあにして踏み込まなかったじゃないですか」

 肉料理を運んできてくれた店員に、追加の料理を頼みながらマイロがもっともな質問を投げて寄越す。

「あー、その件もメイちゃんは分かるよ! あれでしょ、テオ君でしょ?」

「くっ」

 さすが腐っても女と言うべきか、鋭い。
 メイリンはぐうの音も出ない俺をチラリと見て、確信を得たとばかりに目を眇める。

「テオ君とは?」

 そんな俺とメイリンのやり取りに、知らぬ名を出されたマイロが突っ込む。

「イオりんと同じ養父さんに育てられた、イオりんの龍人の義弟君だよ~。これがまたものすっごい美形で、そのうえ騎士団の師団長なの。そんな子がイオりんの事が大好きで籍入れたがってるんだって!」

「ッヤダ、何それ面白いもっと聞かせて」

 口元に手を添えてマイロが「きゃっ☆」っと乙女ポーズを決め、興味津々とばかりに身を乗り出す。

「それがさぁ~。イオりん押しに弱そうだから、このままだと強制ゴールインもあり得るなぁって感じでね」

「あぁ、理解しました! 結構のんきしてたエド先輩も流石に危機感を覚えるライバルが現れたことで、焦り始めたという訳ですね!」

「なぁ、言い当てるのやめて」

 こいつらの無遠慮さにどっと疲労が押し寄せ、思わず背が丸くなってしまう。

「まっ、エドっちがイオりんにモーションかけようが知った事じゃないけど、今のままじゃどーせアタックしても玉砕だろーね」

 さすがに玉砕は聞き捨てならなくて、俺はメイリンに異議を唱える。

「玉砕って何でだよ。 あいつだって俺の事は、絶対に憎からず思ってるぞ」

 先日の風呂で、俺を見るイオの目を思い出す。
 確かに、今さらキスの一つなどした所で悪ふざけの延長くらいにしか思われていないが、俺の目が綺麗だと言った。あのイオの目には純粋な、でもほんの少し熱を持った好意が見て取れた。
 本人に自覚は無いようだが、いつの頃からかイオは時々そういう目で俺を見る。

「まぁ、イオりんからエドへの好意があるのは認めるけど」

「あっ。そこは肯定してあげるんですね、メイリンさん」

 マイロは肉料理を切り分け小皿に盛ってメイリンに渡す。

「でもにゃ~、聞いてくれマイロっちよ。もしもエドっちに告られても、あーんな彼女ちゃん沢山いる男は絶対無理って本人が言ってたのじゃ。つまりイオりんのエドっちへの好意はあくまでお友達としてで止まってて、恋愛に発展しないってことさ」

「なるほど、付き合う付き合わない以前に先輩は普段の行いが仇となって、貞淑な考えを持つイオリ君の恋愛観的に門前払って事なんですね!」

 骨付き肉を骨ごとゴリゴリと齧りながら、酒が回って来たメイリンは饒舌に語り、マイロは問題が解けた学生のように嬉々としてポンと手を打つ。

「本人が言ってたって何だよ、そこ詳しく! あとマイロ、お前はちょっと黙れ」

 俺は空になったメイリンのジョッキに、ピッチャーから麦酒エールを注ぎながら詰め寄った。

「王都に着いた日だったかにゃ~、そんな話になったからエドっちはどう? って聞いといてあげたのさ」

「さすがメイリンさん、イオリ君の最新情報ですね」

「っていうかお前、あいつに俺の交友関係バラすのやめろよな!」

 俺は、麦酒エールをぐいーっと流し込むメイリンに抗議をする。

 確かに俺の彼女は多い方だが、そう言った話をイオにしたことは一度だってない。と言うか、俺の複雑な心情的にイオにこの手の話題を振るのは憚られたのだ……。

「私は何も言ってないよ~。イオりん自身が何度か彼女を連れてるエドを街で見かけたんだって」

「まっマジか、全然気づかなかった。でも、それ最近の話じゃないよな最近はイオの方が俺と居たし……」

「つーか、見られて後ろめたくなる様な交際してる方が悪いわ! 一人だけ王都に前入りしたのもどーせこっちの女に会うつもりだったんでしょ? いくら鈍いイオりんだって気づいてるよ」

「……それは、本人から言われました」

 ダンジョンからの帰りの馬車でそれとなく王都滞在中に買い物でもしないかと誘ったのだが、俺は彼女に会うと思ってたし、残りの滞在はもう予定を入れてしまったんだと断られたのだ。

「こっちの彼女に会ったのは関係の清算をしに行っただけなのに……」

「おっ、別れて来たの? それでもあと何人いるんだって感じだけどねぇ」

「一時期よりは減りましたが、それでもまだ両手くらいですかね~」

「マイロ、何故お前が俺の彼女事情を把握している……」

 運ばれてきたピザを切り分けながら事も無げにマイロが言うが、こいつの情報網の侮りがたさに、したくもない関心をしてしまった。

「いやはや、自分の上級依頼こなしながら、イオりんの付き合いで下級中級と走り回ってる割にお盛んだよねぇ、まぁ将来有望株のハンサムさんな古代種だったらそりゃモテるだろーけど、女の子を諦められないならイオりんは諦めたほうがいいぞ」

 カットされたピザに、タバスコをこれでもかと振りかけながらメイリンが言う。

「確かに、我々獣人や先輩のような古代種の感覚ならまぁ複数恋愛も許容範囲ですが、彼は不老長寿の仙人とは言え人間ですからね、人間の感覚なのでしょう。ですから、エド先輩が今のままでは、どちらにしろ彼は靡かないでしょうし、これは諦めたほうが賢明かと」

 諦めろと言い二人は肩をすくめる。が、納得がいかない。

「あのさぁ、何でお前らは俺が他と別れるとは思ってないんだ?」

「ははははっ、エド先輩ってば数年前から伴侶がどうとか言って、ぜーんぜん下半身改めないじゃないですか」

「ははははっ、合コン仕切ってるマイロっちが言えた事じゃねーけどにゃ」

「だーかーらー、お前らがダメ出しした点を踏まえて俺が身辺整理やって、イオ自身が俺に惚れてると自覚すれば可能性があるって事だろ?」

 俺は話しにならないと笑う二人に噛みつく。

「まぁそうですけど、先輩はお相手を一人だけに決める事なんかできるんですか?」

「そうそう、イオりん一筋にするって事は、子どもが出来たら婚じゃなくて、子ども出来ないかもしれないけど好きな相手を選ぶって事になるしね」

 言いながらピザを齧るメイリンの言葉に、俺はポカンとしてしまった。

「は? イオ一筋は良いとして、俺は元々出来たら婚なんか狙って無いぜ?」

「ほぇマジか! あんなに彼女いたのに!?」

「えぇ! まさか先輩、生体魔法避妊してた?」

「あぁ、だって伴侶にしたいような出会いは無かったし、避妊しなかったら子種盗まれて何されるか分からんし」

 二人の反応が予想以上で、こちらも少々勢いを削がれる。
 そんなに意外だったのだろうか。

「……何と言いますか、回復以外も医療魔法を使えるとか、エド先輩ほんと器用ですよね~」

「でもそれ彼女さんたちは知ってるの?」

 マイロとメイリンの話題の食い付き先が変わる。
 これが男と女の差かなぁなどと思いながら、俺はメイリンの質問に答える形で続けた。

「いやほら、生体魔法が使える事がバレるとさ、倫理無視した依頼が来ちまう事あるからそこは言ってない。けど、俺は付き合うのは良いが伴侶にする気はないって最初に言う事にしてるから、まぁ同じ事だろ? あっお前らも俺が生体魔法を使える事は他言無用だぞ」

 生体魔法とは、医療魔法の一種で主に体の造りを弄るようなモノが多い。有名どころが生殖能力を調整する避妊系の魔法なのだが、この生体魔法がえぐい方向に悪用できるので面倒事を避けるために、俺は生体魔法取得情報をハンターのライセンス上にも公開していない。

「エドっちそれ、少なくとも半数は出来たら婚めっちゃ狙ってるやつだよ。なんだかんだ言って子ども出来たら結婚してくれるって思ってるよ? がっつり避妊されてるとも知らずに」

「あー、まぁそうだろうなぁ」

 彼女たちの孕んでやるぞって気概は、明け透けで分かりやす過ぎた。上級ハンターはモテるとは聞いていたが、これほどまでかと思ったものである。
 俺としては将来を考える前に、もうちょっとお付き合いと言うモノを楽しみたかったものだったが、結局、そんな彼女たちより一緒に居て一番楽しい気持ちになるのはイオだったのだ。

「と言いますか、エド先輩は子ども欲しくないんですか?」

「うーん、俺が混血で苦労したから子どもはなぁって思ってたんだよ」

「にゃるほどねぇ、古代種はそこら辺、頭の固い老害めっちゃいるもんね。あっ、そーいやエドっちって何とエルフのハーフなの? 絶対人間じゃないよね?」

 ずいずいっとメイリンが近づいて来るが、鬱陶しいのでその顔面を押し返す。

「僕もそれ気になってました。デリケートな質問なので自分からはできませんでしたが」

「おぉん、ごらぁ鳥頭! 誰が無神経猫獣人じゃい!」

「はいはい、ご自分で分かってるなんて偉いですね~、はい、猫ちゃんは魚でも齧ってて下さいね~」

 そう言って、マイロは運ばれてきた熱々の白身魚のフリッターをメイリンの口に突っ込み俺に向き直る。

「魔力の基礎値が高いのはエルフの血だってわかるんですが、先輩は異常に肉体派ですし、それこそ肉体強度なんて龍人並じゃないですか?」

 マイロは興味津々と言う顔で俺を見てくる。

「まぁそうかもしれんが、俺の正体は国家機密なのでお答えできませーん」

「あっ適当にごまかしてー! けちー、エド先輩のいけずー!」

「ケチで結構でーす」

 マイロを適当にあしらっていると、熱々のフリッターを涙目で飲み込んだメイリンが神妙な顔で口を開いた。

「ねぇねぇ、ふと思ったんだけどエドっちさ、イオりん一筋で付き合いたいってもしかして本当に、イオりんを伴侶にしたいレベルで好きって事なの?」

「へっ? あー……」

 伴侶、伴侶とは共に連れ立つ者、端的に言えば結婚相手を指す。
 俺が共に生きたいのは……。

「……そのレベルで惚れてて悪いかよ」

 そんなことを改まって訊かれたものだから耳や頬に熱が集まって、俺はつい不貞腐れた子供のような言い方をしてしまう。そして訪れる沈黙、二人の視線が俺に集まり非常に居心地が悪い。

「ガッ」

 しばらく無言の時間が続いていると、メイリンから異音が発せられた。

「が?」

「ガチ恋キタァァァァァァァァァァァんがふふっ!!」

 メイリンが突然立ち上がりマッスルポーズ(フロントダブルバイセップス)で奇声を上げるのを、その口にやや冷めたフリッターを詰めて黙らせる。

「バカにしてんのかお前は!」

「してないしてない、むしろ専門! 真剣でっす! エドっちがイオりんに選んでもらえるかは分からないけど、その恋が本気なら応援はするよ!」

 フリッターをもがもが咀嚼しながらメイリンはえらい勢いで喋り出す。

「どわっ、汚っ! お前は口のモノを飲み込んでから喋りなさい!」

「ははははっ! エド先輩のガチ恋、マイロ後輩も応援してまーす!」

 メイリンが飛ばした食べかすを払っていると、マイロまで手の平を返す。
 さっきまで諦めろとか玉砕とか言ってたくせに何なんだ。

「ねぇマイロっち、エドっちのあんな顔初めて見たね~」

「ですね~、恋って人を変えるんですね~」

 俺の動揺をよそに、きゃっきゃっと笑いあう二人。

「おっお前ら、面白がってんじゃないだろうな! あと、この話はイオには絶対に内――」

「俺がなんだって?」

「ほわぁぁぁぁぁぁ!? いっイオ? なんでココに!?」

 振り返ると、俺の想い人がキョトンと小首をかしげて立っていた。

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