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1章
15.風呂と青年と青年
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扉を開けると、白い石で組まれた大きな浴槽が目に飛び込む。
「おぉー! 湯船でかい! 岩盤浴っぽいのもある!」
想像以上に立派な宿の風呂に、元風呂好き日本人の血が騒ぎ、俺は思わず浮かれてしまう。
「コラ、あんまりはしゃぐと滑って転ぶぞ!」
そんな俺に苦笑しながら、後ろにいたエドも風呂場に足を踏み入れた。
「しっかし、イオがそんなに風呂好きだったなんて、俺は知らなかったんだが?」
「あれ、言った事なかったっけ? 風呂も温泉も大好きだし、マーナムの俺んち浴槽あるぞ」
「……聞いてないっての」
一拍の間の後の、拗ねたような声音に俺はおや? と首を捻るが、エドが何事も無かったように洗い場に向かったのでそれに続いた。
「つーか。マーナムの物件で浴槽付きとは、えらい珍しいな」
腰に巻いていたタオルをシャワーブースのタオル掛けにかけ、エドはシャワーのコックをキュッキュッと捻る。
「そーだろー」
答えながら、俺もエドに習い腰のタオルをタオル掛けにかけた。
このエルドラド国は、風呂はシャワーのみという文化圏のため、よほどのお金持ちでも無い限り個人宅のシャワールームに浴槽が付く事はまずない。
しかも俺が借りている部屋は単身者用のため、小さいシャワールームがある程度が一般的なのだが、前の住人が風呂好きで勝手にリノベーションしてしまったらしく、妙に立派な浴槽が付いていた。
そのせいで浴槽を必要としない人には掃除が面倒な物件となり、大家さんは次の借り手がつかないと困っていたのだ。
兎にも角にも、空き部屋にするのは勿体無いと賃料を下げた所に、俺がマーナムにやって来て風呂付きの部屋を通常よりも安く借りられた。と、言う感じである。
風呂付きな上に家賃が少し安いとか、本当に最高だよな!
「住まい選びは、そこが決め手でしたっ」
「ははっ、ギルドから妙に遠いトコに住んでるなーと思っていたが、そんな理由があったのか」
俺がキリッとした顔を作れば、エドが笑う声が風呂場に響いた。
掃討作戦を終え、俺たちがダンジョンから王都に戻った時には既に太陽は西に傾いていた。
戻ったその足でギルドに寄り依頼達成の報告を済ませた後、すぐに夕飯に行こうと話していたのだが三人とも土埃でかなり汚れていたため、一度宿に戻りひと風呂浴びようと相成ったのだ。
ちなみに、今の時間は俺たちのパーティの貸切で、のびのび風呂に入れるのが最高にありがたい。
俺はまず頭をザザッと洗い、長い襟足の髪を適当に括る。
つぎに持参した粗めのボディタオルに備え付けの石鹸を擦り、せっせと泡を作る。泡がモコモコになったら全身に満遍なく乗せ、今度はゴシゴシと体の上から下へと擦っていく。
足の裏までしっかり洗い終わり、俺が満足して顔を上げると、少し眉根を寄せてこちらを見ていたエドと目が合った。
「ん、どうした?」
「へ? あ、いや。その、そんな粗いタオルで擦ったら肌を痛めるんじゃないかと思ってだな……」
エドの言葉に、あぁなるほどと俺は納得する。
確かにエドの手にあるボディタオルは質の良い柔らかそうなモノだ。
「いんや。これがさっぱりして気持ち良いんだよ。あ、ちょっと待ってて」
俺は自分の泡にまみれたボディタオルを綺麗に洗い、先ほどと同じ要領で新たに泡を作った。
「はい、準備完了。お背中ながしまーす!」
「はっ、はぁぁあ!?」
俺がモコモコの泡を両手に言えば、エドは素っ頓狂な声をだす。
「あれ? 子供の頃とかやってもらった事無い?」
「い、いや……そうじゃなくて、そんな事を気軽にしては駄目ではないかと言うか」
エドの声はしりつぼみに聞こえなくなって、その歯切れの悪さと、微妙な顔に俺はピンとくる。
ははーん、そういう事ね。
「残念ながらエド先輩の考えてる様な、恋人さんとの如何わしいのじゃ無いですよ? はい、こっち来て背中向けて」
言いながら、その筋肉がしっかり付きつつも不思議と無骨な印象を受けないエドの腕を掴んで引き寄せ、俺の前に背を向かせる。
「なっ! おっおまっ」
「あははっ、エドってば慌て過ぎだし! 分かった、分かった。まずは優しめに擦るから力加減足りなかったら言ってくれ」
「ったく、お前、絶対に勘違いしてるからな!」
まだ何か言ってるエドを宥めつつ、泡立てたボディタオルで首筋から小さな円を描くようにクルクルと擦り、その広い背中を洗う。
クルクルゴシゴシと丁寧に洗っていくうちに、エドの背中からいい感じに力が抜けてきた。
「おぉ……これは、コレは、確かにイイ」
「だろー? 粗めタオルに慣れると他のじゃ物足りなくなるだよなぁ」
「でもお前、毎日コレで擦ると皮膚が乾燥するからほどほどにな」
「そこは上手くやるんですよ。ってか、エドの背中めっちゃ綺麗で意外つーか」
右手で背中を洗いながら、空いた左手の人差し指でシミひとつない広背筋をツーっと撫でると、エドの背中がビクッと跳ねた。
「どわっ、ちょっ! 」
「ぶはははっ、なーに焦ってんだよ! エド先輩ってばなになに~、どうかした?」
「おっお前なぁ、もう良い俺もやる!」
「ふへ?」
エドの反応にしてやったりとゲラゲラ笑っていれば、耳を赤くして振り返ったエドにボディタオルを奪われ、そのまま背中を取られた俺はそれはもう力の限りゴッシゴシと背中を擦られる。
「いっだだだだだ! 痛い! 馬鹿エド、力加減考えろよ!」
案の定、真っ赤になった背中に涙目で「酷い!」っと、エドに抗議をすれば「人を揶揄うのが悪い!」と言いながらも回復魔法を俺の背にかけた。
***
「あ゛~っ、生き返る~」
少し熱めの湯に浸かり手足を伸ばすと、今日の疲れがほぐれて気持ちがいい。
「お前はおっさんか」
先に湯船に浸かり、俺の隣で浴槽のヘリに両肘を乗せたエドのツッコミが入る。
「風呂はですねぇ、命の洗濯なんですよ~」
「ふーん、言い得て妙だな。人間の諺か?」
「そんなところです」
湯船に浸かる前にひと騒動あったものの、湯に浸かればそれも洗い流される。やはり風呂は良いものだ。
そして風呂に入りながら話すのは、やはり本日の掃討作戦についてだった。
「結局アレは何だったんだろうなぁ。他の現場でも、小物を沢山倒してたら大物が出たんだろ?」
話しながら手指を組んで作った水鉄砲でエドの顔に風呂の湯をピッピッと飛ばすと、エドは俺よりも大きな手で作った水鉄砲で、倍々返しの湯量をバシュッバシュッと俺の顔に飛ばす。
エドはびしょびしょになった俺の顔を見てニヤリと笑い、そのまま会話を続ける。
「あぁ、そうみたいだな。因果関係はハッキリしてないが、北と西でもそれぞれA級岩竜と、同じくA級コカトリスが出たらしい。ただ、現れた大物の属性傾向に類似点があるのが気になるな。偶然か、何か関係があるのか……」
そう言ったきり考え込むエドの横顔に、俺の水鉄砲で濡れて艶を増した髪がパラリと落ちる。
そのアッシュブロンドから滴る水滴に見入っていれば、そんな俺に気付いたエドと目があった。
「ん、何だ?」
「あっいや、エドって考え事してると頭良さそうに見えるなぁって」
「何だよ普段はバカっぽいとでも言うのか?」
見ていた事がバレて思わず適当な、だが日頃から抱いていた感想でお茶を濁せば、嫌味と勘違いしたエドがジト目で俺にガンを飛ばす。
こいつはとことんお耽美でたおやか~って、世間がイメージするエルフ像を壊す男であるな。
「ふふ、ごめんって」
そう言う意味じゃないんだけどなぁと思いつつ曖昧に笑えば「そこは即座に否定しろよな!」と、エドは唇をすこし尖らせてむくれる。
その妙にかわいい仕草に、俺の口角は思わず上がる。実はも何も、俺はエドのハンサム顔が結構好きなのだ。
本人に言った事は無いし、言ったらふんぞり返りそうなので言うつもりもないけど。
「ったく。そう言えば、イオが倒した土竜とバジリスクの鑑定見たか?」
「まだ見てない。携帯に届いてた?」
「あぁ、さっき風呂に来る前にチラ見したんだが、土竜がA級でバジリスクがAA級だったみたいだぞ。お手柄だったな!」
そう言ってエドは、俺の頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。
どうやらギルドから今日の討伐の成果詳細が携帯端末に届いていたらしい。
今日みたいな大人数で協力して達成する依頼は、ギルドの世話役が派遣されて現場の記録や監視、目立った功績を残したハンターの評価などを査定してくれるのだ。
「あのバジリスクAA級だったのかー、でも土竜はエドに庇われちゃったし、トドメはどっちもテオに手伝われたんで、まるっと俺の手柄という訳ではないんだけど良いのかな?」
おそらく、今回で俺の遂行実績の点数はかなり稼げてしまっただろう。
点数自体は昇級するのにも必要で大事なモノなのだが、ハンターは実績から見た戦闘力で振り分けられる仕事もあるため、能力以上の評価は危険があり俺は素直に喜べない。
「まぁ細かい事は気にすんなって、運も実力のうちさ。やばそうな依頼は俺やメイリンが手伝ってやるから心配すんなって」
俺が思案していれば、エドがパチンと様になったウィンクを飛ばして来ので、俺は迷わずそのご尊顔に水鉄砲でピッピッと湯をかけた。
「ぶっ! おまっ何すんだよ」
「ウィンクが様になりすぎて癪」
「理不尽かよ! 顔が良いって素直に褒めろっつーの!」
俺にかけられた湯を片手で軽く拭いながら、エドが「俺の顔が良いばかりに……」とぼやくのは無視した。
まったく、その良い顔で優しい台詞ウィンク付きとか俺だからちょっと照れ臭いだけで済んでるけど、エドに好意持ってる奴だったらイチコロなんだからな!
俺がこれだからモテる奴はと、半眼でエドの横顔を眺めていれば、エドは「そう言えば」と、こちらに視線を向けた。
「顔が良いと言えばイオの弟殿も、なかなかお目にかからない美形だったな」
「あ? あー、まぁ確かにテオは……」
エドとタメ張れるくらい容姿が整ってるが、その系統はだいぶ違う。さしずめテオが月ならエドは太陽だろうか。
どうにも顔面偏差値が高いらしいこの世界においても二人が並んだ絵面は、なかなかに圧巻であった。
「って、そうじゃなくて! 今日はテオが失礼を言って申し訳無かった。兄として謝罪する。言い訳みたいになるけど、あいつ基本的に出来は良いんだけど、俺が絡むと色々残念になるからさ」
「気にすんなって、俺は気にしてない。まぁどちらかと言えば、お前らの仲が良すぎてそっちの方が気になったかな?」
昼間の一件を思い出し、俺が頭を下げるがエドは気にした風もなくひらりと手を軽く振った。
しかし、テオと俺の兄弟仲には関心を持ってしまった様で……まぁテオのあの癖の強さ見れば、気になる気持ちも分かる。
「いや~、昔は仲良かったけど今は胸を張って仲良しとは言えないような……」
と言いつつ、自分よりデカくなった弟をハグして宥めすかしたあのシーンだけ見れば確かに、見ようによっては仲が良いようにも見えなくは無いかもしれないが、隙あらば義理とは言え兄である俺と籍を入れようとする奴だからな!
「何と言いますか、雛の刷り込みなんだよ。テオも子供の頃に訳ありで同じ養父のトコに預けられたんだけど、父上がかなり大雑把な人でさ、テオは子供の頃すごく繊細な子だったからこれはイカンと思った俺が、おはようからおやすみまで面倒見まくったら、あの様なお兄ちゃん大好き奴に育っちゃって……」
説明しながら俺はテオとの今後の接し方を思って頭が痛くなる。
まぁ、そこは追々考えよう。追々……な。
「ふーん、それで籍を入れるとか入れないとか言ってたのか。っでイオはその、するのか? テオと結婚」
「って、そこから聞いてたんかーい! 結婚なんかしない! あいつは義とは言え弟だぞ? クソッ、エドってホント耳いいよな!」
唐突に家族のデリケートな問題を突かれ、きっと真っ赤になっただろう自分の顔を隠そうと、俺はバシャンと鼻先まで湯に潜る。穴があったら入りたいとはこの事だ。
「……」
「……」
「…………イオ」
「ん?」
俺の口が湯の中に沈んでいた為しばらく沈黙が続いたが、ふいに名を呼ばれ湯から顔を引き上げると目と鼻の先にエドの顔があった。
黒い瞳孔を金環が囲み、虹彩は澄んだ空か南国の海のような美しい水色で……そんなエドの瞳にいつもと違う色が差していて、それが映り込んだ自分の瞳の色だと気が付いた時には、近くに寄りすぎた瞳から焦点が外れーー
ーーちゅっ
キスをされた。
昼にテオからされたようなディープなモノではなく、触れたか触れないか分かんないような可愛いやつだ。
「なんで避けなかった?」
「あっ、いやエドの目って綺麗だなぁって、思って?」
嘘偽りなくその瞳の美しさに見惚れていたので、ありのままを答える俺の目を、エドはジトォっと覗き込んだ後、盛大なため息をつき浴槽のふちにうつ伏せくぐもった声で言う。
「……………………ハァァ~、お前、俺のこと好きだろ?」
その怠そうな様子に、キスしたのはそっちなのに不服そうにするとは失礼な奴だな! と、流石に俺もムッとする。
「はいはい、お友達として大好きですよ~。今日も庇ってくれてありがとうございました。ってか、今キスする必要性なかったよな? いい加減、こう言う風に俺をからかうのやめろよなっ」
言いながらビシッ! と、エドの伏せた頭に裏拳を入れた。
「……はぁ、イオりんがつれない」
「あんま悪ふざけすると俺だって怒るからな」
「へーい」
思ったより反応が薄くおや? っと思いながら続けると、エドは気の無い返事をして湯から上がり、洗い場に置いておいたタオルで体をざっと拭く。
「なぁエド。本当にさ、もうあんま俺のこと庇ったりするなよ。俺のせいでエドが怪我するの嫌だし」
「それは俺の勝手だからいーの、先に出てるな」
その広い背中に、俺は少しだけ神妙に声をかけたのだが、エドは振り返らず片手を上げて風呂場から出て行った。
「おぉー! 湯船でかい! 岩盤浴っぽいのもある!」
想像以上に立派な宿の風呂に、元風呂好き日本人の血が騒ぎ、俺は思わず浮かれてしまう。
「コラ、あんまりはしゃぐと滑って転ぶぞ!」
そんな俺に苦笑しながら、後ろにいたエドも風呂場に足を踏み入れた。
「しっかし、イオがそんなに風呂好きだったなんて、俺は知らなかったんだが?」
「あれ、言った事なかったっけ? 風呂も温泉も大好きだし、マーナムの俺んち浴槽あるぞ」
「……聞いてないっての」
一拍の間の後の、拗ねたような声音に俺はおや? と首を捻るが、エドが何事も無かったように洗い場に向かったのでそれに続いた。
「つーか。マーナムの物件で浴槽付きとは、えらい珍しいな」
腰に巻いていたタオルをシャワーブースのタオル掛けにかけ、エドはシャワーのコックをキュッキュッと捻る。
「そーだろー」
答えながら、俺もエドに習い腰のタオルをタオル掛けにかけた。
このエルドラド国は、風呂はシャワーのみという文化圏のため、よほどのお金持ちでも無い限り個人宅のシャワールームに浴槽が付く事はまずない。
しかも俺が借りている部屋は単身者用のため、小さいシャワールームがある程度が一般的なのだが、前の住人が風呂好きで勝手にリノベーションしてしまったらしく、妙に立派な浴槽が付いていた。
そのせいで浴槽を必要としない人には掃除が面倒な物件となり、大家さんは次の借り手がつかないと困っていたのだ。
兎にも角にも、空き部屋にするのは勿体無いと賃料を下げた所に、俺がマーナムにやって来て風呂付きの部屋を通常よりも安く借りられた。と、言う感じである。
風呂付きな上に家賃が少し安いとか、本当に最高だよな!
「住まい選びは、そこが決め手でしたっ」
「ははっ、ギルドから妙に遠いトコに住んでるなーと思っていたが、そんな理由があったのか」
俺がキリッとした顔を作れば、エドが笑う声が風呂場に響いた。
掃討作戦を終え、俺たちがダンジョンから王都に戻った時には既に太陽は西に傾いていた。
戻ったその足でギルドに寄り依頼達成の報告を済ませた後、すぐに夕飯に行こうと話していたのだが三人とも土埃でかなり汚れていたため、一度宿に戻りひと風呂浴びようと相成ったのだ。
ちなみに、今の時間は俺たちのパーティの貸切で、のびのび風呂に入れるのが最高にありがたい。
俺はまず頭をザザッと洗い、長い襟足の髪を適当に括る。
つぎに持参した粗めのボディタオルに備え付けの石鹸を擦り、せっせと泡を作る。泡がモコモコになったら全身に満遍なく乗せ、今度はゴシゴシと体の上から下へと擦っていく。
足の裏までしっかり洗い終わり、俺が満足して顔を上げると、少し眉根を寄せてこちらを見ていたエドと目が合った。
「ん、どうした?」
「へ? あ、いや。その、そんな粗いタオルで擦ったら肌を痛めるんじゃないかと思ってだな……」
エドの言葉に、あぁなるほどと俺は納得する。
確かにエドの手にあるボディタオルは質の良い柔らかそうなモノだ。
「いんや。これがさっぱりして気持ち良いんだよ。あ、ちょっと待ってて」
俺は自分の泡にまみれたボディタオルを綺麗に洗い、先ほどと同じ要領で新たに泡を作った。
「はい、準備完了。お背中ながしまーす!」
「はっ、はぁぁあ!?」
俺がモコモコの泡を両手に言えば、エドは素っ頓狂な声をだす。
「あれ? 子供の頃とかやってもらった事無い?」
「い、いや……そうじゃなくて、そんな事を気軽にしては駄目ではないかと言うか」
エドの声はしりつぼみに聞こえなくなって、その歯切れの悪さと、微妙な顔に俺はピンとくる。
ははーん、そういう事ね。
「残念ながらエド先輩の考えてる様な、恋人さんとの如何わしいのじゃ無いですよ? はい、こっち来て背中向けて」
言いながら、その筋肉がしっかり付きつつも不思議と無骨な印象を受けないエドの腕を掴んで引き寄せ、俺の前に背を向かせる。
「なっ! おっおまっ」
「あははっ、エドってば慌て過ぎだし! 分かった、分かった。まずは優しめに擦るから力加減足りなかったら言ってくれ」
「ったく、お前、絶対に勘違いしてるからな!」
まだ何か言ってるエドを宥めつつ、泡立てたボディタオルで首筋から小さな円を描くようにクルクルと擦り、その広い背中を洗う。
クルクルゴシゴシと丁寧に洗っていくうちに、エドの背中からいい感じに力が抜けてきた。
「おぉ……これは、コレは、確かにイイ」
「だろー? 粗めタオルに慣れると他のじゃ物足りなくなるだよなぁ」
「でもお前、毎日コレで擦ると皮膚が乾燥するからほどほどにな」
「そこは上手くやるんですよ。ってか、エドの背中めっちゃ綺麗で意外つーか」
右手で背中を洗いながら、空いた左手の人差し指でシミひとつない広背筋をツーっと撫でると、エドの背中がビクッと跳ねた。
「どわっ、ちょっ! 」
「ぶはははっ、なーに焦ってんだよ! エド先輩ってばなになに~、どうかした?」
「おっお前なぁ、もう良い俺もやる!」
「ふへ?」
エドの反応にしてやったりとゲラゲラ笑っていれば、耳を赤くして振り返ったエドにボディタオルを奪われ、そのまま背中を取られた俺はそれはもう力の限りゴッシゴシと背中を擦られる。
「いっだだだだだ! 痛い! 馬鹿エド、力加減考えろよ!」
案の定、真っ赤になった背中に涙目で「酷い!」っと、エドに抗議をすれば「人を揶揄うのが悪い!」と言いながらも回復魔法を俺の背にかけた。
***
「あ゛~っ、生き返る~」
少し熱めの湯に浸かり手足を伸ばすと、今日の疲れがほぐれて気持ちがいい。
「お前はおっさんか」
先に湯船に浸かり、俺の隣で浴槽のヘリに両肘を乗せたエドのツッコミが入る。
「風呂はですねぇ、命の洗濯なんですよ~」
「ふーん、言い得て妙だな。人間の諺か?」
「そんなところです」
湯船に浸かる前にひと騒動あったものの、湯に浸かればそれも洗い流される。やはり風呂は良いものだ。
そして風呂に入りながら話すのは、やはり本日の掃討作戦についてだった。
「結局アレは何だったんだろうなぁ。他の現場でも、小物を沢山倒してたら大物が出たんだろ?」
話しながら手指を組んで作った水鉄砲でエドの顔に風呂の湯をピッピッと飛ばすと、エドは俺よりも大きな手で作った水鉄砲で、倍々返しの湯量をバシュッバシュッと俺の顔に飛ばす。
エドはびしょびしょになった俺の顔を見てニヤリと笑い、そのまま会話を続ける。
「あぁ、そうみたいだな。因果関係はハッキリしてないが、北と西でもそれぞれA級岩竜と、同じくA級コカトリスが出たらしい。ただ、現れた大物の属性傾向に類似点があるのが気になるな。偶然か、何か関係があるのか……」
そう言ったきり考え込むエドの横顔に、俺の水鉄砲で濡れて艶を増した髪がパラリと落ちる。
そのアッシュブロンドから滴る水滴に見入っていれば、そんな俺に気付いたエドと目があった。
「ん、何だ?」
「あっいや、エドって考え事してると頭良さそうに見えるなぁって」
「何だよ普段はバカっぽいとでも言うのか?」
見ていた事がバレて思わず適当な、だが日頃から抱いていた感想でお茶を濁せば、嫌味と勘違いしたエドがジト目で俺にガンを飛ばす。
こいつはとことんお耽美でたおやか~って、世間がイメージするエルフ像を壊す男であるな。
「ふふ、ごめんって」
そう言う意味じゃないんだけどなぁと思いつつ曖昧に笑えば「そこは即座に否定しろよな!」と、エドは唇をすこし尖らせてむくれる。
その妙にかわいい仕草に、俺の口角は思わず上がる。実はも何も、俺はエドのハンサム顔が結構好きなのだ。
本人に言った事は無いし、言ったらふんぞり返りそうなので言うつもりもないけど。
「ったく。そう言えば、イオが倒した土竜とバジリスクの鑑定見たか?」
「まだ見てない。携帯に届いてた?」
「あぁ、さっき風呂に来る前にチラ見したんだが、土竜がA級でバジリスクがAA級だったみたいだぞ。お手柄だったな!」
そう言ってエドは、俺の頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。
どうやらギルドから今日の討伐の成果詳細が携帯端末に届いていたらしい。
今日みたいな大人数で協力して達成する依頼は、ギルドの世話役が派遣されて現場の記録や監視、目立った功績を残したハンターの評価などを査定してくれるのだ。
「あのバジリスクAA級だったのかー、でも土竜はエドに庇われちゃったし、トドメはどっちもテオに手伝われたんで、まるっと俺の手柄という訳ではないんだけど良いのかな?」
おそらく、今回で俺の遂行実績の点数はかなり稼げてしまっただろう。
点数自体は昇級するのにも必要で大事なモノなのだが、ハンターは実績から見た戦闘力で振り分けられる仕事もあるため、能力以上の評価は危険があり俺は素直に喜べない。
「まぁ細かい事は気にすんなって、運も実力のうちさ。やばそうな依頼は俺やメイリンが手伝ってやるから心配すんなって」
俺が思案していれば、エドがパチンと様になったウィンクを飛ばして来ので、俺は迷わずそのご尊顔に水鉄砲でピッピッと湯をかけた。
「ぶっ! おまっ何すんだよ」
「ウィンクが様になりすぎて癪」
「理不尽かよ! 顔が良いって素直に褒めろっつーの!」
俺にかけられた湯を片手で軽く拭いながら、エドが「俺の顔が良いばかりに……」とぼやくのは無視した。
まったく、その良い顔で優しい台詞ウィンク付きとか俺だからちょっと照れ臭いだけで済んでるけど、エドに好意持ってる奴だったらイチコロなんだからな!
俺がこれだからモテる奴はと、半眼でエドの横顔を眺めていれば、エドは「そう言えば」と、こちらに視線を向けた。
「顔が良いと言えばイオの弟殿も、なかなかお目にかからない美形だったな」
「あ? あー、まぁ確かにテオは……」
エドとタメ張れるくらい容姿が整ってるが、その系統はだいぶ違う。さしずめテオが月ならエドは太陽だろうか。
どうにも顔面偏差値が高いらしいこの世界においても二人が並んだ絵面は、なかなかに圧巻であった。
「って、そうじゃなくて! 今日はテオが失礼を言って申し訳無かった。兄として謝罪する。言い訳みたいになるけど、あいつ基本的に出来は良いんだけど、俺が絡むと色々残念になるからさ」
「気にすんなって、俺は気にしてない。まぁどちらかと言えば、お前らの仲が良すぎてそっちの方が気になったかな?」
昼間の一件を思い出し、俺が頭を下げるがエドは気にした風もなくひらりと手を軽く振った。
しかし、テオと俺の兄弟仲には関心を持ってしまった様で……まぁテオのあの癖の強さ見れば、気になる気持ちも分かる。
「いや~、昔は仲良かったけど今は胸を張って仲良しとは言えないような……」
と言いつつ、自分よりデカくなった弟をハグして宥めすかしたあのシーンだけ見れば確かに、見ようによっては仲が良いようにも見えなくは無いかもしれないが、隙あらば義理とは言え兄である俺と籍を入れようとする奴だからな!
「何と言いますか、雛の刷り込みなんだよ。テオも子供の頃に訳ありで同じ養父のトコに預けられたんだけど、父上がかなり大雑把な人でさ、テオは子供の頃すごく繊細な子だったからこれはイカンと思った俺が、おはようからおやすみまで面倒見まくったら、あの様なお兄ちゃん大好き奴に育っちゃって……」
説明しながら俺はテオとの今後の接し方を思って頭が痛くなる。
まぁ、そこは追々考えよう。追々……な。
「ふーん、それで籍を入れるとか入れないとか言ってたのか。っでイオはその、するのか? テオと結婚」
「って、そこから聞いてたんかーい! 結婚なんかしない! あいつは義とは言え弟だぞ? クソッ、エドってホント耳いいよな!」
唐突に家族のデリケートな問題を突かれ、きっと真っ赤になっただろう自分の顔を隠そうと、俺はバシャンと鼻先まで湯に潜る。穴があったら入りたいとはこの事だ。
「……」
「……」
「…………イオ」
「ん?」
俺の口が湯の中に沈んでいた為しばらく沈黙が続いたが、ふいに名を呼ばれ湯から顔を引き上げると目と鼻の先にエドの顔があった。
黒い瞳孔を金環が囲み、虹彩は澄んだ空か南国の海のような美しい水色で……そんなエドの瞳にいつもと違う色が差していて、それが映り込んだ自分の瞳の色だと気が付いた時には、近くに寄りすぎた瞳から焦点が外れーー
ーーちゅっ
キスをされた。
昼にテオからされたようなディープなモノではなく、触れたか触れないか分かんないような可愛いやつだ。
「なんで避けなかった?」
「あっ、いやエドの目って綺麗だなぁって、思って?」
嘘偽りなくその瞳の美しさに見惚れていたので、ありのままを答える俺の目を、エドはジトォっと覗き込んだ後、盛大なため息をつき浴槽のふちにうつ伏せくぐもった声で言う。
「……………………ハァァ~、お前、俺のこと好きだろ?」
その怠そうな様子に、キスしたのはそっちなのに不服そうにするとは失礼な奴だな! と、流石に俺もムッとする。
「はいはい、お友達として大好きですよ~。今日も庇ってくれてありがとうございました。ってか、今キスする必要性なかったよな? いい加減、こう言う風に俺をからかうのやめろよなっ」
言いながらビシッ! と、エドの伏せた頭に裏拳を入れた。
「……はぁ、イオりんがつれない」
「あんま悪ふざけすると俺だって怒るからな」
「へーい」
思ったより反応が薄くおや? っと思いながら続けると、エドは気の無い返事をして湯から上がり、洗い場に置いておいたタオルで体をざっと拭く。
「なぁエド。本当にさ、もうあんま俺のこと庇ったりするなよ。俺のせいでエドが怪我するの嫌だし」
「それは俺の勝手だからいーの、先に出てるな」
その広い背中に、俺は少しだけ神妙に声をかけたのだが、エドは振り返らず片手を上げて風呂場から出て行った。
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