仙年恋慕

鴨セイロ

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1章

09.馬車にゆられて

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 俺たちが第五部隊の馬車につくと、他のハンターたちは既に馬車に乗り込んでいた。

「おっせーぞ! っとに、最近の若いもんは」

 立派な髭をたくわえたゴツイおっさんこと第五部隊隊長に開口一番小言をもらう。

「すみませーん! 以後気を付けまっす」

 メイリンが軽い調子で謝罪をし、俺とエドは黙って軽く会釈をしその後に続く。
 こういう時は若い女の子の勢いで乗り切るに限るのだ。案の定、おっさんは見た目は美人なメイリンの笑顔に気をよくして「次は気をつけろよ」と言い、それ以上の小言をもらうことはなかった。

 俺たちが馬車に乗り込みしばらくすると、出発の鐘が鳴らされ第一部隊の馬車から動き出した。
 目指すは古代都市ドダンの地下ダンジョンだ。

 目的地のダンジョンまでは馬車で片道二時間ほどで、道中の時間を使って簡単なミーティングを済ます。

「ダンジョンから溢れたモンスターは、ダンジョン出入り口を中心に半径三キロほどの円を描くように張られた結界の中に閉じ込められている。俺たちが到着し配置につき次第、結界は解除されるので各個目の前の敵を殲滅、また不測の事態に備えてなるべく二人以上で行動すること」

「あのー、不測の事態ってやっぱりこの掃討作戦って何か問題があるんですか?」

 眼鏡をかけた龍人の魔導戦士風の男が隊長に質問をした。

「おぅ、どうも結界内の低級モンスターの数が増えたり減っているらしい。っで、減った地域では今までいた奴らと縁のゆかりもない上級モンスターが現れたりと、規則性のない不自然なモンスターの発生の仕方をしていてだな、学者先生方の意見を参考に当初より警戒レベルが引き上げられたそうだ」

 そう説明した隊長は、ちょっと考える様に立派な髭を撫でつける。
 基本的に隊長職はギルドから指名されたA級以上のベテランハンターがつくのだが、多少、依頼料に色がつくとはいえ基本的には面倒な役回りなので隊長を引き受ける様な者は面倒見が良いか、威張り散らしたいかのどちらかのタイプだが、この度の五部隊の髭の隊長オジロさんは前者のようだなぁと感じだ。

「ふーん、過食進化っぽいけど縁もゆかりもないモンスターが……ってなると違うよなぁ」

 隊長の話を聞いたエドが呟く。
 そう言えば以前、一緒にダンジョンへ入った時にそんな話を聞いたことがあったな。

「おっエルフの坊主よく知ってるな、同種を短期間に共食いしまくると本来ならあり得ない急激な進化をして、その能力も倍々の同族の上級種になるとかいうやつだな」

 隊長の言葉にエドがうなずく。

「斥候の報告ではそういった過食進化した個体は観測されていないらしくてなぁ~、だが油断して全滅なんてこの業界ざらにある話だからな! 念の為に警戒は怠るなって上からの指示もある。まっ、ここに居るやつらはC級以上のハンターだから簡単に死にやしねえとは思うが……。お前ら、気を抜くなよ!」


 ***


 その後、隊長からの細々とした指示も終わり、ダンジョンに到着まで手持無沙汰になった殆どのハンターは、背もたれに寄りかかって仮眠をとっている。ギルドが用意した馬車は十人近くがゆったりと乗れる大型のもので、左右対面式の座席に簡単な背もたれが付いた中々に気が利いたモノだった。

「ねぇ君ってさ、魔導士? それとも格闘家?」

 俺も例にもれず船を漕いでいると、隣に座っている若い剣士風の男から声をかけられた。マーナムでは見ない顔なので、王都を拠点としているハンターかもしれない。
 そのピンと立った耳から察するに多分、犬獣人の上位種と言われる餓狼族だろう。

「えっと、俺は混合タイプなんですがどちらかと言えば格闘家かなぁ。魔法とかもある程度は」

 仙人はこのファンタジーな世界でも割と稀有な存在らしく余計な事に巻き込まれない様、やたらめったら正体を口外するなと師匠に言われているため、この場は適当にぼやかす。まぁ、マーナムのハンターなら誰でも俺が仙人だって知ってるけどな。

「ふーん、なるほどね。あまり見かけない服装と言うか装備だったから気になって」

「あぁ、確かに防御力とか全くなさそうですもんね俺の服、でもこんな見掛けだけどそこら辺の下位防具よりはそこそこの防御力あるんですよ」

 そこそこどころか、防御力さんがっつりある。
 本日の俺の装備はいつもの詰襟トップスに、ゆったりボトムとフード付きのジャケットで、今回の戦闘に備えて唯一増えた防具は手首から手の甲を守る布製の手甲くらいだ。自分で言うのもなんだが殆ど街歩きの恰好である。
 だが、俺の服は宝貝パオペエと呼ばれる仙人専用の道具の中でも、防御に特化した品から父上が作ってくれたモノだし、それに加え、戦闘に入れば身体強化の術や高位防御魔法も併用するので、防御力は上級ハンター並みである。
 まぁエド曰く元が脆い人間なので、獣人や古代種と比べるとやや頼りなくはあるだろうが……。

「へー魔導具の類なのかな?」

「まぁ、そんな感じです」

 俺は社交辞令の笑顔でさらっと流し、妙に食いついてくるこの男に警戒色を少し強める。
 ハンターは時と場合によっては敵同士になる事もある職業なため、自分の手の内を明かさないのは珍しい事ではない。

「そっか、君にとても似合ってるね。……ところで、お仲間の二人はどちらかが君の良い人なのかな?」

 俺の警戒に反して男は柔らかに微笑み、斜め上の言葉を吐いた。

「んんっ? あっ、えーっと、良い人って?」

 予想外の言葉にややテンパっていると、目じりを少し赤く染めた剣士風の男がずいっと俺の眼前に迫る。
 うっかり、なかなかの男前だなーとか思って見入っていたら反応が遅れてしまい、あっという間に鼻先が触れそうなくらいお互いの顔が近づいていた。もしかして、臭いを嗅がれているのか?

「あの、恋人って意味ならちーー」

「はい! 俺が彼氏でーす!」

 突然、力強い腕が俺を抱き寄せた。

「ちょっちょっちょっ エド!」

 剣士風の男とは反対側の俺の隣りで寝ていたはずのエドが、俺の肩をガシッと抱き寄せて、こめかみに唇を寄せたのが「チュッ」というリップ音でわかった。
 俺はエドの不意打ちにめちゃくちゃ焦って咄嗟に言葉が出てこない。

「そっかー残念。いや失礼した、君の恋人があまりにも魅力的だったからつい声をかけてしまったよ」

「いえいえ、こいつを褒められるのは俺としても嬉しいので」

 そう言ってにっこり笑うエドに少し苦笑した剣士風の男は「起こしてごめんね」と、俺に笑いかけてそのまま仮眠に戻った。

 俺抜きで会話は終了してしまうし、エドは俺を抱き寄せたまま眠りについてしまったし、居た堪れなくなってエドの反対隣りに座ってるメイリンに助けを求める様に視線をやれば、メイリンは狸寝入りをキメながら親指をビシィィィっと立てた。何のサインだよ。

 そうして皆が仮眠に入り馬車の走る音以外しなくなった空間で、声を上げてまで肩を離して欲しいとエドを起こすのは憚れ、まぁ少しくらい寄りかかっても良いかと思い直して、俺はエドの腕の中で仮眠に戻る。
 早朝の湿気を帯びた空気で冷えていた体に、自分より少し高いエドの体温が存外心地良かった。

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