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1章
08.朝露の王都をゆく
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まだ夜も明けないうちから俺とメイリン、エドの三人は東の門を目指して朝露に濡れる街を歩く。
ここエルドラド王国の王都エルドラは堅牢な城壁都市で、街に出入りする際は東西南のどこかしらの門からとなる。
北側は険しい山脈になっているため門はなく、その山脈を背に王様が住んでる白亜の城がそびえ立ち、まるで絵画のようなその荘厳な景観は、観光資源の一つとなっていた。
船を漕いでる門兵を「こいつ寝てんじゃない?」と言ってメイリンが突いて起こすのを苦笑しつつ、簡単なチェックを受け、東の門から街の外に出た。街を出るのは入るより容易なのだ。
逆に、街に入る時は転生前の世界で言うところの空港の入国審査のような手続きがあり、手荷物検査と身分証の提示をさせられるので常に順番待ちの列が出来て時間がかかる。
城壁を囲う堀にかかった跳ね橋を渡り、市街地から続く大通りをまっすぐ進むと道の左側には旅人や商人が利用する長距離馬車の停留所が立ち並び、右側には開店前のちょっとした商業施設と、朝早くから働く者をターゲットにした屋台がぎゅうぎゅうと軒を連ねていて、食欲をそそる匂いが辺りに立ち込めていた。
俺たちは買い込んだ屋台飯ーー味を付けた肉を串に刺し何層にも重ねた所で回転させながら炙り焼きにし、焼けた肉を削いでバケットで挟んだ食べ物……これ、十中八九ケバブだよなーーを、頬張りながら歩く。
しばらく歩いたところで馬車一両がやっと通れるくらいの道を曲がり、そこからまた十数分のんびり進むと整備された大広場に出た。
こちらにも門があるのだが一般人には開放されておらず、騎士団の遠征時や、今回のようなギルドの大規模討伐作戦時の集合場所として使われている。
広場にはギルドが手配した馬車がひしめき合っていて、既に到着していたハンター達が思い思いに時間をつぶしていた。
「えーっと、私たちの馬車はどこかな~」
「俺らは五部隊だから街道側の先頭グループだな」
どこかな~と言いつつ、自分で探す気のないメイリンにあらかじめ確認しておいた情報を与えるが、お気楽猫姉さんはそれすら右から左に聞き流している。あまりのぐだぐだっぷりに一人の時に、ちゃんと依頼をこなせてんのかと心配になる。級で言えばメイリンは俺より一つ上のA級のハンターなのだが、ホントどうやって昇級できたんだろな……。
「おい、あっち見てみろよ!」
先ほどから妙に静かだと思ったら、屋台で買った焼き菓子を齧っていたらしいエドがポンポンと俺とメイリンの肩を叩いた。
「んー、なになに?」
「あー、騎士団か。頭数足りないから参加するって言ってたもんな、あの様子だと一個小隊が出された感じかな?」
エドの指差す数十メートル程先には騎士団旗が掲げられた馬車が数両停まっていて、騎士達が粛々と遠征準備を進めている。
いや、実際は談笑とかしてる可能性もあるけど騎士補正でなんか真面目そうに見えるんだよ。
「うぉぉぉ! 騎士団だぁぁぁかっこいいい~! あの、出撃準備中の中途半端に鎧を着けた姿に萌えを感じずにはいられな~い!」
「この国の騎士団って、建国種の龍人や希少古代種が多く在籍してて世界でもトップクラスの戦力を誇るって言われてるんだよなぁ。んで、入団試験がかなり厳しいらしい」
「へー」
俺は騎士団がどうのよりエドの豆知識に感心する。
転生前の世界で言うと、どこの国の部隊がどう強いとかそんな知識がスルっと出てくる感じ。
「にゃ? エドだってエルフで古代種なんだから入れるんじゃない?」
「俺はエルフはエルフでもハーフエルフだからなぁ~、先達方的にどうなんだろ?」
ははっと笑いながらエドは肩を竦める。
そう、ここまでさらっと流してきたが、我が友エド青年はあのファンタジーと言えばで有名なエルフの血を引いている。しかし、世の中には混血の古代種をよく思わない純血の古代種がいるそうで、エドにも色々とあるらしい。
あまりそう言う事は言わない奴だけど……。
「うーん、確かにエドってエルフたんっぽい神秘的な美しさないよね。なんつーか透明感とか皆無じゃん。ハンサムさんなのは癪だが認めるけど、取っ付きやすい過ぎて気のいい近所の兄ちゃんって感じなのよねぇ」
「うっさい猫娘! エルフ=お耽美で美形ってのは幻想なんだよ! あと、今してるのは容姿の話しじゃねぇからな!」
言いつつメイリンの頭頂部に、ドスッと重ためな粛清チョップをキメるエド。
「み゛にゃん! いったーい! 一応褒めたのになんでチョップなのよぉぉぉ」
「こちとら年がら年中そのネタでお前におちょくられてるんだ! これぐらいの反撃は覚悟しとけ!」
「にぎぃぃぃ! 暴力反対~!」
「これぐらい屁でもないだろ、こんの石頭っ!」
そして始まる不毛な言い争い。お前たちはキッズかっ!
しかし、どうやらこちらの世界でも俺が転生前の世界で観たファンタジー映画に描かれていたように、エルフは神秘的で美しい種族として一般に認識されている様なのだが、エド曰く実際は人それぞれらしく、合コンみたいな場に呼ばれた時に「メンバーにハーフエルフ居るよって前情報で女の子達に伝えられると、期待値のハードル上げられて割と辛いんだよな」と、出会った頃にエドから愚痴られた事があった。
エドの名誉のために補足しておくと、メイリンの言うようにエドは結構なハンサムさんである。
落ち着いた色合いの金髪は襟足で刈り上げ、すっきりした精悍な顔立ちに一般的なエルフよりもやや控えめな尖った耳を持ち、百八十近くある俺より上背があって手も足も長いし、魔法も使うが拳も使う肉体派なのでガタイだって良い。それもゴリマッチョってわけじゃ無くて彫刻みたいな綺麗な体をしていて、正直、同性の俺でも見惚れる。
そして何より、その尖った耳よりも特徴的だな~と個人的に思っている瞳は空色で、真ん中には瞳孔を囲むように金環がさし色みたいに入っていて綺麗だ。
ちょっとお調子者だが、エドは人好きする笑顔がトレードマークの爽やかな好青年である。
まぁなんだ。つまり、見るからに逞しくて明るくて、森の妖精や賢者とか言われてる儚い美しいエルフ像とはちょっと、いや、かなりイメージが離れているのだ。
俺だって初めてエドに会った時はエルフってわからんかったしな、鬼人って言われる種族かなーって思ったもんな。
「もーほら、俺たちもそろそろ馬車に行かなきゃだろ!」
まだ何か言い合ってる二人に声をかけると、話題は騎士団に戻っていた様だ。
「えー、騎士団見に行こーよー!」
「一緒に写真撮らせてくれっかなー、俺ここの騎士団の鎧のデザイン結構好きなんだよな」
俺は「行こーよー」と言いつつ既に騎士団の方へ歩き出しているメイリンの襟首をむんずと鷲掴む。
「だーめーだ!」
「イオりんのケチンボ~!」
「ケチとかじゃなくて、そろそろ時間!」
「イオも一緒に写真撮ってもらおうぜ?」
エドまでメイリンと一緒になって何言ってんだよ! と、口を開こうとした瞬間だった――
「えっ」
視線を感じた。
強い、どこか既視感を感じる様なこれは……。
「あっやばい。五部隊の班長から『さっさと来い!(怒)』ってメッセージ来てた~!」
「げっマジだ! 急がねぇと減点されっぞ、ん? イオどうした?」
突然黙り込んだ俺にエドが振り返り顔を覗き込む。
「いや、何かいま視線が――」
「ほーら! 二人共もたもたしな~い!」
視線の出所と思われる騎士団周辺をぼんやりと眺める俺に、走り出したメイリンが声をかける。
「ったく、変わり身の早い猫娘め! ほら、行くぞイオ」
尚も反応の鈍い俺の腕を掴んでエドが走りだし、我らが五部隊の馬車に向かう。
エドに腕を引かれながら、俺は脳裏によぎった面影を軽く頭を振って打ち消す。
きっと気のせいだ、あいつがこんな所に居るはずがないもんな。
空はいつの間にか白みはじめていた。
ここエルドラド王国の王都エルドラは堅牢な城壁都市で、街に出入りする際は東西南のどこかしらの門からとなる。
北側は険しい山脈になっているため門はなく、その山脈を背に王様が住んでる白亜の城がそびえ立ち、まるで絵画のようなその荘厳な景観は、観光資源の一つとなっていた。
船を漕いでる門兵を「こいつ寝てんじゃない?」と言ってメイリンが突いて起こすのを苦笑しつつ、簡単なチェックを受け、東の門から街の外に出た。街を出るのは入るより容易なのだ。
逆に、街に入る時は転生前の世界で言うところの空港の入国審査のような手続きがあり、手荷物検査と身分証の提示をさせられるので常に順番待ちの列が出来て時間がかかる。
城壁を囲う堀にかかった跳ね橋を渡り、市街地から続く大通りをまっすぐ進むと道の左側には旅人や商人が利用する長距離馬車の停留所が立ち並び、右側には開店前のちょっとした商業施設と、朝早くから働く者をターゲットにした屋台がぎゅうぎゅうと軒を連ねていて、食欲をそそる匂いが辺りに立ち込めていた。
俺たちは買い込んだ屋台飯ーー味を付けた肉を串に刺し何層にも重ねた所で回転させながら炙り焼きにし、焼けた肉を削いでバケットで挟んだ食べ物……これ、十中八九ケバブだよなーーを、頬張りながら歩く。
しばらく歩いたところで馬車一両がやっと通れるくらいの道を曲がり、そこからまた十数分のんびり進むと整備された大広場に出た。
こちらにも門があるのだが一般人には開放されておらず、騎士団の遠征時や、今回のようなギルドの大規模討伐作戦時の集合場所として使われている。
広場にはギルドが手配した馬車がひしめき合っていて、既に到着していたハンター達が思い思いに時間をつぶしていた。
「えーっと、私たちの馬車はどこかな~」
「俺らは五部隊だから街道側の先頭グループだな」
どこかな~と言いつつ、自分で探す気のないメイリンにあらかじめ確認しておいた情報を与えるが、お気楽猫姉さんはそれすら右から左に聞き流している。あまりのぐだぐだっぷりに一人の時に、ちゃんと依頼をこなせてんのかと心配になる。級で言えばメイリンは俺より一つ上のA級のハンターなのだが、ホントどうやって昇級できたんだろな……。
「おい、あっち見てみろよ!」
先ほどから妙に静かだと思ったら、屋台で買った焼き菓子を齧っていたらしいエドがポンポンと俺とメイリンの肩を叩いた。
「んー、なになに?」
「あー、騎士団か。頭数足りないから参加するって言ってたもんな、あの様子だと一個小隊が出された感じかな?」
エドの指差す数十メートル程先には騎士団旗が掲げられた馬車が数両停まっていて、騎士達が粛々と遠征準備を進めている。
いや、実際は談笑とかしてる可能性もあるけど騎士補正でなんか真面目そうに見えるんだよ。
「うぉぉぉ! 騎士団だぁぁぁかっこいいい~! あの、出撃準備中の中途半端に鎧を着けた姿に萌えを感じずにはいられな~い!」
「この国の騎士団って、建国種の龍人や希少古代種が多く在籍してて世界でもトップクラスの戦力を誇るって言われてるんだよなぁ。んで、入団試験がかなり厳しいらしい」
「へー」
俺は騎士団がどうのよりエドの豆知識に感心する。
転生前の世界で言うと、どこの国の部隊がどう強いとかそんな知識がスルっと出てくる感じ。
「にゃ? エドだってエルフで古代種なんだから入れるんじゃない?」
「俺はエルフはエルフでもハーフエルフだからなぁ~、先達方的にどうなんだろ?」
ははっと笑いながらエドは肩を竦める。
そう、ここまでさらっと流してきたが、我が友エド青年はあのファンタジーと言えばで有名なエルフの血を引いている。しかし、世の中には混血の古代種をよく思わない純血の古代種がいるそうで、エドにも色々とあるらしい。
あまりそう言う事は言わない奴だけど……。
「うーん、確かにエドってエルフたんっぽい神秘的な美しさないよね。なんつーか透明感とか皆無じゃん。ハンサムさんなのは癪だが認めるけど、取っ付きやすい過ぎて気のいい近所の兄ちゃんって感じなのよねぇ」
「うっさい猫娘! エルフ=お耽美で美形ってのは幻想なんだよ! あと、今してるのは容姿の話しじゃねぇからな!」
言いつつメイリンの頭頂部に、ドスッと重ためな粛清チョップをキメるエド。
「み゛にゃん! いったーい! 一応褒めたのになんでチョップなのよぉぉぉ」
「こちとら年がら年中そのネタでお前におちょくられてるんだ! これぐらいの反撃は覚悟しとけ!」
「にぎぃぃぃ! 暴力反対~!」
「これぐらい屁でもないだろ、こんの石頭っ!」
そして始まる不毛な言い争い。お前たちはキッズかっ!
しかし、どうやらこちらの世界でも俺が転生前の世界で観たファンタジー映画に描かれていたように、エルフは神秘的で美しい種族として一般に認識されている様なのだが、エド曰く実際は人それぞれらしく、合コンみたいな場に呼ばれた時に「メンバーにハーフエルフ居るよって前情報で女の子達に伝えられると、期待値のハードル上げられて割と辛いんだよな」と、出会った頃にエドから愚痴られた事があった。
エドの名誉のために補足しておくと、メイリンの言うようにエドは結構なハンサムさんである。
落ち着いた色合いの金髪は襟足で刈り上げ、すっきりした精悍な顔立ちに一般的なエルフよりもやや控えめな尖った耳を持ち、百八十近くある俺より上背があって手も足も長いし、魔法も使うが拳も使う肉体派なのでガタイだって良い。それもゴリマッチョってわけじゃ無くて彫刻みたいな綺麗な体をしていて、正直、同性の俺でも見惚れる。
そして何より、その尖った耳よりも特徴的だな~と個人的に思っている瞳は空色で、真ん中には瞳孔を囲むように金環がさし色みたいに入っていて綺麗だ。
ちょっとお調子者だが、エドは人好きする笑顔がトレードマークの爽やかな好青年である。
まぁなんだ。つまり、見るからに逞しくて明るくて、森の妖精や賢者とか言われてる儚い美しいエルフ像とはちょっと、いや、かなりイメージが離れているのだ。
俺だって初めてエドに会った時はエルフってわからんかったしな、鬼人って言われる種族かなーって思ったもんな。
「もーほら、俺たちもそろそろ馬車に行かなきゃだろ!」
まだ何か言い合ってる二人に声をかけると、話題は騎士団に戻っていた様だ。
「えー、騎士団見に行こーよー!」
「一緒に写真撮らせてくれっかなー、俺ここの騎士団の鎧のデザイン結構好きなんだよな」
俺は「行こーよー」と言いつつ既に騎士団の方へ歩き出しているメイリンの襟首をむんずと鷲掴む。
「だーめーだ!」
「イオりんのケチンボ~!」
「ケチとかじゃなくて、そろそろ時間!」
「イオも一緒に写真撮ってもらおうぜ?」
エドまでメイリンと一緒になって何言ってんだよ! と、口を開こうとした瞬間だった――
「えっ」
視線を感じた。
強い、どこか既視感を感じる様なこれは……。
「あっやばい。五部隊の班長から『さっさと来い!(怒)』ってメッセージ来てた~!」
「げっマジだ! 急がねぇと減点されっぞ、ん? イオどうした?」
突然黙り込んだ俺にエドが振り返り顔を覗き込む。
「いや、何かいま視線が――」
「ほーら! 二人共もたもたしな~い!」
視線の出所と思われる騎士団周辺をぼんやりと眺める俺に、走り出したメイリンが声をかける。
「ったく、変わり身の早い猫娘め! ほら、行くぞイオ」
尚も反応の鈍い俺の腕を掴んでエドが走りだし、我らが五部隊の馬車に向かう。
エドに腕を引かれながら、俺は脳裏によぎった面影を軽く頭を振って打ち消す。
きっと気のせいだ、あいつがこんな所に居るはずがないもんな。
空はいつの間にか白みはじめていた。
応援ありがとうございます!
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