6 / 72
1章
06.王都エルドラ
しおりを挟む
二日後、俺とメイリンは地方都市マーナムから移動して王都エルドラにいた。
この世界の移動手段は乗り合い馬車が一般的で、俺たちも例にもれずマーナムから朝一の馬車に乗りお昼前にはエルドラに到着したのだがーー
「今日の馬車馬はなんか爬虫類と言うか、恐竜みたいだったな!」
そう。今日俺たちが乗った馬車は、馬車なのに明らかに馬じゃない、馬よりも大きな爬虫類の様な生き物が車を引いていた。勿論、普通の馬も居るのだが今日乗ってきたような大型の馬車や、速さを売りにしている場合に馬より力の強い生き物が車部分を引いてたりする。
この世界に転生して、こちらでの実家を出て結構経つがこういう所は何度でも驚くしワクワクしてしまう。
馬車から降りる時に、御者の兄ちゃんにお願いして恐竜みたいな馬車馬の頭を撫でさせてもらったら、猛禽類のような鋭い瞳を気持ちよさそうに細めて可愛かった。
小竜の一種で、マブルオオトカゲのマー君だと御者の兄ちゃんが教えてくれた。
「男ってヤツぁいくつになっても変わった馬車馬が好きだよねぇ~」
マー君をわしゃわしゃ撫でまくる俺にメイリンがお姉さんぶって腕を組んでいたが、本当はメイリンだってマー君を撫でたかっただろう事は、その、目や口以上にモノを言う揺れる彼女の尻尾から見てとれた。もっと素直になれば良いものを変な所でカッコつける奴である。
そういえば科学技術もそれなりに発展しているのに、どうして自動車や類似品の発明がないのかと不思議に思っていたのだが、どうやらこの世界には化石燃料が存在していないらしく、そこら辺が関係しているのかなと俺は当たりをつけている。
ちなみに携帯端末の充電は自分の魔力や、乾電池みたいな魔力を込めた水晶で賄っているので、そもそも転生前の世界と同じ科学基準で考えない方が良いのだろう。
***
「うーん、王都ひさしぶり~」
「まずは宿にチェックインして荷物置いて、ギルドで討伐の詳細確認と不足アイテムの買い出しだな」
「ほーい!」
マー君のおかげで予定よりも早く王都エルドラに着いた俺たちは、のんびりと街を歩きながら指を折り折りやる事を確認する。
エドは昨日のうちに王都入りしているので、こちらで落ち合う約束をしていた。
「しかし、いつ来ても流石王都というべきか人が多いな」
多くの人々が行き交う目抜き通りは地方都市の倍以上も道幅があり、沢山の露店が立ち並び大道芸人が芸を披露し活気にあふれている。
この王都エルドラは、石造りのいかにも歴史のありそうな建物と、近代的でスタイリッシュなビルが上手く調和していて、転生前に旅行好きの母と引きこもりがちの姉を引きずって行ったスペインやイタリアの都市に雰囲気が似ていた。
ちなみに、俺の拠点とするマーナムは駅の周り以外には近代的な建物は少ないが、街のそこかしこに緑が溢れとても美しい街だ。
俺たちは路地裏に入り、携帯端末にエドから送られてきた地図を頼りに王都での拠点となるホテルを目指す。細い路地を何度か曲がりながら、途中にある旨そうなレストランに目星をつけておくのも忘れない。
五つ目の角を曲がったところで閑静な通りに出た。道幅はそこそこあるのだが人通りはまばらで、どうやら地元住民の居住区に入ったようだった。そんな住宅街の一角に目指していた<長靴の宿>はあった。
お洒落なカフェにも見える白壁には、長靴が描かれた小さな看板がぶら下がっている。
「こっんにちは~! エドってハンターの紹介できました~!」
「はいはーい!お待たせしました。エド様のご友人様ですね、お話は伺っております。お部屋に案内いたしますのでこちらへどうぞ」
チリンチリンチリーン! と受付の呼び鈴を必要以上に鳴らすメイリンを窘めていたら、奥から小柄でふっくらした女性がパタパタと小走りにやってきて、俺たちを二階の部屋へと案内してくれる。
「ただいまエド様はお出かけになられておりますが、突き当りがエド様のお部屋となります。手前の二部屋をメイリン様、イオリ様でお使いくださいませ、共同の湯殿は一階受付を右手奥に男女別にございます。簡単なお飲み物等は受付横に常備しておりますが、お食事の提供はしておりませんので近所のお食事処を是非ともご利用ください。路地裏は安くて美味しいお店ばかりなのでおススメですよ!」
アンナさんと名乗った宿の女主人は一息で俺たちに説明をし「では、何かありましたら受付におりますのでお気軽にどうぞ!」と元気よく去っていった。
この<長靴の宿>は、ハンター御用達の宿で、こういった宿は基本的に部屋を貸すだけで食事等は外ですませるのだが、この宿は女主人アンナさんの「疲れている時こそ湯舟につかりなさい!」という意向で入浴設備が充実しており、風呂好きなエドが贔屓にしているそうだ。
そんな訳で、今回はエドの紹介で俺たちも利用させてもらう事になった。
先にメイリンに部屋を選ばせ、俺の部屋はメイリンとエドの間になった。
ドアを開けると8畳ほどの部屋にシンプルなベッドとチェスト、出窓の前に一人用の小さなテーブルセットが置いてあり、出窓からは中庭に植えられた季節の花が見え宿泊客の目を楽しませてくれていた。
「女の子が好きそうな、なんとかカントリー? みたいな可愛い部屋だな」
言いながらレースのカーテンを開き、荷物を置いて一息つくと携帯端末が振動し着信を知らせた。
***
「ん~どれも美味しそう! 色々食べたいからシェアしよーね!」
あてがわれた部屋に手荷物を置き、街に繰り出した俺たちは宿に向かう途中で目星をつけていたレストランで、早めの昼食をとることにした。
店の前の路地に並ぶ、赤と白のチェックのテーブルクロスがかけられたテラス席を陣取り適当に何皿か注文をする。
店内は席料がとられるが、テラス席はとられない。というのもあるが、俺もメイリンも基本的に外の席が好きなので天気の良い日はこうしてテラス席に座る。
「あっ。そーいえば、エドってば宿にいなかったけど何処に行っちゃったのかなぁ?」
「武器屋でグローブあつらえて来るから午後イチでギルドで落ち合おうって、さっき携帯にメッセージ入ってたぞ」
ふんふんふーん。と鼻歌を歌いながら、そういえば~といった感じで訪ねてくるメイリンにやや呆れながらも教えてやる。
「メイはもうちょっとトークグループの確認しろよなー、いつも返事が遅いんだよ」
「だってぇ、意味もなくエドっちがスタンプ使うからウザくてついつい通知オフちゃうんだよね~」
「アレはエド先輩なりの構って欲しいアピールだと思うぞ」
「え~やだぁ~、エドっち君はイオりんに構って欲しいのよ?」
「え~やだぁ~、エド先輩はメイリンお姉さんに構って欲しいのよ?」
「はい、似てなーい! 私の真似するくらいならぁぁぁ女装でもしろぉぉぉ!!」
「アダダダダ、ゲンコツで頭ぐりぐり挟むのやめ~!」
握りこぶしを口元に添えシナまで作った俺の渾身のメイリンの物真似が両断された上に、容赦ないぐりぐり攻撃の刑に処される。エドにはウケたのに!
「そっそれよりメイリンさん、あっちの店のテラスに美女と美少女の獣人のカップルが座ってますよ!」
「そーやってすぐ話し逸らすんだk……にゃっホントだ!」
俺が視線で示した先をメイリンがぐるんと振り返る。
「装備からみてハンターだね! さっすが都会、お二人とも垢ぬけてらっしゃる~私はメンズ同士が専門ですがこれはこれで眼福ですなぁ~」
路地の対岸の店のテラス席には、これまた絵になる獣人女性同士のカップルが甘い雰囲気をダダ漏れさせていた。
俺の位置からでは見えないが、後ろを向いたメイリンがドゥフドゥフと汚い笑みを浮かべているのが気配でわかる。
こっちの世界は本当に同性婚に寛容で、いたる所で普通に同性カップルを見かける。
好きな者同士が障害無く共に歩めるのは素晴らしいことだなー、などとぼんやり思っていたら彼女たちのやや後方に数人の女の子たちが席を陣取って、チラチラとカップルを盗み見はじめた。
「はーん。あの子達あのカップルのファン女子だにゃー」
「ほぅ、百合ファンか。てか、結構露骨にガン見してる人もいるけど大丈夫か?」
「カップルの方もなんか見せつけてる感あるから大丈夫じゃん?」
「あぁそういう」
この界隈には色々あるようだ。
ほどなくして運ばれてきた食前酒を飲みながら、暇つぶしにメイリンとテーブルに置いてあったカトラリーで行儀悪く戦っていたのだが、暫くすると対岸のカップルに異変が起こった。
――ッガシャーン!!
なにやら美女と美少女の二人が座る席に新たな女性が乱入したようで、テーブルが倒れ食器や料理が路地にぶちまけられていた。
どうやら、あの露骨にガン見していた人が暴れている様だ。
「まさか修羅場か!?」
メイリンが水を得た魚のように目を輝かせる。
「おいおいメイリンさん、あんまり楽しそうに見るんじゃないよ。しっかし、あの乱入した人は人間だよなぁ、あれは相当怒ってるぞ」
突然始まった修羅場を遠目に眺めていると、俺たちのテーブルにも料理が運ばれてくる。
瑞々しいグリーンサラダに、大皿に乗ったミートソースたっぷりの平打ちパスタと、トマトとチーズがこれでもかと乗ったピザ、コトコト煮込んだ羊のリブ肉、どれも凄く美味しそうだ。
「人間って子供出来やすいからか、子供出来にくい獣人や古代種が何人かと関係持つの嫌がるよねぇ」
俺が取り分けたパスタを咀嚼しながらメイリンが喋る。
「あれ? でも獣人や古代種だって結婚したらその辺は浮気カウントされるんじゃないのか?」
「そこら辺はまた色々あるわけよ~、一夫多妻とかその逆とか愛人制度とか、とにかく我々も子孫を残したいからね。出来たら婚つって、子ども出来た人と結婚~みたいのとかザラだし」
「へー」
ピザを切り分けながら俺が問えば、リブ肉を骨ごと口に頬張りバキバキ咀嚼しながらメイリンが答える。
そう言えば、こういうデリケートな話はあまりした事がなかったので正直、興味深い。
「イオりんは仙人とはいえ人間だし、やっぱ恋愛は一対一ってのが良いの?」
「うーん、まぁそうだな。でも、俺の場合は人間同士で結婚しても、自分だけひ孫より長く生きちゃうからなぁ~と、思ってしまう時点で恋愛も結婚も縁遠いのかも。あ、でも。寿命を延ばしてる魔導系の人間もいるか……」
と言うか、人間にだって本命が一人じゃない奴もいると思うけどな、ややこしくなりそうなので黙っている事にする。
「ふーん、じゃあ人間以外はどう? 獣人とか古代種と恋愛するのは嫌?」
「いや、いきなりそんな事言われてもな……」
獣人と言うのはメイリンの様な猫獣人や、鳥獣人、犬獣人、と言う様に多種多様にいる、そして古代種と言うのは大体は龍人とエルフを指す。他にもドワーフや鬼人、吸血鬼等もいるが、少数な上に僻地に住んでいる事が多く都市部で会う事はあまり無い。
彼等、獣人や古代種は一様に人間に比べて長寿であるが、その出生率はめちゃくちゃ低いのだ。まぁ、この辺がこの世のバランスと言う奴なのであろう。
「……嫌って言うか、お互い他にも相手いるのが当たり前みたいな恋愛観がなぁ、違うかなーって感じだな。むしろ普通の寿命の人間がよく獣人や古代種と付き合うなぁとは思う」
「まぁ~そうだよねぇ。寿命違い過ぎるから人間に手を出す奴らは基本的に人間は遊びって感じではある。人間のイオりんにこれを言うのはすまんだが」
メイリンは言わなかったが寿命だけじゃない。
人間と獣人、古代種は様々な能力差があり基本的に人間は劣る者としてとらえられていて、大昔は当たり前の様に奴隷として扱われていた時代もあったそうだ。実際、今でも人間の地位は数ある人族の中で下の下だしな。
「本当の事だから構いませんよ。人間の方だって獣人や古代種と付き合うのステータスみたいに思ってる人いるし」
追加で頼んだ白パンでリブ肉のソースを掬いながら答えると、メイリンも真似をしてパンでソースを掬い始める。
対岸からは、相変わらず女性の怒声と金切声が響き渡っていた。
「じゃあさ~、イオりんは獣人や古代種の恋愛観は違うかなーとは思うけど、軽蔑とかはしない?」
「んー、種族や立場によって色々あるみたいだし俺がとやかく言える事じゃないしなぁ。大体、そんなこと言ってたらまずエドを軽蔑しなきゃならなくなる」
「へっ!? イオりんってばエドのあの、そこら辺のえーっと、事情って知ってるの?」
妙に言いにくそうになったメイリンに軽く頷きながら、俺は通りかかったウェイトレスさんに、本日のデザートたっぷり木の実の甘酸っぱいタルトを二つ注文する。
「知ってるつーか、会ったばっかりの頃さ、街で見かける度に違う獣人や龍人の女の人と歩いてたから……。まぁエドも古代種ツートップの片割れエルフ様なわけだし、そんなもんなんだろ? 本人からはそういう話し聞かないけど」
そう言うとメイリンがちょっとだけ神妙な顔になった。
「……ねぇねぇ、もしイオりんがさ、エドに付き合おうって言われたら付き合う?」
「は? つーかエドは、異性愛者だからそのもし自体があり得ないだろ」
「だから~もしもの話し! 聞かせて欲しいにゃ~」
メイリンはそう言って目をキラキラさせるので、仕方なく腕を組んで考える。
エドと俺が付き合うねぇ……。
「まぁ、絶対に無理だな。友達なら良い奴だけど、あんな常に十人以上彼女が居るヤツと付き合うなんて考えられん。それなら普通に人間同士で結婚でもして幸せな家庭を築いて子孫を見守るわ!」
「おっ待たせしましたぁー! 本日のデザートたっぷり木の実の甘酸っぱいタルトになりまぁす!」
俺が言い切ると同時に、ウェイトレスさんがデザートを運んで来た。
「おぉ! ホントに木の実たっぷりだ!」
タルトからこぼれ落ちるたっぷりの木の実に、思わず口角が上がってしまう。
実は俺よりエドのがこういうの好きなんだけどなぁ、と思いつつタルトを頬張った。うん、美味い!
「こいつぁ~あやつ、前途多難だにゃ」
「ん、何が?」
「んーんー、私はイオりんの味方ですよって話です!」
そう言って椅子に座り直したメイリンは、普段の言動とは似つかわぬ綺麗な所作でタルトにフォークを入れる。
俺たちが食後のお茶を楽しむ頃には、対岸の修羅場は鎮火していたのだった。
この世界の移動手段は乗り合い馬車が一般的で、俺たちも例にもれずマーナムから朝一の馬車に乗りお昼前にはエルドラに到着したのだがーー
「今日の馬車馬はなんか爬虫類と言うか、恐竜みたいだったな!」
そう。今日俺たちが乗った馬車は、馬車なのに明らかに馬じゃない、馬よりも大きな爬虫類の様な生き物が車を引いていた。勿論、普通の馬も居るのだが今日乗ってきたような大型の馬車や、速さを売りにしている場合に馬より力の強い生き物が車部分を引いてたりする。
この世界に転生して、こちらでの実家を出て結構経つがこういう所は何度でも驚くしワクワクしてしまう。
馬車から降りる時に、御者の兄ちゃんにお願いして恐竜みたいな馬車馬の頭を撫でさせてもらったら、猛禽類のような鋭い瞳を気持ちよさそうに細めて可愛かった。
小竜の一種で、マブルオオトカゲのマー君だと御者の兄ちゃんが教えてくれた。
「男ってヤツぁいくつになっても変わった馬車馬が好きだよねぇ~」
マー君をわしゃわしゃ撫でまくる俺にメイリンがお姉さんぶって腕を組んでいたが、本当はメイリンだってマー君を撫でたかっただろう事は、その、目や口以上にモノを言う揺れる彼女の尻尾から見てとれた。もっと素直になれば良いものを変な所でカッコつける奴である。
そういえば科学技術もそれなりに発展しているのに、どうして自動車や類似品の発明がないのかと不思議に思っていたのだが、どうやらこの世界には化石燃料が存在していないらしく、そこら辺が関係しているのかなと俺は当たりをつけている。
ちなみに携帯端末の充電は自分の魔力や、乾電池みたいな魔力を込めた水晶で賄っているので、そもそも転生前の世界と同じ科学基準で考えない方が良いのだろう。
***
「うーん、王都ひさしぶり~」
「まずは宿にチェックインして荷物置いて、ギルドで討伐の詳細確認と不足アイテムの買い出しだな」
「ほーい!」
マー君のおかげで予定よりも早く王都エルドラに着いた俺たちは、のんびりと街を歩きながら指を折り折りやる事を確認する。
エドは昨日のうちに王都入りしているので、こちらで落ち合う約束をしていた。
「しかし、いつ来ても流石王都というべきか人が多いな」
多くの人々が行き交う目抜き通りは地方都市の倍以上も道幅があり、沢山の露店が立ち並び大道芸人が芸を披露し活気にあふれている。
この王都エルドラは、石造りのいかにも歴史のありそうな建物と、近代的でスタイリッシュなビルが上手く調和していて、転生前に旅行好きの母と引きこもりがちの姉を引きずって行ったスペインやイタリアの都市に雰囲気が似ていた。
ちなみに、俺の拠点とするマーナムは駅の周り以外には近代的な建物は少ないが、街のそこかしこに緑が溢れとても美しい街だ。
俺たちは路地裏に入り、携帯端末にエドから送られてきた地図を頼りに王都での拠点となるホテルを目指す。細い路地を何度か曲がりながら、途中にある旨そうなレストランに目星をつけておくのも忘れない。
五つ目の角を曲がったところで閑静な通りに出た。道幅はそこそこあるのだが人通りはまばらで、どうやら地元住民の居住区に入ったようだった。そんな住宅街の一角に目指していた<長靴の宿>はあった。
お洒落なカフェにも見える白壁には、長靴が描かれた小さな看板がぶら下がっている。
「こっんにちは~! エドってハンターの紹介できました~!」
「はいはーい!お待たせしました。エド様のご友人様ですね、お話は伺っております。お部屋に案内いたしますのでこちらへどうぞ」
チリンチリンチリーン! と受付の呼び鈴を必要以上に鳴らすメイリンを窘めていたら、奥から小柄でふっくらした女性がパタパタと小走りにやってきて、俺たちを二階の部屋へと案内してくれる。
「ただいまエド様はお出かけになられておりますが、突き当りがエド様のお部屋となります。手前の二部屋をメイリン様、イオリ様でお使いくださいませ、共同の湯殿は一階受付を右手奥に男女別にございます。簡単なお飲み物等は受付横に常備しておりますが、お食事の提供はしておりませんので近所のお食事処を是非ともご利用ください。路地裏は安くて美味しいお店ばかりなのでおススメですよ!」
アンナさんと名乗った宿の女主人は一息で俺たちに説明をし「では、何かありましたら受付におりますのでお気軽にどうぞ!」と元気よく去っていった。
この<長靴の宿>は、ハンター御用達の宿で、こういった宿は基本的に部屋を貸すだけで食事等は外ですませるのだが、この宿は女主人アンナさんの「疲れている時こそ湯舟につかりなさい!」という意向で入浴設備が充実しており、風呂好きなエドが贔屓にしているそうだ。
そんな訳で、今回はエドの紹介で俺たちも利用させてもらう事になった。
先にメイリンに部屋を選ばせ、俺の部屋はメイリンとエドの間になった。
ドアを開けると8畳ほどの部屋にシンプルなベッドとチェスト、出窓の前に一人用の小さなテーブルセットが置いてあり、出窓からは中庭に植えられた季節の花が見え宿泊客の目を楽しませてくれていた。
「女の子が好きそうな、なんとかカントリー? みたいな可愛い部屋だな」
言いながらレースのカーテンを開き、荷物を置いて一息つくと携帯端末が振動し着信を知らせた。
***
「ん~どれも美味しそう! 色々食べたいからシェアしよーね!」
あてがわれた部屋に手荷物を置き、街に繰り出した俺たちは宿に向かう途中で目星をつけていたレストランで、早めの昼食をとることにした。
店の前の路地に並ぶ、赤と白のチェックのテーブルクロスがかけられたテラス席を陣取り適当に何皿か注文をする。
店内は席料がとられるが、テラス席はとられない。というのもあるが、俺もメイリンも基本的に外の席が好きなので天気の良い日はこうしてテラス席に座る。
「あっ。そーいえば、エドってば宿にいなかったけど何処に行っちゃったのかなぁ?」
「武器屋でグローブあつらえて来るから午後イチでギルドで落ち合おうって、さっき携帯にメッセージ入ってたぞ」
ふんふんふーん。と鼻歌を歌いながら、そういえば~といった感じで訪ねてくるメイリンにやや呆れながらも教えてやる。
「メイはもうちょっとトークグループの確認しろよなー、いつも返事が遅いんだよ」
「だってぇ、意味もなくエドっちがスタンプ使うからウザくてついつい通知オフちゃうんだよね~」
「アレはエド先輩なりの構って欲しいアピールだと思うぞ」
「え~やだぁ~、エドっち君はイオりんに構って欲しいのよ?」
「え~やだぁ~、エド先輩はメイリンお姉さんに構って欲しいのよ?」
「はい、似てなーい! 私の真似するくらいならぁぁぁ女装でもしろぉぉぉ!!」
「アダダダダ、ゲンコツで頭ぐりぐり挟むのやめ~!」
握りこぶしを口元に添えシナまで作った俺の渾身のメイリンの物真似が両断された上に、容赦ないぐりぐり攻撃の刑に処される。エドにはウケたのに!
「そっそれよりメイリンさん、あっちの店のテラスに美女と美少女の獣人のカップルが座ってますよ!」
「そーやってすぐ話し逸らすんだk……にゃっホントだ!」
俺が視線で示した先をメイリンがぐるんと振り返る。
「装備からみてハンターだね! さっすが都会、お二人とも垢ぬけてらっしゃる~私はメンズ同士が専門ですがこれはこれで眼福ですなぁ~」
路地の対岸の店のテラス席には、これまた絵になる獣人女性同士のカップルが甘い雰囲気をダダ漏れさせていた。
俺の位置からでは見えないが、後ろを向いたメイリンがドゥフドゥフと汚い笑みを浮かべているのが気配でわかる。
こっちの世界は本当に同性婚に寛容で、いたる所で普通に同性カップルを見かける。
好きな者同士が障害無く共に歩めるのは素晴らしいことだなー、などとぼんやり思っていたら彼女たちのやや後方に数人の女の子たちが席を陣取って、チラチラとカップルを盗み見はじめた。
「はーん。あの子達あのカップルのファン女子だにゃー」
「ほぅ、百合ファンか。てか、結構露骨にガン見してる人もいるけど大丈夫か?」
「カップルの方もなんか見せつけてる感あるから大丈夫じゃん?」
「あぁそういう」
この界隈には色々あるようだ。
ほどなくして運ばれてきた食前酒を飲みながら、暇つぶしにメイリンとテーブルに置いてあったカトラリーで行儀悪く戦っていたのだが、暫くすると対岸のカップルに異変が起こった。
――ッガシャーン!!
なにやら美女と美少女の二人が座る席に新たな女性が乱入したようで、テーブルが倒れ食器や料理が路地にぶちまけられていた。
どうやら、あの露骨にガン見していた人が暴れている様だ。
「まさか修羅場か!?」
メイリンが水を得た魚のように目を輝かせる。
「おいおいメイリンさん、あんまり楽しそうに見るんじゃないよ。しっかし、あの乱入した人は人間だよなぁ、あれは相当怒ってるぞ」
突然始まった修羅場を遠目に眺めていると、俺たちのテーブルにも料理が運ばれてくる。
瑞々しいグリーンサラダに、大皿に乗ったミートソースたっぷりの平打ちパスタと、トマトとチーズがこれでもかと乗ったピザ、コトコト煮込んだ羊のリブ肉、どれも凄く美味しそうだ。
「人間って子供出来やすいからか、子供出来にくい獣人や古代種が何人かと関係持つの嫌がるよねぇ」
俺が取り分けたパスタを咀嚼しながらメイリンが喋る。
「あれ? でも獣人や古代種だって結婚したらその辺は浮気カウントされるんじゃないのか?」
「そこら辺はまた色々あるわけよ~、一夫多妻とかその逆とか愛人制度とか、とにかく我々も子孫を残したいからね。出来たら婚つって、子ども出来た人と結婚~みたいのとかザラだし」
「へー」
ピザを切り分けながら俺が問えば、リブ肉を骨ごと口に頬張りバキバキ咀嚼しながらメイリンが答える。
そう言えば、こういうデリケートな話はあまりした事がなかったので正直、興味深い。
「イオりんは仙人とはいえ人間だし、やっぱ恋愛は一対一ってのが良いの?」
「うーん、まぁそうだな。でも、俺の場合は人間同士で結婚しても、自分だけひ孫より長く生きちゃうからなぁ~と、思ってしまう時点で恋愛も結婚も縁遠いのかも。あ、でも。寿命を延ばしてる魔導系の人間もいるか……」
と言うか、人間にだって本命が一人じゃない奴もいると思うけどな、ややこしくなりそうなので黙っている事にする。
「ふーん、じゃあ人間以外はどう? 獣人とか古代種と恋愛するのは嫌?」
「いや、いきなりそんな事言われてもな……」
獣人と言うのはメイリンの様な猫獣人や、鳥獣人、犬獣人、と言う様に多種多様にいる、そして古代種と言うのは大体は龍人とエルフを指す。他にもドワーフや鬼人、吸血鬼等もいるが、少数な上に僻地に住んでいる事が多く都市部で会う事はあまり無い。
彼等、獣人や古代種は一様に人間に比べて長寿であるが、その出生率はめちゃくちゃ低いのだ。まぁ、この辺がこの世のバランスと言う奴なのであろう。
「……嫌って言うか、お互い他にも相手いるのが当たり前みたいな恋愛観がなぁ、違うかなーって感じだな。むしろ普通の寿命の人間がよく獣人や古代種と付き合うなぁとは思う」
「まぁ~そうだよねぇ。寿命違い過ぎるから人間に手を出す奴らは基本的に人間は遊びって感じではある。人間のイオりんにこれを言うのはすまんだが」
メイリンは言わなかったが寿命だけじゃない。
人間と獣人、古代種は様々な能力差があり基本的に人間は劣る者としてとらえられていて、大昔は当たり前の様に奴隷として扱われていた時代もあったそうだ。実際、今でも人間の地位は数ある人族の中で下の下だしな。
「本当の事だから構いませんよ。人間の方だって獣人や古代種と付き合うのステータスみたいに思ってる人いるし」
追加で頼んだ白パンでリブ肉のソースを掬いながら答えると、メイリンも真似をしてパンでソースを掬い始める。
対岸からは、相変わらず女性の怒声と金切声が響き渡っていた。
「じゃあさ~、イオりんは獣人や古代種の恋愛観は違うかなーとは思うけど、軽蔑とかはしない?」
「んー、種族や立場によって色々あるみたいだし俺がとやかく言える事じゃないしなぁ。大体、そんなこと言ってたらまずエドを軽蔑しなきゃならなくなる」
「へっ!? イオりんってばエドのあの、そこら辺のえーっと、事情って知ってるの?」
妙に言いにくそうになったメイリンに軽く頷きながら、俺は通りかかったウェイトレスさんに、本日のデザートたっぷり木の実の甘酸っぱいタルトを二つ注文する。
「知ってるつーか、会ったばっかりの頃さ、街で見かける度に違う獣人や龍人の女の人と歩いてたから……。まぁエドも古代種ツートップの片割れエルフ様なわけだし、そんなもんなんだろ? 本人からはそういう話し聞かないけど」
そう言うとメイリンがちょっとだけ神妙な顔になった。
「……ねぇねぇ、もしイオりんがさ、エドに付き合おうって言われたら付き合う?」
「は? つーかエドは、異性愛者だからそのもし自体があり得ないだろ」
「だから~もしもの話し! 聞かせて欲しいにゃ~」
メイリンはそう言って目をキラキラさせるので、仕方なく腕を組んで考える。
エドと俺が付き合うねぇ……。
「まぁ、絶対に無理だな。友達なら良い奴だけど、あんな常に十人以上彼女が居るヤツと付き合うなんて考えられん。それなら普通に人間同士で結婚でもして幸せな家庭を築いて子孫を見守るわ!」
「おっ待たせしましたぁー! 本日のデザートたっぷり木の実の甘酸っぱいタルトになりまぁす!」
俺が言い切ると同時に、ウェイトレスさんがデザートを運んで来た。
「おぉ! ホントに木の実たっぷりだ!」
タルトからこぼれ落ちるたっぷりの木の実に、思わず口角が上がってしまう。
実は俺よりエドのがこういうの好きなんだけどなぁ、と思いつつタルトを頬張った。うん、美味い!
「こいつぁ~あやつ、前途多難だにゃ」
「ん、何が?」
「んーんー、私はイオりんの味方ですよって話です!」
そう言って椅子に座り直したメイリンは、普段の言動とは似つかわぬ綺麗な所作でタルトにフォークを入れる。
俺たちが食後のお茶を楽しむ頃には、対岸の修羅場は鎮火していたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
371
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる