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第9章

2話 【希和と白斗】

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 黒柳は傍の椅子に腰掛け、両腕を組み、長い足を交差した。
 その様子は挑戦的で、希和に対して、「いつでもかかってこい!」というような、雰囲気を匂わせていた。
 ビービーッ。
 保健室の内線のインターフォンが鳴った。それは職員室と繋がっていた。古田は、「はいはい」と言いながら、内線の光っているボタンを押し、受話器を取った。
「えっ? 催促の電話が? はい、わかりました。すぐにそちらに行きます」
 古田はそう答えると、希和の方を振り返り、
「ちょっと、職員室に行かなきゃならないの。忌野さん、あとよろしくね」
 そして、希和と黒柳の両方を見ながら、
「治療が終わったら、勝手に教室に戻っていいからね」
 と、二人に治療を任せて、保健室を出て行こうとした。しかし、何かを思い出したかのように、ドアを開ける前に二人を振り返り、
「あんたたち、どことなく雰囲気が似ているわね。美男美女だから、我が校のベストカップルになるわよ」
 そう、無責任な言葉を残し、古田は足早に保健室を出て行った。
 あとに残された希和と黒柳には、新たな緊張が生まれた。黒柳がそれを打ち消すように、
「まったく、あのババァ、言いたい放題言いやがって! おい、オレたちはからかわれたんだ。本気にするんじゃないぞ」
 と、希和と自分に言い聞かせるように言った。
「そうだね。とにかく一時限目に遅れないように、早く治療しなくっちゃ」
 希和は慣れた手つきで、
「この消毒液は、しみないから大丈夫」
 と言いながら、脱脂綿で黒柳の口元を拭こうとした。その瞬間、黒柳の体が一瞬ビクッと震えたように希和には見えた。
「これくらい自分で出来る。それを寄こせ」
 黒柳は、希和から脱脂綿を取り上げると、保管庫にあった"絆創膏"と書かれたケースから三枚取り出し、軟膏はつけずに、逃げるように保健室を出て行った。
 希和は、そんな黒柳の後ろ姿を目で追いながら、呆気にとられていた。そしてすぐに、「かわいい」という感情が湧いてくるのだった。
 それは、女性の持って生まれた"母性本能"なのか、はたまた"怪我人に対する同情"なのかはわからないが、古田の「二人はお似合い」というニュアンスのセリフは、希和と黒柳の心に、強烈な印象を植え付けたのは確かだった。
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