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第2章
1話 【新たな出会いと別れ】
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入学式の翌日は日曜日で、学校は休みだった。
希和にとって日曜日は、大いに祖母孝行のできる日であり、男手のない希和の家にとっては、貴重な働き手でもあった。
希和は朝日とともに畑に出て、昼にいったん昼食を摂りに家に帰るが、すぐにまた畑へ戻り、黙々と日が暮れるまで畑を耕した。
四月に入っても、東北地方の日暮れは早く、早朝の寒さは雪のように冷たかった。
畑の脇道を通る近所の老人は皆優しく、
「希和ちゃんは働き者だっぺ。きっと、ええ嫁っごになるべさ」
「また今年も、野菜が余ったら持っておいで。うちで採れた米に換えてやるからな。栗やリンゴもいっぺえ採れるでな。時期が来たら、うちに取りにおいで」
など、慰めるように話しかけてくれた。
町の人たちから口々に褒められ、笑顔で話しかけられることが、希和は心底嬉しかった。
両親の腕の温もりを希和は覚えてはいないのだが、今は、他人の小さな優しさや笑顔が温かいと感じるようになっていた。
『しょっぱいよ』
希和の涙が、頰に付いた土埃とともに、唇に運ばれてきた。
希和は、口元に付いたザラッとした土を、服の右袖でぬぐった。
そんな時、かわいい声が希和の耳に入ってきた。
『キワチャン、ナカナイデ……ナカナイデ……』
そう頭に直接語りかけられ、あたりに目をやると、見かけたことのない猫が一匹、畑の周りに生えている雑草の茂みの中にチョコンと座って、こちらを見ていた。
首輪が付いていないので、飼い猫なのか野良猫なのかわからない。
その猫は、小首をかしげて希和をジーっと見つめていた。よぉーく見ると、その目には涙が浮かんでいて、今にもこぼれ落ちそうだった。
『キワチャン、ナカナイデネ。ボクガ、トキドキ、ソバニイテ、アゲルカラネ』
首回りや尾がフサフサで、身体の大きい洋猫ミックスと思われるその猫は、その言葉どおり、すぐに希和の傍らにやってきた。
その様子は、まるで見失った飼い主を、ようやく発見した飼い猫のようだった。
『猫ちゃん、ありがとう。君の名前がないと呼びにくいね。何か、名前を付けて呼んでもいいかな?』
希和がそのフサフサの猫に言うと、
『キワチャンニ、マカセルヨ。カッコイイナマエヲ、ツケテネ』
と言って、その猫は希和の傍でスフィンクスのような座り方をして、回答を心待ちするように希和の顔を見上げていた。
そんな猫の様子がとてもかわいいので、希和はそのフサフサの猫を抱き上げると、近くの大きな石の上に腰掛け、頭をヨシヨシと撫でた。その猫は気持ち良さそうに目を細めると、お返しに希和の指を舐めた。
希和はあれこれと猫の名前を試行錯誤しながら考えた。あるひとつの名前が思い浮かぶと、猫を見つめながら、
『"おデブちゃん"という名前は、どう?』
希和は提案した。すると猫は、
『ボクハ、デブナンカジャナイヨ。フサフサノケデ、フトッテミエル、ダケダヨ』
そう釈明しながら鼻の穴を膨らませ、少し不機嫌そうに両耳を伏せた。
そんな猫の様子がおかしくて、希和はゴメンゴメンと頭を撫でながら、
『じゃあね、"ブゥちゃん"というのは、どう?』
新たな提案をすると、猫は希和の顔を見上げながら、
『マァ、イイカ……。ウン、イイヨ』
と、しぶしぶ承知した。
「じゃあ、決まりね」
希和はブゥちゃんの頭に顔を近づけてスリスリしてみた。ブゥちゃんもそれに応えるように、自分の頭や頰を希和の顎の辺りに 擦り付けてくる。ブゥちゃんの頭からはお日様の匂いがして気持ちがホッコリし、フサフサの毛を持つ体は温かく、小さな命の体温が伝わってきて、幸せな気分になれた。
希和とブゥちゃんの間には、ほんわかとした雰囲気が漂い、まるでズーッと一緒に暮らしきたかのようにみえた。
希和にとって日曜日は、大いに祖母孝行のできる日であり、男手のない希和の家にとっては、貴重な働き手でもあった。
希和は朝日とともに畑に出て、昼にいったん昼食を摂りに家に帰るが、すぐにまた畑へ戻り、黙々と日が暮れるまで畑を耕した。
四月に入っても、東北地方の日暮れは早く、早朝の寒さは雪のように冷たかった。
畑の脇道を通る近所の老人は皆優しく、
「希和ちゃんは働き者だっぺ。きっと、ええ嫁っごになるべさ」
「また今年も、野菜が余ったら持っておいで。うちで採れた米に換えてやるからな。栗やリンゴもいっぺえ採れるでな。時期が来たら、うちに取りにおいで」
など、慰めるように話しかけてくれた。
町の人たちから口々に褒められ、笑顔で話しかけられることが、希和は心底嬉しかった。
両親の腕の温もりを希和は覚えてはいないのだが、今は、他人の小さな優しさや笑顔が温かいと感じるようになっていた。
『しょっぱいよ』
希和の涙が、頰に付いた土埃とともに、唇に運ばれてきた。
希和は、口元に付いたザラッとした土を、服の右袖でぬぐった。
そんな時、かわいい声が希和の耳に入ってきた。
『キワチャン、ナカナイデ……ナカナイデ……』
そう頭に直接語りかけられ、あたりに目をやると、見かけたことのない猫が一匹、畑の周りに生えている雑草の茂みの中にチョコンと座って、こちらを見ていた。
首輪が付いていないので、飼い猫なのか野良猫なのかわからない。
その猫は、小首をかしげて希和をジーっと見つめていた。よぉーく見ると、その目には涙が浮かんでいて、今にもこぼれ落ちそうだった。
『キワチャン、ナカナイデネ。ボクガ、トキドキ、ソバニイテ、アゲルカラネ』
首回りや尾がフサフサで、身体の大きい洋猫ミックスと思われるその猫は、その言葉どおり、すぐに希和の傍らにやってきた。
その様子は、まるで見失った飼い主を、ようやく発見した飼い猫のようだった。
『猫ちゃん、ありがとう。君の名前がないと呼びにくいね。何か、名前を付けて呼んでもいいかな?』
希和がそのフサフサの猫に言うと、
『キワチャンニ、マカセルヨ。カッコイイナマエヲ、ツケテネ』
と言って、その猫は希和の傍でスフィンクスのような座り方をして、回答を心待ちするように希和の顔を見上げていた。
そんな猫の様子がとてもかわいいので、希和はそのフサフサの猫を抱き上げると、近くの大きな石の上に腰掛け、頭をヨシヨシと撫でた。その猫は気持ち良さそうに目を細めると、お返しに希和の指を舐めた。
希和はあれこれと猫の名前を試行錯誤しながら考えた。あるひとつの名前が思い浮かぶと、猫を見つめながら、
『"おデブちゃん"という名前は、どう?』
希和は提案した。すると猫は、
『ボクハ、デブナンカジャナイヨ。フサフサノケデ、フトッテミエル、ダケダヨ』
そう釈明しながら鼻の穴を膨らませ、少し不機嫌そうに両耳を伏せた。
そんな猫の様子がおかしくて、希和はゴメンゴメンと頭を撫でながら、
『じゃあね、"ブゥちゃん"というのは、どう?』
新たな提案をすると、猫は希和の顔を見上げながら、
『マァ、イイカ……。ウン、イイヨ』
と、しぶしぶ承知した。
「じゃあ、決まりね」
希和はブゥちゃんの頭に顔を近づけてスリスリしてみた。ブゥちゃんもそれに応えるように、自分の頭や頰を希和の顎の辺りに 擦り付けてくる。ブゥちゃんの頭からはお日様の匂いがして気持ちがホッコリし、フサフサの毛を持つ体は温かく、小さな命の体温が伝わってきて、幸せな気分になれた。
希和とブゥちゃんの間には、ほんわかとした雰囲気が漂い、まるでズーッと一緒に暮らしきたかのようにみえた。
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