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第1章

7話 【イマワノキワ 不思議な女子中学生】

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 棘林は、訳あって両親と暮らしていない同級生の希和を、いつも見下していた。
 棘林の妹の冬子も性格が悪く、希和が歩いているのを見かけると、周りに人がいないのを確認してから、小ずるそうな顔をして、
「おい、田舎もん! 親なしっ子」
 と、希和を馬鹿にするのだった。
 普通の人間なら、誰かが自転車をパンクさせられて困っている姿を見たら憐れんだりするのだか、この棘林と冬子という兄妹は、ただ面白がって喜んでいた。
 棘林一家は、両親と棘林と冬子の四人で、希和が小学六年の時に引っ越して来た。不自然な、季節はずれの転校生だったので、町の人たちは陰で、
「こんな田舎に、こんな時期に、きっと何か悪いことをして、都会から逃げて来たに違いない」
 と噂していた。
 あとでわかったことだが、棘林の父親が事業に失敗し、夜逃げ同然で一家で逃げて来たのだという。
 職を失った棘林の父親が昼間っから酒を飲み、大声を上げて家族に怒鳴り散らしているのを、近所の人たちが聞いていた。
 そのせいなのか、棘林は放課後自宅には帰りたがらず、自転車で近所をウロウロしていることが多かった。
"東京の方から引っ越してきた"と棘林と冬子は言っていたが、それは誇張で、実は北関東の出身だったことが、どこからともなく漏れてしまった。
 ちょうどその頃、お笑い芸人の中に、"訛り"を売りにしている北関東出身の芸人がいて、それと同じ訛りを話す棘林家の人たちが北関東出身ではないかということは、田舎の人たちにもバレバレだった。
「何も、東京から来たなんて、見栄を張らなくてもいいっぺさ」
 トヨは、呆れかえっていた。
 棘林は、自分のコンプレックスを正視したくないという思いと、家庭環境の乱れから、自分より弱い者を標的にして虐めるという、イジメっ子の典型的なパターンをふんでいた。
 棘林の悪事と心の中の様子も、希和とトヨにはすっかりお見通しだった。
 なので、我慢に我慢を重ねていた希和が棘林に向けて能力を開放させるのに、トヨはなんの異論も唱えなかった。
 希和の自転車に、錐を使って十回目の穴を開けた日、棘林は自分の自転車に乗って帰宅途中、停止していた父親の車に自らぶつかり、自転車ごと転倒して左手首を捻挫してしまった。全治二週間。棘林の自転車は前輪がパンクしてしまい、修理に出さなくてはいけなくなってしまった。
 ちょうど、棘林が傷付けた希和の自転車と同じ前輪だった。
 そして、全治二週間という棘林の治療期間も、希和の自転車がパンクさせられ続けた期間と同じだった。
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