イマワノキワ -その時に私を呼んでー

たまひめ

文字の大きさ
上 下
1 / 57
第1章

1話 【イマワノキワ 不思議な女子中学生】

しおりを挟む
「う……ん、なかなかいける!」
 雪解け水が残る校庭で、一人の少女が自分の姿を水面に映し、つぶやいた。
 真新しい濃紺のセーラー服は、仕立てたばかりの風合いが漂っていた。
水溜りの中には、まだあどけなさが残る抜けるような白い肌にリンゴ色の頬をした少女が、スカートのヒダの両端をつまんで、西欧の中世の女性が挨拶をする時のようにポージングしている。
 少女の、キリッとした意志の強そうな眼差しの奥には、どこか寂しげな、潤んだ大きな瞳があった。
 肩まで伸びた漆黒のセミロングが、春の日差しの中で、ツヤツヤと輝いている。
希和きわちゃん、何やってるの!」
 後ろから駆け付けたもう一人の少女が、その様子を見て、おかしそうに声をかける。
 二人とも、四月だというのに黒いタイツをはいているのは、寒い東北の片田舎にある中学校だからだ。
 今日は希和たちが住んでいる”寒川町・町立中学校”の入学式だった。
「あっ留美ちゃん、中学でもよろしくね」
「小学校からの持ち上がりだから、メンバーは変わらないし、一学年一クラスだから、お互いに避けようがないっしょ」
「それもそうだね」
 留美は、希和の肩を力いっぱい叩いて笑い、希和もそれに呼応した。
斉藤留美は忌野希和いまわのきわにとって、幼なじみで親友だ。ちょっとふっくらとした面立ちが、接する相手に癒しを与えてくれる。性格もおっとりしていて、アダ名は”お母ちゃん”だ。
 名付け親は、もちろん希和である。
「留美、帰るよ~」
「は~い」
 左胸にブーケを付けた、留美の母親が立っていた。
 ついこの間まで小学生だった子供たちの入学式に、保護者の付き添いがないのは希和だけだった。
 なので希和には、仲の良さそうな留美親子の姿が、とても羨ましく映った。
 希和の涙で滲んだ瞳のフィルターを通した留美親子は、陽炎のように、ユラユラと揺れて見えた。
 希和の姿を認識すると、留美の母親は声をかけた。
「希和ちゃん、中学入学おめでとう。これからも留美と仲良くしてちょうだいね」
 その声に、希和は急いでいずまいを正し、
「留美のお母さん、いつも留美さんにはお世話になっています」
 と、ペコリと頭を下げた。そして、希和は留美のほうへ視線を送りながら、母親と一緒に早く帰るように促した。
 バツが悪そうに留美が言った。
「じゃあ希和ちゃん、次に会うのは、あさってからの授業だね。間違って明日学校に来るんじゃないよ!」
「わかったよ。お母ちゃん、早く行きな」
 希和はなるべく平静を装って、明るく答えた。
 留美の母親は、希和に向かって軽く会釈をすると、くるりと背を向けて歩き出した。留美はそのあとを小走りに追いかけている。
 留美が希和のほうを振り返り手を振ってくれた。希和は固くなった顔の筋肉をほぐすように、口角をあげて、無理やり笑顔を作って応えた。
 門を出ると、家路の違うふた組は、左右に別れて歩き出した。
 数歩あるき出して角で振り返ると、涙を溜めた希和の目に、留美親子の後ろ姿が薄ぼんやりと映った。二人が、遠目にも肩を寄せ合って、楽しそうに談笑しているのがわかった。
 右に行く二つの影と、左に行くひとつの影は、とても対照的だった。

「ばあちゃん、ただいま!」
「希和、お帰り……」
 杖をついた老婆が、家の前に立って希和を迎えた。
 希和の祖母だった。名前は忌野いまわのトヨ。
 気丈な人で、杖に頼らないと歩けないほど悪い足なのに、毎日畑に出ていた。黒く日に焼けた肌と、割れた指の爪に染みた土が、彼女が働き物だということを物語っていた。
 きれいな濁りのない目をもつトヨには、真面目に朴訥に生きてきた人間の誇りが感じられた。なんびとも、この目を見たら嘘やおべっかを言っても見抜かれそうだった。
 トヨの口癖は、「悪いものは悪い! 理屈じゃないっぺ」というものだった。
「ごめんな希和。ばあちゃん、大事な中学の入学式に出られなくて……、ホントごめんな……」
 肌が黒いのでかえって目立つ、きれいに澄んだトヨの目が潤んでいた。
 若く健康な希和でさえ、中学まで歩いて行くと軽く片道二十分はかかる。足の悪いトヨには、過酷な道のりだった。
 希和は優しい娘なので、そんなトヨに無理を言って「来てほしい」とは、口が裂けても言えなかった。
「うぅん、うぅん」
 希和は首を振った。孫娘の帰りが待ち遠しくて家の前に立っていたトヨが、希和にはとてもいじらしく感じられた。
 優しいばあちゃんのことだ、きっと家の中では居ても立ってもいられず、何十分も前からあそこに立って待っていたに違いない。
「まーた、頭っこさ、かわいいリボンを付けてさ」
 と言って、トヨは笑った。
「えっ?」
 何事かと、トヨの皺だらけの皮膚に埋まった瞳を、希和は覗き込んだ。
「あっ、チョウチョのシロちゃんだ」
 希和の頭の上に真っ白なモンシロチョウが一羽、まるで彼女のリボンの如く止まっている姿が、トヨの瞳に映っていた。”シロちゃん”という呼び名からは、希和と蝶が知り合いだということを物語っていた。
『キワチャン、アソボ、アソボ』
 蝶は、友達に話しかけるかのように、希和に言った。
「希和、早く着替えて行ってこい」
 まるで、蝶の声が聞こえたかのように、トヨがそれに答えた。
『モリデ、マッテルヨ』
『うんっ、あとでねシロちゃん』
 希和が答えると、頭に止まっていたモンシロチョウは、ヒラリと森のほうへと飛び立って行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件

石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」 隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。 紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。 「ねえ、もっと凄いことしようよ」 そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。 表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

神楽鈴の巫女

ゆずさくら
ライト文芸
ある日、知世のクラスに転校生がやってくる。その転校生は、知世が昨日見た夢に出てきた巫女そっくりだった。気が動転した知世は、直後のある出来事によって転校生と一緒に保健室に運ばれてしまう。転校生は、見かけはいたって普通の女子高校生だが、実は悪と戦う巫女戦士だったのだ……

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

女難の男、アメリカを行く

灰色 猫
ライト文芸
本人の気持ちとは裏腹に「女にモテる男」Amato Kashiragiの青春を描く。 幼なじみの佐倉舞美を日本に残して、アメリカに留学した海人は周りの女性に振り回されながら成長していきます。 過激な性表現を含みますので、不快に思われる方は退出下さい。 背景のほとんどをアメリカの大学で描いていますが、留学生から聞いた話がベースとなっています。 取材に基づいておりますが、ご都合主義はご容赦ください。 実際の大学資料を参考にした部分はありますが、描かれている大学は作者の想像物になっております。 大学名に特別な意図は、ございません。 扉絵はAI画像サイトで作成したものです。

処理中です...