グリムの精霊魔巧師

幾威空

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本編

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 数馬が「セロ」という新たな名前を得てからほどなくし、彼はここ数日の間、ロッソに連れられながら施設内を歩きつつ、この「楽園」が有する各施設について説明を受けていた。

「悪いな、案内させて」
「いいってことよ。セロはここに来たばかりなんだしな。早く慣れてもらうためにも、どこに何があるのかは把握していて損は無いだろ?」
「まぁそうだな」
 小さく謝罪するセロに対し、案内役を務めるロッソはニカッと笑いながら先導する。

「それに、俺もここに来たばっかりの頃に同じようなことをしてもらったしな」
「へぇ、そうなのか……」
「あぁ。その時はオリヴィアっていう、今の俺よりもちょっと年上の女性に案内してもらったんだよ。その後も何かにつけて面倒見てくれてさ、俺にとっては『ちょっと世話焼きな姉ちゃん』みたいな人だったよ。まぁ、今はここにはいないんだけどな」
 当時を思い出してか、ロッソは少し寂しそうな表情を見せながらもセロの隣を歩く。その横顔をチラリと見たセロは、掛ける言葉を見つけることが出来ず、ただ黙って彼の先導に従うことしかできなかった。

「今俺たちがいるのは『宿舎棟』って呼ばれるエリアだ。ここには俺たち以外にも大勢の子どもが共同生活していて、寝食を共にしている」
「大勢の子どもって……窓の外から他の棟も見えたけど、この宿舎棟って三つあるだろ? ここで暮らす子どもの総数って何名くらいなんだ?」

 てくてく施設内を歩きながら、ロッソの説明にセロは折に触れて質問を挟む。今現在セロが案内されている宿舎棟は総三階建ての、楽園の中でもひときわ大きな施設だ。宿舎棟の建物内部はどの棟も一緒で、一階部分が食堂やキッチンなどといった共用スペース、二階から上が子どもたちの居住スペースとなっている。

 居住スペースは一部屋当たり概ね三~五名程度の子どもが割り振られ、生活を共にしている。宿舎棟は先ほどセロが言った通り他にも二棟あり、内部の造りはどれも同じである。

「さぁな。そんなの正確に数えたことは無いから詳しくは分からないが、お前の言うように『宿舎棟』は全部で三棟ある。この棟には百名くらいいるから……ざっくり三百はいるんじゃないか?」
「け、結構いるんだな……」
 眉を八の字に曲げ、首を傾げながら呟くロッソに、セロはわずかに目を見開いて驚く。
「まぁな。でも、大勢の子どもがいるからか、あまり寂しいって思いはしなくていいのは助かるけどな」
 一方のロッソは軽い調子で答えながら、セロを引き連れて施設内の案内を続けた。

「この棟の近くには『教育棟』がある。そこには色んな本があって絵本から難しい専門書といった様々な書物が納められている。まぁ、俺たちは自由に読むことができるが、俺はあんまり本なんて読まないからあまり縁のない場所なんだがな。そういえば文字は読めるか? 気が向いたら行ってみるといい」
「あぁ、そうだな。一度行ってみることにするよ」
 宿舎棟の中を一通り案内されたセロは、やがて広大な庭に出た。先導するロッソは、スッと一つの建物を指差しながら言葉をかける。

 彼の掲げた指先には、白亜の建物が鎮座していた。壁のみならず、屋根まで白いその建物を指差しながら、ロッソは説明を続ける。
「あれは『執務棟』だ。あの棟にはこの楽園を維持・管理する大人たちが住んでいる。だが、あそこは俺たちが勝手に出入りすることは許されていない。例外は、『治療』を受けるときやここを『卒業』する時だ。まぁ、あの中で何をしてようが、別に知らなくても生活できるからあまり気にする必要はないけどな」
 ここで彼の言う『卒業』とは、この楽園から去ることを意味する。より具体的言うならば、施設内にいる子どもを養子として引き取りたいといった申し出があった場合を指していた。その説明を聞いたセロは、ふと湧いた疑問を口に出した。

「卒業、ねぇ……自分からここを出るっていう選択は無いのか?」
「自分からか? う~ん……俺が知ってる限り、そういったケースは見てないな」
「どうして?」
 呟いた質問に対するロッソの答えに、セロはさらに訊き返す。
「どうしてって言われてもなぁ……だってここには雨風を凌げる部屋があるし、何より安全だ。それに腹いっぱい食えるしな。反対に、この楽園の外には魔物を始め、危険がいっぱいだ。その中でも特に気をつけるべきは、魔物の存在だ。魔物は凶悪かつ凶暴で人を襲う。それこそ俺たちのような子どもなら、アッサリと食い殺されるだろうよ。それを考えたらわざわざ自分からここを出ていこうとは思わないだろ?」
「魔物かぁ……」
 ふとロッソの口から出て来た言葉に、セロは内心「そんなのもいるのかよ……」とますます前世とは異なる現実にため息を吐きたくなった。その上、ロッソの説明によれば、魔物は凶暴で人を襲う危険な存在だという。
 また、魔物の中には「魔法」という超常現象を使うものもおり、炎や氷、風に雷と多様な攻撃を繰り出す恐ろしい存在だとも説明を受けた。

 その際、ロッソの口から出た「魔法」という何ともファンタジーな言葉に、
「な、なぁ……その魔法って俺でも使えるのか?」
 などと期待を込めて訊ねる。
 しかしながら、ロッソの答えは、
「無理なんじゃねぇの? 俺も詳しくは分からないケド、魔物以外で魔法が使えるなんて話、聞いたことがないからな」
 とセロの期待はこの時みるも無残に儚く砕け散った。

(魔法は使えないのか……ちょっと期待してたけど、できないものは仕方がない。うん……仕方がないよな…………チクショウ……)

 前を歩くロッソに気付かれないよう、セロは心の中で泣きながら「何という異世界設定だ!」と恨み節を零す。

(まぁ、魔法うんぬんはひとまず置いておくとして、だ。言われれば確かに外がそんな状況だったら、ここに留まっている方が安全と思うのも無理はないよな)
 そう告げて説明を切り上げたロッソは、「それじゃ、戻るか」と再び宿舎棟の中へ足を向ける。
 その言葉を聞きながら、セロはふと目を外に向けた。しかし、この楽園を取り囲む高い壁が行く手を阻むように外界との接点を断ち切る。

(それにしても、この環境は……まるで「箱庭」だな)

 周囲をぐるりと取り囲む壁を目にしたセロは、ポツリと心の中にそんな思いを吐露していた。確かにロッソの言う通り、「楽園」には温かい寝床も、食事もある。仲間もいるため、寂しい思いも抱かずに済む。

 しかし――

(本当にそんな『うまい話・・・・』なんてあり得るのか……?)

 本宮数馬として地球で過ごした三十年弱の経験から、彼の心の片隅にはふとそうした小さな違和感が芽生えていた。うまい話には必ず裏がある。

 転生前、日頃からどこどこの誰それが騙されて……などというニュースを目にして来たセロにとって、この『楽園』の存在をどこか自慢気に語るロッソの話は、言いようのない不安をセロに与えていた。

「おーい、どうしたんだよ。そんなところでボケッと突っ立ってないで、サッサと行こうぜ!」
「あ、あぁ……分かった」
 だが、そんな小さな違和感も、ロッソの急かす声にすぐに心の奥底へと沈んでいくのだった。

◆◇◆

「ここが蔵書室か……」
 ロッソによる施設内の説明が終わった翌日。宿舎棟一階の食堂にて賑やかな朝食を終えた後、セロは庭へと繰り出すロッソたちと別れ、一人目的地である部屋の中に入っていった。昨日のロッソが歩いた道順を思い起こしながら彼が向かった先。そこは宿舎棟の近くに建つ『教育棟』、その蔵書室と呼ばれる広大な部屋である。

 扉を開け、中に入った彼を待っていたのは、天井にも届かんとする巨大な書棚とその中に押し込まれた膨大な数の書籍であった。

「……凄いなここは。俺が通っていた学校の図書館よりも多いぞ……」

 自分以外の利用者がいないことを確認したセロは、整然と並ぶ書物に圧倒されつつそんな感想を漏らした。
「っと、いけないいけない。眺めている場合じゃなかった」
 ハッと我に返ったセロは止まっていた足を動かし、ゆっくりと並ぶ書籍の背表紙を目にしながら狭い通路を歩いていった。

(――『薬草大全』に『身体構造学』、それに『鉱物図鑑』か……ふむ。ちゃんと書いてある文字は分かる。良かった……どうやら転生したこの身体でも読み書きは問題なさそうだ)

 背表紙のタイトルを目にしながら、セロは抱いていた懸念が杞憂に終わったことにホッと胸を撫で下ろした。そう……彼がこの場所に来たのは、「果たして転生したこの身体でこの世界の文字が読み解けるのか?」という疑問を解消するためである。

 基本的にロッソたちとは会話のみで事が足りてしまうため、「転生」という特殊事情を抱えるセロは、それまで過ごしてきた地球とは異なる世界で生きていけるのか、との心配がどこかにあった。

(よしよし……読み書きが出来れば、最低限のコミュニケーションはとれる。それに、言語の習得にかける時間を他に使うことができるから助かるな。他言語を一から習得するのは時間がかかる……それが不要になったのは大きいな)

 書棚の間にある狭い通路を歩きながら、セロはにんまりと笑みを浮かべる。並ぶ書籍の背表紙を見たセロはすぐに記されている言語が日本語とは異なるものであることが判明した。だが、見たことの無い文字であっても、きちんとその意味を理解することができる。
「ふむ。折角来たんだから、こうして眺めるだけじゃもったいないよなぁ……」
 当初は文字の理解ができるのかという確認だけにしておこうかと思っていたセロだったが、あっさりと目的が達成されたことで次に何をしようかと思いあぐねていた彼の目が、ふと吸い寄せられるように二冊の書籍に止まる。

「これは……『精霊機巧学』に『魔法概論考察』?」

 精霊「機巧」とある表記からは、何かしらのシステムに関連した書物だということが推察できる。前世において勤めていた会社の仲間たちから「最終兵器」とあだ名されていたセロにとって、親しみのあるプログラム言語に関連した言葉に反応してしまうのは無理もないことであった。

 加えてもう一つの「魔法」概論考察は、その「魔法」という前世ではファンタジーの中の産物でしかないものが、現に書物として目の前にあることに興味を惹かれたからである。

 目が留まった二冊の背表紙に記された書籍のタイトルをポツリと呟いたセロは、対象の本を書棚から引き抜き、ドカリと床に腰を降ろした。

「えぇっと、まずはこの『精霊機巧学』からいってみるか……」
 ワインレッドの背表紙に金色の刺繍でタイトルが刻まれたその本を手にしたセロは、中を開いて本に記された内容を読み取っていった。

 ――精霊機巧学。それは彼が二度目の人生を歩むこととなったこの世界において発達した「精霊導具せいれいどうぐ」にまつわる書籍であった。

 精霊導具とは、その内部に複数の精霊結晶と結晶同士を結ぶ「精霊回路サーキット」によって構成された基板を持つ道具である。そしてこの精霊導具は基板にセットされた結晶に刻まれた「精霊構文スクリプト」によって予め設定された処理を行う代物で、これにより人々は今まで以上に便利で豊かな生活を得ることが可能となった。

 つまり、この二つをPCに置き換えると、本体やモニターを構成する、マザーボードのようなハードウェア的な部分が「精霊回路」、オペレーティングシステムOSや各種アプリケーションを指すソフトウェア、その中身のプログラムが「精霊構文」と区分できる。

 この精霊導具の登場によりもたらされた様々な恩恵を、人々は「精霊革命」と呼び、その精霊導具を作り出すことのできる人間を「機巧師」と呼ぶ。

(ふーむ……なるほど。「精霊革命」というのは、要するに機械化による作業効率化と合理化によって生産性が向上し、生活が豊かになった、と。丁度、地球で言うところの、十九世紀英国の産業革命……みたいなものか? 「機巧師」ってのは、その名前からのイメージ通り、「エンジニア」を指す職業みたいだな……)

 本のページをペラペラと捲りながら、セロはポツリと心の内に呟いた。精霊導具にまつわる概要及びその歴史的背景を把握したのち、後半部へ移る。
 そこにはいくつかの精霊構文が解説付きで詳細に記されていた。いよいよ最も関心のある部分に差し掛かったところで、セロの興奮は一気に高まる。

 ――だが。

「な、なんだこりゃ……」

 読み進めるうち、そこに記された構文と解説に目を通したセロは、誰もいないのをいいことに思わず顔を顰めつつ大きな声を上げてしまう。

「何か見覚えのあるなぁと思ったら……これはプログラムの論理法則とほぼ同じじゃないか。しかも、コイツは……書きぶりコーディングがVBAに近い」

 記されたサンプルコードと折々に記された解説を読んだセロは、目を見開いて驚いた。本の中に記された精霊構文には、一定の法則が見て取れた。その根底に流れる設計思想は、転生前――本宮数馬として生きていた自分が何度も目にしたプログラムとほぼ似た基本概念そのものだったのである。

 確認のため、その後に続くいくつかのサンプルも同様に解説付きで記されているものも目にしたが、それらはセロの抱いた考えを深めるに足るものであった。
 セロの口から出た「VBA」とは、VB(Visual Basic)と呼ばれるプログラミング言語仕様をベースに、ExcelやWordなどのアプリケーションで使用するマクロ言語としてカスタマイズしたものだ。

 VBAは、あらかじめ用意されたボタンなどのパーツをフォーム上に配置していき、イベント(ExcelやWordといったオブジェクトに対する処理や操作)を視覚的に作成することが可能であるのが特徴だ。また、比較的簡単にプログラムを作成することもでき、自由度が大きいという利点も有していることから、本職であるプログラマーに限らず、一般的な事務作業においても広く使用されている。だが一方で、構文エラーは少ないものの、実行時エラーが多いという面がある。

「なるほど。この世界に革命をもたらした『精霊導具』ってのは、確かに凄い代物だ。けど……」

 効率化と合理化をもたらし、人々の生活を向上させた「精霊導具」。自動化処理を行うことが出来れば、確かに革命とも呼ぶに相応しい変化だろう。しかし、セロは驚くと同時に記された構文にどこかもどかしい思いを抱いた。いや、正確に言えばそれは苛立ちにも似た思いと表現できる。

「だああああぁぁぁっ! 何なんだ、このコーディングは! 超絶読みづらいし、そもそもコードが冗長過ぎる……非効率、無駄コードのオンパレードだなコリャ。機巧師エンジニア失格だな」

 こうして書籍化されている以上、このサンプルとして記された構文を組み上げた機巧師は、著名な人物なのだろうと推察できる。

 だが、粗方目を通したセロは、思わず眉根を寄せた後に、容赦なく「失格」と一言で切って捨てる。

 この時の彼の言葉を、もしその筋の者が耳にしていたら、烈火の如く怒り、「謝罪しろ」と鋭く迫ったであろう。そう考えれば、セロにとってこの場に自分以外いなかったことは、幸いであっただろう。

 しかしながら、思わずセロが「失格」と判断したことも無理はないと言える。何故ならば、サンプルとして一番初めに記された簡単な処理工程を記載したものでも、優に三ページほどがびっしりと文字で埋め尽くされるほどの記述量なのだ。加えて、コメント(ソースコードに書かれているメモのこと。コメントがあってもなくてもプログラミングの動作には影響がない記述)が一切見当たらないために、コードの具体的な処理内容が把握しづらい欠点も見受けられた。

「……なるほど。要は変数宣言がなく、基本構文の曖昧なVBAってことか……コメントもないとなると、そりゃあ読みづらいと思うわけだよ」

 その理由を分析し終えたセロは、どこかぐったりとしつつ書籍中の構文を睨み、ため息交じりに小さく呟いた。
 セロが分析した「変数宣言」と「基本構文」は、プログラミングにおいて非常に重要な意味を持っている。

 まず、変数についてだが、これは大きく二つの利点がある。第一に、「別名として使える」こと、第二に「一時的に記憶できる」という二点である。

 第一に別名として使えるというのは、具体的には次のようなケースだ。

 例えば、半径三メートルの円の面積は、円周率を3.14とすると「3×3×3.14」(半径×半径×円周率=面積)で求められる。しかし、何度も同じ計算をする場合、その都度円周率を書くのは面倒であるし、間違える可能性もある。

 また、場合によっては一時的に円周率を「3」として扱う場合もあるだろう。そうなると、表記した個所をすべて書き直さなければならない。

 そのようなとき、変数を使うとどうなるのか。具体的に円周率を「pi」という記号(変数)で表すと、「3×3×pi」という式となる。

 これならば、とても見やすく、また円周率を変更する場合は「pi」の値を書き換えるだけで済み、いちいち式全体を見ながら書き換える必要はなくなる。

 第二に、一時的に記憶するとは次のようなケースである。
 変数は「数値の一時的な記憶」に使われることも多い。たとえば,入力された数値を一時的に保持しておく場合や、計算した値を一時的に記憶して後で使うなど、いろいろな使い方をすることができる。

 例えば、変数「r」に外部から入力した数値が入っていると仮定すると、先ほどあげた円の面積を求める式は「r×r×pi」と非常に簡単になる。

 こうした以上の理由から、変数は「なくてはならないもの」なのかがわかる。だが、今セロが目にしている書籍中に出てくるコードには、そうした「変数」という概念は見受けられなかった。

 先のセロの呻きは、変数の重要性を理解している彼だからこそ呟ける言葉なのだ。一通り開いた書籍を読み終えたセロは、続いて「魔法概論考察」と書かれた書籍を手に取る。

「魔法ねぇ……漫画やアニメよろしく、長い呪文でも唱えろってことなのか? つーか、この世界にいる人は、魔法って使えないんじゃなかったっけか?」

 ふと前世で見たあるシーンや昨日のロッソの説明を脳裏に思い描きながら、セロは「魔法概論考察」の中身をさらさらと読んでいく。しかし、中に記されていた「コード」は彼の予想の斜め上をいくものであった。

「――っ!? これって……」
 書籍内に記された文章に目を走らせたセロは、言葉を発するのも忘れ、憑りつかれたように黙したままページを捲る。
 やがて、陽が中天を過ぎた後にセロはようやく手にした書籍から目を離した。

「マジかよ……」
 大きく息を吐いてポロリと言葉を漏らしたセロは、手近にあった「精霊機巧学」を引き寄せ、「魔法概論考察」と並べる。

「仮に魔法概論考察(この本)に書かれた通りなら……こっちの世界では既に『魔法』は失われた技法のはずだ。けど……どうして失われたはずの技法が精霊構文の中に生きているんだ……?」

 それは前世でいくつものプログラミング言語を操っていたセロだからこそ至った着眼点であった。

「精霊機巧学」に記された『精霊構文』と「魔法概論考察」に残された『魔法術式』のそれぞれのコード。その両者は書き振りさえ異なるものの、根底に流れる基本概念や設計思想、論理法則は驚くべきことに共通であったのだ。

 セロの読んでいた「魔法概論考察」によれば、自身の中にある魔力を組み上げた術式により演算し、外界へと顕現させる技法と記されている。

 書籍の中にも遺跡から発見されたものとされるコードらしきものが記載されていた。しかしながら、書籍中にはいくつかの記述についての見解が示されているのみであり、術式の組み方や具体的な発動方法については遥か昔に逸失し、今では読み解ける者や発動できる者はいないと加えて記されていた。

 セロが手にしたこの魔法概論考察は、世界の各地に点在する遺跡を調査し、その中で発見された魔法術式から失われたはずの魔法を復活させようと試みる書籍であった。

 本来ならば到底十代前半の少年が理解することもできない専門書である。だが、今それを読んでいるのは、運命というレールをある意味で踏み外した存在だ。

 セロは両書籍を比較しながら、真剣な面持ちでブツブツと独り言を呟く。
「精霊機巧学にあった精霊構文がVBAに近いものとするなら、こっちの魔法概論考察にあった魔法術式はやCobolコボルのような古いプログラミング言語に近い。なるほど……最初に感じた違和感はこれか」

 精霊構文と魔法術式を比較し終えたセロは、カリカリと頭を掻きながら誰に聞かせるわけもなくそう結論付けた。

(古いプログラム言語は、直線処理、手続型と言われる言語だ。処理速度は中央演算処理装置(CPU)の処理速度やメモリとの通信速度、メモリとの反応速度、記憶媒体の反応速度と個々のPCに依存する。古い言語は、新しいものに比べて難易度は高い分、ある程度「機械にとって」分かり易いように記述されるために処理速度が速い。なるほど……人間を一つのPCと仮定するなら、その処理速度はCPU――つまり個々人の頭脳に依存する。また、より高速に処理できるよう、簡素な言葉で記述されたから、難度が高い……だから失われた、と見ることもできるな)

「へぇ……面白いな。ここにはゲームもテレビもないから、ただぼんやりと日々を過ごしていたが……まさか、異世界に転生してまでプログラミングをやれるとは、思ってもみなかった」
 セロは微笑を浮かべながら、手元に広げた二冊の書籍を眺める。

「さて、もうこんな時間だ。続きは明日にでもしようか」
 いつの間にか陽の光が茜色に染まっていたのを確認したセロは、広げた本を書棚に戻して蔵書室を後にする。

 部屋に戻ってきたセロにロッソが「どうだった?」と訊ねられたが、初めて訪れた蔵書室で高度な専門書を読んでいたとは言えず、「いろんな本があって興味深かった」とだけ返してその日は追わりを告げたのだった。
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