グリムの精霊魔巧師

幾威空

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本編

Module_051

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「や、止めろ……止めろおおおおおおおっ!」
「た、頼むっ! 俺は単に上から言われただけで――ウギャアアアアアアッ!」
「あ、も……燃えてる。俺の身体が燃えてるううううっ! アハハハハハハッ!」

 ベリアルの僕たる焔蛇が、次々と彼に刃を向けた輩に焔の断罪を施していく。ある者は泣き喚いて赦しを乞い、ある者は全身を駆け巡る熱と痛みに踊り狂い、またある者はその場限りの嘘で逃れようとなけなしの知恵を絞って言葉を並べ立てる。

 だが、「罪喰らい」の名を冠するその大蛇は、ただ目の前の敵に向かってその力を惜しみなく振るう。

 かの蛇の後ろには、誰一人として残ってはいない。

 皆一様に灰すら残さず、その魂までもを燃やし尽くされていた。

「ふむ……この者らに『蛇』を相手にするのは、少々荷が勝ちすぎていましたか。折角主より賜った機会でしたので、もう少し戯れたかったのですがねぇ……」

 ベリアルは蛇により葬られる人間たちの断末魔を耳にしつつ、ぽつりとそう残念そうな感想を呟く。

 もはや、ベリアルの周囲に広がる光景は、もはや戦場という言葉ではない。

 それは――

 もはや「一方的な殺戮」という表現がこれ以上なくピタリと符合する場面であった。

「ふむ……こちらはそろそろ片付くようですね。さて、あちらはどうでしょうか。我が主のことですから、あのような快楽殺人者ごとき・・・に遅れをとることは、万が一にも無いと思いますが……」
 ベリアルはそのコートをはためかせつつも、悠然とした態度で主たるセロのいる方へとその目を向けた。

◆◇◆

(これは……一体どういうことだ?)

 ベリアルによる一方的な殺戮が終わりを見せ始めた頃。夜の闇に紛れながらセロへと攻撃を仕掛けていたセイラスは、自分が置かれた状況を把握するのに、いつも以上の時間を要していた。

「セィッーー!」
「グゥッ!?」

 目の前に立ちはだかる白髪の少年ーーセロは、体格も力も自分より劣る「はず」の存在だ。

 ーーそう。この言葉の通りであるならば。

 ーーだが、右手を薙ぐように振られたセロの愛銃「カトラス」の銃身を受け止めたセイラスは、手にしていた短刀越しに伝わるその威力に、内心戸惑いを隠せなかった。

(な、何故、こんなにも「重い」……!? コイツはまだガキだろう!?)

 まるで大剣を受け止めたような衝撃に、セイラスの表情がわずかに歪む。

 だが、そんなセイラスの内なる思いなど知ったことかと言わんばかりに、セロは受け止められたカトラスを軸にするようにその場で反回転すると、その銃口をセイラスに向けて引き金を引いた。
「チィッーー!」

 ーードパァン!

 轟音と共に射出された弾丸がセイラスを襲うものの、彼は辛うじてその射線から身体を逸らして事なきを得る。セイラスはこれまでの経験から導き出した咄嗟の判断に、「よく反応できたな」と驚きつつも、この戦闘において劣勢を強いられていることに歯痒さを覚える。

(攻撃から攻撃までの間隔が短い。それに、単純な速度も並の冒険者より数段速いーーっ!) 

 矢継ぎ早に繰り出されるセロの波状攻撃に、セイラスは額に浮かぶ汗すら拭うこともできず、回避と防御に徹する。

 セイラスはただセロの速度に驚いたが、これがベリアルならば違った感想を抱くだろう。

 事実、セロの攻撃を受けることで手一杯の様子であるセイラスを見たベリアルは、彼の心中を察した上でポツリと呟く。
「あぁ、やはりあの者には主の相手は無理でしたか。主の『異常』の本質を見極められない者には、私の相手ですらできないでしょうし」
 遠くから眺めていたベリアルは、顎に手を当てながら戦闘の趨勢を分析する。

 ベリアルが漏らしたように、ただセロの攻撃を受けるだけしかできていないセイラスは、彼の「異常さ」に気づいていない。

 ーーベリアルが告げた「異常」。それは、一言で表現すれば、「状況判断・処理能力の高さ」だ。

 戦闘では、刻一刻と状況が変化する。相手との位置関係、疲労の蓄積度合い、武具の損耗率……

 その一つ一つの情報を、的確に判断し、適切に処理しなければならない。そのためには、移ろいゆく状況をある程度予測した上で、それを「変数」として適宜修正し、最適化することが求められる。
 対魔物戦ならいざ知らず、こと対人戦ならばさらに処理する情報量は多くなる。現にセイラスと対峙し、攻撃を仕掛けるセロは、外部から入力される情報をアップデートし、その攻撃速度を戦闘開始時より吊り上げている。

 それを可能にしているのは、一重に「並列思考マルチタスク」の術式だ。
これは丁度PC画面上でいくつものウィンドウが立ち上がり、一つ一つが独立して起動していることと似ている。

 この並列思考の術式により、セロは資源リソース情報の入力インプット処理結果アウトプットに分割し、さらにそれぞれを「入力情報の最適化」領域、「演算処理」領域、そして最後に「身体強化」術式を展開する魔法演算領域と、トータルで5分割にしている。

 なお、「身体強化」術式の発動に伴い現れる全身を覆う燐光は、今はセロの身体の中ーー厳密には皮下組織の下を覆うように術式が組まれている。
 これは単純に暗闇で攻撃を仕掛けるには、発光が不利に働くためだ。セロはこのパターンの術式を「隠蔽モード」と呼んでいる。

 このように、自分の脳内を5つに分割し、それぞれを独立・有機的に連携しながら状況に対処しているセロだが、恐るべくは、この一連の流れを、全てセロの脳内で賄えている点だ。

 通常、一人の人間が並列作業を行うには、どうしても一部分の作業を中断しなければできない。
 しかしながら、この「並列思考」術式は各領域の作業を中断することなく、かつ互いを無理なく成立させている。

 もちろん、セロも何の努力もなくこの術式を使えたわけではない。それはあの森の中で魔物と戦う中で磨かれた、彼の努力の結晶なのだ。
 当初は二分割でさえ、頭がぐちゃぐちゃになる感覚に目眩と吐き気を催すほどだったのだが、今では八分割も平然としながらこなせるまでに成長している。

「ふぅむ……やっぱり、まだまだ狙いを定め辛いな。これは銃そのものが重いからかな? 何にせよ、もっと筋力をつけて武具を使いこなす・・・・・ように訓練が必要かなぁ……」

 一方のセロは、不満そうに眉根を寄せて難しい表情を浮かべつつ、食い入るようにカトラスを見ながらブツブツと独り言を呟いていた。

 もはや、セイラスのことなど蚊帳の外だと言わんばかりの態度である。その見事なまでの変身ぶりに、セイラスは目の前の状況を受け入れるのがやっとであった。

「さて、人を嬲って愉しむ腐れド外道の快楽殺人者君。お前は目出度く俺の『敵』として認定された。それなら――」

 そこで一度言葉を切ったセロは、盛大にその両端の口を吊り上げ、空いた左手をアイテムポーチの中に突っ込む。
 そしてその小さなポーチの中から「カトラス」と対をなす二丁目の愛銃――「セイバー」を取り出し、続く言葉をセイラスに投げかける。

「そのドタマに鉛玉ブチ込まれても文句言うなよ? そもそもこの事態を招いたのはお前自身なんだからな」

 両手に黒と白の銃を持ったセロは、頭を左右に倒して首をコキコキと軽く鳴らしつつそう告げると、その場で軽くステップを踏みながらさらに言葉を紡ぐ。

「あれだけ余裕かましてくれたんだ。精々足掻けよ? たかが『子ども』だと舐めてると――アッサリ死んじまうぜ?」

 不敵な笑みを浮かべてそう告げたセロは、直後、セイラスの視界から消え去った。
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