グリムの精霊魔巧師

幾威空

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本編

Module_045

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「――で? 俺に何をしろって?」

 マレーン商会の襲撃が発生してから数時間後。食事中であったセロは、「あれっ? これってデジャヴじゃね?」という思いを抱きつつも、イルゼヴィルの側近――グラースという屈強な大柄の男に捕まり、抵抗も虚しく再びマレーン商会にてイルゼヴィルと対面することとなった。

「この状況を見ればだいたいは分かるだろう? 私の親友たるイルネが襲われた。君にはその制裁・・に協力して欲しいんだよ。もちろん協力してくれた礼はする」
「制裁って……それってただの私刑リンチじゃあ……」
「うん? 何か言ったかね?」
「イエ、ナンデモアリマセン………」
「そう。ならばよし。聞き分けのよい子は好感が持てるね」

 グラースに襟首を掴まれたセロは、上から吊られた格好のままイルゼヴィルと対峙する。ちらりと目を左右に走らせて周囲を見回せば、そこは到底同じ場所とは思えないほどに荒れ果てた室内であった。家具は倒れ、調度品が破壊されてその無残な姿を床の上に曝け出す光景は、とてもではないが人が住んでいるとは思えない有様だ。
「……はぁ。まぁ報酬があるのなら手伝うのもやぶさかではないが……そもそもの話、あの会頭さんがどこにいるか、分かるのか?」

 足をぷらぷらと揺らしつつ訊ねるセロに、イルゼヴィルはわずかにその口の端を持ち上げながら「もちろん」と答える。
「君はイルネと同じ能力がある。なら、コレが一体何か分かるだろ?」
 不敵な笑みを見せるイルゼヴィルは、内ポケットから千切れたイヤリングをセロの前に掲げながら訊ねる。

「――あぁ、なるほど。コレ……発信機だろ?」
「正解。イルネが言うには、これは『双信機そうしんき』というらしいがな。このイヤリングはそれぞれ発信機と受信機を備えている。一定の間隔になると、自動的に互いの現在地を示す信号を発信するんだそうだ。もっとも、受信側で拾える距離に限界があるんだが、幸いにも襲撃から時間が経ってなかったからな。発信機から放たれる信号をもとに部下共に捜索させたらすぐに居場所を特定できたよ」
「なら、どうして俺を? 居場所が特定できたのなら、すぐに乗り込めばいいのに」
 セロのもっともな指摘に、イルゼヴィルは胸元のポケットから取り出した煙草に火を付け、紫煙を吐き出しながら答える。

「乗り込むだけなら簡単よ。ただ、場所がねぇ……」
 イルゼヴィルはアンニュイな表情を浮かべつつ、再び紫煙を吐き出すと、続く言葉を口にする。

「――デラキオ商会が管理する大工房なのよ。あそこにはイルネたち以外にも大勢の機巧師たちがいる。機巧師はこの街の発展に欠かせない存在だ。それに、あの工房には彼らにとっては命よりも大切な数々の道具がある。できれば彼らの居場所を無闇に奪うことは避けたいのよ」
「なるほどね。それで俺にどうしろと? 俺はただのモグリの機巧師だ。ライセンスが無い以上、あまり大っぴらなことはできないぞ?」

 事情を把握したセロは、眉間に皺を寄せつつ頭を掻いてイルゼヴィルに問いかける。一方、セロの言葉を受けたイルゼヴィルは、微笑みながらサラリと告げる。

「あら、そんなものは大した問題では無いわよ。君はただ私とグラースの精霊武具をメンテナンスしてもらえればいいから。本当はもう少ししたらイルネに頼もうとしてたんだけど、この状況だし、君は他人の精霊武具をメンテナンスした経験があるようだしね。もちろん、君のことはこの場限りにしておくから。漏らしたヤツはキッチリ制裁しておくから、安心してね」
 微笑みながら告げられた言葉に、セロの背筋に一瞬寒気が走る。見た目からの表情からは掛け離れた、組織のボスとしての冷徹な一面がその瞳に宿っていた。
「あ、あぁ……そうしてもらえると助かるよ。それで? 作戦の具体的な時間とその内容は?」

 セロはイルゼヴィルの本気度に気圧されつつ、さらに質問して話題の中心を変える。
「作戦の決行は、これより二時間後。グラースと彼が率いる部隊が正面から仕掛けるから、その間に私と貴方で中に侵入して、イルネたちを救助する。大筋はこんな感じかしらね」
「正面は陽動……か。ただ、中に侵入するにしても、建物内部の見取り図や構造を事前に把握しておかないと、作戦の成功は見込めないだろう? こういう陽動作戦は短期勝負だ。侵入する人数はこっちの方が少ないわけだし、向こうに地の利がある以上、できるだけその差は埋めておいた方がいい。加えて、表で仕掛ける部隊はどれくらいの時間を稼げるかも見積もっておかないと。想定より早く戦線が崩れた場合、俺たちに人員が多く割かれるだろう。そんな場合にどう対処するか、前もって何パターンかシミュレーションしておく必要があると思うが?」
 イルゼヴィルの言葉にセロが自分の意見を述べると、グラースは目を見張り、イルゼヴィルは面白そうに口の端を吊り上げた。

「……おいおい、聞いたか、グラース。この坊やはなかなかの逸材のようだな」
「はい、大佐。言葉の端々から状況を想定し、敵の出方を想定した上でどのように対処するか……この年でそこまで具体的にシミュレーションできるのは、素直に驚嘆するに値すると思います」
 イルゼヴィルの問いかけに、グラースはゆっくりと頷きながら答える。

「イルネほどでは無いが……実に興味深いねぇ。どうやったらその年でそんな考えを持てるんだか」
「いやぁ、アハハ……」
 口角を持ち上げて微笑を浮かべつつも、獲物ターゲットを捉えた肉食獣の如く鋭い目を向けるイルゼヴィルに対し、セロは乾いた笑いを上げながら受け流す。

(うん……言えるワケないよな。転生前にやってた、ネットのFPSゲームで鍛えた……なんて)

 カリカリと軽く頭を掻きながら言い淀むセロに、イルゼヴィルは軽く息を吐いて「まぁ今は聞かないさ。それよりも、イルネのことがあるからな……」と話の中心を切り替え、話を進める。

 やがて、イルゼヴィルとの打ち合わせを終えたセロは、グラースからメンテナンスをする精霊武具を預かると、そのまま商会の地下へと向かっていった。イルゼヴィルの調べによれば、この商会の地下にある「工房」は、襲撃の影響を奇跡的に受けていなかった。「追加で必要な素材があれば用意する」とイルゼヴィルは告げたが、セロが見たところ、それほど損傷していないことから、微調整程度で充分なことが分かる。
「ただ、何が起こるか分からないからなぁ……時間もまだあるし、念には念を入れて、精霊術の発動効率を上げて、余ったスペースに新たな機能を加えておくか……」
 そうして本人の預かり知らぬ間に、セロの手によって二人の相棒が改造されていく。

 ーーそして。

「そろそろ時間だ。メンテナンスの方は終わったか?」
 ノックをして工房に入って来たイルゼヴィルに、セロは不敵な笑みを見せて呟く。
「……あぁ、終わったよ」
 セロは入って来たイルゼヴィルとグラースに、それぞれの精霊武具を手渡し、自らも腰にベルトタイプのガンホルダーを下げた。

「ならば良し。さて諸君……我々の友人を虐める不届き者を成敗するとしようか。各々、その魂に戦いの炎を灯せ。我らは戦場に立つ者……生き血を啜り、死人の肉を喰らいながら勝利を掴む者なり。さぁ、諸君。行こうかーーわれらの勝利をもぎ取りに」

 イルゼヴィルの口から紡がれる言葉が、ひりつくほどの緊張感を伴いながら場に響き渡った。
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