43 / 61
本編
Module_043
しおりを挟む
「チィッ……予想はしていたが、ここまで落ち込むとはな」
セロによる疾風怒濤とも呼べる巻き返し劇から数日後。直近の商会における売上推移について報告を受けたデラキオは、手にした書類に刻まれた数字を見て思わず苦い表情を浮かべながら舌打ちする。
「……はい。前年同月比でおよそ2割弱の落ち込みになっています。特に直近の落ち込みは大きく、マイナス幅はここ数カ月間で最大となっています」
傍に控えていたコンラットは、デラキオの言葉に付け加えるように詳細な説明を行う。ピクリとも眉を動かさずに淡々と彼の口から告げられる事実に、デラキオの表情がますます険しくなった。
「クソッーーそれで? こうなった原因について、調べはついたのか?」
デラキオは苦々し気な表情を浮かべつつも、手にした書類から視線をコンラットへと移して訊ねた。
「はい。多少の時間はかかりましたが、何とか判明しました。結論から申し上げますと、此度の落ち込みの原因は『マレーン商会』にありました」
「何? あの女狐のトコの商会がか……? 一体どういうことだ?」
告げられた言葉に、眉間に皺を寄せて疑問を口にするデラキオに、控えていたコンラットは直立不動のまま、眼鏡を一度掛け直して静かに説明を始める。
「私が独自に入手した情報によりますと、あの商会では我がデラキオ商会にて施したロック機構を解除する専用装置を独自開発したようです。そして、その装置を、あろうことか他の商会にも貸与したとのことです」
「解除する装置を独自に開発した……だと? だが待て。我々の方で施したロックを解除するには、対応する8桁のパスワードが必要になる。数字だけとはいえ、8桁にも及ぶパスワードなんだぞ? それを初見にて解除するには、膨大な精霊構文を組む必要があるのだろう?」
「はい、それは仰る通りです。実際に私の方からも我が商会内の機巧師たちに確認をとりましたから」
デラキオの指摘に、コンラットは再び眼鏡を掛け直し、頷きながら言葉を返した。
「なら……どうしてだ? 仮に装置の構想はできても、精霊武具のメンテナンスに必要な素材は我々の方でがほぼ買い占めている状況だ。そのような中で開発と製作が出来ただと……? 加えて、他の商会にも貸与したと言ったな? 膨大な精霊構文を刻む必要があるのなら、装置は必然的に大きなものになるはずだ。そんな巨大なものを移動すれば、嫌でも目立つ。だが、そのような報告は一度も受けていないぞ……」
デラキオは親指の爪を噛みながら思案するものの、一向に答えは見出せられなかった。
「左様です。私の方にもそのような報告は来ておりません。ですが、現実として我々の売上ご落ち込んでいる以上、あのマレーン商会が我々の施したロックを解除する高性能な装置を開発し、加えてそれを惜しげも無く他の商会に貸し与えた……そう見るのが自然でしょう」
歯噛みするデラキオに、コンラットも軽くため息を吐き、首を振りながら呟く。
「クソッ! クソクソクソッ! やっと……やっとここまで来たんだぞ。精霊結晶を用いた精霊導具ビジネスは、やがては一大産業になる。ビジネスは競争だ。いかに相手よりも早く、大きなシェアを独占できるかがカギだというのに……」
デラキオは握り拳を机に叩きつけながら憤怒の形相を露わにする。彼の頭には市場の「独占」が常にあった。精霊革命と呼ばれる一大技術革新から、まださほどの年月が経ってはいない。人々の生活にもたらされた「精霊導具」は、今では技術の進歩を象徴するアイテムとなり、技術だけではなく、新たな時代の到来をも予感させるアイテムとなっている。
だからこそ、精霊導具を扱う機巧師は、国にとって重要視される存在であり、それを裏付けるような高待遇と特権が認められている場合がある。
デラキオはそうした時代の潮流を敏感に察知し、早くから手を打ってきた。
ーー仮に、市場を自らの商会で独占できれば、ヒト・モノ・カネを自分の思うがままに「動かせる」。
それは、もはや影からこの街を操るのと同義だ。デラキオは自分でも支配欲が強いと認識している。この街を支配し、自分の思い描く通りの展開を望む彼にとって、今回のマレーン商会を発端とした事件は見事に痛手であった。
「あの女狐め……もうなりふり構ってられん。コンラット!」
「ハッ」
デラキオは控えていたコンラットを呼ぶと、彼にある指示を与える。
「それはーー本当によろしいのですか?」
「あぁ。いい加減、あの女狐の相手をするのも億劫になってきた。それに加えて今回の件だ。あの女共々、『一体誰に喧嘩を売ったのか』……それをその身でもって思い知らせてやれ」
「……承知いたしました」
凶悪な笑みを浮かべながら告げるデラキオに、コンラットは無表情で軽く頭を下げて部屋を去る。
「今に見てろよ、女狐め。無様に泣き喚きながら地獄に堕ちろ」
誰もいなくなった執務室に、デラキオの欲望に塗れた声が辺りに響く。
だが、彼はこの時知らなかった。
ーー彼が本当に畏れるべき者が別にいることなど。
セロによる疾風怒濤とも呼べる巻き返し劇から数日後。直近の商会における売上推移について報告を受けたデラキオは、手にした書類に刻まれた数字を見て思わず苦い表情を浮かべながら舌打ちする。
「……はい。前年同月比でおよそ2割弱の落ち込みになっています。特に直近の落ち込みは大きく、マイナス幅はここ数カ月間で最大となっています」
傍に控えていたコンラットは、デラキオの言葉に付け加えるように詳細な説明を行う。ピクリとも眉を動かさずに淡々と彼の口から告げられる事実に、デラキオの表情がますます険しくなった。
「クソッーーそれで? こうなった原因について、調べはついたのか?」
デラキオは苦々し気な表情を浮かべつつも、手にした書類から視線をコンラットへと移して訊ねた。
「はい。多少の時間はかかりましたが、何とか判明しました。結論から申し上げますと、此度の落ち込みの原因は『マレーン商会』にありました」
「何? あの女狐のトコの商会がか……? 一体どういうことだ?」
告げられた言葉に、眉間に皺を寄せて疑問を口にするデラキオに、控えていたコンラットは直立不動のまま、眼鏡を一度掛け直して静かに説明を始める。
「私が独自に入手した情報によりますと、あの商会では我がデラキオ商会にて施したロック機構を解除する専用装置を独自開発したようです。そして、その装置を、あろうことか他の商会にも貸与したとのことです」
「解除する装置を独自に開発した……だと? だが待て。我々の方で施したロックを解除するには、対応する8桁のパスワードが必要になる。数字だけとはいえ、8桁にも及ぶパスワードなんだぞ? それを初見にて解除するには、膨大な精霊構文を組む必要があるのだろう?」
「はい、それは仰る通りです。実際に私の方からも我が商会内の機巧師たちに確認をとりましたから」
デラキオの指摘に、コンラットは再び眼鏡を掛け直し、頷きながら言葉を返した。
「なら……どうしてだ? 仮に装置の構想はできても、精霊武具のメンテナンスに必要な素材は我々の方でがほぼ買い占めている状況だ。そのような中で開発と製作が出来ただと……? 加えて、他の商会にも貸与したと言ったな? 膨大な精霊構文を刻む必要があるのなら、装置は必然的に大きなものになるはずだ。そんな巨大なものを移動すれば、嫌でも目立つ。だが、そのような報告は一度も受けていないぞ……」
デラキオは親指の爪を噛みながら思案するものの、一向に答えは見出せられなかった。
「左様です。私の方にもそのような報告は来ておりません。ですが、現実として我々の売上ご落ち込んでいる以上、あのマレーン商会が我々の施したロックを解除する高性能な装置を開発し、加えてそれを惜しげも無く他の商会に貸し与えた……そう見るのが自然でしょう」
歯噛みするデラキオに、コンラットも軽くため息を吐き、首を振りながら呟く。
「クソッ! クソクソクソッ! やっと……やっとここまで来たんだぞ。精霊結晶を用いた精霊導具ビジネスは、やがては一大産業になる。ビジネスは競争だ。いかに相手よりも早く、大きなシェアを独占できるかがカギだというのに……」
デラキオは握り拳を机に叩きつけながら憤怒の形相を露わにする。彼の頭には市場の「独占」が常にあった。精霊革命と呼ばれる一大技術革新から、まださほどの年月が経ってはいない。人々の生活にもたらされた「精霊導具」は、今では技術の進歩を象徴するアイテムとなり、技術だけではなく、新たな時代の到来をも予感させるアイテムとなっている。
だからこそ、精霊導具を扱う機巧師は、国にとって重要視される存在であり、それを裏付けるような高待遇と特権が認められている場合がある。
デラキオはそうした時代の潮流を敏感に察知し、早くから手を打ってきた。
ーー仮に、市場を自らの商会で独占できれば、ヒト・モノ・カネを自分の思うがままに「動かせる」。
それは、もはや影からこの街を操るのと同義だ。デラキオは自分でも支配欲が強いと認識している。この街を支配し、自分の思い描く通りの展開を望む彼にとって、今回のマレーン商会を発端とした事件は見事に痛手であった。
「あの女狐め……もうなりふり構ってられん。コンラット!」
「ハッ」
デラキオは控えていたコンラットを呼ぶと、彼にある指示を与える。
「それはーー本当によろしいのですか?」
「あぁ。いい加減、あの女狐の相手をするのも億劫になってきた。それに加えて今回の件だ。あの女共々、『一体誰に喧嘩を売ったのか』……それをその身でもって思い知らせてやれ」
「……承知いたしました」
凶悪な笑みを浮かべながら告げるデラキオに、コンラットは無表情で軽く頭を下げて部屋を去る。
「今に見てろよ、女狐め。無様に泣き喚きながら地獄に堕ちろ」
誰もいなくなった執務室に、デラキオの欲望に塗れた声が辺りに響く。
だが、彼はこの時知らなかった。
ーー彼が本当に畏れるべき者が別にいることなど。
0
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる