28 / 61
本編
Module_028
しおりを挟む
「……何っ? それは本当か?」
セロがホワイトナイツの面々と満月亭で馬鹿騒ぎを繰り広げていた頃。グリムの東側に拠点を構える「デラキオ商会」--その執務室において、豪奢な椅子に腰かけていたデラキオは、長机を挟んで彼の前に立つコンラットの言葉に我が耳を疑った。
「えぇ。確かな筋からの情報です。本日午後、ギルドで冒険者として新規登録を行った少年が、大量の魔物の買取り依頼を出したとのことです。現場を見た者からは、その少年はアイテムポーチを所有しており、中から天井に届くほどの魔物の遺体を出したとのこと」
報告を受けたデラキオは、不気味な卑しい笑みを貼り付けながら口を開く。
「ふむ……それほどまでに大容量のアイテムポーチが存在するなど、未だかつて聞いたことも無いな」
「はい。私も当初は冗談か何かだろうと思いましたが、複数の者から同様の話を聞かされました」
コンラットは眼鏡の縁を光らせながらかけ直すと、抑揚を押さえた声音でデラキオに告げる。
「そして、件のアイテムポーチの所有者と目される少年に、あの『マレーン商会』の会頭が懇願するように少年に対して『自分のトコに来ないか?』と勧誘していたとも報告を受けました」
「ほう……あの女狐が目を付けるまでの人間か。興味があるな」
ギシリと背もたれに身を預けたデラキオは、その肘掛けを指で叩きながら思考を巡らせる。
「いかがなさいますか?」
「そうだな……まずは情報が必要だ。その少年のことならば、些細なことでも構わん。情報を収集しろ。多少の金を握らせても構わん。なに、相手はただの子どもだ。大容量のアイテムポーチを入手するためなら、多少吹っ掛けられても問題は無かろう。餌を撒いて釣り上げてしまえばよい。ククッ……目の前に見たことも無いほどの金を積まれれば、惜しげも無く手放すだろうよ。ブツを入手・解析し、我が商会で取り扱うことが出来れば――より私は盤石な地位を確立できるだろうからな」
既に目的のものを手に入れものたとして頭の中で算盤を弾いたデラキオは、ニタリと不気味な笑みを浮かべながら口を開く。大容量のアイテムポーチ――それは幅広い顧客を獲得し得る、いわば"金のなる木"だ。利に敏い商人ならば、喜んで大金を積むだろう。
「かしこまりました。では、そのように」
デラキオの言葉に一度軽く頭を下げたコンラットは、踵を返すようにデラキオのもとを去る。
「ククッ……思わぬ時にいい知らせが飛び込んできたものだ。これで私の計画はさらに盤石なものとなろう……」
室内に残されたデラキオは、笑みを零したまま一人呟く。
だがこの時、彼は二つのミスをおかしていた。
一つは、入手を命じたアイテムポーチが「セロの手によって製作されたもの」であると知らなかったこと。
そして二つ目は――セロの持つ力と技術が、既にデラキオよりも数段上にあったこと、である。
そんな思惑を交錯しつつ、その日の夜は更けていくのであった――。
◆◇◆
翌日、まだ日が昇って間もない頃に目が覚めたセロは、人が疎らな食堂で朝食を済ませると、足早にギルドへと向かった。
「うわっ……結構いろんな依頼があるなぁ……」
ギルドへと到着したセロは、一階のフロアの中央に設置された巨大な掲示板へとその足を運ぶ。この掲示板はギルドへ出された依頼が掲げられており、右側からランクの高い順に並べられている。
(昨日、グランやキールに聞いてたから要領は分かるけど……さすがにこれだけの種類があると迷うな)
セロが朝早くからギルドを訪れたのは、昨夜、祝いの席でグランとキールにあるアドバイスを受けたからだ。
(えぇっと……確か、グランからは「ギルドの依頼は毎朝更新されて、早い者勝ちで依頼を受ける者が決まる」だっけ。それに、キールからは「依頼内容によっては同じ場所で達成できるものもあるから、複数受けると効率がいいこともある」だったか)
セロは聞いたアドバイスを頭の中で反芻しつつ、掲示板の依頼を流し見ていく。張り出された依頼にはギルドへ出された日が記載されており、グランの言う通り昨日の日付が依頼書には記されていた。
「うーん。確かに種類は豊富だけど……魔物の生息地や薬草の群生地については詳しくないからなぁ。どれとどれを受けたら効率がいいのかまでは判断つかないな……」
「あらっ? 貴方は……もしかして昨日大量の魔物の買取り依頼を出してきた子かしら?」
掲示板の前で頭を掻きながら唸っていたセロに、後ろから声がかかる。
「えっ? あ、はい……どうも、セロといいます」
声を掛けられたセロは、反射的に背後へ顔を向けて軽く頭を下げる。そして面を上げた彼が目にしたのは、膝丈ほどのタイトなスカートを穿き、その身体のラインを強調するかのようなシルエットを作り出すジャケットを纏った女性であった。銀縁の細フレームの眼鏡をかけ、肩で切り揃えた漆黒の髪を揺らすその女性は、まさにセロの持つ「キャリアウーマン」のイメージを体現したものだ。
しかしながら、そうした触れれば切れるほどの鋭さを持つ女性なのだが、そのイメージを覆すかのように、その頭には髪の毛と同色の小さな三角耳が顔を出している。その小さな耳がお堅いイメージの中に隠された女性としての可憐さを象徴するようでもあった。
「えぇっと……貴女は?」
「あぁ、ごめんなさいね。貴方は昨日新規の登録をしたのでしたね。なら、知らないのも無理はないでしょう。失礼いたしました。私はロータス。ロータス=アルクライネと申します。当ギルドのサブギルドマスターを務めております。以後お見知りおきを」
「こ、こちらこそ失礼しました。まさかサブギルドマスターだとは知らず……」
セロはロータスの自己紹介に、慌てて深々と頭を下げた。
「いえ、お気になさらず。それで、どうしました? こんな朝早くから掲示板の前でうんうん唸って……」
「あ、はい。昨日、無事に登録も終わったので、今日から冒険者として本格始動しようかなと思っていたんですけど……予想以上に種類が豊富でどれを受けようかなと迷って……」
気恥ずかしそうにポリポリと頬を掻きながら悩みを打ち明けるセロに、ロータスは彼と同様に掲示板を一瞥すると、おもむろに二枚の依頼書をボードから剥して彼に手渡す。
「ふむ……でしたら、この「リング草の採取」と「ワードッグの討伐」はどうですか? 比較的ランクの低い依頼ですが、街からさほど離れていませんし、リング草の採取地とワードッグの生息域は重なっていることが多いです」
「なるほど。ちなみに、リング草は10本、ワードッグは5匹と規定数がありますけど、それ以上でも問題は無いですかね?」
「はい、それは問題ありません。規定数以上の達成には、追加で報酬が支払われますよ。ただし、リング草については、規定数以上採取しても、その状態によって多少追加報酬の額が上下しますが」
セロはロータスの留意事項を聞きつつ、受け取った依頼書に目を通した。確かに彼女の言う通り、依頼書には大まかな採取地や魔物のの出没地域が記されており、両者の距離は近いところにある。
「なら、これを受けます。手続きをお願いします」
「分かりました。あちらのカウンターで手続きを行いますので、そちらでカードを提示してください」
「はい、ありがとうございました」
ロータスがスッと指で手続きの場所を案内すると、セロは軽く頷いて御礼を告げる。
「……何? ローアってあんな子どもがいいワケ? でも、ちょっと年下過ぎると思うけど?」
「バッ! バカなこと言わないで」
セロを見送ったロータスに、ふと横合いから声がかかる。反射的に声を上げて振り向けば、そこにはニヤニヤとどこか意地悪な笑みを見せる彼女と同世代の女性が立っていた。
「アッハハハ。ゴメンゴメン。な~んか、いい雰囲気っぽかったからさぁ……ついつい声を掛けるのが遅れたのよ」
「白々しい……」
ケタケタと笑いながら謝るこの女性の名は、パルメ=シュステといい、ロータスと同じくギルドで働く職員の一人である。サブギルドマスターであるロータスに対し、気軽に声を掛けられるのは、このギルド内では彼女しかいない。それもそのはずで、ロータスとパルメは同期だからだ。
ロータスは日々サブギルドマスターとして事務方を務める一方、パルメは主に素材の買取りにかかる査定業務をメインにしている。
彼女の査定の正確さはロータスも一目置くほどで、その腕はギルドマスターであるグロースも信頼を寄せている。また、パルメは素材買取りの査定業務を行うのみならず、査定部門の職員を取り纏める部門長も担っており、ギルドの収益源の一翼を任せられているほどの人材であった。
「にしても、あんな子どもがねぇ……私は本人を見るのは初めてだったけど、あんな小さなナリでよくもまぁあれほどの魔物を狩ったもんだよ」
「えぇそうね。聞いた話だと、これまでは森で生活していたらしいから、相当長い間森の中からでてなかったみたいね」
ロータスはパルメの発言に同意しつつ、自らの意見を口にする。しかし、パルメは首をわずかに傾げながら彼女の発言に疑問を放った。
「相当長い間森の中にいた……? ほぅ……だとしたら、一つ腑に落ちない点があるんだよね」
「どういうこと?」
反射的に訊ねたロータスに、パルメはやや鋭い目つきで再び口を開いた。
「あの子の持ち込んだ魔物の遺体は、そのどれもが鮮やかな手並みと高い技術で狩られたものだった。中には体格の小さい魔物の眉間にほんのわずかな穴だけを残して仕留めたものもある。その技術は正直呆れるほどよ。長い間森から出ずにコツコツと溜めていたのなら、仕留める段階で素材をダメにしたものも出てきていいはずでしょ? 彼はまだ子どもなのよ? まさか四つか五つの頃からあんなに高い技術を持ち合わせていたなんて考えにくい」
「……ちょっと待って。なら――」
ふと浮かんだロータスの推測に、パルメは頷きながら話を続ける。
「そう。昨日持ち込まれたものは、全てあの子が……最近狩ったものよ。それもおそらく数日で、ね。まぁ彼の持つアイテムポーチが『時間停止』の効果があるものなら話は違うのだろうけど、数年以上時間停止の効果を発揮できるアイテムポーチなんて、そんなものは伝説上のアイテムだしねぇ。まったく……とんだルーキーが出て来たものね。自身は気づいてないでしょうけど、こと戦闘に限れば……Dランクは軽く凌ぐでしょうね」
パルメは軽く息を吐いた後、その手をロータスの肩にそっと置いて呟く。
もっとも、パルメの言葉は「半分正解・半分間違い」といっていい。確かにセロがギルドに買取り依頼として持ち込んだ魔物素材は、彼女の指摘通りここ数日で狩ったものだ。
しかし、セロの持つアイテムポーチは、収納したものの時間を停止することができる上、その効果も軽く数十年は維持できる廃仕様だ。
そんな伝説とさえ言われるほどのスペックがあるなど、当の本人は知る由もないのだが。
「ふぅむ……他の冒険者とは違って、物腰は低くて丁寧で、実力もある。なるほど、そう考えたら今のうちに唾つけといた方が賢明だ、というローアの分析も間違いじゃないね」
「そうなのよね……こう、見た目は子どもなのにその言動が大人びてて、そのギャップがまた魅力で――って、何言わせんの!」
思わず口にした自分の言葉に顔を真っ赤に染めたロータスは、喚きながらパルメに鋭く突っ込みを入れる。
「アハハッ! そうカリカリしなさんな。直ぐに怒ると幸せが逃げるぞー。それに、最近は親からしつこく『結婚はいつだ?』って言われてるみたいじゃないの」
「ちょっ!? そんな話誰から!」
「えっ? それは~ひ・み・つ☆」
「アンタねぇ!? 人をおちょくるのも大概に――」
(……なんなんだ、あの騒ぎは)
まさか自分のことで言い争いになっていることなど知る由もなく、セロは無事に手続きを終えてギルドを後にした。
なお、余談ではあるが、ロータスとパルメは後ほどグロースからお小言を言われるハメになり、「そんなに元気なら」と普段よりも多く仕事が割り当てられることとなるのであった。
セロがホワイトナイツの面々と満月亭で馬鹿騒ぎを繰り広げていた頃。グリムの東側に拠点を構える「デラキオ商会」--その執務室において、豪奢な椅子に腰かけていたデラキオは、長机を挟んで彼の前に立つコンラットの言葉に我が耳を疑った。
「えぇ。確かな筋からの情報です。本日午後、ギルドで冒険者として新規登録を行った少年が、大量の魔物の買取り依頼を出したとのことです。現場を見た者からは、その少年はアイテムポーチを所有しており、中から天井に届くほどの魔物の遺体を出したとのこと」
報告を受けたデラキオは、不気味な卑しい笑みを貼り付けながら口を開く。
「ふむ……それほどまでに大容量のアイテムポーチが存在するなど、未だかつて聞いたことも無いな」
「はい。私も当初は冗談か何かだろうと思いましたが、複数の者から同様の話を聞かされました」
コンラットは眼鏡の縁を光らせながらかけ直すと、抑揚を押さえた声音でデラキオに告げる。
「そして、件のアイテムポーチの所有者と目される少年に、あの『マレーン商会』の会頭が懇願するように少年に対して『自分のトコに来ないか?』と勧誘していたとも報告を受けました」
「ほう……あの女狐が目を付けるまでの人間か。興味があるな」
ギシリと背もたれに身を預けたデラキオは、その肘掛けを指で叩きながら思考を巡らせる。
「いかがなさいますか?」
「そうだな……まずは情報が必要だ。その少年のことならば、些細なことでも構わん。情報を収集しろ。多少の金を握らせても構わん。なに、相手はただの子どもだ。大容量のアイテムポーチを入手するためなら、多少吹っ掛けられても問題は無かろう。餌を撒いて釣り上げてしまえばよい。ククッ……目の前に見たことも無いほどの金を積まれれば、惜しげも無く手放すだろうよ。ブツを入手・解析し、我が商会で取り扱うことが出来れば――より私は盤石な地位を確立できるだろうからな」
既に目的のものを手に入れものたとして頭の中で算盤を弾いたデラキオは、ニタリと不気味な笑みを浮かべながら口を開く。大容量のアイテムポーチ――それは幅広い顧客を獲得し得る、いわば"金のなる木"だ。利に敏い商人ならば、喜んで大金を積むだろう。
「かしこまりました。では、そのように」
デラキオの言葉に一度軽く頭を下げたコンラットは、踵を返すようにデラキオのもとを去る。
「ククッ……思わぬ時にいい知らせが飛び込んできたものだ。これで私の計画はさらに盤石なものとなろう……」
室内に残されたデラキオは、笑みを零したまま一人呟く。
だがこの時、彼は二つのミスをおかしていた。
一つは、入手を命じたアイテムポーチが「セロの手によって製作されたもの」であると知らなかったこと。
そして二つ目は――セロの持つ力と技術が、既にデラキオよりも数段上にあったこと、である。
そんな思惑を交錯しつつ、その日の夜は更けていくのであった――。
◆◇◆
翌日、まだ日が昇って間もない頃に目が覚めたセロは、人が疎らな食堂で朝食を済ませると、足早にギルドへと向かった。
「うわっ……結構いろんな依頼があるなぁ……」
ギルドへと到着したセロは、一階のフロアの中央に設置された巨大な掲示板へとその足を運ぶ。この掲示板はギルドへ出された依頼が掲げられており、右側からランクの高い順に並べられている。
(昨日、グランやキールに聞いてたから要領は分かるけど……さすがにこれだけの種類があると迷うな)
セロが朝早くからギルドを訪れたのは、昨夜、祝いの席でグランとキールにあるアドバイスを受けたからだ。
(えぇっと……確か、グランからは「ギルドの依頼は毎朝更新されて、早い者勝ちで依頼を受ける者が決まる」だっけ。それに、キールからは「依頼内容によっては同じ場所で達成できるものもあるから、複数受けると効率がいいこともある」だったか)
セロは聞いたアドバイスを頭の中で反芻しつつ、掲示板の依頼を流し見ていく。張り出された依頼にはギルドへ出された日が記載されており、グランの言う通り昨日の日付が依頼書には記されていた。
「うーん。確かに種類は豊富だけど……魔物の生息地や薬草の群生地については詳しくないからなぁ。どれとどれを受けたら効率がいいのかまでは判断つかないな……」
「あらっ? 貴方は……もしかして昨日大量の魔物の買取り依頼を出してきた子かしら?」
掲示板の前で頭を掻きながら唸っていたセロに、後ろから声がかかる。
「えっ? あ、はい……どうも、セロといいます」
声を掛けられたセロは、反射的に背後へ顔を向けて軽く頭を下げる。そして面を上げた彼が目にしたのは、膝丈ほどのタイトなスカートを穿き、その身体のラインを強調するかのようなシルエットを作り出すジャケットを纏った女性であった。銀縁の細フレームの眼鏡をかけ、肩で切り揃えた漆黒の髪を揺らすその女性は、まさにセロの持つ「キャリアウーマン」のイメージを体現したものだ。
しかしながら、そうした触れれば切れるほどの鋭さを持つ女性なのだが、そのイメージを覆すかのように、その頭には髪の毛と同色の小さな三角耳が顔を出している。その小さな耳がお堅いイメージの中に隠された女性としての可憐さを象徴するようでもあった。
「えぇっと……貴女は?」
「あぁ、ごめんなさいね。貴方は昨日新規の登録をしたのでしたね。なら、知らないのも無理はないでしょう。失礼いたしました。私はロータス。ロータス=アルクライネと申します。当ギルドのサブギルドマスターを務めております。以後お見知りおきを」
「こ、こちらこそ失礼しました。まさかサブギルドマスターだとは知らず……」
セロはロータスの自己紹介に、慌てて深々と頭を下げた。
「いえ、お気になさらず。それで、どうしました? こんな朝早くから掲示板の前でうんうん唸って……」
「あ、はい。昨日、無事に登録も終わったので、今日から冒険者として本格始動しようかなと思っていたんですけど……予想以上に種類が豊富でどれを受けようかなと迷って……」
気恥ずかしそうにポリポリと頬を掻きながら悩みを打ち明けるセロに、ロータスは彼と同様に掲示板を一瞥すると、おもむろに二枚の依頼書をボードから剥して彼に手渡す。
「ふむ……でしたら、この「リング草の採取」と「ワードッグの討伐」はどうですか? 比較的ランクの低い依頼ですが、街からさほど離れていませんし、リング草の採取地とワードッグの生息域は重なっていることが多いです」
「なるほど。ちなみに、リング草は10本、ワードッグは5匹と規定数がありますけど、それ以上でも問題は無いですかね?」
「はい、それは問題ありません。規定数以上の達成には、追加で報酬が支払われますよ。ただし、リング草については、規定数以上採取しても、その状態によって多少追加報酬の額が上下しますが」
セロはロータスの留意事項を聞きつつ、受け取った依頼書に目を通した。確かに彼女の言う通り、依頼書には大まかな採取地や魔物のの出没地域が記されており、両者の距離は近いところにある。
「なら、これを受けます。手続きをお願いします」
「分かりました。あちらのカウンターで手続きを行いますので、そちらでカードを提示してください」
「はい、ありがとうございました」
ロータスがスッと指で手続きの場所を案内すると、セロは軽く頷いて御礼を告げる。
「……何? ローアってあんな子どもがいいワケ? でも、ちょっと年下過ぎると思うけど?」
「バッ! バカなこと言わないで」
セロを見送ったロータスに、ふと横合いから声がかかる。反射的に声を上げて振り向けば、そこにはニヤニヤとどこか意地悪な笑みを見せる彼女と同世代の女性が立っていた。
「アッハハハ。ゴメンゴメン。な~んか、いい雰囲気っぽかったからさぁ……ついつい声を掛けるのが遅れたのよ」
「白々しい……」
ケタケタと笑いながら謝るこの女性の名は、パルメ=シュステといい、ロータスと同じくギルドで働く職員の一人である。サブギルドマスターであるロータスに対し、気軽に声を掛けられるのは、このギルド内では彼女しかいない。それもそのはずで、ロータスとパルメは同期だからだ。
ロータスは日々サブギルドマスターとして事務方を務める一方、パルメは主に素材の買取りにかかる査定業務をメインにしている。
彼女の査定の正確さはロータスも一目置くほどで、その腕はギルドマスターであるグロースも信頼を寄せている。また、パルメは素材買取りの査定業務を行うのみならず、査定部門の職員を取り纏める部門長も担っており、ギルドの収益源の一翼を任せられているほどの人材であった。
「にしても、あんな子どもがねぇ……私は本人を見るのは初めてだったけど、あんな小さなナリでよくもまぁあれほどの魔物を狩ったもんだよ」
「えぇそうね。聞いた話だと、これまでは森で生活していたらしいから、相当長い間森の中からでてなかったみたいね」
ロータスはパルメの発言に同意しつつ、自らの意見を口にする。しかし、パルメは首をわずかに傾げながら彼女の発言に疑問を放った。
「相当長い間森の中にいた……? ほぅ……だとしたら、一つ腑に落ちない点があるんだよね」
「どういうこと?」
反射的に訊ねたロータスに、パルメはやや鋭い目つきで再び口を開いた。
「あの子の持ち込んだ魔物の遺体は、そのどれもが鮮やかな手並みと高い技術で狩られたものだった。中には体格の小さい魔物の眉間にほんのわずかな穴だけを残して仕留めたものもある。その技術は正直呆れるほどよ。長い間森から出ずにコツコツと溜めていたのなら、仕留める段階で素材をダメにしたものも出てきていいはずでしょ? 彼はまだ子どもなのよ? まさか四つか五つの頃からあんなに高い技術を持ち合わせていたなんて考えにくい」
「……ちょっと待って。なら――」
ふと浮かんだロータスの推測に、パルメは頷きながら話を続ける。
「そう。昨日持ち込まれたものは、全てあの子が……最近狩ったものよ。それもおそらく数日で、ね。まぁ彼の持つアイテムポーチが『時間停止』の効果があるものなら話は違うのだろうけど、数年以上時間停止の効果を発揮できるアイテムポーチなんて、そんなものは伝説上のアイテムだしねぇ。まったく……とんだルーキーが出て来たものね。自身は気づいてないでしょうけど、こと戦闘に限れば……Dランクは軽く凌ぐでしょうね」
パルメは軽く息を吐いた後、その手をロータスの肩にそっと置いて呟く。
もっとも、パルメの言葉は「半分正解・半分間違い」といっていい。確かにセロがギルドに買取り依頼として持ち込んだ魔物素材は、彼女の指摘通りここ数日で狩ったものだ。
しかし、セロの持つアイテムポーチは、収納したものの時間を停止することができる上、その効果も軽く数十年は維持できる廃仕様だ。
そんな伝説とさえ言われるほどのスペックがあるなど、当の本人は知る由もないのだが。
「ふぅむ……他の冒険者とは違って、物腰は低くて丁寧で、実力もある。なるほど、そう考えたら今のうちに唾つけといた方が賢明だ、というローアの分析も間違いじゃないね」
「そうなのよね……こう、見た目は子どもなのにその言動が大人びてて、そのギャップがまた魅力で――って、何言わせんの!」
思わず口にした自分の言葉に顔を真っ赤に染めたロータスは、喚きながらパルメに鋭く突っ込みを入れる。
「アハハッ! そうカリカリしなさんな。直ぐに怒ると幸せが逃げるぞー。それに、最近は親からしつこく『結婚はいつだ?』って言われてるみたいじゃないの」
「ちょっ!? そんな話誰から!」
「えっ? それは~ひ・み・つ☆」
「アンタねぇ!? 人をおちょくるのも大概に――」
(……なんなんだ、あの騒ぎは)
まさか自分のことで言い争いになっていることなど知る由もなく、セロは無事に手続きを終えてギルドを後にした。
なお、余談ではあるが、ロータスとパルメは後ほどグロースからお小言を言われるハメになり、「そんなに元気なら」と普段よりも多く仕事が割り当てられることとなるのであった。
0
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる