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本編
Module_042
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デラキオがコンラットから受けた報告に歯噛みする一方、セロはマレーン商会内にある工房の中にいた。
「火、風、水の結晶不足! 数は5、8、4。至急供給をお願い!」
「あいよー。急ぎ準備する! 送達まであと40秒!」
「こっちは光と闇の結晶じゃ! 数はどちらも3。あと5分で届かんと後の工程に支障が出るぞ!」
「ギャアギャア喚かなくても分かってるよ、ラウル爺。あと2分でそっちに送るから待ってろって!」
「追加依頼来ました! 武具の数は6。種類はメイスに杖、両手剣に短剣がそれぞれ2。詳細回します!」
壁際に設置された無数の伝声管より、イルネ、ラウル、ユーリアたちの忙しない声が聞こえてくる。
壁を伝う伝声管は、さながら教会のパイプオルガンにも見えるが、そこから聞こえてくるのは金切り声にも似た切羽詰まった声と声を通して伝わる、喉がひりつくほどの緊張感だ。
「今からそっちに指定の精霊結晶を送る!」
セロは伝声管の一つに向けて呼びかけると、机に広げた銀盤の上に出来上がったばかりの火、風、水の精霊結晶を置き、あらかじめ刻んだ「転送術式」を起動する。発動した瞬間、銀盤上に青白い円陣が浮かび上がり、次いでその上に置かれた精霊結晶が音もなく消える。
この転送術式は、セロの手により刻まれた魔法である。術式自体は保管庫から入手したものをカスタマイズし、簡略化させたもので、銀盤上にあるものを、対となるもう一つの銀盤上に転送する術式だ。
転移とは異なり、生物は送ることはできず、範囲も銀盤上という限られたスペースでしか機能しない。また、セロの持つ「送達」する側からしか作動することができないというデメリットも存在する。もっと時間をかければより完璧なものを作れたセロだったが、いかんせん時間が限られていたために、優先度の高い機能だけを盛り込んだ。
これを複数製作し、受領側をイルネやラウルの作業場に設置し、急造ながら体制を整えた。
「受領を確認したわよ。全く……呆れるほどのスピードね」
「何か言ったか?」
「いや、気にしないで。これだけあれば当分は大丈夫そうね。また不足が生じたら連絡するわ」
「了解」
その返答を最後に、イルネとの会話が終わり、セロは再び机の上へ視線を向ける。伝声管越しでの会話をしながら、ひとまずの作業を終えたセロは、軽く息を吐いて手にしていたスコップを置いた。
彼の前には一枚の大きなシートが広げられ、その上には大小さまざまな鉱石がこんもりと盛られている。小さな山として盛られたこの鉱石は、「精霊片」と呼ばれるもので、マレーン商会を始め、この街の中小商会から掻き集めたものである。
だが、精霊片は別名「クズ石」とも呼ばれるもので、宿る精霊力が小さいために精霊導具や精霊武具に使用されることは無い。
しかし、こうした一見して何の価値もないものでも、セロの手にかかれば「新たな価値」を有する。
「さて、ラウルからどやされる前に片付けるかね……っとーー『抽出』、そして『錬成』っ!」
立て続けに発動した魔法により、目の前に盛られたクズ石の山が、各属性ごとの「精霊石」として生まれ変わった。
「ーーこんなもんかな」
「注文の通りの量を揃えたセロは、伝声管の一つに向けて声を発する。
「ラウル爺っ! こっちは数を揃えたぞ! 今からそっちに送る!」
「分かったぞい! あぁ、それと追加依頼だ。雷と地属性の精霊結晶を3つずつ頼む!」
「了解! その属性はそれなりの量があるから、すぐに送る!」
ラウルの返事もそこそこに、セロは急いで指定の属性の精霊結晶を揃えると、すぐに「術式」にて送る。
セロの提示した、デラキオ商会への対抗案。
それはまさしく「総力戦」の名の通りと言える作戦であった。
大まかな流れは次の通りだ。
第一に、セロとイルネの組み上げたロック解除装置を10基に増やす。これはセロの手で、一緒に製作したイルネでさえ呆れるほどの短時間で完了した。これは組み上げた装置から精霊構文をコピー&ペーストすることで作業時間を短縮させた。もちろん、このような方法で装置を量産するセロに、ラウルとイルネが「後で是非教えてくれ」と喚くように迫ったのはここだけの話なのだが。
第二に、量産した装置を各商会へと貸与すると同時に、商会内にある「精霊片」を大量に仕入れる。これはメンテナンスする際に必要な素材を確保するためで、セロの持つ「魔法」により材料を調達することが可能になる。精霊片はクズ石として認識されていることから、ほぼタダ同然で仕入れることができた。大量の精霊片を前に頬を緩めるセロに対し、イルネとラウルは首を捻ったが、「魔法」の存在を知らない彼らからすれば、「何でそんなものを……」と疑問に思うのは当然の事だろう。
もっとも、セロは彼らの疑問に素直に答えることはしなかったのだが。
第三に、セロはマレーン商会の工房で待機し、仕入れた精霊片から「抽出」と「錬成」の術式を用いて精霊石または精霊結晶を作り、イルネとラウルを通して必要な商会に卸す。素材が不足した場合には、都度マレーン商会に納入数を伝えるよう各商会に伝達済みだ。
商会内にはイルネとラウルが控え、飛び込んでくる素材の納入依頼を伝声管を通してセロに伝えるのだ。伝声管を通じて入った注文に、セロは予め銀板に「外部記録」として刻んだ抽出と錬成の魔法でもって答える。
予め外部記録として銀板に用いる術式を刻んだのは、注文を受ける度にいちいち脳内の魔法演算領域に術式を展開するのが面倒だからだ。魔法演算領域はPCでいうところの「メモリ」に相当する。
メモリはデータやプログラムを 一時的に記憶する部品を指す。PCの電源を入れ、OSを起動しているとき、プログラムを起動させているとき、ファイルやフォルダを開いたときなど、すべてのデータはハードディスクから読み込まれ、一旦メモリー上に置かれる。
このメモリーにあるデータに対してCPUが読み書きを行い、処理したものを再度メモリーへ渡し、「名前を付けて保存」としたときに、メモリーからハードディスクに書き込みが行われるという一連の流れが存在する。
ここで気を付けるべきは、メモリー上にあるデータは「揮発性」であること。つまり、PCの電源を切るとメモリー上からデータは消失することにある。
要するに、魔法演算領域に記述されたコードは、このメモリ上のデータと同じ「揮発性」の特徴を有している。
つまり、一時的な保持しかできないために、時間が空いてしまったり、他の作業に集中してしまったりと中段が生じた場合には魔法演算領域内に展開していたコードは全てクリアされてしまう。
クリアされたとしても、また術式を組み上げればよいだけなのだが、矢継ぎ早にイルネやラウルから注文が飛び込んでくる状況では、領域内での構文記述に集中することができない。仮に組み上げたとしても、記述したコードにミスがあれば術式は効果を発揮しない。
しかし、発動する術式を銀板に刻み、「外部記録」として保持しておけば、こうしたミスやリスクを減らすことができる。
そうして流れ作業の如く指定の精霊石を「錬成」の魔法で製作し終えたセロに、背後にある扉からノック音が響く。耳に届くノック音に、セロがドアを開けると、そこにはパンパンに詰まった麻袋を抱えた一人の青年の姿があった。
セロは麻袋を抱えた青年を中へと招き入れると、その青年は「どっこいしょ」と抱えていた麻袋を床に下ろして額に浮かんでいた汗を拭う。
「くはっ、重っ……一応これで街にある精霊片は全部のハズだよ。にしても、こんなに仕入れて大丈夫なのかい? いくら安いって言っても、これだけ大量だと無視できない金額になるんじゃないの?」
「あぁ、その辺りは大丈夫ですよ、ハンスさん。装置の使用料で十分賄えますから」
「使用料ねぇ……まぁ、ウチの商会もわずかに貰えるらしいから、俺としてはどんな御馳走を作れと言われるのかが気がかりだけどね」
セロは青年の疑問に笑顔で答える。この青年の名は「ハンス=ローラント」といい、ユーリアと同じく「マレーン商会」の従業員の一人である。彼は主に素材の調達や製品の納品に関わる輸送業務を担当している。以前に訪れた際には生憎と業務の都合で会うことはできなかったが、今回は会頭の指示により精霊片の調達を行っている。
なお、彼は輸送業務以外にも商会内の「料理番」としての顔もある。その腕前はセロも唸るほどで、「どうして料理の道に進もうとしないのだろうか?」と疑問に思うほどだ。
(クックック……あれほどの腕があれば……懐かしい日本の味を是非この世界に再現できるハズ。時間はかかるだろうケド、いつかはーーいや、必ず再現させてみせる! いい加減、パンだけは飽きたからな。コメが恋しくて仕方がない……)
ふと脳裏によぎった考えを表に出さないように堪えつつ、「御馳走ですかぁ~」などと唾を飲み込みながら相槌を打った。
セロが言うように、精霊片の仕入れには装置の「レンタル料」の一部を割り当てている。金額については、装置を使用したメンテナンス依頼のうち、見積金額の5%を支払うように設定している。また、この金額の60%がセロの取り分とされ、残りをマレーン商会の取り分としている。
当初は利用料の低さにラウルから心配する声が上がったが、もともとセロはこの装置を一人で作り上げたものではないこと、利用料のパーセンテージを低くすることで他の商会が気兼ねなく使えるようになること、非常事態であることなどから、「問題ない」と告げた。
結果として多くの商会が使用できるようになったことで、メンテナンス依頼がデラキオ以外の商会に行き渡り、商会を利用する冒険者も低廉な価格で依頼を出せるようになったのである。
また、数が多くなったことでセロの懐も温まる好循環が生まれるのだ。
(薄利多売は確固たるビジネスモデルの一つだ。商売だから「無料」で貸し出すワケにはいかないが……目的はデラキオ商会の目論見を潰すことが第一だ。まぁ、儲けられたらいいかな、ぐらいが丁度いいだろうさ。さてーー)
「デラキオは今ごろどんな顔してるかねぇ……? 自分の思惑が外れて悔しがってるのかな? 屈辱に歪むその顔を直に見られなくて残念だよ。もっとも、ナメた要求したアンタの顔なんざ、わざわざ見に行くモンでもないけどな」
次々と舞い込むイルネとラウルからの注文に応じつつ、セロは再び一人となった工房内でポツリと呟く。
やがて、それまで矢継ぎ早に舞い込む注文がパタリと止んだ時には、すでに西の空の彼方に陽が沈もうとする頃合いであった。
「火、風、水の結晶不足! 数は5、8、4。至急供給をお願い!」
「あいよー。急ぎ準備する! 送達まであと40秒!」
「こっちは光と闇の結晶じゃ! 数はどちらも3。あと5分で届かんと後の工程に支障が出るぞ!」
「ギャアギャア喚かなくても分かってるよ、ラウル爺。あと2分でそっちに送るから待ってろって!」
「追加依頼来ました! 武具の数は6。種類はメイスに杖、両手剣に短剣がそれぞれ2。詳細回します!」
壁際に設置された無数の伝声管より、イルネ、ラウル、ユーリアたちの忙しない声が聞こえてくる。
壁を伝う伝声管は、さながら教会のパイプオルガンにも見えるが、そこから聞こえてくるのは金切り声にも似た切羽詰まった声と声を通して伝わる、喉がひりつくほどの緊張感だ。
「今からそっちに指定の精霊結晶を送る!」
セロは伝声管の一つに向けて呼びかけると、机に広げた銀盤の上に出来上がったばかりの火、風、水の精霊結晶を置き、あらかじめ刻んだ「転送術式」を起動する。発動した瞬間、銀盤上に青白い円陣が浮かび上がり、次いでその上に置かれた精霊結晶が音もなく消える。
この転送術式は、セロの手により刻まれた魔法である。術式自体は保管庫から入手したものをカスタマイズし、簡略化させたもので、銀盤上にあるものを、対となるもう一つの銀盤上に転送する術式だ。
転移とは異なり、生物は送ることはできず、範囲も銀盤上という限られたスペースでしか機能しない。また、セロの持つ「送達」する側からしか作動することができないというデメリットも存在する。もっと時間をかければより完璧なものを作れたセロだったが、いかんせん時間が限られていたために、優先度の高い機能だけを盛り込んだ。
これを複数製作し、受領側をイルネやラウルの作業場に設置し、急造ながら体制を整えた。
「受領を確認したわよ。全く……呆れるほどのスピードね」
「何か言ったか?」
「いや、気にしないで。これだけあれば当分は大丈夫そうね。また不足が生じたら連絡するわ」
「了解」
その返答を最後に、イルネとの会話が終わり、セロは再び机の上へ視線を向ける。伝声管越しでの会話をしながら、ひとまずの作業を終えたセロは、軽く息を吐いて手にしていたスコップを置いた。
彼の前には一枚の大きなシートが広げられ、その上には大小さまざまな鉱石がこんもりと盛られている。小さな山として盛られたこの鉱石は、「精霊片」と呼ばれるもので、マレーン商会を始め、この街の中小商会から掻き集めたものである。
だが、精霊片は別名「クズ石」とも呼ばれるもので、宿る精霊力が小さいために精霊導具や精霊武具に使用されることは無い。
しかし、こうした一見して何の価値もないものでも、セロの手にかかれば「新たな価値」を有する。
「さて、ラウルからどやされる前に片付けるかね……っとーー『抽出』、そして『錬成』っ!」
立て続けに発動した魔法により、目の前に盛られたクズ石の山が、各属性ごとの「精霊石」として生まれ変わった。
「ーーこんなもんかな」
「注文の通りの量を揃えたセロは、伝声管の一つに向けて声を発する。
「ラウル爺っ! こっちは数を揃えたぞ! 今からそっちに送る!」
「分かったぞい! あぁ、それと追加依頼だ。雷と地属性の精霊結晶を3つずつ頼む!」
「了解! その属性はそれなりの量があるから、すぐに送る!」
ラウルの返事もそこそこに、セロは急いで指定の属性の精霊結晶を揃えると、すぐに「術式」にて送る。
セロの提示した、デラキオ商会への対抗案。
それはまさしく「総力戦」の名の通りと言える作戦であった。
大まかな流れは次の通りだ。
第一に、セロとイルネの組み上げたロック解除装置を10基に増やす。これはセロの手で、一緒に製作したイルネでさえ呆れるほどの短時間で完了した。これは組み上げた装置から精霊構文をコピー&ペーストすることで作業時間を短縮させた。もちろん、このような方法で装置を量産するセロに、ラウルとイルネが「後で是非教えてくれ」と喚くように迫ったのはここだけの話なのだが。
第二に、量産した装置を各商会へと貸与すると同時に、商会内にある「精霊片」を大量に仕入れる。これはメンテナンスする際に必要な素材を確保するためで、セロの持つ「魔法」により材料を調達することが可能になる。精霊片はクズ石として認識されていることから、ほぼタダ同然で仕入れることができた。大量の精霊片を前に頬を緩めるセロに対し、イルネとラウルは首を捻ったが、「魔法」の存在を知らない彼らからすれば、「何でそんなものを……」と疑問に思うのは当然の事だろう。
もっとも、セロは彼らの疑問に素直に答えることはしなかったのだが。
第三に、セロはマレーン商会の工房で待機し、仕入れた精霊片から「抽出」と「錬成」の術式を用いて精霊石または精霊結晶を作り、イルネとラウルを通して必要な商会に卸す。素材が不足した場合には、都度マレーン商会に納入数を伝えるよう各商会に伝達済みだ。
商会内にはイルネとラウルが控え、飛び込んでくる素材の納入依頼を伝声管を通してセロに伝えるのだ。伝声管を通じて入った注文に、セロは予め銀板に「外部記録」として刻んだ抽出と錬成の魔法でもって答える。
予め外部記録として銀板に用いる術式を刻んだのは、注文を受ける度にいちいち脳内の魔法演算領域に術式を展開するのが面倒だからだ。魔法演算領域はPCでいうところの「メモリ」に相当する。
メモリはデータやプログラムを 一時的に記憶する部品を指す。PCの電源を入れ、OSを起動しているとき、プログラムを起動させているとき、ファイルやフォルダを開いたときなど、すべてのデータはハードディスクから読み込まれ、一旦メモリー上に置かれる。
このメモリーにあるデータに対してCPUが読み書きを行い、処理したものを再度メモリーへ渡し、「名前を付けて保存」としたときに、メモリーからハードディスクに書き込みが行われるという一連の流れが存在する。
ここで気を付けるべきは、メモリー上にあるデータは「揮発性」であること。つまり、PCの電源を切るとメモリー上からデータは消失することにある。
要するに、魔法演算領域に記述されたコードは、このメモリ上のデータと同じ「揮発性」の特徴を有している。
つまり、一時的な保持しかできないために、時間が空いてしまったり、他の作業に集中してしまったりと中段が生じた場合には魔法演算領域内に展開していたコードは全てクリアされてしまう。
クリアされたとしても、また術式を組み上げればよいだけなのだが、矢継ぎ早にイルネやラウルから注文が飛び込んでくる状況では、領域内での構文記述に集中することができない。仮に組み上げたとしても、記述したコードにミスがあれば術式は効果を発揮しない。
しかし、発動する術式を銀板に刻み、「外部記録」として保持しておけば、こうしたミスやリスクを減らすことができる。
そうして流れ作業の如く指定の精霊石を「錬成」の魔法で製作し終えたセロに、背後にある扉からノック音が響く。耳に届くノック音に、セロがドアを開けると、そこにはパンパンに詰まった麻袋を抱えた一人の青年の姿があった。
セロは麻袋を抱えた青年を中へと招き入れると、その青年は「どっこいしょ」と抱えていた麻袋を床に下ろして額に浮かんでいた汗を拭う。
「くはっ、重っ……一応これで街にある精霊片は全部のハズだよ。にしても、こんなに仕入れて大丈夫なのかい? いくら安いって言っても、これだけ大量だと無視できない金額になるんじゃないの?」
「あぁ、その辺りは大丈夫ですよ、ハンスさん。装置の使用料で十分賄えますから」
「使用料ねぇ……まぁ、ウチの商会もわずかに貰えるらしいから、俺としてはどんな御馳走を作れと言われるのかが気がかりだけどね」
セロは青年の疑問に笑顔で答える。この青年の名は「ハンス=ローラント」といい、ユーリアと同じく「マレーン商会」の従業員の一人である。彼は主に素材の調達や製品の納品に関わる輸送業務を担当している。以前に訪れた際には生憎と業務の都合で会うことはできなかったが、今回は会頭の指示により精霊片の調達を行っている。
なお、彼は輸送業務以外にも商会内の「料理番」としての顔もある。その腕前はセロも唸るほどで、「どうして料理の道に進もうとしないのだろうか?」と疑問に思うほどだ。
(クックック……あれほどの腕があれば……懐かしい日本の味を是非この世界に再現できるハズ。時間はかかるだろうケド、いつかはーーいや、必ず再現させてみせる! いい加減、パンだけは飽きたからな。コメが恋しくて仕方がない……)
ふと脳裏によぎった考えを表に出さないように堪えつつ、「御馳走ですかぁ~」などと唾を飲み込みながら相槌を打った。
セロが言うように、精霊片の仕入れには装置の「レンタル料」の一部を割り当てている。金額については、装置を使用したメンテナンス依頼のうち、見積金額の5%を支払うように設定している。また、この金額の60%がセロの取り分とされ、残りをマレーン商会の取り分としている。
当初は利用料の低さにラウルから心配する声が上がったが、もともとセロはこの装置を一人で作り上げたものではないこと、利用料のパーセンテージを低くすることで他の商会が気兼ねなく使えるようになること、非常事態であることなどから、「問題ない」と告げた。
結果として多くの商会が使用できるようになったことで、メンテナンス依頼がデラキオ以外の商会に行き渡り、商会を利用する冒険者も低廉な価格で依頼を出せるようになったのである。
また、数が多くなったことでセロの懐も温まる好循環が生まれるのだ。
(薄利多売は確固たるビジネスモデルの一つだ。商売だから「無料」で貸し出すワケにはいかないが……目的はデラキオ商会の目論見を潰すことが第一だ。まぁ、儲けられたらいいかな、ぐらいが丁度いいだろうさ。さてーー)
「デラキオは今ごろどんな顔してるかねぇ……? 自分の思惑が外れて悔しがってるのかな? 屈辱に歪むその顔を直に見られなくて残念だよ。もっとも、ナメた要求したアンタの顔なんざ、わざわざ見に行くモンでもないけどな」
次々と舞い込むイルネとラウルからの注文に応じつつ、セロは再び一人となった工房内でポツリと呟く。
やがて、それまで矢継ぎ早に舞い込む注文がパタリと止んだ時には、すでに西の空の彼方に陽が沈もうとする頃合いであった。
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