グリムの精霊魔巧師

幾威空

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本編

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「ただ、それが『意図的』だと言えるまでの確たる証拠がないのよ。ラウル爺も言っている通り、デラキオ商会は流通している素材の『大部分』を買い占めているのであって、『全て』ではない。向こうは『ウチは規模が大きいから仕方がないだろう』というのが言い分なんだけどね」
「買い占めだけではないぞ……」
 悔し気に歯噛みしつつ語るイルネに、ラウルが口を開く。だが、その声は震え、顔を伏せていても分かるほどの怒りが身体から迸っていた。

「おそらく『デラキオ商会に渋られた』と言って持ち込んで来た者の多くは、デラキオのヤツに雇われた者たちだろうさ」
 吐き捨てるように呟かれた言葉に、イルネの目がスッと細くなる。

「へぇ……実に興味深い話じゃない。ラウル爺、そうまで言う根拠は?」
 声のトーンを落とし、言葉の裏に剣呑さを混ぜたイルネに、ラウルは一度その手を握り締めて呟く。

「お前やワシのトコだけじゃない。他の商会、個人経営の店にまでも同時多発的に似たような案件が持ち込まれておる。持ち込まれるに至った経緯も、対象となる精霊武具にロックが施されていることも、そしてそのどの依頼も短納期であることもじゃ。ここまで状況が揃いすぎているとなれば、これはもう誰かが狙って仕掛けたと思うのが自然じゃろうて」
「なるほどね。そこまでの事態なら、ラウル爺の言っていることも一理あるわね」
 顎に手をあてがいながら呟くイルネに、セロが疑問を挟む。

「確かにそういう状況なら、利を得るのはデラキオ商会だろうな。あの装置を使わなければ納期までに間に合わないだろうし。間に合わなければ、客と揉めるのは目に見えてる。そんな話が広まれば、『あそこの店に出すのはやめよう。遅くなってもいいから揉め事の無いデラキオ商会に出そうか……』って常連客が遠のくのは自然な流れだよな……でも、本当にこの状況を生んだのがデラキオ商会なのか?」
「確たる証拠が無いから、向こうがシラを切るとそれ以上の追及は難しいわね」
 残念ながらと首を横に振りつつ呟かれたイルネの言葉に、セロは深く息を吐いて状況を整理する。

「了解。とりあえず、大まかな状況は把握した。それでどうするんだ? 俺はあの装置をこの商会以外でも使ってもらうことに異議はない。ただ……数は足りるのか?」
 セロの言葉に、一瞬明るさを取り戻したラウルだったが、すぐにその表情が歪む。

「快諾してくれたことは率直に言ってありがたい……のだが、まるで数が足らん。この商会にあるのは2基だけじゃろ? どんなに早くしたとしても、その後の工程もある。やはりどこかの商会で納期に遅れが発生してしまうじゃろうな」
 ラウルの言葉を受け、顎に手を当てながら思案するセロは、ふと頭に浮かぶ朧げなアイデアを引きずり出そうとするようにポツリと呟く。

「……必要なのは、解除の装置だけか? ここにあるものも含めて、あと何基必要になる? それと、求められている納期までの時間は?」
「えっ? いや、急になんじゃ? おそらく20基あればそれぞれの商会や個人店には行き渡るじゃろう。ただし、納期までは残り一週間もない。だから、せめてワシらは今確保できる装置を借り受けられればーー」
 矢継ぎ早に放たれるセロの質問に、ラウルは面食らいつつもポツポツと答えていく。

「……違う」

「何?」
 質問に返答し終えたラウルに、セロは彼の顔を真正面に捉えて静かに告げる。

「いいか? これは……端的に言っちまえば『戦争』だ。確証がないにせよ、デラキオ商会ヤツらはその圧倒的な規模と資金でこちらを潰しにかかって来ている。同時多発的に仕掛けているのがその証拠だ。ヤツらは俺たちが『失敗』するのを、高みの見物決め込んで、俺たちのことを嘲笑いながらデラキオ商会自分のところが一番なんだと宣伝しようって腹なんだろうさ。規模も資金も向こうが上だ。このままじゃあ、近いうちに呑み込まれるぞ?」
「ーーッ!」
 声のトーンを落とし、ラウルの顔を見ながら告げるセロの言葉に、彼は思わず声を詰まらせた。

「だが、どうする? こっちには人手も資材も足りないんだぞ? 装置も2基しか無い状況ではーー」
 イルネの悔し気な言葉に、セロは人差し指を振りながら不敵な笑みを浮かべて告げる。

「ヤツらが買い占めたのは、あくまでも『グリムこのまちにある』資材についてだろ? それに……人手が必要なら、他から借りてくればいいだろ?」
「お、お前ーー何を……」
 目を白黒させて訊ねるラウルに、セロは軽く肩を揺すりながら呟く。

「クカッ……こうなったら『総力戦』だ。あのブタが、一体誰に喧嘩を売ったのか、その身に教えてやる……」

 セロはギラリと目を光らせながら呟いた。イルネやラウルのような商会は、デラキオ商会よりも規模の小さな、いわば中小企業のような立場にある。

 そんな彼らを、巨大資本のデラキオ商会が潰しにかかったのだ。イルネは真面目に機巧師として日々技術の向上に努め、真摯かつ誠実に商いを行っていることに、セロは好感を持っていた。彼女の知り合いであろうラウルもまた、滲み出る雰囲気や価値観からセロが好感を持てる人物の一人と言える。
 そんな彼らをデラキオは非情な手段で追い詰めようとしていることに、セロは腹が立っていた。同じ機巧師でもこれほどまでに違うのかーーそんな落胆めいたものを抱きつつ、セロはイルネとラウルに告げる。

「後手に回っている以上、短期で決着をつけなきゃ規模と資金で劣るこっちが不利になる。だからまずはーー」

 そう前置きした上で、セロは両者に自らの計画を伝える。臆さずに商会のトップを務めるイルネとラウルにプレゼンするセロに対し、その場に集まった者たちは「本当にそんなことが可能なのか?」と半信半疑な表情を見せる。だが、彼が提示した以上のプランはイルネ及びラウルから出されることはなく、結局セロの案をそのまま採用することとなった。

 こうして劣勢に追いやられたラウルたちの逆襲が静かに始まったのだった。

◆◇◆

「ククッ……さて、そろそろウチに寄せられる依頼が増えて来る頃だと思うがーー」

 セロがラウルと出会ってから数日後。この日、朝早くから執務室に足を運んだデラキオは、やや上機嫌な様子で椅子に腰掛け、机の上に置かれた報告書を手に取った。

(マレーン商会や他の商会があのロックがかけられた精霊武具をどうにかすることはできんだろう。せいぜい客からの追及に右往左往すればいいさ……)

 デラキオはそんなことを考えつつ、イルネが泣きながら客に向かって頭を何度も下げる様子を思い浮かべて口元を緩めた。

「……デラキオ様、報告書には目を通されましたか?」

 書類を手にした矢先、執務室にノック音が響き、スルリとコンラットが姿を見せる。

「あぁ、丁度これから読むところだーーっ!? 何だと!?」
 一瞬やって来たコンラットに目を向けたデラキオは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら手にした書類を読み始めた。
 だが、読み始めた途端、その顔からは笑みが消え、次いで荒らげたデラキオの声が室内に響く。

「オイ、これは一体どういうことだ! 何故ウチの商会に寄せられるメンテナンスの依頼数が増えていない! それどころか、減少傾向にあるではないか!」
「それについて、私から報告が。どうやら、ウチのしょで施したロックが尽く破られているようです」
「な、何だと? 何故そう断言できる。アレには8桁の解除コードを入力しなければ、まともにメンテナンスなどできはしない。ヤツらは8桁の解除コードなど知るすべはない。解除するには膨大な精霊構文を用いた専用の装置を作る必要があるはずだ。ウチの機巧師でさえも、専用装置の実装にはそれなりの時間を要したんだぞ! それにだ! ヤツらには、資材も時間も無いはず……一体どうやってーー」

 デラキオは指の爪を噛みながら苦々しく呟くものの、傍らに控えるコンラットが口を開くことはなかった。
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