グリムの精霊魔巧師

幾威空

文字の大きさ
上 下
38 / 61
本編

Module_038

しおりを挟む
「さあさあさあっ! ここがこの商会の心臓部、精霊工房よ!」
「うわっ……ホントにあるよ……」

 ユーリアとイルネから話を聞いたセロは、早速彼女らに案内され、商会内のある一室に通される。二人に促されて中に入ると、そこはまるで物置のような部屋であった。
 部屋の中央には大きなテーブルが設置され、その上にユーリアが持ってきたものと同じ包みが山と積まれている。50という数は冗談ではないらしく、机の上に乗り切らない包みが机の縁に立てかけるようにして置かれていた。

 また、床には製作の過程で記録された精霊構文のメモが散らばり、壁際の書棚には関連書籍がぎゅうぎゅうに押し込まれている。中にはそこから引っ張り出したと思われる書籍がページを開いたまま机の上に置かれていた。

(工房というより、どこぞの研究室って感じだな……)

 室内の雑然とした様子に、セロはそっと心の内にぽろりと言葉を漏らした。
「フッフッフッ……驚いたぁ? この部屋こそが商会の要であり、私の工房でもある部屋よ! ゆっくり説明したいんだけど、さすがに時間が惜しいからね。詳しい説明は後にして、早速作業に取り掛かろうか」

(アンタがこの部屋の管理者なのかよ……何というか、ダメな大人の見本みたいな部屋だな)

 まるで片付けられていない工房内を見回したセロは、小さくため息を吐いた。そんなセロの心の内を察したのか、傍らに立っていたユーリアがそっと彼の肩に手を置きながら何度も小さく頷く。

(苦労してるんだな、アンタも……)

 ほろりと涙が出そうになるのを堪えつつ、セロはイルネの呼びかけに応じて彼女の隣へと進み出るのだった。

「……セロ、先ほどユーリアが言ったように、これらの精霊武具には安易にその中身が書き換えられないようにロックが施されているの。精霊武具のメンテナンスだけならばまだしも、このロックを解除するのが一番の難題でね。解除するための専用の道具をまずは製作しないといけないわね」

 イルネはそう言いながら机の上に広げられていた書類を退けてスペースを確保すると、そこに一枚の大きな紙を広げた。

「それで……これがその解除するための精霊導具」

 彼女が机の上に広げたのは、精霊導具の設計図であった。この設計図によれば、ロック機構の解除を組み込んだ箱のような本体から伸びる二本の端子があり、それを対象の武具に繋げて起動させる仕組みになっている。

 また、肝心なロック解除の仕掛けだが、それは、オーソドックスな「ブルートフォースアタック(総当たり攻撃)」が用いられているのが設計図上から分かった。

 ブルートフォースアタックとは、全ての文字・ないしは数字で、考えられる全ての組み合わを、 順々にひたすら試していく方法である。仕掛けとしては単純であるものの、パスワードの文字列が長い場合や使用する文字種が多い場合には、解除するまでに時間がかかってしまうというデメリットも存在する。

(まぁ、聞く限り使用するのは数字のみだし、桁数もそれほど多くはない。これなら比較的短時間でーー)

 だが、イルネと一緒にその設計図を眺めたセロはーー

「……って、オイ。いくら何でもコレは大掛かり過ぎだろ。第一、解除のための精霊構文が長すぎる」

 一瞬ピシリと表情を強張らせると、次には呆れた顔で彼女の設計図にダメ出しをする。

「大掛かり過ぎる? 構文が長すぎる……ですって? だけど、解除するための構文はこれ以外にーー」
「いや、仕掛け自体はこれでいいだろうさ。でも、解除するといっても、単に数字を当て嵌めていくだけなんだろ? なのに、何でいちいち全てのパターン・・・・・・・を構文内に記述する必要があるんだ?」
 さも当然だと言わんばかりに告げたセロの言葉に、イルネは目を丸くして聞き返す。

「えっ? いや……8桁もあるのよ? 考えられるパターンは『00000000』から『99999999』までの1,000,000,000通りになるじゃない。その中で、たった一つの組み合わせしか解除できない。だからこうして構文内に記述をーー」

 そこまで聞いたセロは盛大なため息を吐きながらイルネに告げる。

「もしかして、その気の遠くなるような数字の組み合わせを書くためだけに俺が必要なのか?」
「……違うの?」
 キョトンとした顔で発せられたイルネの言葉に、セロは顔を手で覆いながら呻く。

(あぁ、うん。そうだった……この世界のプログラミング技術はこのレベルなんだっけか。変数化の概念や基本構文の概念が無いと、一つの処理を記述するのにエライ時間がかかるんだよな……)

 かつて初めて精霊構文を目にした時の落胆を思い起こしながら、セロは「仕方がない」と思い直してイルネに説明する。

「いいか? そのやり方じゃあ残りわずかの時間でどうにかできるはずもないだろ。こういう『総当り攻撃』の仕掛けは、こうするんだ」

 ガリガリと頭を掻いたセロは、広げられた設計図を裏返すと、机の端に置かれたペンを持ち、まるでスイッチが入ったかのように猛烈な勢いで構文を書き連ねていく。

「ーー変数の定義域、初期設定域、処理構文の設定域は……こんなもんだろ。あとはキモになる反復処理と、条件分岐、エラー処理を組み合わせて……」

 イルネが横で驚く様を見ることなく、セロは流れるように一気に精霊構文を書き終えた。

「……よし、こんなもんか。それで、だ。コイツのキモは、入力するパスワードを『変数化』することと、『反復処理』にある」
「変数化と反復処理……?」
 セロの言葉に、イルネは眉根を寄せつつ鸚鵡返しで呟く。対するセロは、彼女の表情から理解しきれていないことを察すると、さらに詳しい説明を始めた。

「いいか? 今回のパスワードは全て数字だ。なら、その初期値を変数化してしまえば、あとは今の数字に1ずつ足せばカウントアップさせればいいだけだ。パスワードと合致した組み合わせが出たら、反復処理から抜けるようにすれば、その後は照合しなくて良くなるから、時間も短く済む。また、処理構文そのものが短くなってるから、解除するまでの時間も短縮できるはずだ。まだ試していないので分からないが……おそらく一件あたり20秒もかからないくらいで終わると思うぞ?」

 ざっと書き終えた構文の見直しを終えると、セロは口をポカンと開けたまま立つイルネに、つらつらと自分の組み上げた精霊構文を説明していく。

 彼の言うように、この処理方法ならばイルネが当初見せたものよりも大幅な時間短縮が見込められる。

 なぜならば、0から9という順番でアタックしていったために、最後の組み合わせまで試さなくても正しいパスワードが見つかるからだ。また、入力するパスワードも単純にカウントアップとしているほか、パスワードを当て嵌める工程においても、反復処理を一つ記述して終えているため、いちいち構文内に8桁の組み合わせ全てを記述する必要もない。

「今回幸いだったのは、使用する文字種が特定できていたのが大きいな。総当たり攻撃 ブルートフォース・アタックで解読する場合、パスワードがどんな文字種を利用しているかがわかると、解読が容易になる……つまりは検索数が減るからな。ここまでくれば、あとはどうにかなるだろう?」
「えっ!? えぇ……一番の難所はーーアッサリと終わってしまったからね」
 説明を終えたセロに、イルネは言葉を詰まらせつつもなんとか返事をする。

「ざっと見た感じ、精霊構文ソースコードそのものが半分以下にまで押さえられたから、装置自体も小型化するのが可能だよな?」
「そう、ね。加えて、小型化したことで動力源となる精霊結晶も当初より少なく済みそう」
 改めてセロの書いた精霊構文を眺めたイルネは、嬉しそうに呟く。

「なら、結構な量もあるので、半分ずつにしないか? 装置の仕組みは把握したから、こっちはこっちで作れるし」
「お願いしていいかしら。持ち込まれた精霊武具は大きなものもあるの。ここを二人で使うには狭いだろうから、別々の部屋で作業するのが効率的よね」
「了解。なら、俺は別室で作業することななするよ。ここより狭くても構わないから、作業できる部屋を教えてくれ。後で装置の材料とメンテナンスする武具を取りに来るから」

 セロの提案にイルネも頷き、彼女はユーリアへ案内するように頼む。ほどなくしてユーリアに連れられ、工房から出たセロの姿が見えなくなった。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...