グリムの精霊魔巧師

幾威空

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本編

Module_037

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 書類を読み込むセロに、再び着席したイルネは、静かに口を開いた。

「正直、あの構文を見た時、私は貴方の持つ高い技術に嫉妬した。平易で分かりやすく、必要最小限の記述で処理を完結させるあの精霊構文を。そして、先ほどの話を聞いて納得したわ。『あぁ……なんてこの少年はここまで惜しい人材なんだ』とね。貴方の技術は遥か高みにあることは容易に想像できる。けれど、あまりにも技術に偏りすぎてビジネスの何たるかを知らない。」
「うぐっ……」

 イルネの指摘に、セロは思わず苦い表情を浮かべた。
 ーーそう。これまでは森の中で、たった一人で生活していたため、他人と交流する機会など無かった。
 だからこそ、完結した自分だけの世界で、心ゆくままに精霊導具の製作に没頭できた。

 しかし、流されたにせよ、彼はこうしてグリムの街で人と交流する機会を得た。


 そして……知られてしまった。セロの高い技術力を。


 それはある意味劇薬に等しい。
 何故なら、セロの高い技術力を嗅ぎ付けた輩は、その力を手中に収めようと暗躍する。その動きは様々な勢力に及び、やがてはその内外を問わず争いを呼ぶ火種になり得るからだ。

 高い技術力はビジネスに直結する。
 そこで生まれるのは、欲望に塗れた人間たちの愚かな争いだ。
 イルネの言う「ビジネス」とは、そんな大人たちの欲望渦巻く競争の世界だ。

「加えて常識知らず。これはもう権力者から見れば、体のいい玩具よ。このままだと、……そう遠くないうちに、上の人間に使い潰されるだけだわ」
「……カハッ!」
 容赦なく突き付けられたイルネの言葉が、セロの胸を抉る。

「そ、そんなにハッキリ言わなくても……」
「だからこそよ。貴方はこの街に初めて来たのでしょう? いや、カラクから聞いた話では、今までは森の中で一人で生活していたそうじゃない。ならば早めに現実という理不尽を知っておいて損はないでしょうよ」

 セロの見せた高い技術への対抗心からなのか、イルネは微笑を浮かべながら呟く。その言葉に対し、セロは明快な反論を唱えることができず、ただ不機嫌な顔で頭を掻くことしかできなかった。

「そんな貴方に朗報よ! 君の短所を補うためにも、私のところと提携する選択がーー」
「結局そこかよ!? つーか、前にも言ったが、その可能性はゼロだからな!」

 神妙な面持ちでイルネの言葉に耳を傾けたセロだったが、提示された内容に思わず呆れた調子で声を上げるのだった。

◆◇◆

「ふむ。そうねぇ……まぁ提携うんぬんはいつでも受ける用意があるから。必要になったら声をかけてくれればいいわ。気長に待つとしましょう」
「ったく、何回目だよこのやりとり……」

 ため息交じりに返すセロの言葉に、イルネは小さく笑いながら口を開く。

「あらあら、貴方は嘘をつくのが下手なタイプね。さっきまでどこか沈んでいたが、今はどこか晴れ晴れとしているわよ?」
「ーーっ!? いちいち言わなくてもいいだろ!」

 ニヤニヤと笑いながら告げられたイルネの指摘に、セロは思わず耳を赤く染めた。

「アハハッ、それくらいの元気があれば十分ね。こちらとしても沈んだ顔で手伝ってもらうよりかは断然いいし。さて、前置きが長くなったけれど、ようやく商談といこうじゃない」
 イルネはそれまで浮かべていた笑みを消すと、不意に立ち上がり真面目な顔つきで机の端にあったベルを鳴らす。

「……会頭、呼びましたか?」

 イルネがベルを鳴らすと、それほど間を置かずに部屋のドアがノックされ、一人の女性が姿を見せた。

「えぇ。ちょっと悪いんだけど、そこの坊やにアレを持って来てくれないかしら」
「アレっていうと……まさか、あの精霊武具ですか?」
 入って来た女性が聞き返すと、イルネは「えぇそうよ」と頷いて答える。

「別に構わないですけど……大丈夫ですか?」
 女性がチラリとセロに目を向けながら、やや不安げな面持ちで訊ねる。その問いかけにセロはムッとした表情を見せたが、イルネは彼女を諌めることもなく、ただ「大丈夫だから」と告げた。

「……分かりました。すぐに取って来ます」
「えぇ、頼んだわよユーリア」
 一瞬、ユーリアと呼ばれた女性は探るような目をイルネに向けたものの、それ以上発言することはなく、すぐに扉を閉める。

「ごめんなさいね。彼女はユーリア=ホルネルっていう、ウチの従業員なんだけど、最近デラキオ商会に仕事を取られることが多くてピリピリしてるのよ。仕事はキッチリやってくれるんだけど、『仕事は自分の手でもぎ取るもんだ!』ってプライドが高いのが難点なのよね……」

「……愚痴を零されても俺には何もできないケドな」
 セロは呟かれたイルネの言葉に、小さくため息を吐きながら答えた。

 それからほどなくして、再び聞こえてきたノック音とともに先ほど顔を見せたユーリアが一つの包みを携えて部屋の中に入って来た。ユーリアはセロの前にあるテーブルに持って来た包みを置くと、無言のままそれを開く。

「……コレは?」
 広げられた包みの中には、一本の剣があった。刀身の整備が終わっているため、刃毀れなどは一切無く、表面は鮮やかな銀色の光を放っている。

「この剣はある冒険者の武具で、定期のメンテナンスに出したものよ」
「メンテナンス……ね。それで? 何が問題なんだ?」

 ユーリアの説明に、セロは置かれた剣を眺めつつ訊ねる。件の剣はシンプルな作りになっているものの、その刀身の幅が広く、持ち手となる柄が太い。柄頭には火属性の精霊石が嵌められていることから、使い手は大柄で腕力に自信があることが窺い知れる。

「この剣の持ち主はデラキオ商会を利用していてね。今回もいつものようにメンテナンスに持ち込んだんだけど……『他の案件が優先されるから、すぐには受けられない』って言われて断られたらしいのよ。けど、その冒険者は近々ここから離れた他の街に行く予定もあるらしくてね。どうにかできないか、ってこっちに流れてきたのよ」
「要するに、他の商会の『おこぼれ』にあずかった、ってワケね」
「……何か言ったぁ?」
「いや、特には」

 ふと漏れたセロの言葉に、素早くユーリアがギロリと鋭い目を彼に寄越してくる。「仕事は自分の手でもぎ取るものだ!」という高いプライドを持つ彼女からすれば、他の商会のおこぼれを拾うことなど屈辱的なことなのだろう。

 セロは「これ以上は藪蛇だな」と判断し、すぐにその口を閉じた。興奮気味なユーリアを見かねたイルネが、彼女の言葉を引き継いで話し始める。

「それで、日も迫っていたことだし、武具のメンテナンスもウチの商会でできるから問題ないと思って早速取り掛かろうとしたんだけどーー」
「けど?」
「精霊構文を読み取ろうとしたら、ロックがかけられていたのよ」

 イルネは「参った」とばかりに複雑な表情を見せつつ、さらに話を続ける。
「納期は今日を入れてあと三日。普通にメンテナンスしてたんじゃあ、到底間に合わないのよ」
「でも、ロックを解除すれば、無理すればいけるんだろ?」
 セロの指摘に、落ち着きを取り戻したユーリアが答える。

「そうね。だから、私から直接デラキオ商会に問い合わせたわ。でもね、向こうは何て言ったと思う? 『担当した人間は既にいないから分からない』だとさ! それに、『こっちは他の案件で忙しいが、貴方たちのところなら問題はないでしょう? 私たちとは違って時間はたっぷりあるでしょうから』だと! 向こうは最大規模の商会だからって、こっちを見下してんのよ! この悔しさ分かる!?」
「ちょ、まっーー落ち着けって!」
 話すうちに次第にその時のことを思い出したユーリアは、いつのまにかセロの胸ぐらを掴んで激しく揺すりながら怒りをあらわにする。

「はいはい、そこまで。ユーリア、いい加減に放してやりなさいな。揺すり過ぎて彼、グロッキーになってるわよ?」
「……あっ」
 ユーリアはイルネの言葉で我に返ると、慌てて掴んでいた手を放す。一方、解放されたセロは崩れるようにソファへと腰を下ろした。

「酷い目にあった……それで? 話はなんとなく読めるが、もしかして俺にそのメンテナンスの手伝いをしろと?」
「正確にはその武具に施されたロックを解除する手伝いね。できればその先も手伝ってもらえると助かるけど」
 軽く咳き込みながら訊ねるセロに、イルネは頷きながら説明を加える。

「ロックの解除ねぇ……一応確認しておくが、その解除条件は? 打ち込む桁数が長いと、その分解除にかかる時間も必要になるぞ?」
 セロの指摘はイルネも想定していたのか、彼女はチラリとユーリアの顔を一瞥する。
「解除条件は8桁。使用するのは数字のみとなります」
 イルネの視線を受け、ユーリアはロックの解除条件を伝える。その発言を確かめるように、二人にバレないよう気をつけつつ天地万物の魔法を発動させる。
 魔法を通して刻まれた精霊構文を解読すると、確かにユーリアが言ったようにある種のロック機構が設けられているのが確認できた。

「納期は三日後か……」
 軽く顎に手を当てながら、セロは頭の中でスケジュールを立て始める。納期デッドラインから逆算し、必要な工程を洗い出して各工程の細かな締め切りを設定する。この辺りの要領は転生前の経験があったればこそのものだろう。

「……うん。なんとかなーー」
 ざっと粗々なスケジューリングを脳内で終えたセロだったが、彼の発言を遮るようにユーリアの言葉が飛び込んで来た。

「あぁ、ちなみに同様の案件があと50件ほどあります」

 自分の発言に被さるように呟かれたユーリアの言葉に、思わずセロはゆっくりとイルネの方へ顔を向けて訊ねる。

「さ、さすがに冗談……でしょ?」

 その問いかけに対し、イルネはニッコリと微笑みながら

「コレが冗談だったらこんなに切羽詰まってはないわね」

 と彼の淡い期待をことごとく裏切る言葉を告げるのだった。
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